人の言うことを丸呑みするな
ユダの話は8割くらい嘘です。
「う…ん。ここは…?」
目を覚ますと先ほどの星が煌めく夜空はそこにはなく、星の代わりに灰色の鍾乳洞にあるようなつららが垂れ下がっている岩肌に覆われた空があった。
前方には、身体は人だが頭はネズミの巨大な銅像が立ち並ぶ。
悪趣味この上ない。何気なく地面を見てみると
「う! なんだ、これは…」
泣き叫んでいる人、恐怖で顔が歪んでいる人、地下から出ようともがいている人、阿鼻叫喚の火表情を見せる無数の人が地面の中に埋め込まれている。
そのどれもがミイラのような姿をしている。
マリアが小さな悲鳴をあげる。
「これが冥界か…気味が悪いところだな」
「おお! 兄弟、目が覚めたか。…ちょっと自信なかったんだよな」
ユダが衝撃的なことをサラッと何でもないことのように述べる。
「ど、どういうことですか!?」
マリアがそれに食ってかかる。僕もその発言は聞き逃すことはできない。
「まあ、いいじゃないか。結果オーライだ」
ユダは軽いノリで済まそうとする。
「そういう問題ではありません! 死ぬかもしれなかったんですよ! そんな不確かな情報で私たちに命を懸けさせないでください!」
マリアの意見はごもっとも。
「そうだな…ユダ、これはいただけないな」
「悪かった、悪かった。もうこんなことはしない…約束するよ」
ユダはそう言ったが反省しているかどうかはわからない。
マリアはまだ物足りないといった顔をしていたが、僕はマリアをなだめる。
「じゃあ、その言葉を信じるよ、ユダ」
「いやー、さすが兄弟。俺も全力でその優しさに報いるように頑張るよ」
ユダはニヤニヤと笑う。
本当に反省しているのか、こいつ。
「…ここが冥界なんだな」
「ああ、そうだ。この殺風景な景色、この趣味の悪い銅像、そして地面の中の苦悶の人々…これぞ冥界」
「ここは冥界の入り口ですか?」
マリアが質問する。
「いや、正式な入り口という意味なら間違っている。『死に戻れる彼岸花』は安全に冥界にこれるが場所はランダムなんだ。ここは…クソ! 『冥府の墓場』か」
「危険なところ、ということですか?」
ユダが悪態をつく。ユダが悪態をつくこと自体珍しくもないがその声に焦りを感じる。
だからこそマリアが警戒している。
「『冥府の墓場』、ここには番人、もとい番犬がいる」
「番犬?」
僕は聞き返すが、冥界の番犬と言えば一つしか思い浮かばない。
「ケロべロス、三つの頭を持つ冥界の番犬…ここは奴の住処だ」
「ケロべロス、神話の中の生物だと思っていました」
マリアが驚く。
「冥界にしか生息していないからな。その身体は鋼鉄をはじき、頭の一つは業火を噴き、頭の一つは氷の息吹を吐き、頭の一つは雷鳴を起こす。冥界を守るハデスの忠実な犬。神話にはそう書かれているんじゃないか?」
ユダが愉しそうに説明する。
「はい。神話ではさらに冥界に落とされた魂をこの世とあの世が終わるまで骨までかじるとあります」
「…なるほど、ある程度はケロべロスについて分かった」
二人の会話を聞き、ケロべロスの姿を想像する。
火と氷、雷を吐く三つ首の犬、うむなかなかしんどい相手のようだ。
マリアも心配そうに僕の顔を伺う。
「…いつものことだ。なんとかなるさ」
マリアを心配させないように微笑む。
「無理して戦う必要はないですよね?」
マリアが覗き込むように尋ねる。
言われてみれば無理して戦う必要はないな。
「…不幸にも出会わなければな。あまり派手に行動しないのがおすすめだ」
「そう…ですね」
マリアはホッと一息つく。
もしかしたら僕が好き好んでケロべロスと戦おうとマリアは思っていたかもしれない。
マリアは僕のことを戦闘狂と考えているのか。
「マリア…別にケロべロスと戦おうとは思ってないぞ」
不信感たっぷりの視線をマリアがむける。
本当にそう思っていたのか、傷つくな! マリアはそんな傷心している僕を見て
「冗談ですよ、冗談」
マリアがパッと快活な笑顔を咲かせる。
最初会った時よりその笑顔は柔らかく、どことなく魅力的に感じ、すこしどぎまぎしてしまった。
「…マリアは僕のことを戦い好きの狂人だと思っているんだね」
僕はマリアの言葉で傷ついて泣いている振りをした。
「そ、そこまでは言ってないです!」
マリアがあわあわと両手を振り、慌てて否定する。僕はベロっとアッカンベーしてみせる。
「おかえし」
「むー」
マリアがむくれた顔をする。その顔が思いのほか似合っていたため、僕はけらけらと笑う。
「…大分イラつくな。いいか、ここはもう冥界だ。お遊びは終わりでいきたい」
ユダがかなり不機嫌そうな声で言う。
ごめん、すっかり存在忘れていた。
気を締め直し『冥府の墓場』へと向かう。




