渡し守カロン 9 ~彼に近づけ~
「グガアアアアアアアアア!!!」
獣のような雄叫びをあげ、バベル様は自身に群がる亡者の群れを振り払うため、数多ある触腕で滅茶苦茶に暴れ回る。
その影響で船はさらに破壊されていく。
私はオマール様の回復を行いながら対話を試みる。
「バベル様! 私です、マリアです! 気をしっかり持ってください! これ以上は船を破壊してしまいます!」
しかし必死の叫びも虚しくバベル様からの反応はなかった。
「う、うーん」
そうこうしているうちにオマール様の意識が戻ってきた。
暴走状態のバベル様の最初の攻撃に巻き込まれてしまい、以降オマール様は意識を失っていた。
オマール様は目を覚まし、バベル様を見て仰天した。
「あ、あれは何だ!? …そうだ、僕はあれにやられたんだっけ…」
オマール様は朧気に思い出される記憶を確認するようにブツブツと呟いた。
「気が付きましたか? オマール様、あれはバベル様です! 今バベル様が敵を引き付け戦っています。…敵は認識できていますが私たちのことは分からないみたいです」
オマール様はまだ混乱しているように見えたが、了解したように何度も頷いた。
「なるほど…了解した。私たちがやるべきことはバベル殿のサポートだ」
オマール様はそう言うと立ち上がり、バベル様のところへ向かおうとする。
しかしバベル様の触腕の一つがオマール様の進もうとしていた場所を無残に破壊した。
「危ねえ!」
オマール様はそう叫び慌てて後ろへとさがる。
「あまり近づかないほうがいいと思います。…巻き込まれてしまいますので」
「それ早く言って!」
オマール様はいつもの騎士の口調を忘れ、恐らく素の調子で言った。
オマール様の素顔はきっと騎士のように雄々しいものではないだろうなと心の中で思った。
「…ごほん、サポートしようにも近づけないとどうにもならない」
こうしている間にもバベル様は大量の亡霊とカロンの猛攻を一人で浴び、触腕や身体の一部が破壊されていた。しかしその度にすぐに再生され、敵を粉微塵に叩き潰している。
「…あれは私たちが手伝えることはあるのか」
オマール様は唖然とするように言った。
確かにあまりにも戦いのレベルが違いすぎて私たちが入り込む余地などはなかった。
けれどあれだけでたらめな力を使い続けているバベル様が無事で済むはずもなかった。
「私は…何かできることがないかやってみます」
そう言うとバベル様やカロンたちの攻撃に巻き込まれないようにバベル様へと駆け出す。
「無茶するな…『オールバインド』!」
バベル様へと群がっていた亡霊たちの一部がオマール様へと向かっていく。
オマール様は戦斧で近づいてきた亡霊たちを薙ぎ払っていく。
「いくらか私が相手をする! その隙にバベル殿のところへ!」
オマール様は戦斧を振り回しながら私に向かって叫んだ。
私は手を振り返して答えた。
敵の数が減るのは有難い。
カロンたちや亡霊たちの戦闘は激化しており、四方八方からバベル様を攻め立てる。
バベル様は触腕を振り回し亡霊たちの突進を牽制しつつ近づいてきた亡霊を一人一人ハエの如くに叩き潰す。
私はその触腕に巻き込まれないよう注意しながらバベル様へと近づいていく。
ここまで近づいてもバベル様は明らかに私を攻撃してこない。
しかし私を敵とは認識していないが視界にも入っていないようだ。
そもそも私を認識しているのか。
私の声がバベル様に届くのだろうか。
なにより私なら届くと思っていること自体おこがましいかもしれない。
それでもバベル様のところへ向かわなければならないという心の底から湧き出る何か強い思いに引っ張られる。
この感情を私は知っているし分かっているがあえてこの感情に名前を付けない。
気付いた瞬間何もかも無くなってしまうかもしれない。
その衝動に駆られるままバベル様のところへ向かう。
どうしたらいいかはついてから考えればいいやと半ば開き直るように考えた。




