片思いの幼馴染に好きだと言いたい〜俺と霊体少女の相互協力大作戦〜
短編投稿は初めてです。
軽めな気持ちで呼んでください。
俺、近藤 慎也には九条 朱音という幼馴染がいる。
幼稚園の頃からの付き合いで、俺の片思いの相手だ。
小学校、中学校は同じ学校同じ学年同じクラスという奇跡が起きていたのにも関わらず、俺は告白のチャンスを不意にしてしまっている。
何度も告白する機会はあった。
しかし朱音の俺に対する反応を見ていると朱音は俺のことを異性とは思っていないように感じる。
その上僕は特段顔がいいわけでもない、運動ができるわけでもない、お金持ちでもない、アニメとゲームが好きな一般人だ。
自分の容姿に自信など持てるはずもなく、こんな平凡な俺に振り向いてくれる訳がない。
そう考えると、告白という一歩を踏み出すことができないでいる。
しかし、高校ではそうもいかない。
高校生というのは大人に一歩近づいている存在であり、かっこいい人が多いと聞く。
朱音は控えめに言って美少女なので、大人の魅力にコロッとやられてしまうかもしれない。
中学生の時、彼女はそれはもうたくさんの告白を受けていたが全て断っていたと聞いた。
「恋愛対象として見れない」だそうだ。
どんな人であれば恋愛対象として見れるのか基準がわからないが間違いなく言えることが一つ。
彼女は、うるさい人が苦手だ。
校内でやたら騒がしくして授業を妨害している人に冷たい視線を送っていたことがあったのだ。
つまり、うるさくない人がいいのだ。
そう考えると
うるさくない人=静かな人
静かな人=落ち着いた人
落ち着いた人=大人
大人=高校生>中学生
という構図が出来上がる。
つまり、高校生1年目の俺が高校生2〜3年目という大人の集団に勝つことはできないのだ。
彼らよりも大人っぽくなれれば僕にもチャンスがあるかもしれないが、静かにしていれば大人っぽくなれるものなのか?
そう言うことではないのだ。
結論として、俺は初恋は高校生で儚く終わってしまうのだろう。ぐすん。
そんなことを話しているうちに入学式が始まる。
急いで向かわなければ!!
***
俺は今のこの状況にとても困惑している。
高校の入学式の最中、俺の目には1人の少女が映っていた。
その少女は天使かと思うほどの綺麗な顔立ちにモデルのようにすらりとして引き締まった身体が制服に包まれている。そして背中まで伸びた艶のある黒髪が窓から吹き込んだ春風に靡いて絵画のように美しい。
しかし、そんな現実離れした容姿に見惚れるよりも先に大事なことがある。
ーーーなぜ彼女は浮いているんだ?
ふよふよと浮きながら会場を見る彼女は、式辞を述べる校長先生の背後から顔をひょこっと覗かせたり、壇上で先生の前を横切ったり、生徒に手を振ったりしている。
どうして誰も気がつかないんだ!?
俺は目線だけでこっそり周囲を見渡すが、全員真顔で校長先生の話を聞いており彼女のそんな様子を気に止める人はいない。
ええええぇぇぇぇぇ...??..なんでぇぇぇぇ.......??
困惑した俺がふと顔を上げると、壇上で正座をしている彼女とふと目があった。
あ
「......!」
「......!」
「....わたしのことが見えるの?」
なんか喋りかけてきたんだけど!?
割と遠めにいるのに声だけはしっかりと届いた。
やばいよ絶対に関わっちゃいけない類のものだ。人間が浮いている時点でおかしいもの!!
うん、これは決まりだ。
...関わらない方向で。
俺はそっと目を逸らした。
「!ちょおっと!!見ないふりしないでよ!!今絶対見たよね!?目があったよね!?」
会場の上空をビューン!とすごい勢いで飛んできた彼女は、俺の目の前で停止して早口で捲し立てる。
俺は知らず存ぜずを押し通すが、額に汗が噴き出る。
「君ぃ!!目があった瞬間に『やべっ』て顔して目を逸らしたよね!?顔の汗やばいし!!」
無視だ無視。俺は何も見ていない。
「ねぇねぇ!!何か反応してよぉ!!!」
***
「ーーーだからー」
教卓の前で話す担任。そして。
「ねぇ、ねぇっ...」
俺の前で怒った顔で頬を膨らます彼女。
教室でホームルームをやっているときも、彼女は俺の周囲を飛び回っている。
無視を決め込んでいる俺だが、スカートの裾がひらひらと視界に入り、担任の話に集中できない。
「ねえってばぁぁぁぁ...」
なんだか怒っている声が聞こえるが気のせいだ。
***
俺が無視し続けること数時間。
「ふうぅぅぅぅ...反応してよぉ...ぐすん」
諦めるかと思って無視し続けていたが、とうとう泣き出してしまった。
なんだか申し訳無くなってきた。
「...ちょっと」
「!!やっと反応してくれた!!なんでずっと無視すんのか聞きたいとこだけどまあいいや!!」
「とりあえず移動するんで」
「うん!!」
そう言って俺達は屋上へ向かった。
***
「どうして屋上?普通に話せばいいのに。」
彼女は首を傾げて俺に聞いてくるが、俺はため息をついて答える。
「みんなにお前の姿は見えてないんだろ?あんな人が多いところで話せる訳ないじゃないか」
「あぁ!君が1人で話しているみたいに見えるもんね!」
ケラケラと笑いながら俺の周りをくるくると飛び回る彼女と共に俺は屋上へでた。
「それで!君はなんでわたしが見えるの!?」
「知らんわ!というかなんでみんなには見えないんだよ!?むしろそれの方が俺は知りたいわ!」
俺が声を上げると彼女は答えた。
「だってわたし幽霊だし。」
「...は?幽霊?」
「そ、気がついたらここにいて。生前のことは何にも覚えていないの。」
衝撃の事実を教えられ驚愕する俺に、彼女は続ける。
「わたしはなにか未練があるから成仏できずにいるんだろうけど、生前の記憶がない以上何が未練なのかもわからない。」
ほうほう、なるほど。
「だからわたしを見ることができるあなたに協力してもらって、生前の未練を晴らしてから成仏しようと思ってね!」
なるほど...
「お断りしまs...」
「慎也、こんなところにいたんだね。」
「!!」
びっくりして振り返るとそこにいたのは
「...!..朱音」
「連絡したのに反応ないから..屋上にいるのが見えたから来て見たけど。誰かと話してた?」
「え?いやこの子が...」
手を振っている彼女を指さすと、朱音は首を傾げている。
「?誰もいないじゃない。大丈夫?」
「...あぁ、大丈夫。」
「そう」
朱音はそういうとニコッと微笑んで俺に詰め寄り、
「今日の夜、漫画読みに慎也の家に行くから!ついでにご飯も作ってあげる。おばさんは今日も夜勤なんでしょ?」
「っ、あぁ、そうだよ」
「わかった!じゃあまた後でね!」
そう言うと朱音は屋上から出て行った。
「....なんだよ?」
「いやぁ?別にぃ?」
幽霊の彼女がニヤニヤしながら俺を見ている。
「君は慎也くんって言うんだねぇ?」
「...だからなんだよ?」
「そしてあの朱音ちゃんって子が好きなんだねぇ...」
「なっ!?」
なぜバレた!?
「態度が丸わかりだよ。あんなに緊張しちゃってさぁ!」
嘘だろ!?そんな丸わかりな態度取ってたか!?
「そこでわたしから提案なんだけど、」
「わたしがあなたの恋を叶えてあげるから、あなたはわたしが成仏するのを手伝ってよ。」
***
そこからは頑張った。
幽霊の彼女いわく、まずは男として意識させることが大事だそうだ。
具体的には、全く意識していなかった俺の男っぽい一面を見た瞬間、「キュゥゥゥン」となってしまうこと間違いなしとのこと。
そうと決まればまずは自分磨き。
まずは腹筋、腕立て伏せ、スクワットにランニング。
最初の週は筋肉痛が酷くなり、ベッドで悶えているところを幽霊の彼女に爆笑された
しかし、俺は諦めなかった。
朱音に男と意識してもらうために、俺は精一杯身体づくりに励んだ。
その結果、俺はアスリート顔負けのスリムマッチョという美ボディを手に入れた。
次に、身だしなみが大事と言われた。
トレーニングを始める前から、俺の普段着はジャージだ。
毎日ジャージ。
外出時も常にジャージだ。
朱音に買い物に誘われた時は流石にTシャツにジーンズという無難な格好だったが、それではダメなのだとか。
男性俳優が雑誌に載っているような服装が好ましいとのこと。
そして髪も切れと言われた。腕や足といった身体中の毛も剃れと言われた。
俺の髪型はかっこよくないし、腕毛やすね毛は不潔感が出るそうだ。
そうして美容院へ直行し髪型を整え、薬局で脱毛クリームを購入し自宅のお風呂場で脱毛をした。
俺はこうしてツルツルの肌と爽やかな髪型を手に入れた。
そしてそんな自分にあう服をおしゃれな店で購入。
これで外見だけならなんとかなった。
次は内面だといい彼女が提示したものは、さりげない気遣い、配慮だった。
さりげなく道路側を歩く、荷物を持ってあげる。
場を楽しませる、会話を振ってあげて話しやすくするなどなど。
攻めたい場合は人が多い時ははぐれないように手を繋ぐなどもいいらしい。
最後は、すごく現実的だった。
「大人になったら、やっぱり金なのよ」
「今までの流れが台無しだ。」
学生のうちはまだ清い恋愛ができるが、大人にもなれば変わってくるそうだ。
金、金、金、世の中は金で溢れる。
学生中に朱音と付き合えたとしても、朱音が裕福な家庭を求めて金持ちのおじさんに乗り換え、あまつさえ結婚してしまったら今までの苦労が無駄になってしまう。
そして彼女はいった。
彼女を離さないためには自分が金持ちになればいいと。
金持ちになるには収入が高い企業に就職すればいい。しかし収入が高い企業は人気があり倍率も高い。狭き門だ。
そんな狭き門を突破するために今からできることがある。
それは...勉強だ。
世の中は高学歴でしっかりコミュニケーションを取れる人材を必要としている。
コミュニケーション自体は自分の気合い次第で短期間でもなんとかなるが、勉強は違う。
より高学歴になるためには、学力が高く名が売れている大学を卒業する必要がある。
そしてそんな大学へ入学するためには、高校時代の勉強をより頑張るしかないのだ。
ついでに
「学生時代は勉強ができるというのもプラスポイントになるのよ!」
という幽霊の彼女の言葉もあり、俺は勉強に励んだ。
その結果俺の学力はメキメキと上がっていき、今では学年1位に輝いた。模擬試験の結果も国内10位以内という好成績となった。
こうして俺たちは、着々と自分磨きに勤しんでいた。
***
「...ここまで頑張ったなぁ」
「そうだね。ここまでよく弱音も吐かずに眼張ったよ。」
俺と幽霊の彼女は学校の屋上で話していた。
今は高校3年生の冬。大学入試真っ只中だ。
俺はすでに国立大学への進学が決定しているので、高校へは自由登校となっていた。
俺の自分磨きは止まるところを知らず、全国屈指のモテ男と化していた。
しかし、俺は満足はしていない。
俺の好きな女の子をまだ落とせていないからだ。
まだ高校生が終わっただけだ。これから大学、就職が待っている。
好きな女の子と生活する未来が実現するまで、俺は進み続ける。
「でも今日、朱音ちゃんに呼び出されたんでしょ?」
幽霊の彼女が屋上から見える景色を見ながらそういった。
彼女のいう通り、先日彼女から「屋上で待ってて」というメッセージが送られてきたのだ。
「これであなたの願いは叶うじゃない。」
そう呟く彼女は遠くを見つめ、どこか寂しそうにしている。
「良かったわね。幼い頃からの夢が叶って」
「いや、よくない。」
「え?」
彼女は驚いたように視線を俺へと向ける。俺はその目を見つめ返し話し続ける。
「あなたの未練が晴れていないでしょう?五十嵐 琴葉さん。」
「!!」
俺が彼女の名前を呼ぶと、彼女の右目からは涙が溢れる。
「気づいてたんだ。わたしのこと。」
「もちろんだ。これでも3年間ずっと一緒にいるんだぞ。」
入学当初の約束を俺は忘れてはいない。
俺の恋を叶える代わりに、彼女が成仏するのを手伝うというもの。
俺はまず、彼女がどういう人なのかを探り始めた。
彼女は生前の記憶がないと本人から聞いていたので、本人からの情報提供はまったくない。
うちの高校の制服を着ていたことから、ここの卒業生だった可能性に目をつけ、図書室に保管されていた歴代の卒業アルバムを片っ端から見漁った。
高校時代の姿をしているのであれば、おそらく未練は高校在学中のことだろう。
しかし、この高校は創立から結構な年数が経っている。卒業アルバムの数も尋常ではなかった。
見落としの可能性も考え、何周も何周も繰り返し見たものの、彼女の写真を見つけることはできなかった。
先生にも聞いてみようかと考えたが、どう説明すればいいのかわからなかった。
そこで俺は閃いた。
彼女の姿を絵に書いてその絵を先生に見せれば何かわかるのではないかと考えた。
しかし、当時の自分の画力はひどいものであった。
試しに猫を書いてみたら、それはもうひどいものだった。
そこから俺は絵画の勉強を始めた。
彼女の未練を晴らすため、俺は全力で絵に取り組んだ。
人物画が最高の出来になったのは2年生の9月のこと。
俺は彼女の胸から上の姿を正確に描き担任の先生に見せた。すると
「お前、彼女の知り合いか?」
真剣な顔でそう問いかける先生に、俺ははいと答えると、
「放課後、話がある。職員室にこい」
と言われたのだ。
言われた通りに放課後職員室に向かうと、担任の先生とあと2人がそこにいた。
校長先生に3年A組の担任の先生だった。
校長先生はともかく3年A組の先生がいるのは謎だったが、俺はとりあえず話を聞くことにした。
幽霊の彼女は本名:五十嵐 琴葉といい、俺の1年先輩だった。
入学式の当日、入学生代表挨拶を担当していた彼女は通学途中、高速で迫る大型のトラックにはねられたそうだ。
トラックの運転手は夜勤明けで寝不足だったらしく、人を跳ねたことにも気がつかなかったそうだ。
挨拶を読む関係で入学前から担任の先生とは交流があったらしく、生徒がこんな目にあってしまったことに酷く責任を感じていたそうだ。
そして入学初日から学校に来れなかった彼女の存在は秘匿され、未だ誰にも知られることがなかったのだ
しかし彼女はまだ死んでおらず、意識不明だが生きているというのだ。
俺はすぐさま彼女の入院先の病院を教えてもらい、彼女の病院へと急いだ。
病院の待合室で俺は彼女の父親にも会った。
俺は今までのことを全て包み隠さず話し、彼女に会わせて貰うよう頼み込んだところ許可が降りた。
彼女の病室に足を踏み入れたときに目に入ったのは、たくさんの機械と人口呼吸器に繋がれた彼女だった。
事故当時の細かい傷は年数がたち完治しているものの、頬に刻まれた大きな傷は事故の悲惨さを物語っていた。
彼女の手をそっと握り、話しかけてみるが反応はない。
彼女の父親は、彼女のお話をたくさん聞かせてくれた。
彼女は小学校、中学校と完璧であったことから周囲からは敬遠されており、学校では常に孤独だったとのこと。
高校ではたくさんの友達を作る!と張り切っていたそうだ。
自分たちは彼女にたくさんの愛を注いできたが、学校で友達ができないことで悲しい思いをさせてしまった、高校では友達作りに全面的に協力するつもりだったそうだ。
さめざめと涙を流し始めた彼女の父親の手をそっと握ると、彼は話を続ける。
だから今日、君がきてくれて本当によかった、普通の高校生活は送らせてあげられなかったけど、友達ができて本当によかったと。
病院から出るときに彼から「困ったことがあったら連絡しなさい」と言われ、連絡先を交換したのだった。
***
「そう、そこまで聞いたんだ。」
「あぁ、そして琴葉さんの未練もよくわかった。」
彼女の未練は、高校生活を送ることだったのだ。
授業を受けて、友達と話して、学校行事に協力して。
そういう普通の学校生活を送ることだったのだ。
もしかしたら、恋だってできたかもしれない。
そういう普通の高校生として生活することこそ、彼女の未練だったのだ。
彼女は俺の言葉を最後まで聞くと、景色を眺めていた視線を俺に向けた。
「うん、正解。そしてわたしの未練はもう叶ったんだ。」
「え?」
彼女は両目から涙を流しながら俺に話した。
「3年前からあなたと一緒に学校生活を送って、とても楽しかった。一緒に授業を受けるのもそう、一緒にお昼を食べるのもそう、2人でお話しをするのもそう、そして...あなたの恋を叶えるために2人でたくさんのことに取り組んだこともそう。」
彼女の話は続く。
「あなたのおかげでわたしはかけがえのない思い出を作ることができた。あなたのおかげでわたしは今までの人生に意味をつけることができた。あなたのおかげで.....わたしは恋を知ることができた。」
彼女の両目からは涙が溢れているが、彼女は制服の袖でそれをゴシゴシと拭う。
「...朱音さんと幸せになってね.わたしはずうっと応援してるから。」
「..っ」
そう言って彼女の姿がだんだんと薄くなっていく。
俺の目からも涙が滝のように溢れており、その様子を見た彼女はクスッと笑う。
「最後は笑ってよ。わたしはあなたの笑った顔が好きなんだから!!」
「!!」
彼女の言葉に俺はハンカチで涙を拭うと、俺は彼女に笑顔を向ける。
「それじゃあ、さようなら。元気でね」
「あぁ、さようなら」
彼女は満面の笑みを俺へ向けると、最後に涙を一筋垂らして消えてしまった。
タン、タン、タン
屋上の階段を登る音が聞こえる。
朱音がきたみたいだ。
これが最終回だ。
俺の気持ちはもう定まっている。
ガチャ...
「慎也、お待たせ。」
「あぁ、朱音」
「待たせちゃってごめんね.今大学の合否を聞いてきたところなんだ。」
「そうだったんだ、それで結果は?」
「無事合格だった。」
「そっか、おめでとう。」
「ありがとう。それで話なんだけど....」
「うん」
「....わたしはあなたのことが好きです。だから...」
「わたしと付き合ってもらえませんか?」
***
桜が舞い、春の訪れを確かに感じる4月.
月日は経って大学の入学式。
俺はこの日、入学式には行かず病院にいた。
大学は主席入学だが、特に何かしなければいけないということもないので行かなかったのだ。
そして、俺が入学式に行かなかった理由がここにある。
「........」
彼女が目覚めるような気がした。
彼女と最後に話してから、俺は毎日彼女の病室に来ている。
あの日以降、彼女は霊体として俺の前に現れることはなかった。本当にいなくなってしまったのかと思ったが、身体が生きている以上、まだ生きているのだと思っている。
どうしても、彼女に伝えたいことがあるのだ。
俺は彼女の手を握りながら毎日、毎日その時を待っていた。
....ピク
指の先が少し動いた。
俺が包んでいる小さい手に少しの力が入っているのがわかる。
その瞼が、ゆっくりと開いた。
「....おはよう、琴葉さん」
「........慎也...さん?」
彼女は掠れた声で俺の名前を呼んだ。
「そうだよ。俺だよ。」
「どうして...ここに....?」
彼女の目に涙が滲んでくる。
「...どうしても、君に伝えたいことがあったから。」
「そっか....朱音ちゃん...と..うまく....いったの..かな?」
彼女がゆっくり身体を起こしながらそう言うと、俺は彼女に言った。
「琴葉さん、好きです。」
「........え......?」
『わたしと付き合ってもらえませんか?』
朱音の口から紡がれた俺への告白は、まっすぐ俺の耳に届いた。
今までどれほど焦がれていた言葉だろう。
幼い頃からその愛の言葉をどうやって伝えるかどれほど悩んでいたか。
俺はその言葉を伝えるために、この3年間努力してきた。
身だしなみから学業、その他もろもろ、たくさんだ。
彼女にその言葉を捧げるために、この3年間を頑張ってきたのだ。
それを彼女から捧げてくれたのだ。
これを受けることこそ、俺の本望だろう。
しかし
『俺も朱音のことが好きだった』
『...だった?』
朱音が俺の語尾に疑問を感じたのか聞き返し、俺は話し続ける。
『俺は今まで、朱音に告白するには、朱音に好きになってもらうにはどうすればいいかずっと考えてた』
『うん...』
『でも俺は自分に自信なんてなかったから、朱音に恋人ができませんようにと祈ることしかできなかった。』
『でも、そんな俺に協力してくれた人がいた。』
『っ!』
『どんな男が好意を持たれるのか、彼女と付き合うにはどうすればいいのか、彼女を手放さないようにするにはどうしたらいいのか。』
『教えてくれたことを実践しながら過ごす時間は、とても楽しかった、愛おしかった。それと同時にこの日常がなくなってしまうことがとても怖かった。』
『...うん』
『その娘のことが...好きなんだね?』
朱音が涙を流しながら問いかける質問に、俺は答える。
『あぁ、俺は彼女のことが愛おしい。だから、朱音の気持ちには答えられない。』
『....そっか』
「....どうして?」
「え?」
「朱音さんのことがあんなに好きだったのに、朱音さんのためにあんなに頑張ったのに。」
「うん」
「朱音さんに好きになってもらうために辛いことも乗り越えたのにっ。」
「君の高校生活の目標だったのにっ...!!どうして!!!」
彼女の目からは涙がとめどなく溢れている。
俺は彼女を抱きしめた。
「っ!!!!!?」
「確かに俺は朱音のために頑張った。朱音のために高校生活を捧げたと言っても過言じゃないだろう。」
「でも俺のそばでずっと声をかけてくれたのは君だろう?」
「!」
「こんなにかっこよくなれたのも君のおかげだ。こんなに勉強ができるようになったのも君のおかげだ。あんなに惨めだった俺をここまで変えてくれたのは君だろ?」
「...それは全部君が努力したからだよ。君の努力の結果でありわたしは助言しただけだよ。」
「それでも、俺に発破をかけてくれたのは君だし、努力をここまで続けることができたのは君がいてくれたおかげだ。」
「!!」
「君が現れなくなってから、俺の心はぽっかり穴が開いてしまったみたいだった。この空白は君がいないと俺は満たされない。」
「俺は、俺の好きな女を幸せにするために頑張り続けなくちゃいけない。それには琴葉、君がいなきゃダメなんだ。」
彼女の目からは涙が滝のように溢れている。俯き声を詰まらせながら彼女は呟く。
「わたしは、事故に遭って、身体中傷だらけで...」
「うん」
「今後もまともな生活ができるのかはわからなくて...」
「うん」
「慎也さんにたくさん迷惑をかけるかもしれない...」
「うん」
「それでも......っ!」
彼女は顔を上げた。
「....わたしを選んでくれるんですか?」
もちろん、俺の答えは決まっている。
「琴葉がいい、琴葉じゃなきゃ嫌だ。琴葉の全てを俺にくれ」
「.....!!」
彼女は涙を拭い、俺の顔を正面に見据える。
「...わたしも....慎也さんが好きです。...わたしの全てをもらってください...!!!」
彼女がそういうと俺は静かに涙をこぼした。一度流れ始めると、なぜか止まらない。
「...っなんであなたが泣くんですか!」
「だって、琴葉が全然目を覚さなかったから...安心して...っ!!」
「ほら、涙を拭いてください。あなたの笑った顔が好きなんですから。」
彼女は晴れやかな笑顔で俺に抱きついた。
そうしてお互いに目を合わせると、お互いの唇を合わせたのだった。
-fin
ぜひ評価、感想をお願いします。
次回作の参考にしますので、酷評でも構いません。
できればたくさん言っていただけると嬉しいです。