やったな
成し遂げた高揚感に包まれていたとき、突然低く背筋が凍るような悲鳴が冥界に響き渡る。
「これは…?」
「ハデスだ」
ユダが鋭く答える。
分割された魂が破壊され、ハデスはダメージを受けているのか。
「空に…何か…ありませんか?」
マリアが空へと目を細めている。
その視線を追うと、灰色の雲のようなものが確かにこっちに向かっていた。
「雲? いや…にしては…速いような」
「あれは…何だが…まずい気がする!」
雲にしてはかなり移動速度が速い。それに雲が近づくにつれ、細部が蠢いているように見える。
「逃げたほうがいいんじゃないか?」
「教会のところまで走れ!」
カイがそう叫び、それにつられるように走り出す。
近づくにつれ雲の正体が見えてきた。
それは無数の亡霊の軍勢であった。
朽ちかけた甲冑やマントを纏い、槍や剣、こん棒などを手に持ち呪詛の悲鳴を叫びながら僕たちに迫りくる。
追いつかれまいと一心不乱に駆ける。
「これでもくらうでござる!」
ボムボムプリンは振り返りながら手投げ焼夷弾を山なりに投げる。
爆発が起こる、がそれはあっという間に飲み込まれていく。
「…」
ボムボムプリンの目が点となり、唖然としている。
「とてもじゃないがどうしようもない! 逃げろ!」
言わずもがな、逃げたほうが得策だ。
ふと横目で見るとマリアが明らかに遅れだしている。
咄嗟に僕はマリアを抱きあげる。丁度お姫様抱っこのような形になった。
「えっ! バベル様!」
マリアが顔を真っ赤にして抗議しようとするが
「こっちのほうが速い!」
遮るように言い放つ。
「でも…ちょっと…もう少し…」
「死にたくないなら我慢しろ!」
確かにマリアの今の姿は情けない姿にも見えるが、命が助かるなら背に腹は代えられない。
マリアはそのことはわかっているようで大人しく受け入れ、僕の胸に顔をうずめる。
ボムボムプリンは先ほどから滝のような汗を流し、ゼフィー、ゼフィーと息を切らしていたが放置する。何とか速度を落としていないからまだ大丈夫だ。
「教会っだ! あと、少しっだ!」
カイの息が切れた叫びが聞こえる。
確かに小さく彼方に教会が見えてきた。
それと同時に亡霊の軍勢は横に広がっていく。
「あい、ふー、つら、ふー、ふー、何してっいるっでござるか!?」
「取り囲もうとしているぞ! スピード上げろ!」
亡霊たちの意図を察し、僕たちは走る速度を上げる。
腹が捩れるような痛みを我慢しながら走る。
ボムボムプリンは青い顔から白い顔へとなっていた。
カイとオマールの足がもつれ始めていた。
みんなもう教会に到着する前に限界へ達しようとしている。
そして軍勢の囲みは無情にも完成しようとしている。
「『憎悪は呪い』!」
『鎧』に全神経を集中する。
『鎧』は待ってましたと言わんばかりに背中から真っ黒な粘着性の流動体を噴火のように噴き出す。
その流動体はボムボムプリン、カイ、オマールに絡みついた。
「なっ、なん…だ、これ!」
カイは息を切らしながら気持ち悪そうに言った。
「い、意外に…ひんやりしてて…いや、やっぱり気持ち悪い…」
オマールがフォローをしようとするが途中で断念する。
贅沢を言うんじゃないと僕は心の中で悪態をつく。
そのまま僕は四人を担ぎ、走り出す。
いや走るというより滑っているのか。
僕は粘着性の液体を前方へと集中させ、円錐状に尖らせる。
亡霊たちは囲みを完成させその輪を縮めていたが、僕は一気に速度を上げる。
「ちょっ! それは、無理なんじゃ…!」
「ぎゃあああああああああ!」
「南無阿弥陀仏! 南無阿弥陀仏!」
「えっ! ど、どうなっているのですか?」
四者四様の悲鳴が聞こえる。
しかし自分を信じろと僕自身に言い聞かせるのに必死で彼らへの返事をする余裕はない。
無数の亡霊たちは津波のように迫りくり、そしてぶつかり呆気なく僕らを飲み込む。




