1.8
「彼女」が美味しそうな料理を不味そうな顔で食べ終わり、俺達はストーカーの知人である人物の元へ向かうことにした。
距離にしては少し遠いためタクシーでの移動だ。代金は勿論俺が払う。潔い部分だけでも評価してほしい。
ファイルに書かれていた名前は「駿河恵美」という女性。
もらったファイルの中で一番関わりが深そうだと判断したその人物は元精神障害者ホームヘルパーという職業に就いていた人物。
今では職を辞め結婚をし専業主婦の様だが、ホームヘルパーにいた頃はあのストーカーの家に支援で行った事があるとのことだ。
「彼女」は知らないかもしれないが、あのストーカーの傷跡などについて知っている可能性が高い。
根拠として、ストーカーの母親が精神に異常をきたしており父親は仕事人間。家には風呂と睡眠を取ってあとは会社に向かってしまうという人だったようだ。
そしていくらホームヘルパーとは言えど決められた時間以上滞在することはできない。よってホームヘルパーが帰ってしまえば母親がどんな精神状態なんだろうがほっておくしかできないというわけだ。
どういう状態だったのかなんて想像も失礼だろうからしないが、まぁ過ごしやすい環境でなかった事は間違いないだろう。
まぁそこからなぜ幼児の誘拐に発展するかは定かではないが、ストーカー化したのは家庭環境とプラスで何か他の要因があったということだ。
聞けば何か分かるかもしれない。
時間にして1時間ぐらい。駿河恵美の住む家に到着した。いたって普通の一軒家だ。住宅街というほど家に囲まれている場所でもない、ないが。
「なんというか」
「警察に怯えてるのか?「案山子」」
今ってパトロール強化中なのか?と思ってしまうぐらいに警官が目に入る。国家権力には暴君でも勝てないのは周知されていることだ。
なんだこれは。最近この近辺で何かあったか?
「いやはや珍しい物を見た。「案山子」がこんなにも挙動不審になるとは。しかしそれが逆に怪しまれると分かっているのか?」
ニヤニヤとした顔で俺の顔を覗き込む「彼女」だが、俺からしたらなぜそんなにも堂々としていられるのかが不思議でならない。
「それでも真顔でいるのが「案山子」らしいといえばらしい。ほらとっとと行きなよ」
うるさいなと俺は思いながらもチャイムを押す。数秒経って「はーい」とほんわかした女性の声が聞こえて来た。
「すいません、忙しい所。私探偵をしておる者です。駿河恵美様は御在宅でしょうか」
「私ですが。何のご用でしょうか」女性の声。駿河恵美の声が返ってきた。
「少し聞きたい事がありまして。要さん。ご存知ですよね」
「知りません」
さっきまでのほんわかした声が一変。緊張感の含んだ声に変わった。
これは確実に知ってる。
「「案山子」。それはあまりに急じゃ」
「彼女」が軽く止めに入ったが無視。
「そうですか、知りませんか。まぁでしたら失礼しました。ちなみになぜこんな事を聞いたかと言いますと、今ちょっとどころではない事が起きてまして。まだ表沙汰にはなっていないようにしてるんですが、いやぁ何分彼女の行動に我々も手を焼いている状態でしてね。
最悪もう動きを止める以外の道もないのではないかと思ってるんです。
いっちゃえば生命活動を終わらせるってことです。まだ彼女に、要さんにまともな部分が残っているかもしれないというのに望みを掛けていたのです。
しかし、彼女を御存じでなかったのならお時間取らせました」
「おい、「案山子」。何を言ってるんだ?」
「彼女」が俺の肩を掴む。
「こんなことを言いに来ただけだったのか?時間がないような事を言っておいて」
俺は彼女の言葉には返事をせずにチャイムに最後の言葉を掛ける。
「では失礼しま「何があったんですか」
俺の言葉にかぶせるように、駿河恵美の言葉が聞こえて来た。
「はい?」
「私はあの子を知っています。お話聞かせてください」
待ってました、その言葉。
駿河恵美は、絶対に言うと思っていた。いわば焦らしていただけだ。駿河恵美とストーカーの関係性を「彼女」から貰った資料を見ればある程度どういう関係なのかは想像できた。
駿河恵美はとても献身的でありストーカーは駿河恵美にとても懐いていた、ということだ。
献身的な人がまさかあんなに懐いていた人を放っておく事ができない。ましてや過去にあった事件があれば忘れる事すらも難しい。
所詮献身的も自己満足に過ぎない。それに囚われる。なんとも悲しい性格だな。
「君達」
後ろから男の声が聞こえ振り返る。
「さっきからここに立ちっぱなしのようだけど」
あ、ポリスマン。
めっちゃ体格の良い人だな。ボディガードにいてもおかしくない。
俺の足は後ずさりをした。軽くふらつき郵便受けに手を置く。
怖い訳ではない。
「まぁちょっと所用で立ちよってまして」と俺が話し始め
「そうなんです。ちょっと立ち話で話し過ぎちゃったみたいで」と「彼女」の援護が入る。
「そうですか。それは失礼しまいた」と訝しみながらもポリスマンが立ち去っていった。
「駿河さん。出来れば早く入れてもらえますか?いや、おこがましいのは承知なんですけど」
正直に言おう。俺はポリスマンが好きじゃない。
「すいません。お茶しか用意できなくて」
「いえ、お気づかいなく」
すぐに家の中に入れてもらった。家の中はこれといった特徴もなく、まぁ家族の住む一軒家ってこんなもんだよなという程度。
俺達二人は椅子に座り、目の前には駿河恵美が対面に座っている。
「お話聞かせてください。あの子は。要ちゃんは今どこにいるんですか?あの子に何が起きているんですか?」
俺は駿河恵美を手で止める。
「その前に、少し聞かせてほしい事があります。
今起きている事に関して要さんの事を調べさせてもらいました。その結果として駿河恵美さん。あなたが昔彼女とそれなりの接触が合った事が分かったんです。
しかしその具体的な事までは分かりませんでした。
あなたの口から直接聞く必要があると思いまして、今日来たというわけです」
これは決して「彼女」の結果を疑っているわけではない。
しかし、少しでも事件の関係者の事を知っている人がいるのであれば本人から聞かなければ分からない事情、背景もあるということだ。
その情報を聞かなければ精神を折る事は出来ない。
「さっき私はちょっとどころではない事が起きている、と言いました。ニュースで取り上げられているか分かりませんが、要さんは今児童ストーカーをしている加害者なんです。
今依頼人のお子さんも小学生ぐらいの児童です。彼女を止めるために我々は、どんな情報でも探さなければならないのです」
「彼女」が続けて喋る。
「私達には到底分からない辛い過去があったのかも知れません。ですが、さっき言ったように加害者となってしまっているのは事実なんです。あの子の為、ではなくこのまま放っておいても要さんの為になるとは思えません。今ストーカー被害に遭ってる子の為にも。解決のため全てを聞かせてほしいのです」
駿河恵美は俺達の発言を聞いて俯いた。
そして少しした後顔を上げた。
「そうでしたか、そんな事が」
駿河恵美は俺達に目を合わせる。
「私ではあの子は救えませんでした。もう何年前になるかも分からないです。思い返せば昨日の事のようにも思えますし、もっと昔のようにも思えます」
駿河恵美は目を閉じゆっくりと語り始めた。
「当時、私は自宅訪問介護の仕事をしていました。一日に数件家を回って、いろんな方のお世話のお手伝いをしてきました。
その中の一人が要ちゃんでした。
彼女は決して何か障害があるという訳ではないのです。ただ彼女の両親が学校に行かせなかったようなんです。
その理由も最初は分かりませんでしたし、とりあえず仕事だからということで私もあの子のお世話、というより一緒に遊んであげてたに近いと思います。
人見知りの酷かった子でしたけど、徐々に気持ちを開いて来てくれたのは嬉しかったですね。
私気になってあの子に聞いてみたんです。「なんで学校に行けないの?」って。そしたらあの子言うんです。
「普通じゃないから。他の人と違って変わってるから家から出してもらえない」って言うんです。
見た目だって普通です。あの子の両親は感性が独特だって事を言いたかったんでしょうね。
でも当時の要ちゃんじゃ分かりませんよ。ただただ家から出してもらえないって思ってもしょうがありません。
あの子の両親は普通の子を普通に育てて普通の大人になってほしかったんだと思いますけど、私はなんて自分勝手なんだろうって思いました。
でも、私はあの子の言葉を聞いても何も手助け出来ませんでした。行動が出来ませんでした。
こう言ってみたら?と提案もした事はあります。でもそれをあの子が言えばある時訪問した日、あの子の顔に体に痣が出来てたりするんです。
それを見てしまったら私はあの子に何も言えなくなってしまいました。
何も言わずにして、こうやって訪問をしてあの子と遊んであげる事が、あの子にとって一番幸せなんじゃないかって思うようになってしまいました。
どのくらいあの子の家を訪問したのかは分かりませんが、ある日彼女の父親から電話がありました。もう自宅訪問は結構です、と言われてしまいました。
それでも数回だけあの子の両親には内緒であの子と合いました。さようならも言わずに離れてしまうのは私も寂しいですし、あの子も私に気持ちを開いてくれたのに、また閉ざしてしまうのではないかと思いました。
それでも結局あの子の方から「今までありがとうございました。もう会えなくなると思います。恵美さんと遊べて楽しかったです」って言われてしまって、それ以来あの子と合う事はなくなってしまいました。
その次の日です。あの子の家が火事になったのです。
当時ニュースにもなりました。私は家族全員が亡くなってしまったのかと思いましたが、あの子の両親だけが見つかってあの子はいなかったんです。
私はもう手遅れだったんじゃないかって思いました。
あの子が火を付けたんじゃないかって。
でも、そんなこと信じられません、信じたくありませんでした。
あの子は人見知りの酷い子でしたけど、すごく優しいんです。
だから私は今あなた方からその話を聞いて耳を疑っているんですよ?
あの子は裏表のない、とても優しい子なんです」