5:不敵な道化師
「やっと逃げてくれた」
去りゆく背中を見送りながら心からの安堵の声を漏らし、目の前の怪物に向き直る。
視線の先にいたのはサイクロプス。本来、温厚な種族とされている彼らだが、今はその面影などなく、衝動のままに破壊活動を繰り広げる怪物と化している。
今現在、目視で確認出来ているのは一体。
一体だけかと安堵したい気持ちでいっぱいだが、実際のところそうもいかない。
なぜなら私の知らない所で二体、三体、或いはそれ以上存在している可能性は無きにしも非ずだからだ。認めたくはないけど、「アポカリプス」となる可能性もゼロではない。
「無事に逃げて、カズくん」
今となってはもう見えなくなった背中を思いながら呟き、両手に魔力を込める。約束した三分を稼ぐために。
誓いは曲げるな。石蕗家の家訓をぽつりと零し、恐怖に負けそうな身体を奮い立たせる。
「おやおやァ!誰かと思えば、可愛らしい女性じゃあーりません、かッ!」
「誰!?」
ローブの男が、巨人の肩から飛び降りてくる。薄気味悪い、ネチネチしたテノールボイスが耳に残る不快な感覚に顔を歪めながら、その正体について考察する。
首にぶら下がっている無骨な斜めの十字架、その真ん中でほくそ笑む髑髏。それはとある組織が身につけている共通のアイテム。
「魔導評議会……!」
「ンザァーッツライッ!!どうやら石蕗家の人間は魔力だけでなく頭脳も優秀なようですねェ!」
ローブを脱ぎ捨て、現れたのは白いスーツに身を包んだ長身の男性。
端正な顔立ちということは分かるが、道化師のようなメイクが施されている。
不気味な道化師は、彼は私の出身と魔力の属性を知っている。その事実が、私の背に悪寒を走らせる。
「あなた達の目的は何!?」
「答える義理はないですねェ。とりあえず、彼が逃げる場所に心当たりとかってあります?」
「やっぱり狙いはカズくん、か」
目の前の道化師は、先程私が逃がした彼が持つ何かを狙ってここへと現れた。
一体、彼にどんな秘密が隠されているのか?
そしてこの男性はなぜ、彼のことを狙っているのか?
「ミス・ツワブキ。折り入ってお願いがあるのですが」
「ここを通せ、っていうお願いなら聞けません」
改まった道化師の言葉を遮り、きっぱりと断るも余裕が崩れることはなく、むしろこの状況を面白がっているかのようにも見える。
気味が悪い。そう思ったのも束の間、ペドロリーノと名乗った男性はひとつ高笑いを挟んでから口を開いた。
「その威勢の良さ、父親の石蕗 泰山とそっくりですねェ……!」
「なぜ父のことを──」
知っているのか。紡ごうとした質問は道化師の指鳴らしによって遮られた。
その途端、一つ目の巨人の眼光がより鋭いものとなり、辺りに咆哮が響く。
温厚なはずのサイクロプスが暴走している原因、それはすぐそこにいる道化師の仕業だったのだ。
「魔導評議会所属、ペドロリーノッ!参るッッ!!」
驚異的な跳躍力で再び巨人の肩に飛び乗った男の一際甲高い声が辺りに響く。
それを合図に巨人は動き出す。立ち塞がる私を倒して街を破壊し、カズくんの持つ「何か」を奪うため。
目的が分かった以上、尚更ここを通す訳にはいかない。持てる力の全てを駆使して、何としてでも食い止める。
「石蕗美咲……参ります!」
この街も、彼も、何ひとつとして傷つけさせない。
強固たる決意と共に眼鏡を外し、私は鋭く声を張った。