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株式会社SPYへようこそ  作者: 香煙
3/6

新しい日常とそのきっかけ

俺は家に帰ると大急ぎでシャワーを浴びて、着替えをした。

今日の格好は、「おしゃれなバーに飲みに行くような、ちょっとラフな、こじゃれた格好」。

軽いジャケットも羽織って。

……まだ外は暑いんだけどな~なんて思ったけど、しょうがない。


そして俺は、いつの間にか家の外に留まっていた高級車の後部座席に乗り込んだ。

「遅かったな」

乗り込んでドアを閉めたとたん、中から不機嫌そうな声。

「悪かったよ、待たせて。シャワー浴びてたんだ」

「もう、そんなに時間ないぞ」

「わかってる」


声の主、透は、俺を頭の上からつま先までチェックするように見て、俺にいつもの仕事セットをよこした。

この仕事セット、俺の中での呼名は、通称スパイセット。

……こんな呼名つけてることが透にバレたらマジで怒られるだろうから、口が裂けても言えないけど。

スパイセットの中身はとてもシンプル。

一、盗聴器

一、発信機

一、嘘の身分証明書

一、通信機付きピアス

一、今回のターゲットの顔と体型がわかる写真何枚か。


このセットを初めて見たときに思ったのは、意外とシンプルだな、ということ。

某アニメみたいに、蝶ネクタイ型の変声機とか、武器を仕込んだ腕時計とかないのかよ、と思ったのは事実。

……これも透には言えない。


「今日のターゲットはこいつだ。いつものように、発見したら知らせること」

「了解」

説明を受けながらターゲットの写真を見て、俺は車の中で、スパイセットを身に着けた。

ふんふん、今日の俺は大学生で、名前はフジワラタクト、ね。了解。

透とのこの活動を始めて一か月もたつと、装着も手慣れたものだ。

初めて装着したときは、なんというか……無様だった。

ピアスはともかく、発信機に都合のいい場所なんて、わかるわけない。

普通にポケットに入れたら、冷たい目で透に見られた。

……あれは恥ずかしかった。

でも今回の通信機ピアス、かっこいいな。

これ、本物の宝石?オニキスっぽい。

どこに通信機が入っているのか不思議なくらい、小さな黒い宝石ピアス。

ただの丸い形じゃなくて、ちょっと縦長にカットされている黒い宝石。かっこいー。

……この仕事終わったら、もらえないかな……。

ちらりと横目で透を見ると、

「あげないからな」

透はちらりとも顔を上げず、自分のセットを身に着けながら言い放った。

……バレてる……。

でも、通信機付きだから、やっぱりいらないかも。

そこまで考えたところで、

「通信機ついてるから、やっぱり、後でおまえにあげようか。三キロくらいなら、通信可能だぞ」

ニヤリと笑って、透が俺を見た。

……見透かされてるし。

やっぱり透には昔からかなわないな。


そんなやりとりをしているうちに、車はある大きな屋敷の前で静かに止まった。

「到着しました」運転手が透に伝えた。

この運転手が話すのを聞くのは、片手で数えるほどだ。

これまで聞いたのは「到着しました」「では、後ほど」「お疲れさまでした」のこの三つのパターンだけ。

録音されたテープでも流しているのかと思うくらい、変わらない。

声量も、声のトーンも、温度も。

そして今日も、俺と透が車から降りると、「では、後ほど」の声がして、ドアが閉まった。



降りた場所を見て、俺は絶句した。

大きな塀に囲まれた、屋敷。いや、邸宅といった方がしっくりくる。

まるで住宅街の一角がそのまま一つの邸宅の敷地のように、広い。

その入り口には大きくて高い、門扉。いや、ゲートか。

鉄のゲートは、緻密な蔓のような見事な細工でうねうねと飾られて、その場に立つ者を圧倒し、来る者を拒んでいるようだ。

しかし、いつもなら固く閉じられているであろうそのゲートは、今は大きく開いて、次々とやってくるパーティーの招待客を迎え入れていた。

門の中は、夜のガーデンパーティーが開かれていて、庭の至る所に明かりが灯され、幻想的にその前庭とスペイン風の邸宅を闇夜に浮かび上がらせている。

耳には気分が浮き立つような弦楽器の音色が風に乗って届いていた。

そんな中、色とりどりのおしゃれな服に包まれた招待客たちが、ひらひらとさえずりながらパーティーを楽しんでいた。

そんな会場の中に、俺と透は無関係の人間を装って、別々に入っていった。



「いたか?」

「いや、まだ」

ささやくような声でも、はっきりとお互いの声は聞こえる。

さすが、高性能の通信機ピアス。

透は前庭の大きな木の下のテーブルからカクテルを手に取っている。

俺は、透から二十メートルくらい離れたところにある、邸宅の玄関付近。うん、エントランスがすごく素敵だ。こんな時でなかったら、俺は確実にふらふらと吸い寄せられていただろう。

さっきから耳に届いている素敵な音楽は、庭の隅に設けられた小さなステージで4人の演奏家たちがバイオリンなんかの弦楽器を生演奏していた。

小一時間程、パーティーの雰囲気を楽しむ余裕もなく、ひたすら客を観察する時間が続いた。

近くに立っていたボーイから、俺は何杯目かのワインを受け取りながら、透とは逆のほうを見てふと気づいた。

俺のいる玄関よりももっと奥の方にもパーティーの参加者がいる。

顔までは見えないけど、シルエットからして、女性二人に、男性一人、か。

パーティーの会場となっている庭の、至る所にランタンの明かりが灯されているとはいっても、やはり薄暗い。昼間のようにはいかず、見えにくい。

……奥にも裏庭のような開けた庭があるんだな、ここは。

さっき、パーティーの女性たちが「さすが、元伯爵亭ね」って話しているのが聞こえた。

伯爵なんて、別世界過ぎて、逆に実感がわかない。庭、すげーな……。

仕事中にもかかわらず、ついこの邸宅の素晴らしい素敵な庭の造りを考えてしまった。

そんな時、奥の方にいた三人組の男性のほうが、タバコに火をつけようとしているのが目に映った。

一回では火が付かず、何回かライターをこすっているようだ。

安物のライターだな。

こんなパーティーでタバコなんて、マジであり得ない。マナー知らないのかよ、こいつ。

そう心の中でその男に舌打ちしそうになった、その時。

ライターの炎の明かりで浮かび上がった、その男の顔。

———いた。奴だ。

ターゲットだ。間違いない。

「見つけた。邸宅エントランス前付近、西側奥。女性二人と一緒。タバコに火」

「了解。すぐ向かう。動かないで」

すぐに透の応答。


緊張が走る。

透が自然な動きで俺のほうに向かってくるはずだが、俺は反対方向を向いているから見えない。今、俺がすべきなのは、動かずに、ターゲットから絶対に目を離さないこと。

だから、いつもこの瞬間は緊張する。

早く。早く来い、透。

祈るようにしながらも、ワインを飲むふりをしつつ、目は奴から離さない。

男はタバコの煙をまといながら、女性たちと談笑している。

大丈夫、こっちには気づかれていない。

早く、早く来い、透。

早く。


さん、にぃ、いち、

いつもの素早さで、透が俺の隣を自然に通り過ぎ、奴のほうに向かったのが目の端に見えた。

「お疲れ。確認した。あとは、いい」

透がすれ違いざま、通信機を使ってやっと聞き取れるくらいの声で、俺の任務完了を告げていった。


それを聞いて、やっと俺は緊張を解き、ワインを片手に反対側に歩き出した。

ボーイを見つけて、声をかける。

「すみません、お手洗いはどちらですか」

教えてもらい、トイレで発信機のスイッチを切った。

……この発信機、俺が拉致られた時に、透に俺の居場所を知らせる用のものだと知ったときは、驚いた。

初めて発信機を透に渡されたときは、自分がターゲットにこの発信機を付けたりするのかと思ったのだ。

よくスパイ映画なんかで見るじゃないか。

ターゲットとすれ違いざまに襟の後ろにつけたりとか、ポケットに忍ばせたりとか。

でもそんなこと、素人の俺ができるわけない。

できたら、逆にすごい。何者だよ、俺。



今日の俺の任務はこれで終了。いつも俺の仕事は、ここまでだ。

俺の仕事は、ターゲットを見つけて透に知らせ、透が奴に近づき、俺に任務完了を告げるまで。

それ以上は、ない。

その他のことは、知らされていないし、知りたくもない。

ターゲットは誰か、とか。

ターゲットを探す理由、とか。

ターゲットがその後、どうなった、とか。

なぜターゲットがそこにいることを透が知っているのか、とか。

謎を上げだしたらきりがない。

でも、俺はそこは完全にスルー。


俺がこれからすべきなのは、残りの時間、このパーティーを楽しんで、時間になったら迎えに来る例の高級車に乗って家に帰ること。

それだけ。


それだけだったら、透が一人でもできるじゃないか、と俺はいつも思っているけど、それじゃあうまくいかないらしい。

なんでだろう?

たぶん、たぶんだけど、透はターゲットに顔が割れているんじゃないかな。

……これは、透には絶対言えない、俺の推測。

こんなこと詮索するのは、契約違反。

わかってる。

わかってるけど、時々、透が心配になるから、つい考えてしまう。

本気の、内緒。

契約は、破れないから。


いろいろ考え始めた自分を、俺は客観的に感じ取り、薄く笑う。

……今日はパーティーを本気で楽しまなきゃいけない日だっていうのに。


……いやいや、パーティー、楽しみますよ、マジで。それが仕事の続きでもあるし、役得でもある。

何よりも、さっき会場のテーブルにあった料理、おいしそうだった。

ハーブオイルに漬け込んで焼いたローストチキンとか。

オマール海老のマリネとか。

シェフ特製の季節のスイーツとか。

他にもいろいろ並んでた。

あー、お腹すいた!

透との任務も終わった安心感からめちゃめちゃお腹が空いていることを思い出し、俺はローストチキンを一皿ボーイにもらって、ワインを片手にちょっと階段を上ったテラスの席に座った。

思った通り。この場所は、きっとこの邸宅の敷地を一望できる特等席。

うん、ローストチキンも、うまい。

ハーブとスパイスが効いていて、ワインが進む。飲みすぎ注意、と。

自分でセーブするように言い聞かせる俺。えらいなー。

でも、俺のメインは料理じゃなくて、このガーデンパーティーの会場。

このテラス席からは、前庭が一望できる。

……本当に海外に来たみたいな景色。行ったことないけど。

昼間の景色も見たいけど、きっともうここに来ることはないだろう。

テラスの目の前にある、下の前庭に続く階段も、スペイン風?で、外階段なのに、まるでお城みたいに手すりにも彫りが繊細に入っている。

あー、奥の裏庭、見たいなー。

西側の裏に続きそうな方角を見てみても、薄暗い闇が見えるだけ。

きっと裏庭は今回のパーティーの会場にはなっていないのだろう。

裏にまわる入り口付近が本当に薄暗い。

それに、西側のその付近は透が向かった先なので、絶対にそっちは行けないし……。

残念。しょうがない。

任務に関係なく来た場所だったら、迷ったふりしてでも奥を見たい気持ちを優先させる俺だけど。

しょうがない。


それにしても、こんな素敵な場所が今回の仕事場だったのは、本当にラッキー。

透って、こんな場所でも物おじしないでいるんだから、マジですげえな。

本当に俺と同い年かよ。


ワインが入ったこともあって、心地よい風に当たりながら庭を歩いて、俺は、高校の時の透を思い出していた。

そして、透と再会した一か月前のこと、契約のことも。




透こと、藤本(ふじもと)(とおる)は、俺の中学と高校の同級生だ。

そして、高校の時に一緒に尾行同好会を立ち上げた仲間でもある。

そう、俺が一度だけ後をつけたことがある、あの、あいつ。

あいつが透だ。


透と再会したのは、本当に偶然だった。

例の、いつもの散歩コースにある、俺の一番のお気に入りの庭の家。

一か月前の俺は、最近見つけたばかりのそのお気に入りのその家の庭を覗いていた。

その時、道路を歩いていた老人に声をかけられたのだ。

「素敵な庭ですなぁ。お手入れ、大変でしょう?」

どうやら、俺はこの家の住人で、塀の外側に伸びている蔓の植物の手入れをしているように、その人の目には映ったらしい。

「ははは……。好きでやっていることですから…」

とっさに、その家の住人のふりをしてしまった俺。

どうぞ、ヘタレと呼んでください。

さすがにここで、俺は住人ではなくただの通りすがりで庭を覗いていただけだ、とは言えない。

つい調子に乗って、その人相手に草むしりの大変さなどを、話してしまう俺を許してほしい。

見ず知らずの通りすがりの人に、庭仕事のうんちくを垂れていい気分でいたら、庭の中から声がした。

「———主任?どこですか?」

「……あれ?おかしいな、さっきまでいたはずなのに……」

俺はすぐにバッとその場にしゃがんで隠れた。

やべー、人の家を覗いているの、見つかるところだった……。

しかも、おじいさんにも俺がこの家の人じゃないって、ばれた?

うまくごまかせないかな?

そう瞬時に思って、さっきまで話していたおじいさんのほうを振り返ると、

あれ?おじいさんも俺と同じくしゃがんで、塀の下に隠れてる……。

「あの……大丈夫ですか?」

俺は一刻も早くこの場から逃げたい衝動を抑えつつ、尋ねた。だって、もろにおじいさんは隠れているように見えるんだけど、もしかしたら、隠れてるんじゃなくて急に具合が悪くなったのかもしれないじゃないか。

……あーつくづく俺っていいやつ。

でも、優しくいい人みたいにおじいさんの面倒見てれば、庭を覗いていた怪しい人っていう疑惑は、この人の中から消えるかも、っていう打算も正直に言うともちろんあった。

いや、ほんの少しだよ?ほんと。


俺はしゃがんだまま、おじいさんを起き上がらせようと、手を伸ばした。

でも、結果的にこの行動がダメだったのだ。

さて、ここで問題です。自分がしゃがんだまま相手を立たせようとするとどうなるか。

———実験しなくても一目瞭然。相手は微妙な角度で引っ張られて、転ぶ。

かなりの確率で。

うん。このおじいさんも転んだ。……俺のせいで。

一瞬、脳裏に「お年寄りは、転んだら寝たきりになる可能性が高いので、気を付けましょう」なんていう、どこかの週刊誌の記事の見出しが浮かんだ。

やばい!

慌てて俺は、転がってしまったおじいさんに謝り、おじいさんのズボンをめくった。

おじいさんは「大丈夫、大丈夫だから」を連呼して地面に座ったまま(転がったまま)後ずさりしていたけど、足首がひねっていないか、とか擦り傷ができていないか、とか俺は心配だった。

ズボンの下の足は、ひねって捻挫していたようだ。足首が少し腫れていた。

……捻挫でよかった。骨折とかしていなくて。マジで。

いや、でもよくなかった。結果的に。

そのおじいさんの足は、どう見てもおじいさんの足ではなかった。

いや、俺は何を言っているんだ。

おじいさんの足は足なんだけど……違うのだ。

それはどう見ても、老人の足ではなく、しっかりとした筋肉が付き、皮膚も張りがあり……つまり、若い人の足。しかもしっかりと運動している人の足だった。

どういうことだ?

捻挫で済んでよかったですね、と言いつつもこの足の違和感に俺が固まっていると、おじいさんが口を開いた。

その声は、これまでの好々爺とした老人の声ではなく、見るとさっきまでとは姿勢も、顔つきまでも、別人のように若々しくなっていて……。

なんだ、これ?

この人、どうみても30代くらいだよな。いってても40くらい?

あれ?さっきまでのおじいさんは……?

「おい、いつまで呆けてる。お前のせいで転んで怪我をしたんだが」

ひぃっと背筋も凍るような声で、薄い笑顔を浮かべたそのおじいさん改め「謎の男」は、俺に続けて言い放った。

「責任、とってくれるよな?いろいろ、これからのことも含めて話し合おうじゃないか」

ひぃぃぃー‼‼




いや、あの時のことを思い出すだけで、漏らしそうになる。いや、マジで。

マジで怖かったゎ、アレは。



あの後のことは、まだ記憶に新しい。

あれよあれよという間に、庭の中に連行され、そこで出会ったのだ。懐かしい同級生、藤本透に。

透と謎の男は、少し離れたところで俺のほうをちらちら見ながら、なんだかもめているようだった。

「無理ですよ、そんなの。だって……」

「いいか、俺は怪我をした。いや、させられた。あいつに」

「でも、それは……」

「しかも、俺の変装がばれた」

「それは主任が……」

「お前が庭で大声で私を呼んだりするから、こうなった、とも言えるな」

「だからそれは、主任がいなくなったから、探してて……」

「———つまり、お前は、この事態が私のせいだ、と言いたいのかな?上司である私が、すべて悪いのだと?」

一段と低い声を出した男の言葉が、殊更に部屋の静かさを強調するかのように響く。

「……申し訳ございません。私のせいで、主任のせいではございません……」

透の深々と頭を下げる様子が見えた。


俺は二人がもめている間、少し離れたソファーから、透をしげしげと観察していた。

んー、高校の時と違って眼鏡をかけているけれど、黒いサラサラの長めの髪型はそんなに変わってない印象。ちょっと冷たそうな、頭のよさそうなクールな感じ?

身長も俺より少し低めで、よしよし、俺のほうが身長高いぞ。

懐かしくて透をじろじろと見ていると、いつの間にか俺の前には、納得していなそうにしつつも諦めたような顔をした透と、ニヤニヤと笑みを浮かべた謎の男(透の上司らしい。主任?)が二人並んで立った。

なんだ?透はともかく、この「主任」、おじいさんだと思っていた時は気にもならなかったけど、意外とガタイがよくて、目の前に立たれると圧を感じて、ちょっとひるむんだけど。

そしてその圧は間違いなく俺に大きくのしかかり、いろいろと「提案」という名の「脅し」がくり出された。

……最終的に俺は、その怪我をした上司らしい男の代わりに、透の仕事を手伝うことになったのだ。

上司の男曰く、「私の代わりには程遠いだろうが、いないよりはマシ」だそうだ。

そーかよ。


契約内容はたくさんあった。

まず第一に、詮索しないこと。必要以上に興味を持たないこと。秘密は守ること。裏切らないこと。……数え上げればきりがない。

でも、その中に俺への報酬もあった。

なんと、この素敵なイングリッシュガーデンの庭に、入ってもいいのだ。庭の扉が開いている時に限るけど。

……最高じゃないか?この条件。

そもそも自分が興味を持ったこと以外に、そんなに興味ないし。

特に透の仕事なんか、マジでどうでもいい。いや、なんかそう言うと、俺がすごくひどい優しさのない人間に思えるかもしれないが、正直、みんなそうじゃないか?

他人の仕事内容に、そんなに興味津々の奴なんて、今まで会ったことない。たとえ友達だとしても。

それに、あの庭!あの素敵な庭に入れる!

顔がにやけるのが止められない。ラッキー。口笛まで出そうな俺に、透は不安そうに言った。

「庭に入れるのは、扉が開いている時だけだからな」

「わかってる♪」

「……お前のわかってる、は信用が薄いからな……」

失敬な!

「じゃあ、俺に対する信用はこれから上がる一方だな」

俺は強気で笑顔で言い放った。ますます胡散臭げに俺を見る透の顔が気に入らない。


そんな俺と透のじゃれあいを無言で見ていた上司の男が、その場をまとめるように言った。

「それでは、これでアタル君は晴れて俺たちの仲間というわけだ。よろしく頼むよ。契約違反は許さない。裏切者には制裁が訪れる」

おいおい、最後の言葉だけ、凍った笑顔で言うの、やめろよ。

ひきつった顔でうなずくと、透と目が合った。

透も上司の男の言葉にげんなりした顔をしている。

透もこの上司には疲れているんだな……。どこも職場の人間関係は大変なんだな。うんうん、わかるわかる。

疲れたような透と目が合って、なんだかお互いを分かり合えたような気がした。



ガーデンパーティーでワインを飲みながら、その時のことを思い出していると、時計のアラームが鳴って我に返った。そろそろ帰る時間らしい。

俺はワイングラスをテーブルに置くと、元来たゲートのほうに向かった。


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