勇者動く
残された一枚の紙。ティルが指先を軽く動かすと、風に乗るかのようにティルの手に収まる。
書いている情報は、盗賊団「魔王の住処」の所在地と規模。
なるほど、大きさでいえば「赤き旅団」に匹敵する規模だ。
これだけの数を殺せれば、猶予はできるだろう。
「自分が自分でいられる時間」のだ。
それはティルにとっては何事にも耐えがたい誘惑であった。
帰還する魔術具さえあれば、それほど時間はかからないだろう。
何より、ミリオンの負担が減る。
勇者による殺害衝動緩和スケジュール。そして罪悪感の極力低下作業。労力としては決して軽くない。いつまで続けれるか。
「別に賢者のことなんてどうでもいいけどさ。・・・今の生活はできるだけ続けたいのよねー。」
思ったことを否定するかのように言い訳を口にする。照れ隠しではなく、考えをそちらに傾倒しないために。
「まぁ選択の余地はないわね。」
罪悪感を気にして、調査してくれているんだろうけど、そんなのは私が呑み込めばいいことだ。
何より今ならまだ自我がある分、おもちゃみたいに殺すようなことはせず、速やかに殺すことができる。
「もう少しくつろぎたかったけど」
ティルはそうつぶやくと、準備に取り掛かるのだった。
数刻の後、ティルは全世界でも使い手が彼女しかいないであろう飛行の術を使用し、盗賊団「魔王の住処」のそばまで来ていた。
ミリオンの調査書でも盗賊団の位置を確定するのは現地についてからである。
目視で確認するには少々難易度が高いのが常。盗賊団が目立って住居を構えているわけがなかった。
ティルは魔力探知の術を使用する。人であったり魔物であったり、生き物である限り魔力は生物が身にまとうものである。
その魔力を探知すれば、人が隠れていても関係なく発見できるのである。
ただ盗賊も馬鹿ではない。そういう探査があることは百も承知で、大概は結界等で魔力が漏れないようにしている。
凄腕の冒険者の類なら、結界を探知して逆に居所を確定するのだが、そうすると規模まで読めない。あることがわかるだけなのだ。
だがこの勇者に限ってはそんな必要すらない。
戦略級の魔術を使用し結界を無効、なかったかのように魔力を感知するのである。
戦略級の魔術は7級魔術と呼ばれ、単独で使用は不可な魔術である。
賢者と呼ばれるミリオンですら5級魔術の使用がやっとである。
まさに人外の所業である。
そういった理由から生半可な対抗手段では彼女から目からは逃げることはできないのだった。
「・・212・・213・・・・・・215人か。確かにこないだの人権が無い集団と同じくらいの数ね。
あっさりと根城を発見し、人数も把握する。
「しっかし、生き物を殺さないと自我が保てないって・・・この世界にとって私はなんなんだろう・・。」
特異な能力、特異な性質。
自分はこの世界にとって何か役割をなすための存在なのだろうか。
必要な存在なのだろうか。
何かの鍵なのだろうか。
そう思うとむやみに命も絶てない。
いずれ答えは見つかるのだろうか。
「とにかくやっちゃいますか。」
彼女は出せない答えをいつものように心にしまい込み、作業を開始するのだった。