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Bloody Empire  作者: ゆづりは
第1章:黎明編
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1:歪んだ世界の片隅で

 真っ白な空間。その中心に一人、俺はぽつりと独り佇んでいた。


 何故こんな所にいるのか。詳しいことは一切が不明だが、ただ一つ、ここは現実とは乖離した、所謂「夢」の世界であるということのみは把握出来る。


「そろそろ答えてくれよ」


 いつの間にか後ろに立っていた一人の女性に話しかけるも、慈愛に満ちた笑顔を向けるだけで言葉は通じない。


『大きくなったわね。カズマ』

「なんで俺の名前を……って、聞いても無駄か」


 振り向いた先にいた一人の女性。おそらく三十代前半くらいだろう彼女は純白のワンピースに身を包み、俺に優しい微笑を投げかけてくる。


 あたかも俺のことを昔から知っているかのような素振りだが、生憎俺はその人の名前も、俺とどういう関係なのかも分からない。


 一つ小さく息を吐き、目の前の女性に問う。


 あんたは誰なのか。


 なぜ、俺の名前を知っているのか。


 そして、なぜ頻繁に俺の夢に現れるのか。


 やはり女性が答えることはなく、ただ俺の方を向いて微笑むだけ。回数を重ねたことでもはや慣れを覚えてしまったその状況に、もはや溜め息すらも出ない。


『あなたは平和の中で生きて。それが、私のたった一つの願い』


 まただ。この人は消える時、決まって俺にこんな言葉を投げかけてくる。

 そしてその言葉を皮切りに、目の前の女性は俺達を包む世界ごと巻き込んで光の粒になっていく。それが、この夢の全て。


 普通の感性なら幻想的で綺麗だと思うのだろうが、俺は何の感情も抱かない。むしろ「またか」とうんざりするほど。


 そうして視界が光に包まれ、何もかもが覆い隠された直後、現実の俺の意識が覚醒するのだ。


「やっぱ夢か」


 分かっていた。

 夢だということも、謎が解けることがないことも。

 考えるだけ無駄だなんて、そんなことは分かっている。


 だが。


「分かってても、こんだけ出てこられるとな」


 小さく呟き、身体を起こす。まだ寝ぼけたままの四肢を長めの背伸びで無理やり叩き起こしながら、たった今まで見ていた夢について思考する。


 この夢を初めて見たのは四年ほど前のことだ。初めは数ヶ月に一回ほど見るくらいだったが、この一年で週一のペースにまで短縮された。


 どれだけ無駄だと分かっていても、これだけのスパンで見せられたら嫌でも思考が傾く。まぁ傾けたところで分かるはずもないので秒で諦めるが。


「散歩にでも行くか……」


 悩んだ時の日課にしている散歩。それを行うべくゆっくりと身体を動かし、ベッドから抜け出した俺は部屋を出る。


 ゆっくりとした俺の足音を聞きつけたのか、居間のドアからひょっこりと顔を出した女性が早くおいでと手招きで急かしてくる。(いざな)われるがまま足を少し早め、居間のドアをくぐり抜ける。


「おはよ、和真君!ご飯出来てるよ」

「ありがとう、早苗叔母さん」


 いえいえと席に着いた女性は竜胆 早苗。俺の叔母であり、育ての親だ。


 事故で父母と姉を亡くした俺にとっての、唯一の家族。そんな大切な存在に挨拶を済ませた俺は食卓につき、並んでいたトーストを頬張りながらテレビのリモコンを手に取り電源をつける。


『旧アメリカ地域のサンク・ストゥエラにてアポカリプスが発生しました。現在は鎮圧されていますが、街はほぼ壊滅状態、死者も多数出ているとされています』


 アポカリプス。聞いただけで苛立ちを覚えるその名は、俺のトラウマの一つだ。


 あの糞みたいな事件さえ起きなければ。いや、もっと言えば俺にこんな力さえなければ、父さんも母さんも栞も死ぬことはなかった。


「……胸糞悪いな」

「朝から見るのは辛いよね、こういうの」

「毎度毎度こんなんばっかで嫌になるよ」


 仕方ないことなんだけどね、と叔母さんは苦笑した。分かってるけど、という何を言う訳でもない俺の嘆きを最後に会話が止まる。


 そう、分かってる。


 危険だということを伝えようとしているのも、他人事じゃ済まないと告げようとしているのも、頭では分かっているんだ。


 だが人の死に関わる報道ばかりして、一体何の対策になる?

 俺達にとって、その情報は有益な何かをもたらしてくれるのか?

 メディアを通して伝えれば、失われた命は戻ってくるのか?


 浮かび続ける疑問。四年前に出揃った答えを、零すように口にする。


「何にもならない。教えられたところで、俺達にはどうしようもないんだ」


 ぽつりと呟き、いつの間にか一欠片程にまで小さくなったトーストを口に放り込みながら席を立つ。


「出かけるの?」

「うん。ちょっと散歩」

「そっか、気をつけてね」


 優しい気遣いに礼を述べて家を出ようとすると、叔母さんが「あっ」と何かを思い出したように声を上げた。

 どうしたのか問うと、少しだけ申し訳なさそうに買い出しを頼んでもいいかと聞かれた。


 四年前、俺を引き取り女手一つで育ててくれた叔母さんからの頼みなど断る理由はないし、そんなつもりは毛頭ない。


「いいよ。何が足りないの?」

「醤油とトイレットペーパーなんだけど、お願いしてもいい?」

「分かった。他になんかあったら連絡して」


 再びのお礼と共に告げられた行ってらっしゃいの言葉を背に、玄関のドアを開け放つ。


 目の前に広がる世界は、二千と数百年前までは「東京」と呼ばれていたらしい街。


 文献で見た昔の地球では、絶対に見られなかったような植物が生い茂り、その蔓は建築物にまで絡んでいる。

 空には鳥と、翼の生えた蜥蜴が飛び交っている。まるで、どこかの小説に載っていそうなファンタジーのような世界。


「…………ふぅ」


 何かをする前に決まって息を吐く癖をいつも通り済ませ、アパートの階段を降りる。


 神聖暦二二三○年、三月二十九日。


 俺── 竜胆(りんどう)和真(かずま)は、万物が混ざり合い、そして入り乱れた歪な世界で、今日も生きている。

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