嘘つきDays
あれはそう、季節外れの雪がちらつく日だった。
その日は四月の初日でありながら、尋常じゃないくらいに寒かった。
テレビでは、一月上旬の寒さを記録したとか言っていたが、今年の一月はそんなに寒かっただろうか……?
イギリスのテレビ局みたいに、エープリルフールだから嘘言ってるんじゃないか?
まぁ、この寒さ自体が嘘みたいな感じだけれど……。
「あぁ、寒い……」
既に春服に衣替えをしていたので、再びコートと冬服を引っ張り出したのだ。
マフラーを首に巻いているが、昨日まで春っぽい暖かさに浸かっていた体は、季節外れの寒さに慣れてはくれない。
どうやら、この季節外れの寒さは、人々を引きこもりにさせたようだ。
いつもなら人が多い商店街も、人はまばらだった。
そんな時に、何故僕は外にいるかというと、昨日夜に電話で後輩に公園に呼ばれたのだ。
僕だって、好きで外に出ているわけではない。朝に、後輩に後日でもいいかって電話しようとしても、電源を切っているのか繋がらないし、仕方がなかったのだ。
「はぁ……」
自然と出たため息は白かった。
息を吐いて、かじかむ手を温める。
「ややっ!そこにいるのは冬葉(フユハ)じゃないかい」
ある一件のお宅の前を通り過ぎようとした時、僕を呼ぶ声がした。
その声の方向を見ると、ひとりの少女が窓から身を乗り出し、手をブンブンと勢いよく振っていた。
さっき起きたばかりなのか、ピンクのパジャマ姿のようだった。
冬葉というのは僕のことである。
雪代 冬葉
それが僕の名前だ。
地元の高校に通い、もうすぐ高校二年生。16歳だ。身長は割と小柄、体格も細めといった今後の成長に期待といった生徒だ。
これといって問題はない筈である。
これは、あくまで自分自身の評価なので、周りはどう評価しているかは知らない。
「冬葉ぁ〜。どこか行くのぉ〜?」
「あぁ、後輩に昨日呼ばれてな」
「後輩……なっちゃんのこと?」
「そうだよ」
なっちゃんというのは、後輩のあだ名で、僕が中学時代に所属した部活では皆にそう呼ばれている。
確か、もうすぐ僕の高校に入学してくるはずだ。
「いつまでそんな格好でいるんだよ風音。風邪引くよ」
「今着替える〜。ちょっと待ってて」
そういうと、窓から体を引っ込めた。
僕は、待たないといけないのか?
この間に説明しておこう。
さっきの女の子は海原 風音。僕と同い年でクラスメート。昔からの仲で、幼なじみというものだ。
ショートカットで、見た目どおりにとても活発的で、学校では陸上部の短距離エースだ。
一方僕は、美術部の文化系だ。もちろん、運動はからっきしだ。
「……さむっ」
冷たい突風に体を震わせる。
心なしか、雪も強くなっている。
こんなことならカイロを持ってくるんだった。
「おっはよー!」
バーンという音を立てドアが開くと共に、風音が出てきた。
赤いセーターを着込んでいる。
「冬葉さんや〜、どこに行くのかね?こんな朝っぱらに」
「朝っぱらって……もう10時なんだけど」
風音が寝坊助なのは昔からだけど、今になっても治ってはいないようだ。
よくもまぁ、高校一年の間、遅刻しなかったことだ。
「そんな事はどうでもいいのだよ。でで、今から後輩ちゃんとデートかい?浮気はだめだよ冬葉」
「デートじゃない。第一付き合ってないから」
「だよね、冬葉にはボクがいるもんね!」
そう言って、風音は僕に抱きついてきた。
僕の腕に、柔らかい感触を感じる。
「ねぇ、胸当たってる」
「それは違うよ。知って当ててるのだよ」
「そう……」
もう少し、乙女として恥じらいを知ってもらいたいものだ。
少々、腕に感じる感触に戸惑いながら風音を引き剥がす。
また大きくなったんじゃないか……?
「僕は行くよ。時間ないし」
「ムムゥ……なら仕方ない。浮気しちゃだめだよ?」
「浮気って……まあいいや」
僕は、苦笑いをしながら風音と別れた。
季節はずれの寒さが身にしみた。
○
後輩が指定した公園に着いた。
本来なら、春休みの子供達が駆け回って遊んでいるのだろうけど、この季節はずれの寒さには、流石の風の子も家に籠もることにしたのだろう、誰もいなかった。
僕は自動販売機でホットの紅茶を買い、近くのベンチに座る。
公園は、遅めの桜が咲き乱れ、花びらを散らしている。
この寒さで、一気に散ってしまうだろう。
僕は、紅茶を手の中で転がして暖まりながら、公園の桜を眺めていた。
「……先輩」
か細い声が聞こえた。
見ると、俯いている女の子が立っていた。
ロングヘアで、大人しそうな雰囲気の女の子だ。
一応、心当たりはあるが、あまりに変わっていて自信がない。
「……後輩?」
「はい、そうです……」
僕が知る後輩は、ツインテールで風音までとはいかないが活発な娘で、少々抜けているとこがあって、やる気が空回りするような娘なはずだ。
「先輩……似合いますか?」
「うおぅ、似合うよ。誰か分からないぐらい」
「良かった……」
ホッと息を吐く後輩。
そんなに緊張していたのだろうか?
しかし、後輩はまた顔を強ばらした。
「先輩、お聞きしたいことがあります」
「何だい?スリーサイズは遠慮して欲しいな」
「その……海原先輩とはお付き合いしているのですか?」
どうやら、僕の場を和ませようとした決死のボケは、スルーされてしまったようだ。
これでは、自爆したようなものじゃないか。
「……先輩?」
「あ、ごめん。風音のことだったよね」
「はい」
「風音とは幼なじみだよ。付き合ってないよ」
「良かった」
再び、ホッと息を吐いた。
「先輩!」
いきなり、後輩が声を張り上げた。
何やら決意したような様子で、少し頬を赤らめている。
スカートを握りしめ、目を瞑ってフルフルと体が震わして、そして――
「好きです。先輩のことが好きです!」
僕は、突然の事に唖然とするしかなかった。
懸命に告白する後輩に、花びらを散らす桜、そして舞い落ちる雪。
それらの相乗効果でとても美しいモノだった。
まして、桜と雪の共演での告白というロケーションは、予想以上に破壊力があった。
しかし、今日はエープリルフール。嘘かもしれない。
だけど、端から見ても分かるくらいに緊張して、必死に気持ちを伝えようとしている。
「念のために聞くけど、今日はエープリルフールだよ?」
「私の気持ちに嘘はありません!本当は、合格発表のときに告白しようと思っていましてけど、色々と訳がありまして……」
最後の方は聞き取れなかったけど、嘘じゃないことは分かった。
これは非常に面倒な事態になった。
至って正常に、後輩の告白のことを受け入れたこと自体に、僕は自分自身の神経の図太さというか、順応の高さなどに驚いた。
「後輩。君の気持ちは素直に嬉しいよ。だけど」
人に好きになってもらえるが嬉しいことに、嘘偽りは全くない。
しかしだ。僕は後輩に言わなければならないことがある。
「僕は君の気持ちに応えてあげることはできない」
「そんな……」
「何故なら、僕は――」
女の子なのだから
○
「……………へ?」
あまりに唐突すぎる僕の告白に、後輩の目が点になった。何を言われたかいまいち分かっていないみたいだ。
……当たり前か。
「……信じらんないと思うけど、本当なんだ。家の掟でね」
そして、僕は語り始める。我が家の掟の出来たわけを……
――時は、江戸時代前期までさかのぼる。
その頃、雪代家は地元で唯一の酒屋として続いており、結構な財を得ていた。
しかしある時、事件が起こった。
後継ぎが酒樽に落ちて死んでしまったのだ。
そこで、当時の当主は、まだ幼かった孫娘を男として育てることにした。
孫娘は立派に育ち、いよいよ後継ぎとして当主の座につこうとしていた時に、行方知らずになっていた亡き後継ぎの兄が息子を連れて戻った。
後継ぎで雪代家はかなり揉めたが、後継ぎ最有力候補だった孫娘が女であることが発覚し、結局後継ぎは亡き後継ぎの兄の息子となることになった。
今までのことが水泡ときした孫娘は悲観し、首を吊って自殺してしまった。
その後、雪代家では不幸が続いた。
当主が病にかかったり、後継ぎが怪我をしたり、死産が続いたり……。
これを、孫娘の呪いと思った雪代家は、お祓いをしてもらったが、効果はなかったようで、当主が病で亡くなり、後継ぎが当主の座に座った後も、雪代家は呪いに苦しんだ。
当主は、子宝には恵まれたものの、全員が女の子で、後継ぎ問題が再燃。結局、長女を男として育てることになり、その長女が当主の座に座った途端、雪代家の不幸はパッタリ止んで、酒屋として発展していった。
呪いが止んだのが、男装した女が当主の座に座ったからだとふんだ雪代家は、その後、長女を男と育てるようになった。
これが現代まで伝わっていき、この僕、雪代 冬葉も男として育てられたのだ――。
こんな感じの話を情感こめて物語ってみた。
「あ、あの……先輩。嘘ですよね?嘘ですよね!?」
青ざめた表情で、切羽詰まっている。
僕に食いかからんという勢いで迫ってきた。
「残念だけど、ね」
「そんな……まさか……!」
「ウチの学校は水泳が無いからね。体育の時の着替えだってシャツを着ていればバレないものだし、胸はサラシを巻けばいいしね。それに、僕の胸は発育が悪いんだ」
「だ、騙したんですか!?」
「騙した?思い出してみなよ。僕がこれまでに男だって言ったかい?」
僕の言葉に、後輩は無表情で考え始めた。
僕と後輩が出会ってからのことを思い出しているのだろう。
「………!…………っ!」
長い沈黙だった。
時間がたつ事に、後輩の顔が面白いぐらいに引きつっていく。
「……う…そ…」
後輩は、愕然としてよろめいた。
そう、僕は今の一度も自分の性別を言及したことがないのだ。
「確かに先輩は華奢だし背も低いですし……声も低くなくて女の人と言われても違和感はありませんけど……でも……そんな……」
僕は、黙って首を振った。
「で、でででも!先輩は自分のこと僕って言いますよね!女の子じゃ……あっ」
僕にもう一人、一人称が《ボク》の女の子がいる。それを思い出したのだろう。
「そう、僕も風音もボクっ娘っていう奴なんだよ」
「……そう!海原先輩は知ってるんですか!この事を!」
「知ってるよ。物心つく前からの幼なじみだしね」
僕がそう言うと、後輩はフルフルと体を震わして、今にも泣きそうな顔で僕を見る。
「じゃ、じゃあ、私の気持ちはどうすればいいんですか!」
そう言う後輩に、僕は優しく微笑んで、
「お姉様とか百合な関係でもいいなら、僕は別にいいよ?」
「そんなの嫌です〜ぅ!!」
後輩は、泣き叫びながらダダダと逃げるように走っていった。
恋って儚いものなんだね。
これは失恋になるのかな?失恋になるんだろうなぁ。
これをバネに、新たな恋でも見つけて欲しいものだ。
それにしても、後輩は意外と足が速いな……。風音が見たら陸上部にスカウトするだろうな。
「ふぅ」
僕はため息をついた。
息はまだ白い。
……それにしても、本当に信じちゃったな、後輩。
普通、いきなり女の子だって言っても信じないだろ。男装した女の子なんて、漫画とかフィクションにしかない。
それに、今日はなんて言ったってエープリルフールなのだ。
「冬葉!」
突然かけられた声に振り向く。
公園の出入り口に風音がたっていた。
マフラーを首に巻き、傘をさしている。
「今、なっちゃんが物凄い勢いで走っていったが、もしかしなくても冬葉が原因かね?」
「ん〜〜、そうだろうね」
「全く、女の子を泣かしちゃいかんよ?」
「ハハッ、善処するよ」
すっかり忘れていたけど、手に持った紅茶はすっかり冷め切っていた。
プルタブを開け、紅茶を飲む。うん、冷たい。
「冬葉、帰ろうか。今日は冷える」
「そうだね」
僕は、そのまま風音の横を歩き始める。
雪と桜吹雪が舞い落ちる。それは儚さを感じさせる美しさ。花火と同じ一瞬の美。そう僕は感じた。
美しさなんて、一瞬の出来事だ。
「なんてね」
僕がこんな感傷に浸るなんてね。
「冬葉、風邪引くよ」
風音はそう言うと、僕の頭上に傘を出した。
確かに、僕は傘を持っていないし、頭は雪が溶けて冷たかった。
正直、有り難い。
風音と相合い傘という形になったけれども。
傘を奪うなんて、紳士な僕には出来ないことだ。
……ところで、結局のところ僕の性別が本当はどっちかと言うと――
「冬葉」
不意に隣を歩く風音から声をかけられた。
「実は、妊娠した」
「ハァ!?誰の!?」
風音が妊娠!?
いつの間にそんな関係が!
僕は、一気に混乱し始めた。落ち着けと言うのが無理な話だ。
「えっと、なんかおめでとう!結婚は?出産日は?今どれくらい?相手は誰?いや、なんか本当におめでとう」
パニックを起こす僕を見て、風音は吹き出した。
「プッ、クフフ。ハハハハ」
「えっとなんか……って、なんで笑って?」
「嘘だよ嘘。ボクの可愛い冗談だよ」
「なんだ嘘か……」
「エープリルフールだよ。びっくりしたかね?」
「びっくりしたよ」
風音にいつの間にそんなマトモな相手が出来たんだろうってね。
「フフフ、ボクには冬葉しかいないんだからね」
「そうですか。それは嬉しいなぁ〜」
「そうだよね」
そう言うと、風音は僕に抱きついてきた。
風音は片手に傘を持っているから、ちょっと危ない。
「歩けないよ。寒いし早く帰ろう」
「なら、ボクが暖めてやろう」
「うわっ、離れてってば」
僕は何とか風音を引き剥がした。これで今日は二度目だ。
気のせいだと思うけど、手に持った紅茶が少し温もりを持った気がした。
「ねぇ、冬葉」
不意に風音が立ち止まって僕の方を向いた。
「これからも一緒に進んでいこうね」
唐突に、当然のように。なんの当てもない事を言い放った。
これからも一緒なんていうのは無理なことだ。誰だって人生には分岐点があって、出会いがあれば別れがやってくる。
当然、僕と風音にも別れがくるだろう。そのことは風音も知っているはずなのに、あんな事を言うことが出来るなんて、僕には真似することはできない。
それ故、憧れるところでもある。
「全く、適わないな……」
僕はくたびれたような笑みを浮かべて、ため息をついた。
……そういえば言い逃したが、結局のところ僕の性別が本当はどちらかというのは……秘密だ。
その方が、面白みがあるしね。
「冬葉、何してるの」
「あぁ、今行くよ」
いつの間にか、風音は先に進んでいた。
風音の笑顔が僕にとってとても眩しい。
風音は僕にとって太陽だ。僕を温かくしてくれる太陽。
いつか、その太陽がなくなるのは、少し寂しいし悲しい。きっと僕は冷たくなってしまうだろう。
だから、僕は今という時間を大切にしたい。
生きる中で、とても短い青春のこの時を。生きてきた中で、一番温かいこの時を。人として、少しずれてしまったこの僕はそう思うのだ。
ああ、本当に青春って素晴らしい。
……なんて、嘘だけどね。
連載を読んでいただいている人はこんにちは。お初の人ははじめまして。
どうも、月見 岳と申します。
ちょっと気晴らしに短編を書いてみました。
構成に一時間、執筆に二日。ハイスピードです。(自分にとってみれば)
時期的に間違っている(現二月)のは分かっているんですけど、思いついちゃったんですよね……。
そんなこんなで書き上げました。
もし、「あれ?こんな感じの小説読んだことあるな……」と思った方がおられたら、その方は胸に手を当てて深呼吸したのち、その思ったことを抹消してください。気のせいです。
……冗談です。ちょっとしたお茶目です。あとがきに書くことがなかったもんですから。
それにしても、青春か……。
自分なんか、高校時代は青春って感じがしたのは『18切符』ぐらいだもんな……。当時の小遣いではかなり厳しかったんだけど。
その後しばらくは大変だったな……(遠い目)