1.4
昔々。
夏の夕焼けがいつまでも頭の中に残るなぁと思うある少女がいました。
一般家庭に生まれて毎日を幸せとか不幸せとか訳分からないことを考えたりせず生きる少年がいました。
彼女の目に映る太陽は、夕焼けは、月はどこまでも濁ったものでした。
彼女は理解していましたが、理解できていないフリをしていました。
自分が周りから変な目で見られる事を理解していましたが、理解しないでいました。
ある日彼女は疑問に思いある1人を捕まえ聞く事にしました。
「君の目に移る景色ってどんな風に見えてるのか。教えてくれないかなぁ」
それとも、と彼女は続け
「その目ごとちょうだいな」
病室は一階。
俺が我儘を言って一階の個室にしてもらった。
「さて聞こうか、「案山子」。お前は一体何をしてそうなったんだ?ん?」
しかし部屋を一階にしたところで目の前で怒る「彼女」を前に逃げる事は出来ない。
まさに蛇に睨まれた蛙と言ったところか。
「彼女」の怒りは今のところ沈む所をしらないようだ。
「まぁ何といえば良いのか。俺も良く分かってないのですよ」
ストーカー被害の家の周辺をうろついて自分を餌におびき寄せたとはいえない。
「たまたまだったとしか言いようがないんです。確かに約束の日に行けなかったのは謝りますよ」
「別にそこは謝らなくても良い。だがな、唯一無二の友人がもし減ったら私は幼馴染と呼べる友達がいなくなってしまうんだ。私では力不足かもしれないが、それでも経験で言えば私の方が上だ。次に何か嫌な予感したらすぐに電話をするんだ」
「分かりました」
その後、笹木さんとの相談により最低でも俺の傷が完治するまで俺は事務所出入りと今回の依頼関与はしないという方向になったようで、「彼女」から口酸っぱく言われてしまった。
「お大事に、また落ちついた頃にお見舞いに来るよ」
「お構いなくです、そちらも気を付けてくださいね」
「彼女」はそう言って病室を出て言った。
大変気の毒な人だ。こんな面倒な人を友達として見てしまっているんだ。さぞ重いだろう。
あぁ、プレッシャーがな。
しかしながら、「彼女」の経験だけで解決できるとは思えない。
恐らく、「金井未知」は連れ去られてしまうだろう。
俺が賭けに出た発言は俺の一命を取り留めたが、彼女の人生を危ぶめる発言になってしまった。
恐らく今の段階だとあのストーカーはあの家の周辺をうろついていることだろう。
そして、警戒心が強いし不意を突いてくる事まで分かった。
人物像が分からない「彼女」では恐らくやられてしまうだろう。
まぁ友達と呼んでくれたお礼と言うわけではないが、「案山子」でも仕事をする時はするってことを知ってもらわねばなるまい。
「案山子」は人の目に入らないところで朝昼晩と毎日攻撃に耐えているものだ。
田畑の「案山子」は風、雨、カラスとか諸々の攻撃を受けているのに生身の人間が刺し傷一つでダウンだなんておかしな話じゃないか。
要は気の持ちようだ。
どっかの誰かの痛みとか、苦しみなんざ知った事ではない。
誰の目にも入らない方法で、ストーカー被害を終わらせるとする。
しかし田畑の「案山子」と比較する所を上げるならば、俺のしようとしていることは決して人助けなどではない。ましてやお金の為でもない。
俺の自己満足の為であるということだ。
早い話。
金は借りたら返せば良い
抜けだしたら戻れば良い。
そういうことだ。
今俺は財布も携帯もないがな。
夕焼けが出始めた時間帯に俺は病院を抜け出した。まぁこれを狙って一階を指定していた訳だが、個室だったのは助かった。2階にされていたら俺は抜き足もしくはカーテンをちぎって窓から逃走を図っていただろう。俺を担当している看護婦さんだってあまり物を壊されて欲しくないだろうし。
しかし麻酔が切れてきて脂汗がじっとりを浮き出て来た。
要は痛みが再発してきたということだ。縫合までしてもらったのは良かったがもう少し麻酔を打ってもらっても良かったかもしれないな。
果たして金井家まで持つかどうか、まぁ持たなかったら別のところに痛みを作ってそっちに意識を集中させればよいだけだ。
痛みなんてのは見た時のインパクトがつけるおまけのようなもので、実際に今俺の背中に傷が出来たとしても俺自身が気づかなければ痛みも発しないだろう。
どっかで得た知識だが保障はしない。
保証はしない代わりに俺も文句は言わないようにしてる。
余談ながら俺は病室に来た看護婦さんに「静かにしないと寝れません。俺はこれから熟睡をしますので病室には入らないでください」とうるさく言ってきた。
刺し傷で入院してきておいてこんなにうるさく言ってくる病人は御免こうむるだろう。始めて来た病院に1日目にしてブラックリスト入りされたかもしれない。
次行ったらお断りされてしまうかもしれないな。
さて、「金井」家に行くまでが最初のプランだが、どうやって「金井未知」を連れ出すかが問題だ。「金井」がいたら連れ出そうにも連れだせないだろうし難しい所ではある。
しかし春先の夕暮れに脂汗とは言えど汗を流しながら歩く男と言うのはどういう姿に見えるのか。社会人として生きている以上やはり見た目というのは気にする物。
そして体臭だって気にする。
俺が気にするのではなく世間体として気にしてるだけだが。
まぁどうでもいいことか。
今までの人生で命の危機はそれなりにあったが痛みを長く経験するってのはそんなになかったもんだから新しい経験を得れた一種の職場体験のようなものだとして覚えておこう。
さて 与太話で独り言はここまでにして。
金井家に到着した。相も変わらず豪邸だ。俺は絶対に住みたくない。
さて来たのはいいがもう作戦を考えるどころか、どうにかなるだろうしいいやと投げていたためここから何か妙案があるわけでもない。突撃あるのみだ。
はたまた運任せか。
俺は玄関のチャイムを押した。
とりあえずとしてここで金井雅がでてきたら帰ろう。あのオヤジを言いくるめたいとは思わない。
俺はそこまで「金井未知」に固執もしていない。
「どちらさまでしょうか?」
この声はおてつだいさんとして取って良いか?
「すいません、私金井雅の友人の者ですけども」
吐き気が出る。遊人の間違いだ。遊ばれ人ってことだ。
「旦那様は今外出しておりまして」
「いえ、娘さんに話がありまして。先日来たおじさんだと伝えてもらえれば分かるかと思います」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
インターホン越しの声が途切れた。
さて後は「金井未知」が釣れてくれればいいのだが。
しかしまぁこんな知らないおじさんからの声で釣れてくれる可能性は低いだろう。
可能性を見出すとしたら、「金井未知」と話した時に適当に言った何かあれば助けますという言葉ぐらいか。年頃の女性で何時解決するかも分からないストーカー被害だ。面倒事にならずかつ目立たない解決が出来るのであれば彼女もそれを望むはずだ。
「誰?」
インターホン越しから女性の声。「金井未知」だな。
「お父さんのお友達の人ですよ。昨日はお部屋に失礼しましたね」
「大丈夫、それより何か用?」
俺は声を細める。大事な事かのように小さく語る。
「お父さんからお話を聞いてるんですけど、今あなたはある被害に遭ってるそうですね」
インターホン越しから息を飲む音が聞こえた。恐らくは恐怖が蘇ってきたのかもしれないが、そんなの気にしてたら話なんかできない。
「思い出させてしまったのでしたら申し訳ないです。ですが、それを解決する術を見つけたのです。それにはあなたの力も必要なのです。外に出てもらって俺の作戦に協力してもらえませんか?」
「金井未知」の返事はすぐだった。
「痛いことにはならないよね?」
そこは心配いらない。「金井未知」は痛い思いはしない。
というかさせてしまった場合は彼女を生贄代わりにさせるしかない。万が一「金井未知」が致命傷とか負ってしまった場合の最終手段だ。
目的はストーカーの確保なんだからそんなところまで考えるのは面倒だが、ここで「あなたは最終手段の生贄として必要なのです」と言ってしまえば出て来ないのは明らかだ。
「安心してください。怪我はしませんよ」
運が良ければな。
作戦は簡単だ。
俺と一緒に「金井未知」に××公園に来るように伝え一緒に来てもらう。
「金井未知」を公園のベンチに座らせ、俺が影から彼女を見る。
「金井未知」に釣られたストーカーが出て来たところで捕まえる、以上だ。
ざっと大まかプランだが、「金井未知」に深く関与してる他人もしくは「金井未知」本人が近くにいなければストーカーは姿を現さない。
そして深く関与している関係者と思われている俺は怪我を負ったから当分出て来ない、と思っているだろう。
それに関しては残念でした、だ。
となれば次に関与するであろうは恐らく探偵事務所の「彼女」か笹木さんのどちらかになる。
高確率で「彼女」だろうが、恐らく「彼女」では太刀打ちできないと予想した。
となるならば、あとは「金井未知」本人が出てきておびき寄せるしかない。
難しいポイントをあげるならばまず俺は怪我もあって走れない。
「金井未知」にはすぐに家にまで逃げてもらうようにする予定ではある。だが、ストーカーが釣られて出てくるまではいいが、そこで俺に構わず「金井未知」に走って行ってしまったら終わりだ。
そして俺だが、もし相対した場合俺は生き残れるかって所だ。
「おにいさん、どうしたの」
横に座る「金井未知」が不安げに見上げてくる。今更ながら麻酔は切れてる。脂汗は出まくりで恐らく顔の筋肉が硬い俺でも眉は寄せたりしてるだろう。
「気にしないでください。昨日の晩御飯を思い出してただけです」
嘘というかメニューすら覚えてない。
「じゃあ今度ご飯食べにくる?」
「いや、大丈夫ですよ。飢えてる訳ではないので」というか金井雅と一緒に居たくないのが本音だ。
さてそろそろ動くか。
「では金井さん。俺は一旦離れます。必ず戻りに来ますので、ストーカーがでてきたらまっすぐ家まで走ってください」
「絶対だよ、ゆびきりしよ」
このおじさん相手にゆびきりするか。あなたの指が趣味で落とされませんように自分の安否を自分で願うべきだと思ったが口にしなかった。
「しましょう、約束です」
俺は「金井未知」とゆびきりしてベンチを離れた。
公園の周りは花壇と花ではなく茂みのような葉っぱで覆われている。
茂みの中から見るのが一番だろうが、公園の花壇の茂みなんてたかが知れてる。よって近くの自販機前で突っ立って何の飲み物を買うか悩むふりをするのが一番だ。
近くに自販機が合って良かった。
しかし、走れるか?少し距離があるぞ。花占いでもして今日の俺の残りの体力で走れるか、走れないか占ってもいいかもしれない。
その気になれば走れるかもしれない。
と、思いながら公園を横目で見る。
パーカーをかぶった人物が1人公園の出入り口に立ってるのを確認した。
気が早いストーカーだ。
本当はもう座って「金井未知」との約束を破りたかったが
「約束は約束」
俺は向かうことにした。