ケイン来訪
その場を去ったティルのことを考えつつミリオンは深いため息をついた。
そろそろ勘弁してくれねーかなあと心の中で思わずにはいられない。
この少女、「ティル」との付き合いは実はかなり長い。
むしろ生き残ってるのが少ないというべきか。
とにかく付き合い方か難しい。一つ一つの行動が生死にかかわっており、常人では3日と生きてはいない。
ティルがここにきてからおおよそ2か月となる。彼女が勇者として認められてから問題なく(?)過ごせているのはたぶん最長記録であろう。
重ねて言うが、ミリオンは人づきあいが得意な方ではない。
むしろ苦手・・皆無な部類に入るが、彼女にとっては自分の望みがかなうかどうかのみが判断基準なので、そこを卒なくこなしているので、うまくいってるようにみえているだけだ。
ミリオンにとってははなはだ不幸なことではあるだけなのだが。
自分はただ解呪の研究、実践をしたいだけの人間だというのに。
「解呪」
いわゆるディスペルマジックと言われる魔術である。
一般の術者にも多くの使い手がいるこの魔術は、とかく便利なため、ある程度研究が進んでいる。
基本的に魔術によるものの対抗術としての使用が一般的だ。
用途としては、術封印の解呪(扉など)、術による異常ステータスの解呪、結界の解呪等々だ。
ミリオンの専攻はこの解呪だ。
難易度の高い封印系のものを解呪した時の高揚感…これがたまらなく快感であった。
そして人生を捧げるに足る専門だと思ってる。かなり病的なまでに
「おーまだ生きてたのか。」
突然の来客。
ここは「永久の樹海」の中心部の塔で、普通に訪れる人間はほぼ皆無である。
よって来る人間はほぼ決まっている。
ミリオンは声をした方青年の方を向くと、
「・・・・誰だっけか?」
「その返答しかしないよな・・・・・そろそろ覚えてほしいところなんだが。ケインだよ。・・・ほら魔術学校で同期だった。」
ケインと名乗った青年は慣れたように説明する。
魔術学校か・・・・同期の顔なんて覚えているはずがない。が、ケインと名乗った男の顔は確かに見覚えがあった。
「なんだケインか。何の用だ?」
変わらずめんどくさそうに返答する。
「おまえな・・思い出してもないだろう・・・全く変わらん奴だなあ。」
過去にも同じようなやり取りがあったのだろう。
もはやこの挨拶はテンプレとかしてるようであった。
「ところで、お姫様は・・・ここにはいらっしゃらない?」
うって変わって、ちょっと怯えたような感じでケインはあたりを見回す。
「お姫様・・ああティルのことか、彼女ならお風呂に行ってるぞ。」
だから暫くは出てこないぞ。というと、ケインはあからさまにほっとした表情を見せた。
「というか、お前よく生きてるよな。」
「生きてるよなって言われてもな・・・普通だが・・・確かにめんどくさいが、命令だし、仕方ないだろう。」
彼女を預かっているのは、普通に命令が来たからだけである。所謂仕事というやつだ。
「国は彼女を持て余してるからな。扱いと処遇に。お前はよくやってると思うさ。」
彼女はライル教に定義されている勇者だ。そこを否定する者はいない。
魔王が軍を結成、人類への侵略を始めたとき、それぞれの統治者たちは魔王軍討伐の為に一致団結をしてこれに当たった。
様々な国から有能な人材を集め魔王討伐軍を結成。
宗教国家であるライル国からは、ライル教に定義される勇者を派遣した。それがティルである。
当時9歳の少女。その容姿と年齢から周りを驚かすが、勇者という特別な存在であるというところで皆納得する要素とすらなっていた。だが、着任時にまず士気を鼓舞する演説に招待したところ拒否。
敵の前に連れていけと言い続け、なかなか動かない最高指揮官をその場で殺害。斥候指揮官に敵の居場所を聞いたところはっきりしないため殺害。この時点で軍は阿鼻叫喚に襲われた。魔王軍討伐の軍が勇者によって壊されそうになる瞬間であった。
次々と要領を得ない答えが続き殺害していく中、予め調査を行っていた斥候所属のミリオンが敵の軍の居場所を報告すると、そのまま報告先へ向かったのであった。
軍は混乱したものの、彼女は単騎で魔物の軍を殲滅してくることとなる。
犠牲は出たもののその勝利に歓喜する軍。
だが再び同様のことが行われた時に軍はこの勇者の狂気に恐怖することとなった。
それから、多大な犠牲(主に勇者の手によるもの)を出しつつも、ティルは魔王を打つことに成功することになる。
そして魔王の帰り血に染まった彼女の勇士は物語として語られる事となった。
但し友軍の犠牲の内容に関しては有名なオフレコでもある。
「しかもその後も、魔族の根絶やし、危険生物の討伐、戦争への参加だろ?」
常に何か殺害することを欲するだけの少女。
自国であったライル国も、彼女の手により戦争での敵対国として滅ぼされていた。
まさに見境なしの言葉がふさわしい所業。
王国もその扱いを持て余し、悲劇をまき散らしてきた勇者がたどり着いた場所が、ミリオンのところであった。
「だが盗賊の退治というのはなかなかいいアイデアだな。善良な市民を守り、悪党を退治する。勇者の希望にも沿い、手柄としても成り立つ。お前は天才だな。」
解呪以外にも才能あったんだな・・とケインはうなずく。
・・・天才ではないが・・。
「以前、「盗賊に人権などない」というのを読んだことがあってな。人権無いならまぁ殺しても問題ないだろうと」
ただそれだけのことだよと、ミリオンはめんどくさそうに答えた。
「読んだってことは書物か?」
「古い文献だったはず。なんでもドラゴンもまたいで渡る奴が言ってた話らしい。多分巨人族に伝わる格言か何かを流用したものなんだろうが。」
巨人族が人権等語るはずもない。いろいろねじ曲がってできた話なのだろう。
「それにいいアイデアというが、壊滅させていい盗賊団を選定するのはなかなか骨が折れるんだぞ。調査だけでもかなりめんどくさい。」
「変に生真面目だよな・・・別に盗賊団ならどこでもいいだろうに。」
そんなわけにいくか。とミリオンは叫びたいところではあったが自制する。
ひとえに盗賊団といっても、必要悪というのもある。偽善というのもある。法に触れてるだけで見切りをつけれるほどミリオンは鈍感ではなかった。
「で、次の盗賊団は見つけているのか?」
「・・・・・・・・調査中だ。」
めぼしは付けているもののまだ裏が取れていない。報告待ちというやつだ。
ケインはやれやれと、肩をすくめながら、
「そんなことだろうと、情報をもってきてやったぞ。ほれっ。」
と一枚の紙をミリオンに手渡す。
「王国を狙って悪事を繰り返している集団だ。最近できた盗賊団だが、国でもだいぶ噂になっていてな。」
紙には「魔王の住処」と名乗る盗賊団の所在地や主構成の数などが書かれていた。
ネーミングセスが崩壊している。とても入りたくない。
「裏の資料は?」
「大体は取ってある。が、さすがに持ってきてはいないな。次来るときには持ってきてやるよ」
・・・・問題外だな
「残念だが、確認取れてからだな。ありがたく現状の情報だけもらっておく。」
「おいおい・・・まぁ忘れてきたというか資料全部はさすがにめんどくさいから持ってこなかっただけなんだが、困ってるんじゃないのか?」
「困ってることとこれは別だろう。」
勇者の殺戮は異常だ。その被害者となるものはきっちりと確認しないと、後味が悪くなってたまらなくなる。
人権の有無の確認は重要なファクターだ。
「要件はそれだけか?」
「いやいやい、何言ってるんだ。要件がそれならちゃんと資料も用意してるさ。本命はお前んところのお弟子さんから・・・」
「なーんのお話してるのかなあ?」
話を遮るように突然バスタオル一枚で現れたティル。
思ったより早く出てきたな。
あからさまにケインに緊張感が走る。さすがにビビりすぎだろとは思うんだが。
したたり落ちる水が、床を濡らす。
もう少しきっちりと体を拭いてきてほしいものだ。掃除する方の身になればわかることなんだろうが。
そんなことはつゆ知らず。ティルはミリオンに
「次の暴れ先ってどこになったの?」
と問いかけた。
「まだ調査中だ。2日後までには確定する。それまでいつも通りだらだらしとけばいい。」
その言葉を聞いた瞬間、ティルから突き刺すような殺気が漏れる。
ケインが一瞬びくっとする。
「あれ、私・・・お風呂から上がって来るまでに決めといてね?って言わなかったっけ。聞いてなかったの?」
声のトーンが一段高くなる。つまらない脅しだ。
「了承した覚えはない、俺は2日後といったはずだ。その間好きにしておけばいい。いつも通りのことだ。」
ミリオンに怯えはない。いつもの調子で返答する。
はたで見ているケインは、目をつむり顔を天に向けている。終わったとか言っている。何がなんだ?
口をぶぅっと膨らませ、不満たらたらの表情ではあるが、
「・・・・しかたないなぁあ。部屋で横になってくるから、あとでかぼちゃの例のお菓子と飲み物届けさせといてよね。」
と、勇者から妥協の言葉を引き出せた。おやつの展開など想定済みだ。
「準備済みだ。」
「ならいいわ。だけどあまり悠長に構えないことね。・・・・7級魔術を使ったわ。・・・一応伝えておくわね。決まったら連絡寄こしなさい。」
そういうと、ティルはケインには目もくれず、そそくさと退出していく。
暫くして、
「・・・・勇者って妥協するんだな。」
ケインは目を丸くしながら、そうつぶやいた。
「正確には妥協するときがある・・だ。」
ミリオンは訂正する。
「噂だけだと思っていたが、はじめてみたぞ。」
「殺害を行った後は暫く自制心が保たれる。その間なら普通に説得できるぞ。」
あとから分かったことだが、この勇者にはなぜかわからないが、殺生の衝動に苛まれている。
殺生しないとそれが蓄積され、抑えきれなくなる。ただ殺生を行うとリセットされるのか、暫くは理性的でいられる。
はっきり言って難儀な病気というやつだ。
これが勇者というから頭が痛い。
さらにだ。7級魔術を使用した・・・我慢できなかった。― 抑制できなかった ―ということだ。
「大規模盗賊団だぞ・・・まったく。」
あれほどの餌はなかなかない。だからこそより大きな開放を求めてしまった。つまり低規模な殺傷では衝動が抑えられなくなってきているということなのか。
頭の痛い問題が増えそうだ。
ミリオンはため息をつくしかなかった。
ドラ〇たは異世界でも有名。