110 ファウスト・パトローネの罪
「パトが指名手配されてるっていってる!」
無線の向こうのペトラは慌てている様だ。
「なんでよ! 誰がソレを言っているの?」
最初に無線を受けたオリジナル・エルが聞き返した。
ソレ以外の者も眉間にシワを寄せて小首を傾げて、押し黙って聞き耳をたてる。
「ドラゴン」
無線のペトラははっきりと言い切った。
そして続けて。
「元国王も……知ってたぽい」
少し絶句した子供達。
ペトラの言葉の意味を咀嚼できない者が半分……意味がわかっても飲み込めない者が半分。
唯一……直接無線を受けたエルだけが理解をしていた。
いや、理解するしないの以前に疑問がわいてくる。
「なんの罪でよ、パトはこの国の為に命を掛けて戦ったのに」
「戦争でエルフを殺した罪だって……それでテロ犯にされてる」
「戦争だから敵を殺すのは当たり前じゃない」
半分がエルフのエルでもそう叫んだ。
「戦争犯罪者……じゃなくてテロ犯?」
オリジナル・バルタの口からこぼれ出る。
「前は別の国だったから戦争だけど……今はひとつに成ったからテロ犯?」
ゴーレム・バルタはオリジナルに答えた。
「それでも、軍人として戦ったのだからテロには為らないでしょう」
オリジナルはゴーレムを睨んだ。
「そんなことわかってるわよ」
ゴーレム・バルタは続けて。
「でも、パトは2年も帰ってこない……誰と戦っているの? もうこの国の軍隊はその殆どが解体されて、今は国防警察軍の方が多いのに」
「それは、アルロン大佐とでしょう?」
「とち狂った貴族……所詮はたかが一人よ」
「それは……確かに2年は長すぎると、思う」
そこで黙ってしまった二人。
「聞いていい?」
オリジナル・ヴィーゼが手を挙げた。
「指名手配って逮捕されるのよね……でももう軍隊は無いのよね?」
「そうね……一部が小さく残っただけって聞いた」
ゴーレム・エルが答えた。
「じゃあさあ……誰が逮捕出来る?」
子供達は一斉にアンを見た。
「今……逮捕権を持っているのは、その一部の軍隊と国防警察軍だけ、だね」
オリジナル・エルが尋ねる様にして聞く。
それまで黙っていたアンは……渋い顔に成る。
「そうね……警察軍だけね」
そう認めた。
「もしかして……知ってた?」
バルタがアンを睨む。
「ココを買い取ったのも……パトが帰ってくるかも知れないから?」
逃げ込める場所を減らすため?
アンも元は貴族だ、下級とはいえ屋敷くらいは持っている。
しかもシャロン家の娘はアンだけ……上に兄が二人いるようだけど、それでも結婚するまでは実家に居るのが普通だ。
いや、貴族なのだから結婚しても実家暮らしも普通に有る。
養子や名目婚以外でも、通い婚も有るのだし。
そうでないと姑と嫁で揉めれば家を潰しかねない……どちらも貴族様でプライドの塊なのだから。
……それなのに、家を与える? ソレを許す?
屋敷の主なら……もう独立だよ。
「知っていた」
諦めたのだろうか頷いたアン。
「私の父の頭の中では……どうも私はパトと結婚しているらしい」
ソレには首を捻りながらに続けたアン。
「だから、夫の後始末はオマエが着けろと言われた……その予算もたっぷりと寄越して」
ああ……花音の記憶の改変、か。
花音は最初は、パトと一緒にコチラの世界にコピーされた娘を装っていた。
でも、そのパトがコチラの世界に来たのはもう何千年も何万年も前だ……辻褄が合わない。
花音もまた、それ以前の何十年か前にこちらに転生してきたのだ。
体が子供なのは、その能力がカワズと同じだから……この世界に別の世界をコピー出来る。
そして、その術式の中の魔素を吸収して若返る事が出来る。
カワズは転生者の命を魔素に還元して吸収していたけど、花音はどうも違うらしい。
花音がコピーする世界は第一次世界大戦から第二次世界大戦中のヨーロッパだ。
そして、そのコピーに着いてきた転生者は殺さない様だ。
それでも体は子供なので、なにかしらの還元方法があるのだろう……けど、それはわからない。
本人に聞くにも、何処を探しても見付からないから……それも無理。
まあ、それは良いとしても……もう一つの能力が記憶の改変。
それで、自分の回りの記憶を書き換えて自分を保護するようにと仕向けていた。
だから、パトは最初は自分は転生者だと思い込んでいた。
実際にはこの世界を造った者の一人なのに。
花音にそう思い込まされて居たのだ。
そして、その犠牲者の一人がアンの父親なのだろう。
自分を保護してくれているパトが貴族と結婚すればもっと自分は安泰だとでも、花音はそう考えたと思う。
そして、それがバレた途端に姿を眩ました。
まわりはそのままで逃げ出したのだ。
「迷惑な話だ」
バルタは大な溜め息を吐く。
「いや……そうでもない」
アンはバルタの呟きを勘違いして答えた。
「パトの指名手配は、国が変わって権力と立場を得たエルフ族の逆恨みだ……本来ならエルフが直接に逮捕に向かうだろうけど、それを私の立場で押さえられている」
「そうでも無いと思うけど」
オリジナル・エルが肩を竦めた。
「パトの町の近くで黒服擬きと雑多な冒険者のフリをした者達が争ってた。どっちも分不相応な戦車を持ち出して」
アンを見て。
「それに町の近くにエルフが隠れて居る村も見付けた……どっちも偶然?」
首を振ったエル。
「たぶん私達の町を監視していたか……攻撃を仕掛けようとしてたかね」
「そうなの?」
オリジナル・ヴィーゼが驚いていた。
「それも元国王は気付いて居たと思うわよ……だって、あの時にどちらの加勢もするなと私達をあの場からすぐに引き離したから」
「成る程……そう言えば村も長居はしなかったね」
フムフムとヴィーゼ。
「黒服?」
アンは驚いていた。
「親衛隊の残党かしら」
「たぶん……親衛隊そのものじゃ無いの? 国防警察軍に吸収されて腹を立てたとかじゃ無いの?」
オリジナル・エル吐き捨てる様に。
ゴーレム・エルも続ける。
「アンの家は代々、国防警察軍を家業にしているのよね? そしてアンのお父さんはパトはアンの旦那様だと思ってる……なら、親衛隊もそう思ってても不思議じゃないし、そう思ってるならパトをダシにして国防警察軍からアンの家、シャロン家を追い出せるとでも考えてもオカシイわけじゃないわよね」
「それって……パトはトバッチリ?」
ムッとしてアンを睨んだヴィーゼ。
「そうでもない……親衛隊はそうかもだけどエルフは本気で怒っている」
アンはヴィーゼをなだめつつ。
「エルフ領の南で隠れ住んでいた獣人の解放運動を助けているのが今のパトだ」
「解放運動?」
首を傾げたヴィーゼ。
「元はアルロン大佐が独立を企てたのだが、その時に流浪の民の獣人を利用したんだが、そこに現れたパトが本気で獣人を解放しようと動き出したんだ」
肩を竦めたアン。
「獣人は本来は何処の国にも属さない……国を持たない民族だ。その獣人に自治権を求めた紛争を始めた」
大きく息を吐き出して。
「紛争の相手は……それを許さないエルフとだ」
「エルフはもう国の一部よね……それじゃあ立派な犯罪者じゃないの」
オリジナル・エルの声も大きくなる。
「でも……それって私達の為でも有るんじゃないの?」
オリジナル・ヴィーゼは悲しい顔をした。
「そうかもだけど……犯罪はダメよ」
エルは怒る。
「いや、犯罪者にされる様な弱味を見せるのはダメ!」
その時、無線からペトラの泣き言。
「みんな何処よ……何処に居るのよ!」
「今から迎えに行くわよ! そこでオトナシクしてなさい」
無線機に怒鳴ったオリジナル・エルは皆にも怒鳴る。
「パトを助けに行くわよ! みんなも準備して」
その言葉に一斉に動き出した子供達。




