勇者の休息
整えられた空間、恐らく客間であろう塔の一室で、金髪の少女「ティル」は薄手の服装のまま、ソファーで寝ころびつつ、お菓子をむさぼっていた。
思いもかけぬところで自由に休める時間ができてしまった。
心にもだいぶ余裕がある。
おそらく3日くらいは自我を失わず、ゆったりと暮らせるだろう。
殺意の衝動。ティル自身もこの感情はコントロールできない。
この衝動に飲まれると、自我はなくなる。この間の記憶については全く残っていない。
自我を取り戻した後には決まって手は血まみれになっており、周りからも自分がなにをしているか、どのような存在か、恐ろしく残虐であったとの声だけが耳に入ってくる。
さらにだ。自分には勇者として洗礼を受ける前の記憶がまったくない。自分はいったい何なのか、自分の存在は・・・・考えるだけで少し恐怖を感じてしまう。
でも最近。。。
「記憶が飛ぶことはなくなったなああ。」
この塔に来てからも、相変わらず人殺しを続けているが、自我を失うことはほぼなくなっている。
殺意の衝動に飲まれる前に、対処しているからである。
しかも「盗賊には人権などない。」と殺害対象も気にすることはないと言ってくれる。
それがどれだけ心にゆとりを取り戻しているか。
感謝するべきなのだろうが・・・それを声にすることはできない。自分は高圧的で他者
の意見などお構いなしの存在でないと・・・気に入られるような存在になってはいけないのだ。
少なくてもこの衝動がなくならない限り、彼女に明るい未来は訪れないだろう。
せいぜい恐怖して、損害を減らすように動いてもらうだけである。
「・・・・・・誰?」
ふと扉付近に気配を感じる。
ゴーレムではない。
「・・・・・やぁ・・」
現れたのは先ほどミリオンと話しているときにおびえていた、ケインだった。
「何しに来たの?」
振り返ることなくお菓子に手を伸ばしつつ、口調は厳しく問いただす。
「ご挨拶ってやつかな。今なら話もできるかと思ったので。」
多少おじけづきながらも、ケインは先ほどまでとは違っている。
・・・・・ちょっと、まずいところを見せたかな。
ミリオンの前だからと言って簡単に引きすぎた。もう少し勇者の残虐性を残しておくべきだった。
前の時みたいに勘違いして自分を利用するものが現れないように。
「する必要はないわ。そこからまっすぐ後ろを向いて帰りなさい。あなたに出番があるとしたら・・・私がこの塔を出るときよ。」
「そのためにやってきたんだ。」
ケインの一言にティルは警戒レベルを上げる。
「どういう意味?」
自然とトーンが一段低くなる。
だが、ケインは意にも返さず、
「ミリオンの手伝いってやつさ。」
そう述べる。
「今のままが一番。この環境が長く続けばいい。皆そう願っている。・・・・君も含めてね。」
ミリオンとて完ぺきではない。いずれ勇者の扱いにこたえられなくなる時だって来る。その瞬間次の犠牲者が同じ事続ける。そうするといずれ自分にも出番が回ってきてしまう。
「だからそれは困るんだよ。そうならないために僕は積極的に手伝いたい。これは僕のためかもしれないけど、みんなの為でもある。・・・・もちろんミリオンの為にもね。」
ケインはそういうと、懐から一枚の紙を取り出し、そっと机の上に置く。
「それは?」
「次の盗賊団の資料。それなりの規模だし、ミリオンが次の目標を決めるまでの時間稼ぎにはなるだろうさ。」
その提案は魅力的だ。自制できない衝動が来る前にできるだけ処理しておけばそれだけ安全マージンが取れる。だけど・・
「どうして賢者に直接渡さないの?あいつの役目でしょ。わざわざ私に持ってくるなんて、貴方頭おかしいんじゃないの?」
身の危険だってあっただろう。勇者はそういう存在であると認識しているはずだ。
「今の君なら交渉できると踏んだのさ。それにミリオンにはすげなく振られてしまってね。裏取りの資料が少し足りなかったのが気に入らないらしい。」
あいつは細かいところうるさいからなあとつぶやく。
「と、いうわけでこちらも打算がありきのものだ。そんなに警戒しなくてもいいよ。・・・・願わくば・・もし助けになったと思ったなら、次は僕を指名しないでくれればいい。」
それだけのことだ。ケインはそれだけ言うと、背を向ける。
「あいつが失敗しなければそれが一番なんだ。判断は君に任せるよ。」
そういってケインは去っていった。