099 二人のヴィーゼ
森の襲撃から二日目の夕方前。
ここまでは敵の襲撃は無い。
そして、王都まではあと半日となった。
このまま進んでも到着が夜に為るので時間調整のキャンプだ。
もう敵も諦めたのだろう。
戦力の建て直しに掛かる時間を考えればそれが妥当だ。
また別の作戦で後日はわからないけど。
さて、この場所。
子供達も良く知っている所だった。
小さな池が有りそれを囲う林。
そこには、王都に住んでいた時に何度も立ち寄ったし……遊びにも来た。
たまにハダカデバゴブリンが出るが、大量に出たのは一度だけ。
そして、一角ウサギが良く獲れる。
今日の晩御飯もそれだ。
ただし一匹だけはクリスティナに生きたまま渡した。
一番に小さいヤツだ。
たぶん使役するだろうと思ってだ。
と、見ていたヴィーゼ……オリジナルとゴーレムが仲良く並んでいた。
その一角ウサギがピョンコピョンコと跳ねている。
「コノハちゃん」
クリスティナは肩にとまったアフリカオオコノハズクの名前を呼んで。
「食べていいよ」
「ええええ」
驚いたヴィーゼの二人は慌ててその一角ウサギに抱き付いた。
「可愛いじゃないの?」
「餌にするの?」
抱き付いてお腹で守る。
「だって……食べたいって言うし」
チラリとコノハちゃんを見たクリスティナは仕方無いねとそんな顔だ。
「ズッとそれを飛んでて疲れたから、その御褒美をくれって」
「たしかに仕事は一杯してたけど……」
二人のヴィーゼもそれは認めた。
「それにさ……」
今度はキャンプの焚き火の方を見たクリスティナ。
「私達だって……どうせ食べるんだし」
「いや……それとこれとは」
ヴィーゼ達も、捌かれて居る一角ウサギが目に入る。
皮を剥がされて、手足はバラバラ……内蔵と血は適当に捨てられていた。
「だから……それ返して」
クリスティナはオリジナル・ヴィーゼが抱き抱えていた一角ウサギを指差した。
チラリと目を落とすヴィーゼ。
小さくて可愛い……たぶん子供だ。
本来なた見逃していたサイズだ……大きくなれば捕って食うのだけど、でもまだ……ブチブチと悩む。
ゴーレム・ヴィーゼも一角ウサギとクリスティナを交互に見ていた。
困惑したクリスティナ。
二人のヴィーゼのその態度を見るに、どうしようかと考え始めた様だった。
「仕方無い……捨てた内蔵でも食べる?」
クリスティナはコノハちゃんに妥協案を提示した。
コノハちゃんはそれでも良さげに一声鳴いた。
たぶん、クリスティナの心の中でも覗いたのだろう。
主人が困ってる……だから生き餌は諦めよう、とだ。
「でもさ……その一角ウサギはどうするの?」
肩に止まっていたコノハちゃんがバサバサと大きな羽を広げて飛び立った。
それを目で追いながら、ヴィーゼに聞いた。
「飼うにしても……魔物だよ。暴れるかも知れないし」
「いや……飼わないけど」
二人のヴィーゼの困惑顔。
「クリスティナはさ……一角ウサギはどうしてダメなの?」
「ダメって事は無いけど……魔物だし」
「ペン太達だって魔物だよ」
「弱そうだし」
「ハム吉だって弱いじゃん」
「角が這えてるし」
尖って細い針の様な角はダメらしい。
目を細めて下唇が突き出ていた。
「いや、この角がいいんじゃないの」
「一角ウサギの角は電気を帯びるから……ビリビリと痺れるよ」
「もっと成長すれば人くらいなら簡単に麻痺に出来るし」
「そうだ……速さも結構あるし」
ヴィーゼ達は二人して交互に一角ウサギを擁護する。
ジイッとそんな二人を見詰めたクリスティナ。
「まあ、使役はしないけど……それは上げる」
「そうなの?」
「可愛いのに……使役しないんだ」
「だって……飛ばないもん」
そう言ってスタスタとコノハちゃんの所へと歩いて行くクリスティナ。
「まあ……跳ねるけど」
「確かに飛ばない」
二人はお互いに顔を見て、渋い顔に成っていた。
……。
「クリスティナ……怒って無かった?」
「最後の一言は……捨て台詞みたいにも聞こえたね」
うーん。
唸った二人。
「これって……」
「私達が取り上げたみたいに為ってない?」
二人して一角ウサギを見詰める。
「代わりの何かを探しに行こうか?」
「そうだね……今度は使役してくれそうなヤツ」
「飛ぶに拘ってたから……鳥かな?」
「ハム吉は相変わらずポケットに居たし……ネズミでもいいんじゃない?」
ふーむ。
二人は側の林を見た。
そして頷き合う。
「何か居ればいいけど」
その場に一角ウサギは置いて。
「野生に戻すか……」
「でも、一応は印でも附けとく?」
「そうだね」
オリジナル・ヴィーゼはピンクのハンカチをポケットから出て取り出して、それを首に巻いてやった。
「リボンとか有ればよかったんだけど」
「ハンカチでもじゅうぶん可愛いじゃない」
ピョンコピョンコと跳ねる一角ウサギに微笑んだ二人は、林に向かって歩き出した。
林の中はもう薄暗い。
「何か居そう?」
オリジナル・ヴィーゼは前を歩くゴーレム・ヴィーゼに聞いた。
林なので、草木を掻き分けてでは無いけれど一応は気にならないゴーレムが先を行く。
「どうかな?」
意識を飛ばさなければ視力は普通の二人は、首を捻った。
とわ言っても……意識を飛ばしてもその距離感が変わるくらいで、そもそも普通にしか見えないのだ。
だから、こう薄暗いと足元も怪しくなる。
「おっと」
木の根っこに躓いたオリジナル・ヴィーゼ。
「歩き憎いね」
「そう?」
ゴーレム・ヴィーゼの足にも根っこが引っ掛かる……だが、その根っこ事を引きちぎった。
側の木がミシミシと音を立てる。
「確かに邪魔ね」
「池の方に行かない?」
そっちの方が開けている筈だ。
池が見えてきた。
夕暮れ時の光も届いていて、水面を赤く染めてキラキラとさせていた。
「居ないね……」
キョロキョロと辺りをうかがったゴーレム・ヴィーゼ。
「仕方無い」
オリジナル・ヴィーゼは服を脱ぎ出した。
「ここは、ひと泳ぎして考えよう」
声は弾んでいた。
「そうしよう」
ゴーレム・ヴィーゼもムフフと笑う。
早速、飛び込んだオリジナル・ヴィーゼ。
久しぶりの水の中……列車の時のマーメイドショー、あれ以来だ。
裸でスイスイと泳ぐ。
ゴーレム・ヴィーゼは水中を歩いていた。
ゴボゴボと泡を口から出している。
「何か言った?」
オリジナルが聞いた。
ゴーレムは岸に向いて頭だけ水面から出して。
「泳げない」
ブー垂れる。
「まあ、土だからね」
そりゃあそうだと納得のオリジナル。
「でも……水は大丈夫なの? 溶けたりしないの?」
土なら水はマズイのでは?
「それは平気みたい」
太く短い腕を上に出して。
「なんか、空気の膜みたいなのが出来てる」
オリジナルが近付いて見てみれば、確かに膜が体を覆っていた。
「魔法かな?」
「たぶんね」
頷いたゴーレム。
「でないと、雨が降るたんびにドロドロだし」
「良く出来てるね」
「それでも泳げないのは悔しいけどね」
「それ……なんとか成ればいいのにね」
「やっぱり……生身の体が欲しいよ」
「ゴーレムに成るってどんな感じだったの?」
「イキナリ目が覚めたらこうなってた感じだから……」
「記憶は有るんだよね?」
「有るよ……最後のマーメイドショーが泳いだ最後の記憶」
「それもおんなじか」
「同一人物のコピーだしね」
ふーん……。
仰向けに泳いで溜め息を吐き出したオリジナルだった。
記憶や意識がどう別れたのかはわからないけど……もしかしたら自分がゴーレムに成っていたかもしれない。
そばにはオリジナルが居るから、それに文句も言えない。
言えば変われって無茶な事を言っているのと変わらないからだ。
「面倒臭いよね」
「ほんと……元国王はヒドイ事をするよ」
ブクブクと泡を立てて沈んで行ったゴーレム。
と、オリジナルの足をツツイタ。
何? と見ると。
鴨が居た。
「マガモだね……首から上が青い」
「ゴボゴボ……ゴボ」
あれはどう? と聞いている様だ。
「いいんじゃない?」
ジッと見る、オリジナル。
「二匹居るね」
対岸の岸沿いの水面を泳いで居た。
「ゴボゴボ」
ゴーレムの指は右を指している。
「了解」
オリジナル・ヴィーゼは音も立てずに水面を移動して行く。
左のヤツを狙えばいい感じだ。




