邂逅
夥しい臓物と死体で溢れる地獄で
その咎人は天を仰ぐ姿勢で息を整えていた。
仄かに燃ゆる松明の灯がゆらぐたび
その咎人の姿が鮮明に暗闇に浮かぶ。
その姿は時に神々しく、そして時に儚げに変化する。
見つめていると心の底からこみ上げてくるものがあった。
彼は落ち着いたのか身の丈ほどの重厚な大剣を無造作に引きずりながら私に近づいてくる。
「大丈夫…か?」
息を切らしながら私に手を差し出す。
その手を取り、立ち上がろうとするも左足の痛みでふらついてしまった。
彼は慌てて私を抱き寄せ、その場に座らせた。
彼は私の腰に手をあて支えながら、荷物から緑色の液体が入った瓶と茶色の小さな丸い容器を取り出す。
「これ、体力を回復させるポーションと骨折に効く軟膏。骨折は一時間くらいで回復すると思う」
彼はなるべく怖がらせないように穏やかに言い、私にポーションと軟膏を手渡す。
「ありがとう…ございます」
その厚意に甘えることにした。
「ポーションは一気に飲んで、軟膏は骨折している部分にまんべんなく塗って」
彼の言う通りにポーションを一気に飲んだ。
傷の痛みが和らいでいくのが感じる。
右手に軟膏をまんべんなく塗る。
彼は荷物から布を取り出しながらそこら辺にあった武器の柄を折っていた。
「なにをしていらっしゃるのですか?」
「ん? …まあ見てて」
彼は折った柄で私の右手を支えるように布を巻いた。
「これでずいぶん楽になるはず」
柄が支えとなり、痛みがずいぶん楽になったような気がする。
ふと彼のほうへと顔を向ける。
もう少し近づけばお互いの顔がぶつかるほどの近さであった。
彼と私の目が合う。
彼の瞳にはまだ戦いの余熱が残っているように見える。
彼は慌てて顔をそらす。
私も気恥ずかしくなって顔を伏せた。
そんな微妙なくすぐったい空気を紛らわすように彼は目を逸らしながら言った。
「ごめん…大変だったね。君の名前は?」
「私はマリアといいます。咎人様のお名前は?」
「僕はバベル。よろしく」
彼は再びにっこりと笑った。
さっきまで鬼神と見間違えるほどの気迫で戦っていた姿を目の当たりにするとその笑顔はあまりにも幼く見える。
その笑顔と優しさに触れると罪悪感にさいなまれてしまう。
「私…たちはバベル様を殺そうとしました。なぜ助けるのですか?」
そう尋ねるとバベル様はキョトンとしていた。
その様子を見るに誰かわからず助けていたようであった。すぐにバベル様は納得したようで
「あー、確かに。僕も君たちの仲間を殺しているから気にしなくていい。それに君たちは十分すぎる罰を受けた」
バベル様は苦虫をかみ潰したような表情で呟く。
「本当に…ありがとうございます」
感謝してもしきれない。
何の運命の悪戯か、はめようとした彼のおかげで生き残ることができた。
しかしアリアや他のみんなは死んでしまった。
私はただ逃げ回り隠れていただけだった。
ただ運よく逃げ切った私が生き残ってしまった。
「だ、大丈夫か? まだどこか、痛むのか?」
バベル様は慌てていた。
なぜ? と思ったら頬に伝う冷たい感覚でその理由に気付いた。
私は泣いていたのだ。
「大丈夫です。心配しないでください」
急いで涙をぬぐう。
バベル様は心配そうに見ていたがそれ以上は聞いてこなかった。
それが今はありがたかった。
「あーあ、つまんないのー」
退屈そうな声がコロシアムに響く。決して大きな声ではないがなぜか耳に残る。
バベル様は声の方へと顔を向ける。
「ごめん、マリア。まだ痛むだろうけど少し下がっていて」
彼は努めて穏やかに私に言ったが、憎悪を隠しきれてはいなかった。
「…わかりました」
その言葉に素直に従い後ろへとさがる。
「初めまして。無節操で浅はかな咎人さん」
アフロディーテは物腰柔らかにしかし、敵意を隠す気はさらさらなかったようだ。




