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株式会社SPYへようこそ  作者: 香煙
6/6

新しい仲間

な、なんで……。なんで、こんなとこに。

密は動揺する俺を見て、先を走るターゲットを見て、そして後ろから走ってくる透を見て。

密は一瞬で何を思ったのか。


「まかせろ」とターゲットを追いかけ始めた。

……ターゲットの男は、マジで秒で捕まった。

そういえば、密は野球部の中でも足が速いことで有名で、よく盗塁を成功させてたっけ…と、密がターゲットを後ろから体当たりして捕まえるのを、俺は酸欠の頭でぼんやりと見ながら思い出していた。


俺は床に両手と膝をついて荒い息を繰り返す。

もう立てそうにない。

そして。

目の前には後ろ手で抑えられて床に転がされているターゲット。

険しい表情でそれを押さえつけている密。

そして酸欠で床にばてている俺と透。

俺はともかく、透よ、お前はこんな仕事をしているのに、体力は俺レベルかよ…。

密の突然の登場もびっくりだけど、透の体力のなさにもびっくりだわ。

ターゲットも含めて皆ゼーハーゼーハーしている中、一人だけ息一つ乱さずにいる密は、俺に目を向けて、無言のまま鋭い表情で説明を求めていた。


……スルーさせてもらっても、いいですか……?


絶体絶命の、俺。

どこまでも俺と目を合わせようとする密に、俺は必死で目をそらす。


その時、透が大きく息を吐いて、ターゲットを押さえつけながら電話をかけ始めた。

「任務完了しました」

相手は主任だろうか。スマホの奥から男の声が漏れて聞こえるが、はっきりとは聞き取れない。

「———」

「あの、少々トラブルがありまして……」

透が俺たちのほうを振り返りながら、意を決したように話し始めた。

「…いえ、ターゲットは捕獲しました。…はい、怪我はありません」

「———」

「…それが…、少々捕獲の際に逃走されまして、他人を巻き込んで……」

「———!」

電話の向こうで激しく透を叱責する怒号が聞こえた。

「申し訳ありません!…はい、すぐに。ただ……」

透は身を縮ませながらも、懸命に言葉を繰り出していた。

「———」

「はい、それが…主任もご存じの、人でして……」

「———」

「———例の、カフェの店主の、彼です……」

「——————なるほど」

この主任の声だけは、そんなに大きな声でもなかったのに、なぜか俺にははっきりと聞こえた。

長く絶句した後の、絞り出すような冷え切った声だった。

電話越しの声だったが、主任がめちゃめちゃ怒っているみたいだ、ということだけはわかった。

何よりも、透の様子が今までとは違った。

青ざめて、スマホを持っているのがやっと、というように目をつぶったまま必死に耐えていた。

長い長い沈黙の後、主任が何かを言ったらしく、

「……かしこまりました。そのようにいたします。———はい。わかっています。では」

透は返事をした後、きつく目をつぶり、何かを決心したような眼で俺を見た。


そして俺と密に、

「これからある場所に一緒に行ってもらう。ケンジはこちらの彼を頼む」

とだけ言い、ターゲットを引っ張って立たせた。

俺はまだケンジなのか、と思いながらも密に、「悪いけど、来てくれ」と促した。

密は相変わらず険しい顔をしていたが、特に文句を言うでもなく、暴れるでもなく、おとなしくついてきた。

「いいけど。いろいろ知りたいこともあるし。聞く覚悟、俺あるよ」

密は透に聞こえないように、立ち上がりながら俺に言った。

「……ごめん。巻き込んで。とりあえず、一緒に来てくれ」

俺からは何も説明できないのに、密に一緒に来るように言うしかできないのが苦しかった。


建物の外に出ると、いつもの高級車が二台、目の前に留まった。

……この車、二台もあったのか……。しかも全く同じだし……。

驚きつつも、不安がよぎった。

密を俺、別々の車ってことか?

密を俺の知らないところに連れていかれる?

不安に青ざめた俺だったが、透が前の車にターゲットを乗せ、運転手に声をかけると一台目はそのままどこかへ走り去ってしまった。


残された二台目に、透と俺と密は一緒に乗るらしい。

そのことに安堵した俺に、透の声が聞こえた。

「乗って」

おとなしく密を先に後部座席に乗せると、続けて俺が乗り込み、そして透が続けて乗ってきた。三人とも、後部座席か。さすがに狭いな……。

そう思ったとき、透が

「悪いが、目隠しをさせてもらう。場所を知られたくないんで。ケンジ、そっちの彼に目隠しして」

黒い布を渡され、俺は密にごめん、とつぶやきながら透の指示に従った。

よし、これで出発かな。

でも透は「ケンジにも目隠しさせてもらう」と、俺にも透と同じように目隠しをした。もちろん俺は驚いたけど、きっと密の手前、俺も同じように扱っているところを見せているんだろう、ぐらいの気持ちで余裕があった。

きっと、この車の行き先は、あのおしゃれガーデンの家だろうし……。


車が走り出し、途中、外の音が微妙に変わったので、トンネルに入ったかな、なんて思うほどには、俺は余裕だった。

でもどこかに到着し、少し歩かされた後、体に変な圧力がかかるのを感じた。


これって……エレベーター?

当たりだった。無機質な機械の声が「じゅう、はち、かいです」としゃべるのが、視界をふさがれた俺たちに聞こえた。

……これって、やばいんじゃないか?

どう考えても、俺の知っているあの家じゃない。あの家は18階もない。……本拠地かなんか?

人気のないところに響く、カツン、カツンという3人の無機質な足音が、そんな俺の不安をさらに引き立てた。

俺のこの目隠しも、ガチで知られないため?密だけじゃなくて?

……っていうか、密は、ちゃんと今ここに、俺の近くにいるのか?

……わからない、どうしよう。わからない。どうしよう。どうしよう。どうしよう……。



パニックになり、とうとう俺は口を開いて密に問いかけた。

「…そこに、いるの?」

自分が思ったよりも、出た声は小さかった。少しかすれたたよりない自分の声に、俺は驚いた。

「いるよ」「いる」

二人から返事があった。……透には聞いてなかったけど。

その返事だけで安心する俺。

よかったー。透は傍にいるだろうとは予測していたけど、密のことが心配だったから。


目的の部屋についたようで、俺はソファに座らされ、目隠しを外された。一人掛け用の黒い革張りのソファーに座らせられている。

‼……まぶしい。本日二度目。

左右を見回すと、俺の少し離れた右側に、密が同じように一人掛けのソファに座り、目隠しをまさに今、外されているところだった。密が俺のほうをまぶしそうに顔をしかめて見て、俺を見つけてほっとしたような表情を見せた。

俺も密の顔を見て小さく頷いて見せる。

二人とも別に縛られたりしているわけでもないので、紳士的な扱いをされている、ともいえるかな。


透が一歩後ろに下がるのが見えると同時に、前のほうのドアから主任が入ってくるのが見えた。

「目隠しをしたりしてしまって、悪かったねぇ。何しろ、この場所はどうしても知られるわけにもいかなくてね」

全然悪いと思っていない様子で話しながら近づいてくると、主任は密に目を向けた。

「またお会いしましたね、店長さん。今日はお店はお休みですか?」

と楽しそうに言った。

密は怒りを隠そうともせずに主任をにらみつけている。

「今日はうちの社員が大変お世話になったようで、ありがとうございました。」

社員、という言葉を聞いて、眉間のしわを深くした密が、まさか、というように俺のほうを見た。

それに気づいた主任が

「あぁ、違いますよ。うちの社員は、こっちです」と透のほうに目をやった。

それを聞いて密はちょっとほっとした表情を一瞬見せたが、すぐにまた顔を険しくして

「じゃあ、なんで」と俺の顔を見た。

思わず目をそらす俺。……ごめん。


その様子を見ていた主任が、助け舟を出した。

「彼はまぁ、なりゆきで、というところですかね」

確かに嘘ではないわな。でも、密が納得するには程遠い回答だったようだ。

「つまり?」

「つまり、とは?そもそも、ケンジ君がどうしようと、あなたには関係ないのでは?」

主任が逆に密に質問をぶつける。

「だから!ケンジって、何だよ!こいつの名前は……!」

密が怒りをこらえきれなくなったのか、声を荒げたが、そこまで言ってハッとしたように俺の名前を言うのをこらえた。

その様子を見て、主任は深い笑みを浮かべて

「彼の名前は、鹿野アタル、君、でしょ?」

と密に勝ち誇ったような笑みとともに告げたとたん、密は「———なんで……!」と絶句した。


主任がさらに調子に乗って、私はいろいろなことを知る立場にあるのですよ、と殊更に深い冷酷そうな笑みを浮かべた。そして俺の高校時代のことなどを話し始めると、密は動揺して青ざめた。いつもの精悍な顔立ちが歪んでしまって、かわいそうなほどだ。

これはあまりにひどい。

それに、主任は自分の悪役っぷりがとても気に入ったのか、その悪役キャラにどっぷりハマって楽しんでいるようにしかどうしても見えない。

ちらりと後ろを振り返って透を見ると、透も哀れんだような顔で二人のやりとりを見ているが、何も言えないようだった。

主任はますます調子に乗り、俺が最近珈琲にハマっていることなどを得意げに話しだした。

主任の話が進むにつれ、ますます青ざめ、何も言えずに主任の言葉にただ体全体で必死に耐えている密を見て、俺は限界に達した。

「もうやめてください、主任!———密、違うんだ。俺の名前を主任が知っているのは俺が自分で話したからだし!」

「……は?」ゆっくりと俺のほうを見た密に、俺は畳みかけた。

「俺の高校時代の話は、俺は話してないけど、それらの話はたぶん透から聞いたんだと思うし」

「……透?」

誰だそれ?と言いたげに密は俺を見た。

密よ、お前も透を覚えてないのか……。まぁお互い様か。

「こいつだよ、藤本透。俺の中学と高校一緒で……。覚えてないか?」

「知らない。こんな奴」

密は眉間のしわを深くしながら透の顔をじっと見ていたが、あっさりと首を振った。

こんな奴、ときたか。恨みは根深そうだ。


「———で?この同級生がお前をこんなことに巻き込んだのか」

「……いや、それは違うかも」

俺は一瞬考えてみたけれど、否定した。

俺がこの任務に巻き込まれたのは、主任が契約とか言い出したからだし。

もっと正確に言えば、主任が怪我をしたから、その代理なんだけど。

もっともっと正確に言えば、主任を俺が怪我させたから、だけど。

いろいろ考えが廻ったけれど、結論だけ簡潔に俺は密に話すことにした。

「主任が、巻き込んだ」



それを聞いて主任がギョッとした顔で俺を見た。

俺は必死で目をそらす。

こえー。でも、俺は嘘は言ってないよ。…たぶん。

主任が反論しようと口を開きかけたとき、後ろから透が一瞬早く声を発した。

「それも事実とは若干異なりますが、おおむね合っていますね」



主任は目を見開いて透を見たけれど、透は俺とは違い、心臓に毛が生えているようだ。

しれッとした顔で、にっこりと主任に微笑んでいる。

「———透、覚えてろよ。ただでさえも頭痛の種が増えて大変なのに、お前までとはな」

いやー、空気って本当に人の言葉で冷えるもんなんだね。怖っ!

冷え切った空気を、俺はあえて無視することにして、密にこっそりとささやいた。

「いろいろ話せないこともあるけど、これが全てだよ。……今までごめんな」

「———いいよ、もう。……あのヤバそうな男も、案外そうでもなかったし」

密よ、今のやりとりを見ていてもそう言えるのか、お前は。大物だなぁ。

仲直りした俺と密の前で、主任と透がお互いに余裕そうな笑みを浮かべながら、言い争いをしている。

いつもの平和な雰囲気がそこには漂っていた。


———となると、じゃぁ、って、普通に帰れると思うじゃないですか。

それが、そう簡単にはいかなかったのだ。

まさか、こんなことになるとは、俺は思いもしなかった。



主任がこれまでとは違う改まった声で、俺と密に言った。

「さて、ところで君たちの処分をどうしましょうか」

またまたー。そんなシリアスな顔して、また脅しの冗談ですよねー?

笑いながら、なぁ、と透を振り返ると、透は緊張した顔つきで青ざめてうつむいた。

この顔、見たことある。そう、さっき透が主任と電話で話していた時の顔だ。

俺がそれに気づくと同時に、密も同じことに気が付いたのだろう。

「お、おい……」

密も、俺のほうを見た。

「処分って……。なんでだよ!」

俺が詰め寄ると、

「そうですねぇ。知らない方がいいことに首を突っ込んだ罪、と言いましょうか。それとも、知ってはいけないことを知ってしまった罪とでも言いましょうか。そうそう、簡単に言うと、契約違反の罪、ですかね」

コクン、と俺は喉が鳴るのを聞いた。

契約違反……。

って、あれだ。

確か、契約違反した者には制裁が訪れるって……。

やばい。この主任はマジでやる気かも……。

ど、どうしよう。と、透、何とかして……!

助けを求めようと透のほうを振り返ると、そこに、さっきいたはずの透の姿はなかった。


な、なんで……。

透はどこに……?

パニックになりかけた俺に、密が大丈夫だ、と俺を落ち着かせるように腕をつかんだ。

俺はこれから何が起こるのかわからないのが怖くて、そして透がいなくなったのも怖くて、密の腕にギュッとしがみついた。

主任は少し考えこむようにして、言った。

「どうしますか?いくつか提案しますので、選ばせてあげますよ」

……その選択肢が怖い。



「その前にいくつか確認したいことがあります」

そう言って、主任は俺を見た。

な、なんだよ。いや、何でしょうか。

「アタル君は、たしか追跡劇を演じる前、任務完了の言葉を聞いたはずだと報告を受けたのですが、それは正しいですか?」

「だからなんだよ。……聞いたよ。いつも通り、あとはいい、って透が……」

「……なるほど。では、ここで大きな疑問が残ります。なぜ君は、その命令を無視して、動いたのですか?」

「……それは———っ」

そこを突かれるとは、正直思ってなかった。ターゲットを捕まえるのに役立ったのだから、むしろ褒められると思っていたのだ。

今の、今までは。

「どうしました?答えられないのですか?」

「……」

「では重ねて質問です。もう一度同じような場面になったら、君は、どうしますか?」

その答えは、すぐに答えられる。

「もちろん同じことをする!……透が目の前でトラブってヤバい状況なのがわかってるのに、そのままにはしておけないだろ」

「……なるほど。……君は私が考えていたのと少し違うようですね。君はもっと、ビジネスライクで他人のことなどには興味を持たず、自分が興味を持ったことに関してのみ能動的に動いて、その時には世間の常識をも若干無視してしまう緩さが魅力的だと思っていましたが……。興味深いですね」

主任は俺の答えを聞いて静かにつぶやき、ギュッと目をつぶった。そして再び目を開けたときには目から一切の感情を消していた。


そして、密のほうを見た。

「ところでそちらの君、君はなぜここにいるのですか?」

———は?

それまで眉間にしわを深くしながら俺と主任とのやりとりをじっと見ていた密の目つきが一瞬で鋭くなり、主任にかみついた。

「あぁ?連れてこられたからだよ!」

「これは失礼しました。聞き方を変えましょう。……あなたはなぜ自分がここに連れてこられたと思いますか?」

グッと言葉を一瞬詰まらせた密は、絞り出すように答えた。

「……おそらく、俺が走って男を追いかけていくアタルたちを見たこと。それに、俺も一緒になって追いかけて、さっきの男に体当たりしたこと。……ほかにも、あるか?」

「……まぁ、いいでしょう。では質問です。どうして、追いかけたのですか?あなたには関係ないでしょう?それとも誰かに追いかけるように頼まれましたか?……例えば、彼とかに」

と、主任はちらりと俺のほうに目を向けた。

おいおい、俺がそんなことするわけないだろ。さすがにそれは、しない。

俺が思わず反論しようとしたとき、

「んなこと、誰にも言われてねーよ」

「では、なぜ」

「……最近アタルの様子がおかしいことは気づいてたし。……お前とかが店に来てから、特にな!」

ぎろっと主任を密がにらみ、それでも言葉を続けた。

「……アタルのこと、心配だったときに、久しぶりに行った映画館で、アタルが突然映画館の会場から飛びだしてきて、なんか追いかけっこしてるし。それにアタルなのに別の名前で呼ばれてるし……! ———まとめて言うと、なんで追いかけたか。それはアタルが心配だったからだ!」

密は力強く宣言した。

男らしい……、と俺は密を見つめた。

主任が左の眉を少し上げて「ヒュー♪かっこいー」と小ばかにしたようにつぶやくのが聞こえたけど、無視した。

密は俺を振り返り、ごめんな、とつぶやいた。

俺も、こっちこそごめん、と言いたかったが、声にならなかった。


密と二人でしんみりとしていると、その空気を乱す声が聞こえた。

「そこで、処分の話に戻ろうか」

空気がピリッと引き締まり、俺と密は主任の次の言葉を待った。

主任がわざとらしく口角を上げて口を開くそぶりをしつつも、声を出さない。

こいつは、最後の最後まで俺たちをいたぶって楽しむ気だな。

そう思った俺がカッとなって主任に詰め寄ろうとしたとき、密が俺の腕をつかんで止めようとするのと、主任が声を出すのが同時だった。

「君たち、この町に住めなくなるのと、うちの社員になるの、どっちがいい?」

———ん?


俺と密が顔を見合わせて、もう一度主任を見た。

「もう一回言ってくれ。」密が代表して聞く。

「この町に住めなくなるのと、うちの社員に……」

「あの!」

俺は主任の言葉をさえぎって、聞いた。

「この町に住めなくなるっていうのは、どういう…?いや、それよりもうちの社員に、って、密も?俺も?———もしかして、俺らを勧誘してたりする?」

「……してますよ。なかなかの逸材ですからね、君たちは。———特に君」

と主任は密を見た。……俺じゃないのかよ、逸材は。まぁ、いいけど。

少しふてくされ気味の俺を無視して、主任は興奮した様子を隠そうともせずに、密をほめちぎる。

「まず、その足の速さ!チーターも顔負けだったと透から報告を受けています。それに瞬時にやるべきことを判断できる、その判断力!すばらしい!それに、仲間思いなのも気に入りました。君ならば、わが社に入ったら素晴らしい働きをしてくれることでしょう……!」

……おいおいおい、ほめすぎじゃね?ってか、俺は?俺のこともコメントないのかよ。

と思ったときに、さっき主任が俺のことをなんかつぶやいていたのを思い出した。

何だっけ。確か……ビジネスライクで他人のことなどには興味を持たず、自分が興味を持ったことに関してのみ能動的に動いて、その時には世間の常識をも無視してしまう緩さ……?

———マジでへこむわ、俺。まさかこの勧誘、俺はほんとのオマケなんじゃないだろうな……。

嬉々として密をほめまくる主任と、耳を少し赤くしながらも若干引き気味にそれを聞く密を、俺は愕然としながら見ていた時、後ろに透が立っているのに気付いた。

こいつ、今までどこにいたんだ、と詰め寄ると、透は苦笑いしながら、

「何って、二人の雇用契約書を取りに行ってたんだよ。……雇用契約する、ってことでいいんだろ?」

うっかり頷きそうになって、俺は慌てて聞くべきことを思い出した。

「そのまえに、この会社って、なんていう会社?俺、それすら知らないんだけど」

それを聞いて密はあきれたような顔をして「マジか」とつぶやいた。

「お前、よく知りもしない仕事をしてたのか?……こんな怪しい連中と」

……否定はしません。よく知りもしないし、この連中は確かに怪しい。特に主任。

へへっと、笑ってごまかすと、密は、はぁ~と力の抜けた笑いを見せた。


そのやりとりを見ていた透が

「株式会社SPY。それがうちの会社だよ」

「SPY……?怪しい~!めっちゃ怪しいじゃん!もろにスパイ、って言ってるじゃん、もう!」

ぎゃーぎゃーと騒ぐ俺たちに、主任が静かに首を振りながら言った。

「正式名称は、株式会社SUPER PERSONALITY YARD。直訳すると、『きわめて個人的な庭』という意味だ。スパイじゃぁ、ないよ」

ニヤっと笑いながら、素晴らしくいい発音で会社名を告げた主任は、事務所となる家には素敵な庭を造る習慣がうちの会社にはあるんですよ、と付け加えて教えてくれた。


主任は透に書類を手渡すように言い、

「さて、書類を交わしましょうか。契約内容は、とても大事ですからね」

といつもの凄みのある笑みを浮かべて書類を見せた。

俺たちがその書類にハンコを押したのは、言わなくてもわかるだろう。

正しく言えば、ハンコはその時持ってなかったから、親指に朱肉の拇印だったけど、ね。


これからは俺と透と、それから密との三人で任務にあたるんだろうけれど、それはまた、別のお話。


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