101 王都メソ・ロンバルディア
ルノーftの操縦席でオリジナル・ヴィーゼは自分の腹を擦っていた。
ポッコリと出っ張ったお腹。
昨日のスープの残りが今朝も出た。
二日目でも、美味しいものは美味しい。
いや、肉に味が染みてモット美味しく成っている。
ヴィーゼはチラリと後ろを振り返った。
バルタのお腹もパンパンだ。
横をバイクで並走していた犬耳三姉妹のお腹もだ。
特にネーヴは酷かった。
増えた重さでバイクがフラフラとしている……あれは、食い過ぎだ。
あの……お腹の中に昨日の可愛い一角ウサギの子供が……。
……いや、こっちか? と、アンナを見た。
こっちかも知れないとエレンも見る。
もしかしたらとバルタだ……
誰のお腹の中に収まったのか……。
と……自分のお腹を擦りながらに皆のお腹を順番に睨んで回した。
「ゲップ……」
さて、王都には昼前くらいには着けそうだ……とオリジナル・バルタ。
クリスティナの新しい使役獣のマガモ兄弟がひとっ飛びで見てきたらしい。
もう危険も無いと報告してくれていた。
腹を擦っていたバルタは砲塔後ろのハッチを開けた。
この季節では珍しく青空だ。
真上を音も立てずにコノハちゃんが滑る様にして飛んでいる。
やはり空は速度が出るのだろう……羽ばたき一つしないユッタリとした飛行。
その顔も穏やかに見える。
それに引き替え……目線を戦車の中に戻したバルタ。
ヴィーゼは何をプリプリとしているのだろうか?
それは、昨日の夜ご飯からだ。
ご飯は美味しかった、ヴィーゼもウサギ肉は好物だった筈。
脂身の無いサッパリとした感じなのに肉としての旨味も多い。
鶏肉をモット美味しくした感じで……私も好きだ。
だから、ツイツイ食べ過ぎた。
それはヴィーゼもだ。
食べ足りないとは成らない筈だ……もう入る余地もない程に食べていたのだから。
もしかすると……もう一度、空のコノハちゃんを見る。
マガモ兄弟は食べる積もりで捕ってきたのに、それをクリスティナに取り上げられた? とかかな?
でも……クリスティナがそんな事をするのだろうか?
クリスティナ本人もマガモ兄弟はヴィーゼに貰ったと言っていたし……。
やっぱり……ナニに怒っているかがわからない。
もう、旅が終わりそうだからか?
でも、帰りもまた旅だ……し。
「うーん」
「お腹苦しいの?」
唸るバルタにヴィーゼが。
「食べ過ぎだよ……」
ゲップ……腹をサスサス。
優しい言葉にトゲを感じた。
太陽が真上に差し掛かる頃。
オリジナル・ヴィーゼが嬉しそうにバルタに告げる。
「見えてきたよ」
「そう?」
ヴィーゼには見えてもバルタにはまだ見えない。
でも、機嫌は少しは戻ったようで何よりだと思う。
それから一時ほど経って……バルタにも王都が見えてきた。
久し振りの王都だ。
ほんの数ヵ月しか居なかったけど、なんだか懐かしい。
「ねえ、家に行ってみようか……どうなったんだろうね」
並走していたエレンにも見えた様だ。
バルタに嬉しそうに話し掛けてきた。
「戦争で慌ただしく逃げたもんね」
主に元国王のせいだけど。
「グチャグチャかな?」
「だれも掃除する人も居ないしね」
「アンにも久し振りに会いたいね」
アンナもバイクを近付けて会話に混ざってきた。
「国防警察軍の司令部に行ったら会えるかな?」
エレンも会いたい様だ。
それに頷いたバルタも是非に会いたいと思っていたのだ。
「国防警察軍の司令官補佐だっけ? 今は」
国防警察軍はアンの家の家業だ。
貴族の時代からそのままに今もそれが続いている。
まあ、貴族では無くなってまだ2年と少しなのだから……これから先はわからないけど。
実際に戦争が終わって国家親衛隊と合併して組織も変わったのだろうし。
最終的には指名任期制に成りそうな予感もする。
となれば、アンが次の司令官筆頭で……その次は、世襲では無くなるのかもしれない。
まあ……アンもその兄達もまだ子供は居ない筈だから、世襲もクソも無いのだけれども。
「お昼ご飯……奢ってくれないかな」
ネーヴも入ってきた。
「お偉いさんなんだし……お金持ちよね?」
「そうだよね」
アンナも同意。
「美味しいレストランとか連れて行ってくれないかな?」
「王都のレストランか……住んでたけど一回も行った事無いもんね」
「そりゃあ……私達は獣人だし無理だよ」
「でもさ……今は差別は禁止なんでしょう?」
「禁止されてても……無くなったわけじゃあ無いわよ」
「そうだね……有るからワザワザ禁止って言ってるんだしね」
そんな雑談を続けていると。
無線からムーズの声。
「このまま王都に入って、国防警察軍はガレージまで行くから……そこでキャラバンは解散だって」
それは、私達もそこまで行くと言う事か。
バルタも無線機を手に。
「ねえ、マリー達はその後どうするの?」
城か城跡か……そこに居るドラゴンに会いに来たんだよね? それが旅の目的だった筈。
「そうね……まずは今夜の寝床を決めて、その後は明日かしらね」
マリーの返事だった。
「あの……」
ムーズがオズオズと。
「アポはどうするのでしょうか? いきなり行って会えるもの?」
目的のドラゴンは世界の王の様な存在。
コンニチワーで会えるとも思えない。
「大丈夫よ、娘が父に会うのにアポなんて必要ないから」
笑ったマリー。
「やっぱり……私なんだ」
ペトラの声は沈んでいた。
タダイマーで済ませる積もりらしい。
ムーズの声は無線からは聞こえない。
たぶん……絶句していると思われる。
ヤッパリ適当だと思ったのだろう。
「いいじゃん……ムーズは自分の用事を最優先にすれば」
エルだった。
「甥っ子が産まれたって言いに行くんでしょう?」
「じゃあ、私達は? どうする?」
各々が別行動ならと、イナだった。
「だから、家の様子を見てからアンに会いに行くんでしょう?」
エルが決めてかかっていた。
さっきから出ていた案をそのまま合わせただけの事なのだけど……決定事項の様に告げている。
「そうだね」
「その後は帰るまで遊んで居ようよ」
「お小遣いが尽きる迄……食べる」
犬耳三姉妹も同意した。
王都の端に差し掛かる。
王都には城壁が有るのだけど、そこにはまだ遠い。
ここは城壁の外に溢れた集落だ。
木造の平屋の小さな家が立ち並ぶ。
密集した大きな村の様な佇まい。
その真ん中の道を進んだ。
両脇には色んな店も見える。
食べ物屋の屋台も見えた。
果物屋の甘ったるい匂いや、串肉の香ばしい匂いが混ざってお腹を刺激している。
買い物客がそれを食べては小腹を満たしている。
お母さん達は雑談で退屈を潰したり。
見知らぬ子供達も歓声を上げながらに走っていたりした。
「随分と活気が出てきたのね」
エルが感心する様に呟いている。
たしかに以前はとても静かな……いや暗い感じもした街だった。
それは戦争のせいでもあるし……ゾンビが街の住人として多かったと言うのも有るのだろう。
もちろんそのゾンビ達は元国王が使役したモノ達だった。
そして、ゾンビだろうと生活して活動していれば、それは街の住人だ。
ただ……街が静かに成りすぎるのだけど。
だって、寝なくても食べなくても我慢さえすれば大丈夫らしいから。
マリーはそんな我慢は絶対にしないだろうけど。
そして城壁をくぐる。
今度は一転して静かに成った。
人は居たし建物も二階建てや三階建ての石造りに変わった。
だけど、その人と人に会話が少ない。
あるグループのお母さん達は買い物篭を腕に掛けて、黙って見詰め合っている。
顔はニコヤカだ……。
ん? と首を傾げたバルタ。
「あれはエルフよ」
それに対しての答えをくれたエル。
「そうか、声に出さなくても喋れるからか」
納得のバルタ。
「こっち側は……獣人や亜人が少ない見たいね」
エルに言われて初めて気がついた。
たしかにさっき迄の城壁の外では亜人の子供達も混じって走っていたのに……中に入ると子供達自体が見掛けない。
「まあ、お上品にしているんでしょう?」
エルのボソリと呟いた声が、どうでもいいと投げやりに聞こえた。