勇者の帰還
「永久の樹海」とよばれる森がある。
街道に隣接せず、人里離れた山脈奥の盆地にあるその樹海は、人の手が入りにくく魔物たちの楽園となっている。
その「永久の樹海」の中心部にそびえる「森の塔」と呼ばれる建物で、若くして賢者の称号をもつ「ミリオン」は研究に勤しむ予定だった。
「とにかく研究する時間がない。」
研究に没頭するため、わざわざ人里離れたこの地に居を構えたというのに、その研究に集中する時間がない。限られた時間をやりくりしつつ、課題を立ち上げ消化していく。
学生時代に戻った気分だ。
勇者による魔王討伐の部隊に配属され、その報酬としてここで余生を過ごしゆっくり研究する。半ば達成されたはずだというのに。
どうしてこうなった。。
「たっだいまー」
すっきりした表情で明るく挨拶する少女。
ミリオンの順風満帆の生活を作り、つぶした原因が帰ってきた。
先刻赤き旅団の盗賊たちを皆殺しにした金髪の少女だ。
その表情からは、数々の人殺し行為をしてきたことをうかがい知ることができない、
本当にピクニックにでも行って帰ってきたような挨拶を少女は行っていた。
ミリオンは読んでいた本から目を離さずにうんざりした口調で
「はやくねーか・・・・もう終わったのか」
とつぶやいた。
自分の自由な時間の終わりである。
「規模的にはあまり大きくなかったし、歯ごたえある人もいなかったし。」
むしろ移動時間の方がめんどくさかったよっと、少女は近くのソファに体を預けた。
歯ごたえとか・・・こいつに勝てるやつなんなんざいねーだろ・・
ミリオンは口には出さずに心の中でつぶやいた。
この少女、名前を「ティル」と呼び、知る人ぞ知る存在だ。
その強さは規格外で、おおよそ2年前にほぼ単独で魔王を倒した勇者(ライル教に定義された世界を救うもの)といえば、凄さが伝わるだろうか。
この世界にとっては英雄と呼称される存在。
その少女が「ティル」なのだ。
「移動時間・・・なんとかならないかな?」
「ここに帰ってくるだけなら、使い切りだが魔術具がある。ゴーレムにあとで届けさせよう。」
転移の魔術具はかなり高価な部類に入る。だがこの魔術具はミリオン自身も使用することがあるため、ある程度在庫を作ってある。
「問題解決だねー。じゃあお風呂入ってくる。汗かいてないけどお湯につかってさっぱりしたい気分なの」
もちろん準備できてるよねー?可愛い顔をしながら目で威嚇してくる。
返答を間違えれば一瞬でこの世から消えてしまうことになる。事実少女はずっとそうしてきたのだ。
だがミリオンは意にも返さず、
「当たり前だろ。俺が入りたいときに入れるようにしてるんだ。いつでも入れるぞ。」
と、めんどくさそうに返答する。今ならできてないといっても問題ないレベルまで衝動が落ちているはずだが、あえてそんな賭けする必要もない。
「お、さすが有能ですねぇえ、ミリオンさんは。んじゃ入ってくるので次の探しといてねぇええ」
ティルはそういうとソファから飛び起き、部屋を出ていこうとする。
ミリオンは慌ててそれを呼び止める。
「おいおい、そんな報告どうでもいい。あったのか?俺への土産物は。」
一番大事な報告忘れるなよな。そのために場所、獲物、時間吟味してるんだぞ!
その声に足を止めてめんどくさそうに振り返りつつ
「なかったわよ。ぱっと見だけどね。少なくても持って帰れそうなのはなかったわ。」
と簡潔に報告した。
「呪いの物品とか、難解な鍵のかかった箱とか、封印物とか・・・普通はないわよ。」
そういうと、風呂場へと向かっていった。