009 ヴィーゼの機嫌
そして日が暮れた。
町から少し離れた草原に、アリカ達だけでなく町の殆どの住民達が集まっていた。
中心には大きな火が焚かれ。
周囲には色んな形のテントが囲み、その外には車やバイクが並んでいる。
そして戦車。
ドイツ製の3号戦車や4号戦車に3号突撃砲……俗に言う3突ってヤツだ、形は戦車なのに回転砲塔が無いからか戦車とは言われない不思議なソレ。
その理由は……前にパトが言っていた。
3突は砲兵科の所有だから……砲兵には戦車は持てないとかなんとか……やはりよくわからない。
どうにも小首を傾げるしかない子供達だが、それも今は気にも成らなくなっていた。
そんな話は戦車が転生される元の世界での話だし、何より今は普通に使えているのだから、名前なんかはどうだって良い。
そしてソ連製t-34中戦車。
後は……と見回せば、マーダー2も有る。
エルのヴェスペに形が良く似ているモノだが、砲が7.5cmでサイズダウンしている。
これは待ち伏せや陣地防衛等の受動的戦闘で、敵に成る連合軍のm4シャーマンやt-34などを狙う為に砲が水平に近い形で取り付けられていたモノだ。
因みにだがシャーマンなら1000m……t-34でも700m離れた位地からの砲撃で撃ち抜けた。
エルのヴェスペとは形が似ているだけでその性格は随分と違う。
上から榴弾を落とすのと、真っ直ぐに対戦車徹甲弾で狙うのとの違いなだけなのだけど。
さて、そんな戦車達が群れを成してここに居るのは、至極簡単な話で。
町の住民の殆どが、以前の戦争でパトの部下だった者達だからだ。
それが終戦後は各々が独立して、冒険者みたいな事を遣っている。
戦車やら兵器やらで武装して、依頼を受けて魔物を退治したり。
護衛なんかの依頼を受けたり。
ローザの会社の下請け依頼を受けたり……だ。
もちろんそれらの依頼を受ければ町を離れる事もある。
が、皆がここが自分達の拠点だと仕事が終われば帰ってくるのだ。
その理由は恩人のファウスト・パトローネがこの街に家を構えたからだった。
あともう一つの理由は……この街では転生者の元軍人でも嫌な思いをしないでも済むというのもある。
特別な勇者と言われる召喚者と転生者は完全に区別されている。
どちらも同じ様に転生なのだが、方や望んで呼んだ優秀な者と勝手にやって来た者では、全くの別物なのだと差別をされていた。
正規の入国者と流れ着いた難民……そんな違いだった。
「昨日のヤツとは大違いだな」
肉が煮込まれたスープの入った器を持ち、中身をスプーンで掻き込んでいた大柄な男がガハハと笑う。
「肉もその他の材料も同じなのにね」
そしてその男の隣の女性。
男は第二次世界大戦中のドイツからの転生者。
女性は元は娼館で奴隷だった、ゴツイ体の牛柄の獣人。
もう一人、まだ産まれては居ないが確実に生きている人と獣人の混血児が女性のお腹の中に居た。
二人は夫婦で……その子供だ。
この世界では、獣人には市民権は無い。
集まれば人数も多いのだが……それぞれの種類、種別、種族が多過ぎて、細かく分ければ少数民族に成る。
昔は各々にはリーダーらしき者も居た様なのだが、国を持たない彼等にはソレも小さな族長レベルの事だった。
そして、この大陸に大きな国が幾つも出来た時にはそれらの獣人達は、幾つかの国に紛れて寄り掛かる様に暮らすように為り……ソレが差別に繋がった。
人の国では、やはり人が優先なのだ。
エルフの国でもそれは同じだ。
結局のところ、獣人は誰かの奴隷か家畜。
人としては扱われずにモノ扱いだった。
だからかやはりか同じ様な境遇の転生者とくっつきやすい。
そして差別の少ないこの町からも離れにくいのだ。
そんなカップル達が至るところに居た。
また別の場所では。
ウサギ耳の獣人の女性が食事をしながらに、ヴィーゼを指差して笑っていた。
「なに? その格好」
笑われたヴィーゼは口を尖らせてボソリ。
「クリスティナに借りたの……」
ピンクのヒラヒラの服だった。
そして、かくかくしかじかと身振り手振りで説明を始める。
「成る程……風呂に入っている間に置いていかれたと……」
肉を頬張りながらに、笑いを堪えるウサギ耳の女性。
「そしてバルタは一発で仕留めた……と」
二言目は呟くように。
「美味しいねこの肉は」
ウンと頷いた。
「そう、クリスティナは何時も地味な格好の服を着ているのにコレを私に差し出したのよ」
どう思う? とプリプリと膨れて見せるヴィーゼ。
「そりゃあ……ムーズ御嬢様の御下がりなんでしょう? クリスティナは着たがらないでしょうよ。あの子の趣味でも無いだろうし」
単純に押し付けられたのね。
クリスティナは悪い子ではない……むしろどっちかと言えば良い子の部類だ。
それでも子供なのだから、多少の我が儘なところは有るのだろうが……それもあの子の年の割には少ない方だ。
さてと考え出したウサギ耳の女性。
ヴィーゼを見て。
この子の今のプリプリがクリスティナに向くのは可哀想だと考えた。
悪気が有ってその服を差し出したわけでもあるまい。
たぶんだが、サイズの合いそうなのがソレしか無かったのだろうとも思われる。
だいたいが裸で旅に出たヴィーゼの方が悪い気もする。
なんだったら今からでも服を取りに帰えったって構わない距離だし、その時間も有るだろうに。
しかしその間に、また置いていかれるのも不安なのか……。
その不安な気持ちがクリスティナに当たるのは避けるべきだな……ヴィーゼに限って陰湿なイジメはしないだろうけど。
矛先を変えるのも出来た女のつとめだ。
うんと頷いたウサギ耳娘。
視線は幾つかの夫婦やカップル達をウロウロしている。
羨ましいとは思っては居ないが……気になるのは確かだし、いつか自分にもと思えばその時は良い女に成って居なければ駄目だ。
良い女の方が高く売れるし……安い女には成りたくは無い。
出来るだけ良い男を捕まえる為にもだ……。
「ねえ聞いてる?」
ヴィーゼは目の前のウサギ耳娘を睨み付けた。
「聞いてるよ」
はいはいと頷く。
「でも流石はバルタだね……やはり才能が違うよね」
矛先はバルタに被って貰おう。
子供達のリーダーで一番に年上なのだから……うん、責任は有る。
何よりヴィーゼを置いてきぼりにした責任。
しかしその一言でヴィーゼは黙り込んでしまった。
早口で愚痴り続けた話もピタリと止まる。
そして口元を結んで涙目だ。
「やはり砲手はバルタに任せた方が……」
と、ここまでで慌てて口をつぐむウサ耳娘。
ヴィーゼが泣く寸前に為ったからだ。
「なに苛めてるのよ」
そこにやって来たエルと……後ろにはイナとエノ。
慌てたのはウサギ耳娘。
何故に私がヴィーゼを苛めている?
「いえ、これは違うのよ」
目を見開いてエルに言い訳。
「バルタが凄いねって話をしていたのよ」
ほら、と自分の器を差し出して見せて中の肉を指す。
それを見てか、察したエル。
大きく頷いて話始めた。
「そうね一発だものね」
「才能よね」
ウサギ耳娘も言葉を被せぎみに続けた。
「昨日のもエルが一発で仕留めたのでしょう?」
エルはイキナリ自分に話が向いたので、驚き、構えたのだが。
目の前の娘は話を止めずにまだ続ける。
「見えない所に正確に砲弾を落とすのも凄い才能よね」
エルもトバッチリの仲間に引き込もうとの画策の一言。
それを受けて、眉を潜めて黙ったエル。
ウサ耳娘の視線の端にはそんなエルをジトリと見るヴィーゼも映る。
「才能なんて……何となくわかるだけよ」
エルはボソリと答えた。
ウサ耳の目線でヴィーゼも見えたからだ。
反撃されていると理解した。
上手くかわさねば……。
「たぶん、半分エルフだからね」
今の攻防がわかっていないイナが後ろから。
「そうなの? パトは狐の獣人の能力って言ってなかった?」
エノも会話に交ざり……イナにそうなの? と、そんな顔を見せている。
「エルはエルフの能力の一部が使えるから……側にエルフが居ればわかる? そんな能力」
エノに向き直ったイナ。
「ソレってエルフの繋がる力の何かの痕跡か何かを感じているのでしょう? って事は多少離れていても、意思が有るものもわかるんじゃないの? そっちの方が簡単な事だろうし」
「そうか……エルフかどうかは能力が感じられ無いとわからないけど、ただの意識の欠片なら簡単なのか」
考え込んだエノ。
「そう考えると、色々と辻褄が合わない?」
イナも頷いて。
「広いフィールドで幾つもの意識の欠片を感じる事が出来てもソレが敵か味方かはわからない……だから実際に目で見て確認して貰う必要も有るのだろうし」
「成る程……でも……人の居ない目標は?」
確か……それも当てていた様な気がする。
「エルの野砲で狙う硬目標なんて小さい塹壕やトーチカならそこに誰かが逃げ込むのを待って撃てば良いだけだし……大きな目標なら適当に外れても当たるから私達にはわかんないだけよ、そこを狙ったのか? それとも外れてそこに当たったのかなんて」
「でも……距離も正確にだよ?」
「それは半分が狐の獣人だからじゃないの?」
少し首を捻ったイナ。
「パトの言っていた狐の能力?」
「ふーむ」
「フーム」
「ふむ」
最初の二言はイナとエノの合唱。
最後の一言はエルだった。
「そんな感じだったのか……」
そしてエルはもう一言を付け足した。
「何よそれ……エルは自分の事じゃあ無いの、知らなかったの?」
少し呆れて見せたウサギ耳娘。
「自然とわかって、自然と出来るのよ……そんな理屈なんて考えないわよ」
唸ったエル。
「確かに……そうかもね」
頷いたウサギ耳娘も、器の中の肉を摘まんで見せて。
「私も……何で迷い無くこうして摘まめるのかを説明をしろと言われてもだね。それと同じ事か」
「そうでしょう?」
それには頷くエル。
そしてイナとエノを見て。
「それでも理屈を考えようなんて、そっちの方が凄いわよね」
感心をして見せた。
「私達の目の理屈をパトが教えてくれたから」
イナは胸に掛かっているサングラスを指して。
「他の人の能力も考えてみる気になっただけよ」
「夜型の視力ってやつ……か」
エルは小さく何度も頷いて見せた。
「それはどんな理屈なの?」
ウサギ耳娘が不思議に思ったのだろう……聞いた。
「私達の目は夜の暗闇に特化した目で……本当は視力が滅茶苦茶に良いのだけど、でも明るい昼間は良く見えすぎて白くボヤけるの」
エノが自分の目を指差して説明をする。
「パトは白飛びって言ってた」
簡単に言えばカメラで撮った写真が、光を取り込み過ぎて白くボヤける現象。
「だから昼間は濃い色のサングラスで目に入る光を押さえると……本来の視力として見えるのよ」
「それを言われるまで、自分達もこんなモノで、ただ目が悪いんだって思っていたけど……初めて理屈がわかってビックリしたの」
イナは染々と。
「驚いたわよね……夜は暗闇でも遠くまで見えるのに昼間は全然だったから……それがパトの一言で一変したの」
エノは両手を大きく広げて少し大袈裟気味に話した。
「成る程……だから他人の能力も考える様に為ったのね」
感心して見せたウサギ耳娘。
「そう」
イナは大きく頷いて……そしてヴィーゼを見た。
「でも私達の中では一番に凄い能力を持っているのはヴィーゼなのよ」
今にも泣きそうだったヴィーゼは、イキナリ自分の話に成って驚いた顔に変わる。
「体から意識を分離して、高い位置から周りの景色が見えるって凄いじゃあない」
イナがそう誉めた。
「そうよね……実際の目では無いから、壁や部厚い戦車の装甲も突き抜けて意識を離せる。しかも体から完全に離れなければ……近い距離とかなら動いててもそれが出来るなんて」
エノも大袈裟に。
「まるで戦車の操縦士に成るための能力じゃあない。もっと訓練すればきっとマンセル依りも凄い操縦士に成れるわよね」
ウンウンと頷いた。
「私って……マンセル依りも凄いの?」
「マンセルどころか世界一に成れる才能だと思うよ」
イナ。
「鉄の箱の中からその鉄を素通りして……装甲を無視して直接見えるのだもの」
エノ。
「そうなのか……凄いのか」
泣きそうだった顔に笑みが戻る。
それを見たイナとエノはニヤリと笑い。
エルは驚いた顔をして。
ウサギ耳娘はホッとした顔を見せたのだった。
そしてエルはポツリと一言。
「凄いわね」
それに反応したヴィーゼ。
胸を張って。
「凄いでしょう」
しかしエルの目線はイナとエノに向いていたのだった。




