汝の敵を滅せよ
視界は地面か壁かわからないぐらい滅茶苦茶に回転していた。
何度も何度も激突を繰り返し、そのまま外まで弾き飛ばされたようだ。
感覚は馬鹿になってしまったようで痛みを感じない。
立ち上がろうとするが立ち上がれない。
脚を見ると両脚ともあらぬ方向にひん曲がっている。
むしろよく脚が取れなかったなとなぜか他人事のように考えてしまった。
左腕もピクリとも動かない。
なぜなら左腕は…肘から先がなかった。
そこから大量に血が噴き出している。血とともに命も流れていくようであった。
ズンズンと砂利が宙に舞い、地面を揺らす。
死が目前まで迫ってきている。
ここで死ぬのか、虫けらのように何もできず、踏みつぶされて死ぬのか。
嫌だ、そんなのは嫌だ。
残り少ない力を振り絞り、這いずろうとするが身体は思うように動かない。
「兄弟、いい表情だな。絶望と恐怖と、憎悪が入り組んで…中々いい味を出している」
「何が…言いたい…そもそも…ハア、ハア…お前が…邪魔…しなければ」
「ああ、わかっているよ、兄弟。出血大サービスしようとしたが…兄弟、お前が出血しちまったか」
ニヤニヤとユダは笑う声が響く。
この状況で何の冗談を言っているんだと怒りがわいてくる。
「今…お前の…面白くもない冗談に…付き合っている暇はない…」
「ハハ、噛みつく元気はまだありそうだな。もうこんなに波長の合う奴と会うことはないかもしれん…俺のためにも死んだら困る」
「だから…冗談に付き合っている暇は…」
もうユダの声が満足に聞こえない。
不意に鎧が僕の身体に喰いこみ、肉を引き裂いていく。
「あ、がああ、ぎぐぐううおおぉ!」
感覚がダメになっているはずなのにあまりの激痛に叫び声をあげる。
どんどん鎧が肉体に入り込んでいき、身体中をうごめいている。
「…気持ち…悪い…」
「なに、最初はとてつもなく痛いがじきに慣れてくる。好都合なことに、あの化け物はなめているのかちんたらしていている。その間に鎧を全身に巡らせる。こうすることで次からも効率的に力を引き出せる…よかったな、兄弟」
ユダの淡々と説明をしているが、当の僕は身体中を這いずり回る感覚に耐えていた。
この感覚に慣れる? 本当に?
今でさえ不快感で吐きそうで、激痛で全身がバラバラになりそうなのが慣れる?
「兄弟、疑っているな? 俺はいつだって嘘は言わないぜ。ほら、もうすぐ完了する」
ユダのその言葉とともに、僕の身体を駆け巡っていた不快な感覚が徐々に無くなっていった。
その感覚の消失とともに不思議と全身に力が湧いてくる。
スクっと何事もなかったように立ち上がる。
ねじ折れていた両脚は元に戻っていた。
「これは一体…?」
自分の身に何が起こっているのかわからなかった。
捻じれていた両脚は元に戻り、左腕からの出血は止まっていた。
そして鎧の形も以前と比べて変化していた。
まるで鎧というよりもスーツのように身体にぴったりと密着している。
兜はフルフェイスのように頭全体を覆い尽くしていたがなぜか周りの風景が鮮明に見える。
「兄弟、意外に似合っているじゃないか。ちなみに左腕は向こうに転がっているぞ。あのなめくさり野郎をぶちのめしてからゆっくり回収しよう」
ノイズ交じりにユダの声が聞こえる。
頭の中で無数の虫が這いずり回る。
ああ、気持ち悪い、不愉快だ。
ゆらりと振り向くとモーちゃんが鼻歌交じりにちんたら近づいていた。
ユダの言う通り、あいつは僕を敵と認識していない。
無数の虫たちが無心に齧る音が響く。
ムカつく、その余裕が憎たらしい。
真っ黒でドロドロした炎が無数の虫たちを焼き尽くす。
あいつは僕を認めると顔が崩れるくらい皺くちゃな顔になった。
なんだ、その顔は? もしかして笑っているのか? 僕なんて吹けば飛ぶ羽虫と変わらないってか。
憎しみが沸き上がるごとに皮膚の中でうじ虫が蠢く。
怒りが沸き上がるごとに血肉がウジ虫に食い漁られる。
非常に不愉快な感覚により、さらに虫たちが湧く。
あいつがようやく僕の真正面まで来る、本当に遅い、こっちはもう準備万端だ。
早くお前の血が見たい。早くお前の叫び声が聞きたい。
だらりと右腕をたらし、重力に逆らうことなく前傾姿勢をとる。
奴は右腕を振り上げ、巨大な拳を握りしめる。
僕はその場から動かなかった。
奴はその行動を見て僕が諦めたのかと思ったのか、つまらなそうに鼻息をつく。
巨大な拳が振り下ろされる。迫りくる巨大な拳に、それでも僕は眉一つ動かさず目前に迫るのを待つ。
時間の流れがいやに遅い、それは死の恐怖によるものではない歓喜だ。
ようやくお前をぶちのめせる。
獣のような咆哮とともに巨大な拳を殴りつける。
いとも簡単に巨大な拳は弾かれ、奴は後ろへでんぐり返るように倒れこむ。
奴はすぐに起き上がるが何が起こったのか理解できずかなり狼狽えている。
今まで力負けしたことがなかったようだ、良い様だ。
ゆっくりと奴に近づく。奴は後退る。
さっきまで吹けば飛ぶような羽虫に自分が無様にひっくり返されたという事実は混乱と恐怖を抱かせるには十分だった。
奴は近づく僕に向かって殴りかかる。それを羽毛のようにヒラリと躱す。奴はさらに殴打を繰り返す。
それもヒラリ。奴は苛立ち、やたら滅多らに殴り続ける。四方八方から巨大な拳が迫る。
それを躱す、躱す、飛んで躱す、捻って躱す、躱す、風に吹かれる気ままな羽毛のようにひらひら躱す。
「ふ、ふふ、ははは、あははははは!」
自然と笑いが漏れてしまう。
しばしの愉悦に浸っていたが、さすがに飽きてきた。
奴は疲労のため肩で息をしている。
それに伴い攻撃速度も遅くなっている、一つ一つの攻撃の間が間延びしている。
これじゃあ、どうぞ反撃してくださいと言っているようなものだ。
易々と奴の頭へ踵落としを決める。
奴は受け身をとる暇もなく頭から地面に激突した。そのままさらに追撃をし、地面にめり込ませる。
殴り続けていると視界が急に暗くなり、左右から強烈な圧迫を受けた。
地面にめり込みながらも僕を圧し潰そうとしてきたか。ニヤリと笑みがこぼれる。
なんだ、まだ足掻けるじゃないか。これで終わったらつまらないと思っていたところだ。
潰されないように抵抗しながら奴の左手の、恐らく中指を掴み、へし折りにかかる。
盛大に骨が砕ける鈍い音が響き渡る。
奴はたまらず圧し潰す力を緩める。
その隙をつき、脱出するとともに、奴の頭にパンチを二、三発お見舞いする。
奴は地面から起き上がりかけていたがそれによりまた地面にめり込む羽目になった。
奴は必死に僕を頭から引き剥がそうともがくが、つかまらないように軽妙に避けながら頭に攻撃を繰り返す。
一発、二発、三発とそのたびに血飛沫が上がり、骨が砕け、脳髄が派手に飛び散る。
「もう飽きた! さっさと死ねよ、お前!!」
何十回目の攻撃で何か柔らかいものに当たったような感触があった。
そのとき奴の身体がビクンと反り返るように痙攣した。
一発、二発、三発と殴る。
一回、二回、その度に奴はビクビクと全身が波打つように痙攣を繰り返す。
その反応が面白くて何度か攻撃を繰り返してしまった。
ひと際大きな塊が砕ける音とともに奴の頭が胴体から吹き飛んだ。
それと同時に先ほどの痙攣と比べてかなり大きく全身が跳ねるように痙攣が起きた。
「…最後は面白かったな」
少しだけ頭の中の虫が治まったように感じた。




