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ファウストの子供達  作者: 喜右衛門
12/233

011 誰かの戦場


 広い平らな平原。

 真上には太陽が在る筈だが……今は確認しにくい。

 多分あの辺? 

 部厚く灰色の雲がソレを隠していた。

 相変わらずに雨は落ちては来ないのだが……いつ降り出してもおかしくない、そんな天気だ。

 

 鬱陶しいとエルは空を見上げて舌打ち。

 「いっそ降ってくれた方が……」

 雨が降り出せばオープントップに天幕を掛けられるし、雨水に冷やされて少しは暑さも凌げる。

 顎に伝わる汗を拭い。

 「この湿気……なんとかならないの?」

 

 「真夏よりはまだ涼しいんじゃないの」

 横に座り込んでいるイナとエノ。

 胸元の服を摘まんで扇いでいた。


 「真夏の日射しも、気温もまだまだ高く成るのでしょうけど……でもカラッとしてる分、まだましよ」

 二人に返している返事には力もない。


 町を出て、盛大な壮行会の様な夜をあけて……3日。

 ズッとこの調子だった。

 見るべき景色も代わり映えしない。

 変化が有るのは夜の闇と昼間の薄暗さだけ。

 あとは……ただただ鬱陶しい湿気。


 と、その時。

 ヴェスペが停まった。


 「どうしたの?」

 エルは、足元の段差の隙間から前の運転席に座るローザを覗き込み、声を掛ける。

 あの夜からはローザがヴェスペを運転していた。

 ルノーの方はヴィーゼが運転する事に為ったからの玉突きだ。

 

 「車列が停まったから……」

 ローザの返事は簡潔だった。


 エルは今度は背伸びをするようにして、ヴェスペの防御板を越えて前を見る。


 目の前の幌車が停まって居る。

 弾いているのは、御者の居ない魔物の子供。

 元国王に使役され、その指示を口頭で受けて理解している様だ。

 その前の、もう1台の荷車も同じだった。

 やはり停まって居る。

 そして影に隠れて見えないが、先頭に居る筈のルノーも停まって居るのだろう。

 エルは無線を取り。

 「どうしたの? 何か有った?」

 さっきと同じ事を聞いた。

 

 「バルタが停まれって……」

 返事はヴィーゼだ。

 「音を立てずに静かに……だって」


 「何かを見付けたのかしら……」

 小首を傾げているエル。


 「獲物?」

 無線から誰かの小声が掠れかけて聞こえた。

 音が小さいから誰だかはわからないけど……推測するに犬耳三姉妹の誰かだ。

 いや……訂正。

 犬耳三姉妹の末っ子以外の二人のうちのどちらかだ。

 ネーヴなら食べられるかを真っ先に聞く筈だからだ。


 その先頭のルノーft-17(改)軽戦車。

 砲塔の後ろの両開きハッチを開けて、バルタが出てきた。

 そして砲塔の上に登り……両手を耳に当てて辺りを伺う。


 ……。


 少しの時間が過ぎた。

 バルタの耳の先がピクリと動く。


 「戦車が居る……たくさん」

 

 ルノーの運転席の両開きハッチを押し上げて、背一杯の背伸びで無線機を突き出していたヴィーゼにも、その声はしっかりと聞こえた。


 そして、直ぐ様折り返しの無線。

 「どこ?」

 「敵?」

 「どっち?」

 

 「方向を聞いたの?」

 バルタは前に伸ばした手を少し右にずらして答える。

 「敵かどうかを聞いたのなら……わからない」

 

 



 バルタ達は高い崖の上から、うつ伏せる様に寝転がり……頭だけを突き出して見下ろしていた。

 横にはイナ。

 そして、後方にはバイクに跨がったままのエレン。

 ここに居るのはその三人だけだった。

 残りの者は戦車の所で待機だ。


 そして眼下に見ているのは……幾両かの戦車と砲、塹壕。

 人の表情はわからないが、何をしているのかは……わかる。

 そんな距離だった。


 「戦争?」

 イナの感想……見たままだ。


 「もう戦争は終わってるから……アレは紛争?」

 小首を傾げたバルタ。

 「それとも……その真似事?」

 砲も戦車も塹壕の中の兵士も皆が同じ方向……バルタ達から見て左に向いている。

 攻撃の準備……もしくは攻撃される為の準備に見える。

 そして緊張感も見えた。


 「どんな状況なの?」

 無線からのエルの声だった。

 報告が無いので痺れを切らしたのだろう。


 「制服はバラバラ……戦車もバラバラ……兵士達の種族は人間?」

 最後に疑問系に為ったのは、戦争だとしても……例えばエルフやフェイクエルフでも、兵士として戦わされるのは人族の転生者。

 ドイツ人だったり。

 アメリカ人だったり。

 日本人だったり。

 今は奴隷は禁止されてはいるが……それでも各々の種族の兵士はそれらを主に使う。

 奴隷では無くて……奴隷のような雇用契約で縛ってだった。

 名目は志願兵。

 しかし、各々の地域ではその仕事以外の選択肢を与えられない。

 そして何年かを無事に生き残れば……その時にやっと市民権を認められる、とバルタ達は聞いていた。

 教えてくれたのはバルタ達の町に逃げて来た、その兵士達だった。

 逃げられたのは運が良かったと最後に付け加えてだったが。


 「盗賊とかですか?」

 次に無線から聞こえたのはクリスティナだ。

 

 「違うと思う……規模が大きすぎるし、統率もとれてる」

 バルタは直ぐに返事を返した。


 「兵士なのは間違いないと思う……」

 イナも肯定する。

 「戦車はt-34にM4シャーマン、3号も見える」

 少し間を開けて。

 「歩兵の銃もバラバラだ」

 

 「統一されてないの?」

 今度はローザ。

 「弾や燃料もバラバラって事か……連合軍にしてもオカシイわね」


 「そもそも国は、今は一つじゃろうに」

 元国王も横からだろうか?

 「戦争もクソも無いと思うがの……」

 

 「種族間の紛争? 内紛?」

 マリー。

 「いや……それもオカシイのか。バラバラの意味が無い……」

 うーんと唸り声。

 「そもそもが、いったい誰と戦ってるのよ……ソイツ等」


 「軍事演習だったりして」

 ボソリとの声はアマルティア。

 

 それには成る程と肯定する者。

 このご時世にか? と、疑問を呈する者。

 勿論……何も考えない者も、居た。


 「兎に角……わかったから帰って来て」

 エルがそれらを代表して……独断で締める。

 「見付からない様にね」


 「加勢せんのか?」

 しかし、それには驚いた声が飛ぶ。


 「どっちによ」

 言い争いに成りそうな予感。

 「バラバラの奴らに? それとも見えない方に?」

 フムと鼻を鳴らしたエル。

 「どっちが悪者で、どっちが正義の味方かしらね」

 多分、両の手を天に向けて首を振っているのだろう。

 声音は少し小馬鹿にしたようにも聞こえた。 

 

 無線越しに聞かれるそれらにはバルタ達も首をすくませる。

 どうでもいいわよ……と、そんな素振りだろう。

 



 戻って来たバルタはもう一度皆に説明。

 そして結論は、巻き込まれない様にと遠巻きにして遣り過ごすとなった。


 


 「ファウストなら、どっちに付くかを決断しただろうに……」

 まだ、グチグチと続ける元国王。

 

 「そんな筈ないでしょ」

 律儀に反論するエル。

 「パトなら無駄な戦闘は避けるわよ」


 「確かに……アレが味方であっても、何故に我々が危険に晒される必要が有る? って言いそう」

 エルの横のエノだった。

 「死にたい奴は勝手に死ね、だからね」


 「私達の誰かが巻き込まれて居ない限りはね」

 エルも大きく何度も頷いている。


 そんな感じで、車列は少し向きをズラして進んでいった。




 

 日も傾き、依りいっそう薄暗く成り始めた時。

 目の前に手入れがされた麦畑が広がり始めた。

 収穫事態はもう既に終えている様だ。

 金色の小麦が横に踏み倒されている。


 小麦は雨に当たると発芽の準備を始める為に品質が落ちる。

 なので雨季が始める前に収穫をするのだ。

 因みにだが、こちらの世界では冬にも雨季が在る……雨季と言うには少し違うかも知れないが……冬の雨はザアザアと降るのでは無くてシトシトと永遠と降る感じと、それに湿った霧が重なる。

 北に行けばそれは雪に変わるが、バルタ達の町ではそれも半々ぐらいだった。


 そのまま暫く進むと村が見え始めた。

 背の高い建物は無い……素朴な農村。

 マリー地図を見て確認をしようとしているのだが……小首を傾げている。

 古そうに見える建物が大半だから、地図に載ってない事は無いとは思うが……もしかするとマリーは地図が苦手なのかも知れない。


 横からペトラが地図に指を指す。

 「これじゃない?」

 それにはカムスとあった。


 「カムス村……初めて聞くのう」

 元国王がのたまう。


 「いや……あんた仮にも王様だったのでしょう? 自分の領地の地理くらいは……」

 そう言い掛けたマリー溜め息を吐き。

 「そう言えばアンタは名前を覚えないんだったっけか」


 「どうでも良いじゃろう」

 元国王は地図を覗き込みながら、指をすらして……」

 「少しばかり遠回りをし過ぎたかの」

 指でトントンと叩き。

 「最初の目的地を行き過ぎておる」


 「最初の目的地?」

 ペトラが驚いて。

 「何処かに寄る積もりだったの?」


 「いや……この街に鉄道が通っておるからのソコから列車の乗る積もりだったのじゃが……」


 「列車って……戦車は?」


 「勿論、乗せる積もりじゃが?」


 「列車って……戦車も運べるの?」

 更に驚いたペトラ。


 「ペトラは列車に乗った事が無いの?」

 幌車の外から声が飛んで来た。

 少し自慢したげな声音はアンナだった。

 

 「何よ……アンタ達は乗った事が有るみたいな言いかたして」

 憮然と言い返す。


 が、フフンと鼻を鳴らしたアンナは。

 「有るよ」

 そこに割り込んでネーヴも頷いている。

 バイクに乗りながらに器用に聞き耳を立てていたらしい。

 「列車って凄いんだよ、たまに停まって伝統芸能だっけかを見せてくれるの……昔の冒険者の技だって」


 「魔法とか剣術とか弓とかで、魔物を退治して見せてくれるんだよ」

 エレンもバイクを近付けて、会話に入ってきた。


 その自慢気な雰囲気に、若干ムッとしたペトラ。

 「嘘でしょうそんなの……私を騙す積もり?」


 「ホントだよ」

 三姉妹は声を揃えて叫ぶ。


 ソレを無線越しに聞いていたのであろうローザが。

 「ホントの事……それ専属の冒険者が列車には乗っているんだよ」

 

 そして元国王とマリーとムーズも頷いた。

 

 「みんな乗った事が有るの?」

 どうやら本当の事らしい。

 三姉妹が乗った事があると言うのなら、他の皆も在る筈だ。

 バルタやエルもタヌキ耳姉妹も……ヴィーゼまでもだ。

 パトに拾われる迄は奴隷で盗賊に閉じ込められていたって聞いた。

 だから乗ったのはパトと出会ってからだ。

 そして私達とパトが出会うまでの間の事の筈。

 

 なんだか負けた気分に成ったペトラは、同じく小首を傾げていたクリスティナを抱き寄せた。

 「いいもん私達もこれから乗るんだから」

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