薬で猫にされた魔力最弱のドラゴンは唯一望まない四季ループを自粛したい
今にも崩れそうな崖の上に築かれた塔。大きく傾き対岸から塔の上が窺える程である。
塔の最上階で寛ぐ猫。今日は椿の花を頭に乗せ、香りを楽しんでいた。
塔からは海が見え、夏になれば浜は人で賑わう。秋になれば山が色付き紅葉を楽しめ、冬になれば塔に雪が積もり小さな足跡を付けて遊ぶのが恒例だ。
時折ご主人様が様子を見に来る。前回来たときは可愛い桜の枝を飾ってくれた。
もう世界に残されたドラゴンは私だけ。しかしその私も今は猫の姿で寛いでいる。
ハンターに狙われることを恐れたご主人様が魔女の薬で私を猫にしてくれた。空を自由に飛び回り、地を炎で染め上げるドラゴンの寿命は長い。しかし猫の姿で生きられるのも後少し。
長い長い四季の繰り返しがもう少しで終わろうとしている。ご主人様は申し訳無さそうな顔をしているが、私は一つも悔いてはいない。あなたが居てくれたから私は今まで生きてきてこれた。
もういつ死んでも良いように、私は毎日を楽しく生きることにしている。
ご主人様が来た。初めて見る服を着て。
隣に居るのは最近知り合った女性らしい。猫としての私に手を差し伸べるが、私としてはドラゴンとして爪を立ててやりたい。
いつも通りご主人様の膝の上に寝るとゴロゴロと喉を鳴らし、そのまま眠りについてやった。
固い感触で目を覚ました。
粗末な布をひいただけの仮初めの寝床。ご主人様がよういしてくれた物だけど、私はスプリングが壊れたソファの方が好き。それは申し訳ない。
あの人と手を繋いで帰る姿を想像しただけで、かつての嬉しさが踏みにじられた気がして涙が浮かんできた。
新しい春にご主人様とあの人がやって来た。小さな命を抱いて。
ご主人様によく似た男の子は私の頭を叩き笑っている。
ご主人様、私はもう次の季節を迎えられそうにありません。その子の続きをお目にかかれないのが残念です。
ご主人様……出来れば…………いえ、それはもう望んでいなかった事。けれど終わりを知った私の心に落ちた一滴の欲の水。
ご主人様……出来ればもう一度、一緒に空を飛びたかった。
ご主人様……出来ればもう一度…………もう一度頬を合わせたかった。
ご主人様……ご主人様……もう一度だけ…………もう一度だけ…………もう……一度…………………………
読んで頂きましてありがとうございました!
(*´д`*)