魔王の娘
そこから先はただただ、向かってくる勇者の敵を屠って進むだけだった。
すべての敵は、明確に勇者に殺意を持っていた。
自然と表情を硬くしていくティル。
どこか昔にあきらめたはずの感情が、塔にいる間に心を弱くしてしまったのかもしれない。
つらい。
どうしよう。
どうしようもないことは一番自身がわかっている。
そうしてティルは考えることをほぼほぼ放棄する。
本来戦闘で思考と閉ざすことは、命取りになるのだが勇者にとっては自分の心を守ることが先決だった。
ほどなく、おそらく最下層と思われる大広間に出る。
よくぞこの地下にこれほどの広間が作られたものだ。
どこか王宮の謁見場といっても差し支えないほど、空間に気品があふれていた。
地上から勇者が感知した魔力はすべてこの部屋にあったものだった。
ただ、見たところ誰もいないように見える。魔力がふわふわと漂っているような感じはするが・・・
これを感知していたのか。
「ようこそ、勇者よ。どうだったかな。貴様を恨む者たちからの手厚い歓迎は。」
ふと見ると奥に玉間がある。そこから声がした。
透き通った甲高い声。女性か。
ティルは歩みを進める。
「貴様の存在は、世界を混沌に陥れ、怨念のみを生み出していく。どうして貴様は気にせず生きていられるのだ。」
何遍も聞いた台詞だ。むしろ私が教えてほしい。
「力を持つものは、その責務がある。だが貴様は誤った器に力を得てしまっている。ありえないことだ。」
そんなこといわれても自分にはどうしようもない。どうしたらいいというのだ。
「貴様は存在を消去するべきだ。ここで散っていった奴らの怨念を二度と生み出さないために。」
「そうね。それをあなたがやってくれるというのかしら。」
玉間までたどり着き玉座のほうをみる。
そこで座っていたのは、角を3本頭から生やした若い女性の魔族だった。
「そうだ。それこそが我に託された使命。そしてわが種族の恨み。」
そこまで言って魔族の女性は立ち上がる。
「我が父上にして我らが王であった魔王の仇を討たせてもらうぞ。」
「魔王の・・娘か」
魔族を根絶やしにするため魔界を駆けずり回ったことがある。
よくぞ私の魔力感知から逃れて、生きていたものだと感心する。
・・・・・魔力感知か。
「なるほど、この洞窟に張り巡らせた魔力感知の阻害はお前の仕業ということか。」
「推察通りだ。私の固有能力は魔力の認識阻害。魔力に関してのみ幻想を生み出し遮断することができる。・・・・通常なら能無しの能力なのだが、貴様には随分と効果があるようだな。」
「それで、そのつつましい能力で生き永らえたというのに、わざわざ殺されに来るなんて、気がふれたのかしら。」
そうだな。
と、魔族の女性はつぶやいた。
「隠れて生きることはできる。だがそれは誇りを失ったものだ。本当に生きているかは疑わしい。だから私は心の赴くままに動いただけだ。」
それが生きるということだ。そう魔族言いたかったのだろう。
だがティルはその演説に全く興味はなかった。
話の途中で再び腕を一閃する。
瞬間魔族の体は、一刀両断に切断されていた。
いつものようにだ・・・だが。
手ごたえがなかった。
魔族の姿が真っ二つに分断されたまま掻き消える。
「ほう、やはり魔力感知を阻害するだけで、こうも騙せるのか。」
頭上から声がする。
「人が話しているときに攻撃とは、作法もないのう。じゃが効果をまじかで見ることができた。」
勇者はゆっくりと声のしたほうへ視線をお送る。
そこには空中で腕を組み、こちらに魔術の陣を描いていた魔族の姿があった。
「では、魔王の仇、取らせてもらうぞ!」
魔王の娘はそう宣戦布告すると魔術を解き放った。