115 山脈のトンネル
南下を続けた一行。
三日目の昼前には風景が変わり始めた。
左には相変わらずの大きな山脈、竜の背が有るのだが……地面は剥き出しに近くなり草木が極端に減ってきた。
その地面の土も黄色いサラサラとした感じで、いかにも水分が足りていないという風だ。
「ペースは悪く無いのかしら」
無線で皆に確認をとったのはエル。
「以前にパトと来たものね」
聞かれた事に答えようと考えているのだろうイナの返事。
「この先に大トンネルで……そこから少し先に村だっけか」
「ああ、その村ならもう無いよ」
ローザが訂正を入れる。
「随分と前に潰れて廃村に為って、以前にそこに居たドワーフが里に戻ったって聞いてる」
ドワーフは至る所に居て、常に情報のやり取りをしていた。
それは国を持たない種族の生きる為の手段だ。
団結し結束する。
土地では無くて集団で纏まるのだ。
そして、武器は技術だ。
一度でも生活が楽に為る技術に触れた人間はソレを手放すのを嫌がる。
だからドワーフに対しての差別は控えるし、なんなら自分の村や町にと誘致活動めでするのだ。
「じゃあ……補給は出来ないね」
唸ったエル。
「補給は必要無いんじゃ無いの?」
ヴィーゼが聞いた。
「ガソリンはマリーが出してくれてるし……弾も減って無いよ?」
「まあそうだけど……食料がね」
考えて居る風の返事。
「じゃあ……やっぱり魔物狩りかな」
「それだと、昼過ぎの良い感じの時間に見付けられるかだけどね」
「ねえ、聞いて良い?」
エルの横に居たクリスティナの声だった。
「なんで、その時間で無いとダメなの?」
「荷物に成って邪魔でしょう? それに他の魔物も呼ぶからね」
魔物の肉の匂いに引き寄せられる。
「じゃあ……マリーに聞いて良い?」
クリスティナはエルの無線を掴んだ様だ。
「ガソリンや水を出して居る魔方陣なんだけど……先に何かを送って居たよね? 紙みたいなの」
「注文書ね」
マリーが答えた。
「何が欲しいかを伝えないと、相手もわからないからね」
「それってさ……紙だけしか送れないの?」
少し首を捻ったのだろう、遅れて。
「もっと大きなモノとかさ」
「別に何でも送れるわよ……大き過ぎなければね」
「じゃあ、魔物は?」
「生きているモノはダメ」
「死んだ魔物の肉は?」
「相手が嫌がるでしょう……死体なんて」
「綺麗に処理したモノならどう? バラバラの肉の形にして」
「それなら……まあ、半分くらいをお裾分けの形にすれば、逆に喜ぶかな?」
「ほら……良いんだって」
クリスティナの声が急に小さく為った。
エルに無線機を返したのだろう。
そしてエルの声は聞こえて来ない。
エル以外の者も黙ったままだ。
でも全員に共通しての心の声は聞こえた気がした。
その手が有ったか!
狩りが解禁されて、張り切ったのは犬耳三姉妹なのは誰でもわかる事。
それまではルノーftと並走していたのに、今はヴェスペの横に張り付いている。
クリスティナが見付ける魔物の情報をいち速くに得るためだ。
そんななのでクリスティナが無線に手を伸ばそうとすると、さきに三姉妹が尋ねる。
「どっち?」
食べられるか食べられないかである。
しかし、クリスティナはソレにはことごとくに首を横に振った。
進行方向の先で先行偵察をしているコノハちゃんかもしくはマガモ兄弟が見付けるのは今のところ虫の魔物ばかりだった。
「もう日が暮れるじゃん」
何度目かのそのやり取りに思わず愚痴を溢したエレン。
「獲物……無し」
ほうけた顔で呟くアンナ。
「お腹減ったよぅ」
ネーヴは泣き言だ。
「これは……今日もインスタントか」
エルもぼやいた。
「いい加減にしてよ!」
2日続けてのレトルト、それが3日続きに成ろうとしている事実にイライラが募ったマリーは叫ぶ。
「今日はなにがなんでも普通の食事よ!」
「そう言うけどさあ……獲物が居ないんじゃ仕方無いと思うよ」
イナが宥めにかかる。
「いや……居るんだけどね、ただ誰かがそれは嫌だって言うし」
虫の事だ。
エノは少しのイヤミを被せる。
「なに? ムーズのせいだって言いたいの?」
マリーはそれにも反応した。
「え? 私のせい?」
ムーズの困惑した声。
「別に私は……虫でも食べられるモノなら何でも……」
「だめよ! 貴族様でしょう? プライドは?」
言葉を被せて遮ったマリー。
「いえ……元貴族ですから、今は普通の人間です」
圧に負けたのかボソボソと。
「ねえ……さっきの話だけど」
クリスティナが割って入ってきた。
「マリーの転送魔法って相手も居るんでしょう? 注文するヤツ」
「そうだけどなに? 今は今晩の食事の話をしているのよ!」
トゲの有る物言い。
「それなんだけど……料理は注文出来ないの?」
めげずに続けたクリスティナ。
「あ!」
気付いてしまったマリーだった。
「できる……わね」
ボソボソと。
「はい」
明るい声で言い切るクリスティナ。
「解決」
夕食はミートパイにスープにパンだった。
翌日。
昼前にはトンネルの入り口が見えた。
正確にはコノハちゃんが確認した。
だが……そこにエルフも居た。
人の出入りを確認している様な素振りで警戒している……らしい。
格好もエルフ軍そのままでだ。
「どうする?」
皆は一度、集まっての会議中。
「別にエルフに見られても良いんじゃあ無いの?」
タヌキ耳姉妹は頷いている。
「言い分けは適当でも……だめ?」
「でも……下手に勘ぐられるのも嫌だな」
エルは唸る。
「軍隊の格好なら……近付かない方が良いぞ」
アンはヤメとけと止める。
「一応はエルフ軍も正規軍だが……人族の軍隊とは全くのベツモノだ。上の方の更に上でも繋がりは無い」
「それってどういう事?」
ヴィーゼが聞いた。
「同じ仕事をしてても会社は違うって感じだな」
わかり易くと、そう答えたアン。
「昔の親衛隊と国防警察軍みたいな?」
「それ依りももっとベツモノって感じだ」
ウーンと考える素振りで続けた。
「例えば今、私が捕まると捕虜の様な扱いを受ける……同じ自国民の軍隊なのにだ」
「それって……いいの?」
驚いた子供達。
「非合法では無い……エルフ領とは1つの国だが州、種族としての自治権は認められている」
「ヤメといた方が良さそうね」
エルの決断に皆も同意するように頷いた。
「まあ、敢えて通らなければイケないわけでも無いしね」
「それって、山脈に沿って移動するって事?」
マリーが聞いた。
「そうなるね」
アンが返答。
「なら……このまま砂漠か」
唸ったマリー。
「砂の砂漠?」
ムーズがニコニコと聞いた。
「なんか……勘違いしてない?」
なぜに笑えると顔をしかめたマリー。
「岩場やガレ場の荒野よ……月夜の晩にラクダに乗った王子さまは出てこないからね」
「そうなの?」
食い下がろうとしたムーズ。
「でも……砂漠って言ったよね?」
「岩場でも荒れ地でも分類は砂漠で……サラサラの砂だけって場所は一部分よ」
ヤレヤレと首を振ったマリー。
「この感じの延長」
手をグルリと回した。
もうこの場所は砂漠の入り口みたいな場所だった。
大くて脆そうな黄色い岩がゴロゴロと転がって、その岩と岩の間には粉の様な砂。
それでも短い頑丈そうな草は這えているし、木の背丈も短く細いけどもそこここに有る。
マリーの言う砂漠はその緑を探さないと見付からない……そんな場所の事だ。
「拳銃が必要ね」
ムフッとヴィーゼ。
「リボルバーの古いヤツ?」
イナも笑って。
「じゃあ、糸みたいなヒラヒラの着いたジャケットもね」
エナも笑った。
「ゴッゴ遊びでもするの?」
エルも乗っかって。
「踵にトゲトゲのワッカの着いたブーツも履かなきゃ」
「馬が居ないよ?」
流石にヴィーゼも苦笑い。
「じゃあ……変わりにラクダでは?」
エルはアマルティアのラクダ風ロバのゴーレムを指差した。
「ロバです!」
間髪入れずに叫んだアマルティア。
「そうか……砂の砂漠を見付けても、砂漠の御姫様ゴッコは出来ないって」
ムーズにそう言って。
エルとヴィーゼは腹を抱えて大笑いした。




