107 王城と我が家
小屋の中を一通り見て回ったエルが、ローザのお兄さんにたずねる。
「ところでさ……母屋って今は誰が住んでるの?」
ムーズの屋敷の元ベルダン家を指差して。
「え? ああ……国防警察軍の総司令官補佐のシャロン・アンさんだよ」
「アンが居るの?」
「そう、放棄されて空き家に成ってたこの屋敷が競売に掛けられてね……それを競り落としたのがシャロン家で、今はアンさんが住んでる」
少し首を捻り。
「まあ……イロイロと理由が有るようだけど、詳しくはわからない」
笑って。
「こっちは家賃を払ってる身だしね」
「理由? ……それはまあいいや」
エルは勢い良く階段を昇って大な声で皆を呼んだ。
「アンが母屋に居るって!」
「ほんと?」
「うそ?」
「いこう」
口々に声に出していた子供達。
それには、ローザのお兄さんが階下から大な声で。
「今は居ないよ! 今日は非番だからって、懐かしい者達が王都に来たみたいだから探しに行くって出ていったから」
「あ! それ……私たちの事だ」
「入れ違いに為ったのね」
「じゃあ、待ってれば帰ってくるってことだよね」
ワイワイとおおハシャギだ。
その頃……元国王は王城の門番と揉めていた。
町の外周の城壁には門番は居なかったが、流石に王城の城壁にはそれは居た。
その守るべき白はいまだにボロボロのままだが。
まあそうだろう、爆破されて相当に崩された城だ。
突貫工事で直せる部分は有っても、それは少ない。
なにせ城なのだから……中途半端に直せば格式もヘチマも有ったもんじゃない。
それに、今の城の主はドラゴンで……別に屋根も壁も必要とはしていないから尚更だ。
適当にココと決めたエリアに居座るだけだ。
雨に打たれようが雷に打たれようが屁とも思わない……そんな存在だからだ。
だから、ドラゴンだけなら門番も必要は無い。
しかし、城にはドラゴン以外の人も居た。
人間の代表に亜人であるエルフと疑似エルフに擬人の代表達。
戦争以前のそれぞれの国の代表だ。
それらが集まって今の連合国家が成り立っている。
今はまだ連合国家だ。
もう少し進めば連邦国家には成れるのだろうけど……まだそこまでにはいかない過渡期の状態だ。
だからか、随分と不安定でも有る。
互いの国が主権を主張しては揉める事の繰り返しだ。
ただ、頂点にドラゴンが居るから戦争には成らない……と、そんなレベル。
逆にドラゴンが居るから何時までも連合国家なのかも知れないが。
ドラゴンがその場を退いて、人なり亜人なり擬人なりの誰かがその座を受け継げば、その時に初めて連邦国家に成れるのかもしれない……運が良ければだ。
たぶん……そうなればまた戦争で分裂する確率の方が高いと思われるのだが。
「だからドラゴンに会いに来たのじゃ」
もう一度、説明をする元国王。
「ほら、ドラゴンの娘も居るわよ」
マリーは遠巻きにビク付いて居たペトラを強引に前に押し出してだ。
しかし、苦笑いの門番。
ドラゴンの娘と言われても……だろう。
姿形が違いすぎる、その娘は誰がどう見ても人間の娘だ。
「仕方無い……奥の手を使おう」
元国王は大な溜め息を吐いて。
「元近衛兵は居らんか? 出来れば以前の位が高かった者じゃ」
「それくらいなら呼べるでしょう?」
マリーも突っかかる。
しかし、それでも動こうとはしない門番。
まあ、そうだろうわけのわからない人間の言うことをイチイチ聞いていては門番の仕事などは勤まる筈もない。
まだ、ニコヤカニ対応してやっているだけでもマシだろうとそんな感じだ。
普通ならこんな老人子供は突き飛ばしてそれで終わりだ。
「ラチがあかんのう」
困り果てた元国王。
スウッと息を吸い込んで……出せる限りの大声を出した。
「誰か居らんのか? ワシの声がわかる者は!」
……。
暫くすると、何処からか人がやって来た。
見れば普通の平民の格好。
「お呼びですか?」
その平民は門番の目に映る小汚い老人に頭を下げる。
「この者がココを通さんのじゃ」
小汚い老人……元国王は門番を指差した。
「なぜに通さないのでしょうか?」
平民は門番にたずねる。
「お前はこの老人の関係者か?」
門番はその平民の問いは無視してたずね返した。
「ならば……さっさと連れて帰れ」
平民は元国王を見た。
自分ではダメな様です……と、そんな顔だ。
と、また別の者がやって来た。
今度はもう少し良い服を着ている。
「お呼びでしょうか?」
説明をする元国王。
困惑をし始めた門番。
そして、また別の者。
別の者。
ゾロゾロと人だかりに成り始める。
そしてみなが老人に頭を下げていた。
「どういう事だ?」
門番は呻いた。
「何故に通さない」
その門番の肩を後ろから叩いた者が居た。
振り向いた門番は直立不動で敬礼。
「警備隊長官殿」
顔から色が抜け落ちていく。
「だから、何故に通さない」
その警備隊長官と呼ばれた男は続けた。
「しかし……一般人をココを通すわけには……」
シドロモドロだ。
ジロリと門番を睨んだ警備隊長官。
「この御方は……元国王様だぞ」
「いや……元元国王じゃろう? 戦争前の国王じゃし」
「そうでしたか……それは失礼しました」
長官が頭を深々と頭を下げた。
そして門番はその場に崩れ落ちる。
「国王様?」
石の様に固まった首を無理矢理に曲げて、元国王を見た。
「元元国王じゃ」
自分を指差している元国王。
誰が見ても威厳もナニも無いただの老人にしか見えない。
ただ、肩書きがそれなだけ。
誰かにそれを認められなければ……自称で終わる。
今回はそれを認めて、証明してくれる者が居たから良かったが。
というより……居て当然か。
町や城の中の相当数をゾンビとして居たのだから。
そう、集まってきたのは総てがゾンビだった。
主で有る元国王の呼び掛けに答えたのだ。
そして、警備隊長官は元近衛兵。
王と城を直接に護る者。
それは漏れ無くゾンビだったのだ。
そして、それは国が変わってもそのまま、警備隊に居てもおかしくはない。
ふふんと鼻を鳴らした元国王はそのまま、門番の横を通り過ぎた。
マリーもペトラの手を引き着いていく。
「ドラゴンに会いに来た」
元国王は長官に告げる。
「案内せい」
子供は久し振りの我が家でマッタリと寛いでいた。
それぞれの自分のカップもそのまま有ったのでコーヒーを飲む者。
パトのベッドで昼寝を決め込む者。
暫く放置されていたので、少し埃っぽいなと掃除を始める者。
ローザの兄もこの小屋で寝起きをしていた様だが……掃除は苦手のようだ。
キッチンも殆ど使われた形跡もない。
ゴミ箱を確認したイナは眉をしかめた。
「お兄さんは、外食かお弁当ばかりなのね」
店先で売ってそうな串肉の紙包みとか、簡単な魔法のかけられた紙袋……液体が漏れ無く為る程度の魔法だった。
「家事は無理よね」
ローザが笑う。
そんなローザも家事は苦手なのは知っていたイナも苦笑い。
ドワーフ全般がそうなのか……この兄弟だけがそうなのかはわからないけど。
……いや、マンセルもそうだった気がする。
ご飯は適当に酒ばっかり飲んでいた。
と、流しに適当に積まれた空き瓶をつついた。
そして、仕方がないと腕捲りを始めたイナはエノの呼んだ。
「今日はココでご飯を作るわよ」
「材料は有るの?」
スカーフやハンカチで髪や口元を被ったエノが、階段から顔を覗かせる。
手には箒と雑巾だ。
「なんにもないから……エレン達に買いに行かせて」
流しの空き瓶を片付けながらに答える。
「料理をするにも先に片付けないとだけど……だから時間は掛かるからちょうど良いんじゃないの?」
「わかった」
頷いたエノは一度離れて。
「エル達とアマルティアで、後をお願い」
2階の方から声が聞こえて。
階段を降りてきたエノは外に出た。
三姉妹は外に居たからだ。
「ローザとお兄さんは……手伝う気がないならガレージか移動工房の方にでも行ってて」
イナはテーブルに座った二人を見ずに告げた。
そこにジッと座って居られると……邪魔だからだ。
鬱陶しい。




