ある少年の勿忘草 3 ~幸せはいつも平凡だった~
「起きて…起きなさい…夜眠れなくなるわよ」
微睡の中、暖かくて優しい声が聞こえてくる。
その声の主は僕の肩を揺らし、いつの間にかかけられていた毛布をどける。
そこまでされたら仕方なしに眠り瞼を擦りながら上半身を起こす。
まだ意識の半分ほどは夢の中に足を突っ込んでいた。
包丁はトントンと規則的なリズムを刻む。
その規則的な音を聞いていたらもう半分の意識が夢の中へと誘いこまれていく。
「ダーメ! もう少しでご飯だから起きてなさい」
また優しい声が台所から聞こえてくる。
今度は少しだけ語尾が強くなっていた。
このまま夢の中に行ってしまったら雷が落とされることは確実だ。
瞼を開けることを諦めそのまま洗面所に向かう。
ゴシゴシといつもより強めに顔を洗い眠気を飛ばす。
スッキリしたところで台所へダッシュする。
そのままの勢いで声の主の背中に飛びつき抱き着いた。
「もう…邪魔…」
その声の主は面倒くさそうに言い放ったが、しかしその言葉とは裏腹に僕を引き剥がそうとはせずそのままでいた。
その温もりが好きだった。
暖かくて優しくてどこまでも僕を包み込んでくれる。
とてもいい匂いがしてきた。ああ、これは
「もうわかった? …今日はから揚げよ。好きでしょ?」
その声の主は僕に微笑んだ。
満面の笑みになった。
いつまでも、いつまでも今日この日が続けばいいのに。
その温もりが、暖かさが、優しさが僕とこの人を包み込んで離さないようにしてくれていますようにと子供心ながら祈った。




