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「案山子」と「彼女」  作者: 有無
7/21

1.6

思いだすのも嫌な記憶。

あたしは父親から酒瓶で何回も殴られた事が合った。

ある時は父親の八つ当たり、ある時はあたしの顔が気にいらないという理由で。

あたしは母親からたばこを押し付けられた事があった。

ある時は、母親の憂さ晴らし、ある時はあたしの成績が悪いという理由で。

どれだけ良い子にしていても終わりが見えなかった。

助けを求めたって皆振り向いてくれなかったあの時、あの子は唯一あたしに声を掛けてくれた子だった。

当時のあたしのいくつも年下だった子に少しだけ話をして、励ましてくれた。

今まで避けられて続けたあたしへの救い、少しだけの会話だったけどそれだけであたしは救われた。

またあの子と話をするならば、あたしはあんな肉の塊にいつまでもやられているわけにはいかない。

あたしは決めた。

あいつらを殺すと決めた。



何か事情を説明する時、どこから話をすべきなのか俺はいつも迷う。

物事の話の順序というのは全て起承転結で治まるはずだが、この世の中は小説、漫画のように治まりきれない物が多い。

例えばある路地裏の女子高生の自殺事件。

これといった情報もなく、恐らくは死んだ本人に自殺の意思があったからなのだろうが、例えば死にたくないから何とかしたかったけど死にざるを得なかった、とは考えられないだろうか。

そしてこれを起承転結でまとめてしまうと人物たちの心情をまとめきれずじまいな所が多いかもしれない。まとめると言うのは情景を捉えにくくしてしまう。

それは実に悲しいことだと思う。

実際に学校で学ぶ歴史の教科書なんかでは偉人達の所業がまとめられてはいるが、行動をまとめただけで本人達の思いなんかは書かれていない。

悪く書かれている部分には実は俺らの知らない誰かのための思いがあっての作戦もあったに違いない。

しかしそんな思いなんてのは知る由もないからしょうがないということも俺は分かる。

自己完結。

さて、事情を説明する時の出だしと言うのはとても大事だ。

相手の想像に任せてしまうから無暗に話を前に戻したり先の事を言ってしまったりなんてのは良くない事なのだ。

どんな場面においてもコミュニケーションというのはお互いの伝えるべきことを秒でまとめて伝えなければならない高度な技術であると俺は思う。

「単刀直入に聞くが、君は、そこであの女性と何をしてたんだい?」

笹木さんの追及は留まる事を知らない。病院のベッドに座る俺は精神的にくたびれていた。

笹木さんが嘘には引っかからないという人であるというは完全に盲点だった。

さて現実逃避の回想である。

起承転結を綺麗につなげるためにも自身の過去の回想は大事だ。


結局あの後、俺は笹木さんから回収されたまたま公園から近かった小さい病院に連れ込まれた。

そこの医者は俺を見た瞬間に眼を開いたが、笹木さんを見て何かを察したのか。

「代金は後からでもいいからまずは処置しましょうか」と言われ俺は処置を受けた。

出血が多かったのが一番の問題だったようで医者は「よく意識持ってましたね」と感心するような呆れられるようなことを言われた。

昨日今日で何針縫われたのか気になるが、まぁ縫い傷が遺伝するわけでもないし体にちょっとした飾りが出来たぐらいに思っておく事にする。

俺が処置を受けている間に笹木さんは俺は抜け出した病院に行った様だ。たぶん退院手続きとかではないだろうか。

もうあの病院に通えなくなってしまったといっても過言ではない。

俺の処置も終わり俺はまたもや個室部屋に入院することになった。絶対あの医者は俺を訳ありと見て個室にしたんだろうが、もしそう判断しているのであればそれは素晴らしいと褒めたい。俺はといえばまた入院かというより明日の会社どうしようという気持ちでとりあえず天井を見て考えていた。

曲がりなりにも社会人である。最悪使ってない有給もあるし電話でどうにかならないかと考えている間に笹木さんは戻ってきた。

「君の忘れものだよ」と病室に忘れていた携帯を俺の手元に放られる。

「ありがとうございます。何から何まで申し訳ないです」

「いや、気にする事はないよ。君とも携帯がないと連絡取れなくなるからね」

「その言い方だと俺の携帯番号を知っているような言い方ですね」

「勿論知っている、部下の彼女から教えてもらったよ。今回の事件に関わりがあるとは言えど、君は実質お客さんに近いんだからね。そうでなかったとしても君が再起不能になってからでは顔見知りが減るというのはあたしも辛い物があるの」

「そういう経験が?」

笹木さんはきつめなつり目を少し細めた。

「まぁ、ね。少なくとも君よりはちょっとした経験をしているってことさ」

さいですか。

「さてそんな世間話は良いの。あたしは君に聞かなければならないことがあるのよ」

嫌な予感は勿論した。しかしこの状況で逃げられる訳がない。となるならば受けてかわすしかない。

「なんでしょう?」

「単刀直入に聞くけど、君は、そこであの女性と何をしてたの?」


回想終了。

相手の隙を付けいる部分はどこかないものかと思ったが、経験豊富である部分を突いて話題をそらすぐらいしか俺には考え付かなかった。

とはいえど、今こんな真面目腐った雰囲気を茶化そうとすれば傷口を突かれて苦痛の天国に導かれてしまうだろう。この人はそんな事もしてきそうな人だと勝手ながらそう予想している。

「そうですね、あの人は今回の件の参考人なんですよ。なんでも加害者の犯行の様子を見た事があるとかで。しかし精神疾患持ちということで暴れられてしまったということです。参りました」

「参るのはこっちだよ」

笹木さんが髪の毛を掻き上げる。

「あたしをイラつかせるのはやめてほしいな。適当な嘘を付くのはやめてもらってもいいかな?君の信用にも関わる事なの。処置もしてもらってさっきに比べて少しは痛みが和らいでいるだろうけど、またあんな脂汗を流して出血死してしまうぐらいの傷は負いたくないでしょう?」

逃げようがない、か。

俺は肩を竦めた。

「すいません。話しますよ。あの人は今回の件の犯人だと思われます。少なくとも普通に暴力沙汰も起こしてますし、自分もこんな怪我をしていますから逮捕できるレベルの事はしてます。ですが、あくまで予想です。あの人であるという確たる証拠はありません。あの人も今回の被害者である「金井未知」を狙っていた人物である可能性は高いですが、あの人だけとは限りません」

笹木さんは腕組をしながら俺の話を聞き問う。

「なるほど、しかしなぜあの人物が彼女を狙っていたと言える?」

「これは本当に偶然なのですが、あの人がたまたま目に入ったんです。俺は夜散歩をするのが趣味なのですが、その散歩コースに怪しい人物がいてその人物が「彼女」とぶつかった時に見た人物と同じだったんです。どっかの民家をうろうろしていたみたいでその家の表札を見てみたら「金井」の苗字だったので、もしかして、と思ったんです。

残念な事に向こうも俺の事を覚えていたせいで、自分も跡を付けられてしまったのですが」

「なるほど、しかしこれで今どういう状況なのか分かったよ」

笹木さんは腕組を解く。

「部下である彼女だけでは進展がないし男手でもあればと思って君にもお願いしたが、ちょっとの間は手を引いてもらわないといけないね。こんなことになるのはあたしの責任でもある」

そういうと笹木さんは頭を下げ始めた。

「勘弁してくださいよ笹木さん。今回に関しては俺に非があるんです。笹木さんが頭を下げる理由にはなりません」

「そう言うわけにもいかない。部下である彼女がいるからと今回の依頼を軽く見ていたあたしの責任。

入院費用はあたしが持つ。君は今回の依頼から手を引いてほしい。なんなら引っ越し費用も持つ。いいね?」

俺は少し間を置き返事をする。

「分かりました。では一週間ほど時間をください。今日明日ぐらいじゃ退院できるものではありませんし、歩けるぐらいにまで回復してからあらためて連絡をさせていただきます。

あと笹木さんもあまりこの病院にはあまり入ったりしないほうがいいかもしれません。下手すれば笹木さんも顔がばれてる可能性だってゼロじゃないですから

あと出来れば「彼女」にも出来れば伝えないでほしいのです。変に心配をされるのは苦手なので。

俺の事はあまり言わず聞かれたら普通にしてる、と言ってもらえれば」

「分かった。じゃあたしは帰るよ。お大事にね」

「はい」

「彼女」へのことについてはそう言う人もいるだろうということで理解を得たのだろうか、あまり深く突っ込まずに笹木さんは部屋を去って行った。

静けさで包まれたこの病室。

俺は改めて考え始める。

今回の件に巻き込んで申し訳ない、手を引いてほしいと言われて俺はうんと言われたが、俺がそんな簡単に手を引く人間ではない。

案山子は任された田畑を身を滅ぼしてでも守り抜く物である。

要は俺が個人的に首を突っ込めばいいのだ。

あの探偵事務所と一緒に関与してはいけないってことだから少しは動きやすくなったと言えばいいかもしれない。

そして俺の様子を直接見られないように牽制もしておいた。これで変に縛られる事もないだろう。

さて俺の予想ではあのストーカーは恐らくまたあの金井家の周辺をうろつくだろう。

俺の経験上あの手の何かに執着している人は、自分の手から守りたい物が離れるのを恐れて逃げていかないようにスト―キングを更にしつこく行う。

しかし今回のように軽口で凌ぎ切れる訳ではない事も分かった。

となればあのストーカーの精神を折にかかる必要があるということだ。

そういえば「彼女」はどうしてるのだろうか。全然連絡をしていなかった。

携帯の電池も20%を切っていた。あまり長めの使用もできそうにないし節約でいかなければいけないな。

ということで、俺は「彼女」に連絡をしてみることにした。

もしコールが長ければストーカーに刺されているってことにしておこうか等と思っていたが、2コールぐらいで出てしまった。面白くない。

『はいよ、どうしたんだい?案山子』

「急で申し訳ないです。今何してますか?」

『身元が割れないかと思ってあのストーカーを調べていたところさ。どっかの誰かさんが病院に行っただとかで一緒に動けなくなったせいでね』

「それに関しては申し訳ありません」

『それで、その病人が私に電話してきたのは何か用があってかな?』

そうだ、忘れてた。

というかちょうど俺がしてほしかった事をやってくれるみたいで助かる。

「えぇ、明日にでも件のストーカーの事を一緒に調べに行きたいと思ってまして。今調べてるみたいですけど、その情報を俺も欲しいんです」

『病人は大人しく寝ておくんだな。そんな状態で途中で倒れたって私は助ける事が出来ないぞ』

「大分良くなりましたよ、先生にはなんとか無理を言って外出させてもらいますから。あと笹木さんには内緒でお願いしたいですが」

『何でだい』

言いわけを考えてなかった。そもそも「彼女」からしたら笹木さんは上司な訳だから伝えない理由がないんだよなぁ。

どうするかと無言でいると、「彼女」のため息が携帯の向こうから聞こえて来た。

『貸し1だ「案山子」。何を隠しているかは知らないが、外出できるならとっとと集合して解決してしまおうじゃないか』

「ありがとうございます」

「彼女」に調べてほしい内容と、集まる場所と、時間の話合いをし通話を切った。

さて病院をまた抜け出すことになる。確実に俺の信用は底辺にまで落ちるだろうが、俺の中では信用と言うのは最初から存在していない。

信用と言うのはその人が使えるか使えないをマイルドにした言葉であると思っている。

信用が落ちても今更だ。

さて、あの傷跡を見れば嫌でも想像が出来るが、あのストーカーには一生寂しくならない程の良くない思い出があるようだ。

なんとも、やり返し甲斐があるじゃないか。

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