120 廃村の老人
「中の確認は出来る?」
ゴーレム・バルタがゴーレム・ヴィーゼに尋ねた。
「もうした……爆発物は無さそう」
ゴーレム・ヴィーゼの報告に頷いたバルタは、その階段を降りていく。
銃で撃たれてもゴーレムの体は穴が空く程度だ……後の処理を考えれば気には為るが、それも弾を取り出して空いた穴を埋めるだけの事。
だが、爆弾なり地雷なりで破裂させられると、その面倒は更に増える。
粉々に成って魔核を晒せば、流石に命に関わる。
他は再生や修理が出来てもソレだけは無理だ。
いや、唯一元国王だけはソレでも再生してくれるかもしれないが、今は近くには居ないのだ。
なので……ソレなり以上の慎重さで行動しなければならない。
バルタは軋む木の梯子の様な階段を一段一段と確実に足を降ろしていく。
ゴーレムの土塊の体だけど、その重さはオリジナルと変わらない。
飛空石が調整してくれているからだ。
そして、その飛空石は意識的にコントロールも可能だ。
もっと軽くは出来ないけど、飛空石の能力を遮断は出来る……つまりは本来の土塊の体の重さのままにも出来るのだ。
そうでないとゴーレム力を使うときに、体が浮いてしまう。
戦車を持ち上げる事が出来ない。
そして、今の様な戦闘中だと……重さを掛けて敵の制圧だ。
のし掛かるだけでも相手を無効化出来る。
「右」
後ろから着いてきたヴィーゼが告げた。
その方向はバルタにも音でわかっていた。
動かずにジッとしていても、ここまで近付けば生きる音は聞こえる。
微かな呼吸音、出来るだけ我慢していても完全に止める事は不可能だ。
そして、心臓の音も同じだ。
階段から床に降りてそちらに銃を向けた。
ここまで撃たれる事も無くに来られた。
そして、暗い地下室を確認するとそんなに広くもない。
大小の荷物が置かれて入り組んでは居るが……ここで爆発を起こせば、隠れて居る者もただでは済まない。
なるほど……確かに敵意は無いようだ。
「出てくる気が無いのなら……引き摺り出すけど?」
最後通告の様に告げた。
「わかった……だから乱暴はしないでくれ」
隅の荷物の陰からしわがれた声。
そして、両手を上げた老人が出てきた。
広場に立つアンの前に座らされた老人。
地べたに直接では無くて、適当に見付けた木箱を椅子代わりにしてだ。
流石に老人を立たせっぱなしは気が引けたし、地べたに座らせるのも違う気がする。
目の前の老人は犯罪者でも容疑者でも無いのだからだ。
「ここで何をしていた?」
アンの方は立ったままで、上から威圧的に見下ろしている。
取り調べ?
「火事場泥棒……は、違うか。もう放棄されて二年も経って居るのだし」
「ここは……ワシの家だ」
固い表情のままに話す老人。
「他の者は行く宛も有ったのだろうが、ワシにはここしかない……だから今もそのまま住んでいるだけだ」
「戦争で生き延びたのか」
ぐるりと村を見渡したアン。
「この村は戦後に潰された……戦争なんて関係の無い村だったのに」
「戦後にか?」
「エルフがやって来たんだ……」
顔が歪んだ老人。
「この村は以前は人もそれ以外の者も分け隔てなくに生活していた」
獣人の子供達を見て。
「獣人もエルフもだ」
大きな溜め息を吐いて続ける。
「戦後のスグのある時……親衛隊が来た」
側に停められていたルノーftをニガニガしく見て。
「エルフを総て差し出せと言って連行していった。私の友人のエルフもその孫も連れていかれた……良い奴だったのに」
「それは戦後の話か?」
顔を歪めたアン。
「そうだ、もう戦争は終わっていた筈だ……武器屋のドワーフがハッキリとそう言っていた」
「なら……人拐いか」
「いや……一応は仕事が有るからと口実は付けていたし……村にも少ない金を置いて行った」
「人身売買」
眉間にシワが依るアン。
「まあ……それは良い、そこまでは受け入れても仕方無いとは理解していた……戦争中はエルフはソレだけで逮捕なのだから。戦後のスグの混乱の時でもそれは有り得る事だとは、ワシもエルフ達も覚悟はしていたからな」
「そうか……時期的には微妙だったのだろうな」
戦中と戦後の線引きは、今回の戦争では特に曖昧だ。
なにせ勝った国が無いのだから……その宣言も無い。
唯一の判断は、ドラゴンが王都に住み着いた時か?
それともドラゴンが国に口を挟んだその時か?
いや、この国はそれ以前に負けていた……最後の国王が死んだその時なら、もう少し前倒しされる。
戦中ならエルフを連行しても合法だ、そう法律で定められていた敵対人種なのだからだ。
戦後は共和国と成ったので同じ国の同族だ……エルフだけの理由では連行は出来ない。
「その後だ……暫くは平和に過ごしていたその時にエルフの州兵達がトンネルを越えてやって来た」
「私達も昼間に会った……こちら側では兵士では無い筈なのだがな、その姿も態度も兵士然としていたな」
「そのエルフの州兵は……ここに居た筈のエルフを探して居たようだった。エルフは解放されたのだから迎えに来たとね」
「もう人の中に隠れる必要も無いから……何処に居ても自由な筈なのだが?」
「そんな理屈がエルフに通用するものか……奴等はとにかく群れる。そして自分の領土に連れ帰ろうとする。その相手の意思は無視だ」
「繋がってしまえば、簡単に洗脳もできるからね」
マリーが横から口を挟んだ。
「意識の塊の暴力ね」
宗教家や政治家達がやるマインドコントロールの直接番……個の意識を直接に飲み込んで書き換えてしまうのだ。
「まあ、理屈はわからんが」
首を振った老人。
「しかし、ここに居た筈のエルフが居なく成っている事に気付いたエルフ兵達は村人を相手に尋問を始めた……ナゼ居なくなった? 何処に行った? とな」
目を瞑り黙る老人。
アンは次に話し始めるのを少し待つ。
しばらく考えていたのだろう老人は、大きく息を吐き出してまた話始めた。
「村の皆は……今のワシの様に素直に事実を話した。するとだ……そのエルフ達は怒りを露にして暴れだした。我々村人達を人身売買の犯罪者だと罵ってだ」
「逮捕ではなくて……直接の暴力か」
アンはまた村の様子を確認した。
「そうだ……戦車で村の総てを蹂躙したのだ」
「その事は国には通報したのか?」
戦後の出来事ならそれは犯罪だ。
「したさ、村の若いのが王都に行った……が、それっきりだ。誰も帰っては来なかった」
「何処かでエルフにやられたの?」
マリーが聞いた。
「わからん……でも聞けばエルフも国の偉いさんに混じっているそうじゃあないか」
その先は言わない老人。
「揉み消されたかもか……」
代わりにアンが言葉にした。
「酷いはなしだね」
アマルティアは呟いていた。
「そう言えば……村人の獣人達は何処に行ったの?」
エルが聞く。
「さあ……みんな散り散りだ」
「行く宛が……有ったんだ」
エルは驚いて居た。
「有ろうが無かろうが……ここに居ても仕方が無いと思ったんだろう。ワシの様な年老いた者は無理だが、若ければここよりもマシな処は見付けられるだろうしな」
「そうか……しかし」
アンは老人に向かい。
「年寄りが一人で住むには厳しすぎるだろうに、ここでは……そのうちに誰かを寄越す事にするよ」
「いや……それには及ばん」
その提案を拒否した老人。
「ワシは生まれ育ったこの村で死にたい」
そして……少しだけ笑い。
「元村人もたまに訪ねて来てくれるしな」
「助けも有るのか……」
そうかと頷いたアン。
「ああ、多いに助かっているよ……おかげで飢えて死ぬ事は無さそうだ」




