1.3
さて、昼寝をしてたらいつの間にか夜になっていたのは茶飯事である。
寝起きに外に出るなんてのはめんどうだし、億劫だし、誰か人1人の命が助かるのかなんて思うけど、今回「彼女」からストーカー被害の話をされてたしもしかしたら女の子1人の命に関わるのか。
まぁしてしまった約束だ。破るわけにもいかない。
とりあえず、必要最低限の財布と携帯だけ持っていく事にしよう。
約束は9時だったな。
社会人の常識として、最低でも5分前には付きたい。
しかし1時間前に付くのはどうだろうか。
勿論向こうにも準備というものがあるはずだ。
そして仕事での待ち合わせは
道も覚えてしまってるし迷ってしまうなんてこともない。よって早めに家を出ていかないと間に合わないなんてこともない。
というわけで、余裕ある間事務所に向かうついでに散歩をして外をうろつく事にしよう。
そう、ついで。
あくまでついでだ。
なぜなら事務所で「彼女」と話す前に頭と眼を覚まさなければならない。
正直眼がなかなか上まで上がらなくて困ってる。
窓からのぞけば今夜は月明かりが良いし散歩するにはもってこいの日である。
携帯の所持を確認し、ジャケットを着て俺は外に出た。
所詮は春。まだ外は比較的寒い。
一応と思って袖の長い服に薄手の黒ジャケットを着込んできた俺が言うんだ。暑がりだったらこんな格好はしないだろう。
街灯がぽつぽつと夜道を照らしている。こんな薄明りでストーカー被害なんてのはあの年頃の女の子からしたら精神にくるだろうな。
コンクリートの塀で囲まれた住宅街をするすると歩いて抜けていく。普段は歩かないこの道も意識して周りを見てみてもやっぱコンクリしかないなという再認識が出来た。
さて、余談であるが。
ストーカー被害なんてのは実際にターゲットに直接仕掛けてくる側と、仕掛けて来ず見てるだけの2パターンあると俺は考えている。
今回の場合は前者である。俺は分かる。
それはなぜか。
気付かないふりをしていたが、俺の後ろに付いて回っているパーカーをきてフードをかぶった人がこそこそ隠れながら付いて回っているからだ。
どこから付いて回っていたのかは知らないが、俺がコンクリートの塀のある住宅街で回っていたのは横目で確認をするためだ。今日金井雅からの話を聞いておいてよかった。
しかしまぁ、こうやって付いて回っていると言う事は。
あの晩、「彼女」が俺と鉢合わせした時俺の顔を見ていたってことだな。とはいえど鳥ガラの体系である俺が肉弾戦で戦って勝てる自信はない。
相手がなにか格闘経験者だとかなにか刃物なんかを持っていた暁には勝ち目がない。
制圧するのは厳しいだろうな。
とはいえ、このまま「彼女」のいる探偵事務所に向かうことはできない。
今回のような約束事がなければ気にせず探偵事務所に向かっていただろうし、事務所が廃れようがあの二人が死んだとしても俺に被害が出なければいつものように日常を過ごしていたであろう。
しかし今回に至っては「約束」をしている身だ。このまま約束を破るというのは俺の今後の人生に罪悪感が付きまとってしまう。それはいただけない。
俺は住宅街を抜けて見晴らしの良い通りにきた。
俺は歩く足を止める。
とりあえず、見晴らしの良い所にきて大声を上げれば俺を付いて回っているこのストーカーも俺に攻撃はできないはずだ。普通であれば。
しかし俺は立ち止ったと言うのに後ろから足音が聞こえる、近づいて来ている。
つまりは俺は後ろを振り向かなければならないわけだ。
俺は後ろを振り向かせる途中で体を横に向けたままステップを踏むかのように立っていた場所から一歩下がった。
走ってきていたであろうパーカーを深くかぶったストーカーは俺に向かって小さなナイフを俺に向かって突き出していたが急に俺が横に下がったせいかそのナイフは俺に当たらず空を切る。
そのままステップを踏むように俺は下がる。
このまま走って逃げてもよいが、とりあえず言葉が通じるかだけでも確認しておきたい。
「危ないですよあなた、いきなりナイフを突き出すなんて。銃刀法違反?でしたか?まぁそんなのに触れてしまうんじゃないかと思うんですが」
顔はマスクで覆われていた。口だけを覆うガスマスクのようなもので覆っており目元だけが見えているような感じになっている。
目元だけだと、中性的で分からない。
「今避けたのは奇跡とも言えます。なんか足がもつれたら後ろから来るんですから怖いんですよ。俺はまだこういう被害に遭った事ないんですからトラウマにでもなったらどうするんですか」
声を掛けて見るが反応がしない。それどころかナイフを構え直してまたこっちに突っ込んでくる気配すらある。
しかし日本人らしいような気もするが。
「まぁ落ちついてください。人を殺めても「あんた」
喋ってる最中に声を重ねられた。本来であれば人の話は最後まで聞くべきだが、ここはあえて下がる事にする。
「あんたは、あの子の何」
あの子とは恐らく金井未知のことだろう。しかし守護神ですなんて言ったら10秒もしない内に命の危機に瀕するかもしれない。
しかしながら、約束を破れない性格故にあの時はっきりと断り切れなかった俺も悪い。
とはいえ、ここで俺が金井未知と出会ったという事実はしらないはずだ。
少し嘘をついても良いかもしれない。
「そうですね、まぁあの子の、というよりかはあの子の親と面識があるんですよ。それなりの付き合いがありましてね。というか子供がいたんですね、初耳ですよ」
ストーカーはその眼を少し細めた。
そして構えていたナイフをまた握り直し腰を沈めた。
これはまた、突っ込んで来られるなぁ。
いい加減逃げ切りたいが、このままでは追い詰められかねない。
正直に言えば歩き疲れている。鳥ガラ体系である俺は体力もそう長く持たない。故にここから逃げ切るというのは難しい。
そうこう考えている間にストーカーは俺に突っ込んできた。客観的に考えられてる今この時も俺はまだ冷静であることは素晴らしいことではないだろうか。
とりあえず同じようにまた足を横にステップを踏むように避けるようにする。同じような避け方をしようとしたせいかストーカーは俺が避けた方に曲がってきた。
そりゃそうだ、さっきのようにならないように確実に俺に刺しにくるだろう。
本来であればそこからまた暴れるだとか悲鳴を上げたりとか、まぁ諸々するだろうが、そんなの刺されたくない人の考えだ。
武器らしいものがない状態で武器を手に入れる方法。
俺のような鳥ガラな「案山子」でもストーカーのもつナイフを手に入れる方法。それは簡単なことだ。
俺は両手をまるで受け入れるかのようにして広げる。
ストーカーは一瞬びっくりしたかのように走るスピードを落としたが俺は足を一歩踏み出しストーカーが付きだしてきたナイフをお腹で受け止める。
そのままストーカーの目元を爪で引っ掻いたあとに体ごと捻る。ストーカーはナイフを握っていた手を離し、見事にストーカーの手からナイフを奪い俺の武器にする事が出来た。
まぁナイフは俺のお腹へ飾りかのようにささっているわけだが。
一方でナイフを奪われたストーカーは俺から距離を離す。
「あんた、痛いのが好きなんだ」ストーカーが目元をなぞりながら俺に聞いてくる。
猫に引っ掻かれたかのような引っ掻き傷が出来上がっていた。
「それは、どうでしょうかね。それよりも俺に武器を、渡してくれてありがとうございます、と言わせてもらいましょうか」
保て。
「あなたが、まだ何か隠し持ってるなら、話は別ですが、こんな状態になるまで、俺も素直に死ぬ、人ではないですよ」
保て。
「ただでは死なない、といったところでしょうか。今のやりとりを、してる間に、何かが移動してたりとか、変わってる、かもしれませんねぇ。例えば女の子、とか」
「!」
ハッとした顔で一目散に俺の元から去って行ったストーカー。
俺はそのまま座り込む、疲れた。
「まぁ移動してんのは俺の血液なんですけどね」
そして変わってるのは服装等々。
人の想像に振り回されてくれてありがたい限りだ。
そんなに深く刺さりに行くつもりはなかったが、思いのほか刺さってしまった。
そして俺は脅かしは出来ても攻撃なんか出来ない。故にこんな物手に入れた所で使えない。
あと立ち上がる前に目の前が不安定だ。
とりあえず、世間一般人並みには生きて行きたいので、俺は携帯を取り出す。
電話番号を選んで通話をすると開口一番に罵倒をされたが、俺はそれを制す。
「申し訳ないんですけど、ちょっと来てもらえますか?ちょっとした殺傷事件が、あったみたいでして」
俺が、な。