憎悪は呪い ~求めよ~
どこからともなく声が聞こえてきた。
それは底冷えする低い声だった。
マリアのほうを振り向く。
マリアも驚き、首を横に振っている。
「そっちじゃない、兄弟。こっちだ」
その声は扉のほうから聞こえてくる。
まさかと思い、その声に話しかけてみる。
「もしかして、『憎悪は呪い』…か?」
「ご明察。そうか…今は『憎悪は呪い』と呼ばれているのか」
声の主はやはり『憎悪は呪い』であった。
「しゃべれるのか?」
「ああ、しゃべれるぞ。ここの連中とは波長が合わなくてなぁ。兄弟、こんなに心地よいのは久しぶりなほどに合いそうだ」
喜ばしいのか、喜ばしくないのか分り辛い返答だ。
「バベル様と波長が合うなんて、そんなことありえません」
マリアが強い口調で否定する。マリアはかなり『憎悪は呪い』に対し嫌悪感を抱いている。
「ハッハハ…女、威勢がいいな。だが波長が合うのは事実だ。兄弟、俺に用があるのだろう?…この扉を開ける方法を教えてやるよ」
随分協力的だ。
心なしかその声は愉快そうだった。
「お前から扉を開けられないのか?」
「兄弟、そうしたいのはやまやまだが開けることができるのはそっち側にいるものだけだ」
「それは、そうだよな」
当たり前だ。
そっちから開けることができるのなら、封印する意味はない。
どうすればいいのか思案していると
「兄弟、簡単だ。生贄をささげればいい」
「え、今なんて…」
唐突な言葉に聞き返してしまった。
生贄ってつまり、もしかして…。
「生贄だよ。モンスターじゃないぞ。一人でいい。誰でもいい、一人生贄をささげればいい」
「だめです! 耳を傾けてはいけません!その声に従ってしまったら、バベル様はもう二度と…戻っては来られません。バベル様、別の方法を探しましょう。きっと何か…いい方法があります」
「兄弟、俺たちはなぜ波長が合うのだろうな…兄弟、お前は、分っているのだろう」
何も答えない、答えたくない。
その声は悪魔が囁くように優しかった。
「身を焦がすような憎悪、はち切れんばかりの憤怒、血反吐を吐き出すほどの慟哭。兄弟、味わったんだろう。ねっとり、じっくり、しゃぶるように、その骨の髄まで堪能したんだろう。ならわかるだろう。その憎悪は、その憤怒は、その慟哭は忘れたくても忘れられない。兄弟、簡単なことだ…ただ選ぶだけだ」
底冷えのする言葉がぐるぐると頭の中を回る。
言葉は這いずる虫のようにどんどん増えていき頭を埋め尽くされると身体がふらついた。
気付くとそこは小学校のグラウンドだった。
見覚えのある場所だった。
思い出したくもない場所だった。
わかっている、これは僕の頭の中の光景だ、ただの記憶だ。
一塊の真っ黒な影がグランドにいた。
影の塊は円を作っている。
その中心には一人の男の子がうずくまっていた。
男の子は泣いていた。
影の塊は男の子を囲いケタケタと嗤っていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。もう許してください」
男の子が、小さな声で、震える声で何度も何度も同じセリフを繰り返していた。
影の塊は、ただケタケタと嗤っていた。
影の塊から1体、ひと際ガタイの良い影が男の子に近づいていく。
ニタニタと嗤いながら影は近づいていく。
男の子はさらに震え、小さくなる。
「兄弟、どうした? …真っ青だぞ」
その声で現実に引き戻された。
「バベル様、大丈夫ですか? どこか調子でも悪くなされましたか?」
マリアが心配そうに僕の身体を支えていた。
気付くと僕は呼吸が荒くなり全身冷や汗でびっしょりだった。
マリアが心配そうに背中をさすってくれる。
徐々に息が整ってきた。
「バベル様…」
マリアが顔を覗いてくる。
顔色がひどいのか、マリアは泣きそうな顔をしている。
そんなマリアを礼も言わず引き剥がす。
マリアは心配そうな顔をしたが何も言わなかった。
「で、兄弟、どうするんだ」
その声は催促してくる。
僕は、もうとっくの昔に決めていた。




