其の十…『図書館が空想する『トレーン・ウクバール・オルビス・テルティウス』の話:前編』
ある日の昼休みの『昼休み怪談部』、珍しく誰も『怪談持ち込み希望者』が現れなくて暇だったので『部長』である『ユズハさん』が『副部長兼会計』である『私』にこんな話をした。
「…………ねぇ、『怪異』って何だろうね?」と柚葉さん。
私は『暇だから適当に話題を振ってみただけだろう』と思ってあまり真剣に考えずに、
「…………さぁ、なんなんでしょうね? 僕にもわからないですが………でもその『わからない』ってのがいんじゃないですか? そういう『未知への恐怖』が『ホラー』の一番大事な要素云々とか言うじゃないですか」
「うーん、そういうことじゃないんだよね……なんていえばいいんだろう………うーん………例えばさ、皆『わからない』とはいつつも『でも必ず『何かはある』』って思ってるじゃん? なんていうか、うーん、やっぱり私『哲学』とかぜんぜんわかんないからなんて言えばいいかわからない………『暗闇の中に『何か』潜んでいる気がする』って思いから『怪異』は生まれたって言うけど、それって内心『絶対何か潜んでる』って思ってるからそうおもうわけじゃん? でも本当は『暗闇』の中には『何も存在してない』んだよね。でも『怪異』はどうやら『存在してる』わけで………」
と、そこで『ユズハさん』は両手で『箱』を現わすジェスチャーを行って、
「例えばさ『やっくん』、ここに『箱』があるとするじゃん。この『箱』に『こんにちは』って『声』をかけると『中』から『なんかようか?』って『返事』が聞こえるんだよ。そして『叩いてみる』と『中』から『爪でひっかく音』が聞こえて、『箱を揺らしてみる』と『中』から『太鼓をたたく音』が聞こえてくるとするね………でも『箱を開けてみる』と『空っぽ』だったら、それは『どういうこと』だと思う?」と柚葉さん。
「?? えっと、それはたぶん『箱の中に幽霊がいる』………とかですか??」と私。
「違うんだよやっくん。『箱の中身は空っぽ』なんだよ。『何もない』んだよ」と柚葉さん。
「はい?? えっと、質問の意味が僕には………あ、もしかしてその『箱』自体が『幽霊』というか『付喪神』ってやつなのでは? だったら『燃やしてみれば』いいんですよ。昔から『付喪神』になった『器物』は『燃やす』と『人の髪の毛を焼いたようなにおいがする』っていいますもん。つまりそういう『怪奇トリック(なんだそれ?)』ですか??」と私。
「違う違う! そういう話をしてるんじゃないって! それも『合理化』だよ! 『怪異』はそういう『合理的なもの』じゃないんだって! 私は………って私何が言いたかったんだっけ?? あー、なんか全然わかんなくなってきた。やっぱり今の話無しにして……(溜息)」と柚葉さん。
「えぇ……(困惑)」と私。
彼女はなにやら『納得がいかない顔』で何か言いたそうだったが、私が黙って続きを待っていても結局何も話してはくれなかった、まるで耳に入った水がどうしても出てこないみたいな顔で。
するとそこで『怪談持ち込み希望者』が入ってきた。今回は『斎藤』という『柚葉さん』と同じクラスの寡黙な男子生徒だ。
………そしてこの『ユズハさん』の『怪異って何?』という疑問が早速『予言』であったことを『私』は『斎藤君』の『怪談』を聞いて理解することとなった。彼が持ってきた話は『私』にも『ユズハさん』にも『奇妙』すぎてどう反応していいかわからなかったのだ。
「…………二人とも『ホルヘ・ルイス・ボルヘス』という『アルゼンチン出身の作家』を知ってますか?」と斎藤くん。
「「え、知らないです」」と私&柚葉さん。
「知らないんですか? 『ネット小説界隈』では結構有名で『ボルヘスを読んでないやつは何書かせてもダメ』なんて言われてるくらいの大御所なんですが………(そんな話聞いたことないが)………まあそれ以前に『ボルヘス』は『一般人の世界』でも『南米大陸最大の作家』って呼ばれてる人ですよ。かくいう僕も彼の作品が好きでして、特に『伝奇集』は何回読み返したかわかりません………これがその『伝奇集』です、『布教』のために持ってきたのでどうぞ持って帰って読んでみてください、『万が一通じなくても大丈夫なように』と用心しておいて正解でしたね」と斎藤。
そういって『斎藤君』は『伝奇集(J・L・ボルヘス著 鼓直訳 岩波文庫)』を取り出して『私』に渡してきた。すでに彼の『少々癖の強すぎる言葉遣い』に『私』は完全に『気後れ』してしまい、『ユズハさん』も『うわ~やばい人来ちゃったな~』と言う感情を隠さないひきつった笑顔で、
「あ、ありがと~♪(汗)じゃ、じゃあ早速借りて読んでみるけど………この本が『怪談』と何か関係があるのかな?」
「大ありですよ、そうじゃなかったらわざわざこんな『前置き』しないと思いませんか(『なんでこんな言い方しかできないのだろうか………』by私)? 実はこの『ボルヘス伝奇集』の中に『トレーン』・『ウクバール』・『オルビス・テルティウス』という三つの架空の地域や国が登場しているんですが、少し前『黒百合丘学園』の『図書館』で『トレーンの歴史』という本を発見しましてね………」と斎藤君。
何が何やら『私』にも『ユズハさん』にもわからないのだが、まず『ボルヘス』という『怪奇文学』を多く手がけた『アルゼンチン人作家』が書いた『伝奇集』という短編集の中に『トレーン ウクバール オルビス・テルティウス』という題名がつけられた数ページの短い物語が載っているらしい。
その『物語』の簡単な『あらすじ』は『主人公』の『私』が最初に『ウクバール』という『存在しない地名』がある『百科全書』に掲載されていることに気づいたことに端を発する。『私』は興味を抱いて『架空の土地ウクバール』について『調査』を始め、様々な書物に『名前』だけ登場するこの『謎の土地』を追いかけていくが、結局それが何なのかは全くわからない。
これがこの『短編』の『第一章』のかなり『雑』な『あらすじ』で、次の『第二章』になると『ウクバール』と言う土地の話は突然でてこなくなり、替わって『トレーン』と『オルビス・テルティウス』という、やはり『存在しないはずの国や文明』の名前が登場するのである(やっぱり何なのかわからない)。そして『第三章』になると今度はそれらの『三つの存在しない土地の名前』が『現実』を『浸食』し始めていることが語られるが、『主人公』の『私』はそれを『無視』して『趣味』に没頭する………それがこの『短編』の内容である。
だが実際にこの『短編』を読んでみると『私』も『ユズハさん』も『文章の意味が全く分からず』にてんで内容を理解することはできなかった。ちゃんと『日本語』で書かれているのだが『小難しい単語』が多すぎるのだ。そして『斎藤君』曰く『この小説の『地の文』はわざと『読者を煙にまこう』としてそういう文章になってるんですよ。つまり『小説の内容』だけでなく『文章自体』にも『幻想』を演出する仕掛けがあるわけですね』と『解説』してくれた。
その『斎藤君』がそのように語ってから、
「…………以上が『例の短編』の内容ですが、ここからが『僕の物語』です。実はこのまえ『黒百合丘学園』の『図書館』で『何か面白い本はないか』と探していた時でした。『歴史コーナー』に『イラクの歴史』とか『アルゼンチンの歴史』とかの色々な国や地域の『歴史』を紹介する本が並んでいたのですが………その中に『トレーンの歴史』という本が混じっていたんです」
もちろんくりかえすが『トレーン』というのは『伝奇集』に登場する『架空の地域』で、『作者ボルヘス』自身も『伝奇集』の『プロローグ』で、
『『幻想的な小説』を書くための最も簡単な手法は『架空の土地』が『あたかも存在するかのように』装って『それっぽい注釈をつける』ことだ(意訳)。その試みで書いたのが『トレーン・ウクバール・オルビス・テルティウス』やほかの二篇の短編である』とボルヘス。
………と述べている通り、あくまで彼の『幻想小説』に登場する『ネタ』でしかない。だがなぜか『黒百合丘学園』の『図書館』の『歴史コーナー』には『まるであたかも実在する土地』であるかのようにして『トレーンという国』の歴史を紹介する本が陳列されていたのである。
そして『斎藤君』は実際にその『トレーンの歴史』という本を『私』たちの前に取り出して見せて、
「………最初この本の『背表紙』を見た時は『ボルヘスの『パロディ小説』なのを『司書』が分からずに『歴史コーナー』に間違って置いたのか?』と思ったんですよ。でも手に取って読んでみるとこれは確かに『トレーンと言う国の歴史』を紹介する本でした………『トレーン』の『首都』は『ウクバール』で『ヨーロッパ人』で一番初めにこの土地の『調査』を行ったのが『オルビス・テルティウス』………これは『トレーンが発見された歴史』ですが、『トレーン自身の歴史』も『初代建国者』から『西暦何年』に『どんな事件があったか』が『詳細』に語られ、また『トレーン人』が話す『言語』の『語族』に関する研究や、『文化』や『宗教』の研究、『神話』と『考古学』でもって『先史時代』の歴史を復元する試み。さらには『近隣諸国』である『イラン』や『イラク』や『トルコ』と、そして『日本』との関係。そして果てには『家庭料理』や『人気の観光スポット』まで………こういった『情報』がすべて『膨大な参考文献』と共に挙げられていたんです。僕は目を見張りましたねぇ、『いったい誰が『架空の国』にこれだけ『詳細設定』を付け加えたんだろう』って!」
『斎藤君』は『熱弁』をふるって一人で語り始めたが、かたや『私』と『ユズハさん』は最初の一行目ですでに『お目々ぐるぐる』の状態で全くついていけなかった。『昼休み怪談部』にはこういう『自分ワールド』を展開する人間が何人か出入りしているが、『斎藤君』は晴れてその数を『1』増やしたことになる。
だが『ユズハさん』はなんとかして言葉をひねり出し、
「…………えーと、つまり『存在しないはずの国の歴史や文化』を紹介する本に出会ったわけね? でもそれは別に『怪奇現象』じゃなくて『どっかの暇人が趣味で書いた設定集』ってことなんじゃないの?」
「二人は『架空の国家』を自分で『妄想』し、さらには『その国の詳細な文化や歴史』をいろいろ考えて『遊んだ』ことありませんか? 『僕』はそういうのが大好きなので今でも『異世界の歴史』を妄想してそれで『ネット小説』書いてますよ、まあいつものことながら『物語を書く』ことよりも『設定』を作る方が楽しくて『本文』が全く進まないのですが………」
と、『斎藤君』はそこまで言ってから『自分が柚葉さんの質問に全く答えていない』ことに気づいたらしく、
「………確かにこの『トレーンの歴史』は『誰かが書いた設定集』なのかもしれません。ですが『僕』は『巻末に挙げられている参考文献』が気になりましてね、『ネット』で調べてみたんですよ。そしたら『全部』検索で『ヒット』したんです。つまり『参考文献』に挙げられている『トレーン人が書いた自国の歴史書』とか『国連のトレーンに関する調査報告』とかが全部『存在する』ってことになったんですよ!!」
つまりこの『トレーンの歴史』を作った『ボルヘスファン』らしき人物は『参考文献』に上げれている『書籍や論文』も全部『自作』しているということらしい。『私』が確認しただけでも『トレーンの歴史』には『100』を越える『参考文献』が挙げられていて、試しにそのうちの一つの『論文』を『検索』してみると『サイニー』に同名の論文が存在することが判明した。どうやらお金を払えば『コピー』を取り寄せて読むこともできるらしい。そして『ユズハさん』も『国連のホームページ』に『トレーン』に関する項目があることも認めて驚いた。
なので『私』も『ユズハさん』も『斎藤くん』の言いたいことがなんとなく『雰囲気』でつかめて来て、
「…………た、確かにこれは『奇妙』だね………だってその『トレーン』って国は『架空の場所』なんでしょ? なのになんで『国連のHP』にまで名前が載ってるの??」と柚葉さん。
「その『国連のホームページ』が『偽サイト』だとでもしないとおかしいですよね………でも、それにしたってこれは………」と『私』
確かになんとも『奇妙』な話だ。そして『斎藤君の怪談』はちょっと長いのでここまでを『前編』とする。続きは『後編』を待たれたし。




