ある少年の勿忘草
読みやすいように随時編集していきます。
よろしくお願いします。
血は鉄の錆びた味がする。
血は鉄の錆びた匂いがする。
どうしてみんなは、血の味や匂いをこう表現するのだろうか。
鉄の錆びた匂いはいつも嗅いでいるからわかる。
何に近いって?
何だろう、よくわかんない。
ただ不快で鼻につくような匂い。
こういう言い方をするとほら見ろ、やっぱり嗅いだことないじゃないかとツッコミが入りそうだが、ごめん、それ以上の言葉が思い浮かばない。
そこはもう僕を信じてもらうしかない。
結論が遅くなった。
血は鉄の錆びた匂いに近いということだ。
問題は味だ。
鉄など僕は食べたことない。
みんなはどうなのだろうか。
大人になれば食べられるようになるのかな。
そんなことはないだろう。
どうしてみんな、血は鉄の錆びた味がすると言うのだろうか。
きっとそれは最初に言いだした人が悪いのだろう。
その人は自分の惨めさを隠したかったのだ。自分の臆病さを隠したかったのだ。
自分より強くて沢山の敵に対して傷だらけになってでも拳を振るって戦った。
決して今の今まで臆病にふるえ、無抵抗に殴られていたわけではないと自分に言い聞かせるために鉄という表現を使ったのだ。
何故鉄なんだ、他の言葉もあるだろう。
それを言い始めたらキリがない。
その文句は、血は鉄の味がすると言い始めた人に言ってくれ。
それはどこのどなたかは知らない。
全部僕の妄想で言っているのだから。
そんなことを考えている僕はやはり惨めな負け犬で、そんな奴に追い打ちをかけるように今日もどす黒いアスファルトをじりじりと溶かす暑さが容赦なく襲う。
ペッと唾をアスファルトに吐き捨てる。
吐き捨てた唾は目に見えて赤色に染まっていた。
チカチカとアスファルトが眩くのは暑さだけではない。
ちくしょう、思いっきり殴りやがって。
しこたま殴られた。
けどまだマシな方だ。
明らかに彼らはその行為に飽き始めている。
そしてそれはいい事ではない。
わかっている、次からは殴られる以上のことが始まる。
殴られるのはまだマシだ。
身体に染み込んだ痛みは思っているよりもすぐになくなる。
でもきっと次からは身体の痛みとは違った痛みを味わうだろう。
矮小な慰みが自分を救ってくれることを期待するしかない。
ペッと再び唾を吐き捨てる。
もう鉄の錆びた味はしなかった。
小綺麗な住宅街を抜けると今までの華やかさなど放り捨て中途半端に伽藍堂な雰囲気で支配される。
この道を通って帰るたびに思い知らされる。
これがお似合いさと灼熱の太陽は嗤う。
自分で勝手に打ちのめされているとボロボロのアパートが視界の隅に写った。
どれだけボロボロかって? どこもかしこも錆び付いて、雑草も好き放題に伸びている。
ここの大家は絶対ギックリ腰をやっている。
そうじゃなきゃ腰だけ異常に重いかのどちらかだ。
階段を上るとギシリと鈍い音が響く。
いつか誰かが踏み抜くと思いながら今日も無事に上がりきる。
何て言おうか。
いつも通り学校の階段を転げ落ちてしまったと。
自分の部屋のドアの前でうじうじと悩み、そして大きく一息する。
どうせ何も聞いては来ない。
いつもすべてお見通しの笑顔で僕を迎えてくれる。
とっても暖かで全てを包み込んでくれる笑顔で。
「ただいま!」
ドアを開けるとむせるような鉄の錆びた匂いが蒸し暑い熱気とともに押し出されてきた。