2.7
「俺の愛しの妻と仲良くしてたらただじゃおかねぇぞ?足がもう一本痛くなるかもしれねぇな?」
そう言いながら現れた駿河択一は笑ってない目元で寝転ぶ俺達を見下ろした。
俺はちらりと駿河恵美を見て答える。
「この状況で仲良くなんてできますかね。それを心配してきたのであれば安心してください」
「それは良かった、不倫や浮気なんてのは認められないからね。愛が上回るのであれば違うかもしれないけどさ」
駿河択一は俺から目線を外し恵美を見た。
ゴミを見るかのようにしていた俺への視線は変わりその眼には別の感情が入る。
浮気だとか不倫とか俺には縁のないことだ。択一の言いたいように言わせておく。
しかし個人的にそういう世間ニュースを見て思うのは、結婚なんてのは契約してるのと同じ事なんだから契約破棄してから付き合えばいいのに何で自分から損をする事をしに行くのか、という点だ。
理解しがたい男女の禁断の某という物なのだろうという自己完結に終わったが、この男の言う言葉のそれは浮気や不倫を認めているのと同じ事ではないか?
「そんなにどこぞの知らぬ男に盗られるかもしれないと不安に思うのであれば行動を一緒にさせれば良いのではないですか?」
俺は最もだと思える提案をした。
駿河択一は俺を再度見下した。
「お前、今それを出来る状態だと思ってるからそう言ったのか?あ?」
座りこんでいる俺の腹部へ蹴りが入った。
足の裏を使った範囲の広い蹴りは、雑な蹴りだと分かるぐらいの物でも俺にとっては十分な攻撃になった。
様子は分からないが、息を飲む駿河恵美の喉の音が聞こえる。
吐き出しこそはしなかったが、俺は腹部を抑えてうずくまった。
あぁ、腹筋もまともにない貧相な体には効くなぁ。
「あんまり変な事をいうんじゃねーよ。俺も不安になっちゃうだろ?」
「そうですね・・・以後、気を付けます」
「そんなことよりも、俺は恵美と話がしたいんだ。夫婦愛を深める為に交流は不可欠だからね」
俺は横目で様子を見る。駿河択一は駿河恵美の所まで歩み寄り手を取った。
「立てる?」
優しく、さっきの暴力なんてのは無かったかのような別人の振る舞いに慣れているのか駿河恵美ぎこちないながらも駿河択一の手を握り立ちあがった。
「名前も分からない男が隣にいるせいで恵美がちょっと様子がおかしい。ここで話すなんてことはできないよ。本来はここが交流を深めるためのリビングだというのに」
お前の監禁が問題だと思わないのか、と思ったが同時に加害者は被害者の気持ちを分からないという心理が頭の中で浮かぶ。
何年経っても被害者は忘れられない記憶と傷を負うのに加害者は若さゆえの過ちみたいな事を言って笑うのだ。
意識ある奴も無意識な奴も同等に、軽口を叩く。信じがたいよなぁほんと。
何の反応も示さない俺の反応を見たいがためか、折れた脚を軽く小突いてきた。
腹部を蹴られた痛みよりも明らかに反応をした痛覚によっては俺は声をあげた。
抑えたくても抑えられない痛みに俺はズボンのすそを握って出来る限り声を上げ続けるのを堪えた。
「なんだ、意識あるじゃねぇか。死ぬのはやめてくれよ?殺しはしない。ただ後で忘れてくれるようにお願いはするけどよ」
そう言って、駿河夫妻は部屋を出て行った。
痛みで気絶しそうだ。吐き気もする。むしろ吐いてしまえばどれだけ楽だろうか。胃液であったとしても構わない。
だが、無暗に吐けない。吐く事すらも時間の無駄だ。
しかしやっと1人になれた。どっちが居ても鬱陶しいだけだからな。
まずは考えろ。
こじつけでもいい。繋げろ。そうすればどうとでもなる。
駿河択一は駿河恵美に執心しており
駿河恵美は駿河要に執心している。
肝心の駿河要は駿河恵美に執心している様子はない。多少心は開いているぐらいだろうが、ここにいない存在だ。名前だけを使い適当に使い回すことで駿河恵美をある程度動かすことはできるだろう。
そして駿河恵美が駿河択一をどう思っているか。恐らくは従っている、が一番近いだろう。共謀の可能性は低いのかもしれない。
駿河要の名前を出した時の反応ですぐ分かる。彼女は今いる現状も気にせず自分の守ろうとしていた存在を今でも気にかけている。
駿河要の本質なんか知った事ではないが、駿河恵美は駿河要の事を本来は優しい子である事を未だに信じているようだ。
だが、幼児行方不明事件の犯人に駿河要は入っている。
悲しきかな現時点では、出てくる事はない。
ともかくそれを前提とした時、なぜ駿河恵美は駿河択一に従っているのか。
可能性として高いのは、協力せざるを得ない何かがあるからだ。
俗に言う秘密という物が、二人の間にあるのだろう。
「彼女」がどこから得た資料なのかは定かではないが、どこかで相違があった。
運が良い事にそれが今回の疑問を生んだ。
傍から聞けば、ホームヘルパーとして来ていたが、駿河択一か恵美のどちらかが好きになって結婚したという流れだろう。
本人も思わずこぼしてしまったのだろうが、駿河恵美に駿河要の事に付いて話を聞きに来た時だ。
駿河恵美は言っていた。
「あの子の両親は」と。つまり駿河択一の妻が本来はいた可能性が高い。駿河恵美自身がストーカーである駿河要の生みの親であるならば言う可能性は低いとみて良いだろう。
「金井未知」のストーカーの件はとりあえず二人に任せているとして。
とりあえず、独りでいる今のうちに連絡を取らなければいけない。
駿河択一は俺の素性を全く分かってなさそうだ。もっていたカバンを取られたと思っていたが、恐らく庭に落ちているだろう。カバンの中を探せばどこの会社勤めぐらいは分かるはずだが、そんな暇もなかったというのだろうか。
それとも、あいつの語る愛を育むため、か?
くだらないこと。
本来であれば巻き込みたくはない。
俺が中心にはなりたくはないが、油断を見せて足を折られた俺が悪い。
足を折られてなければ独りでどうとでもなっただろうに、俺も随分不抜けた。
これが最初で最後になる事をなる事を願いながら上着の内ポケットに入れていた携帯を取り出し『彼女』に連絡を入れる。
「もしもし、俺です。・・・あぁいえ、詐欺とか冗談を言ってる場合ではないので単刀直入に伝えます。駿河恵美の件についてはなんとかなりそうなので、以前来た駿河恵美の家に来てもらっていいですか?」
待機場所を伝える。
とりあえず、この場面を凌ぐ準備は出来た。
あとは俺とあの夫妻の行動次第だ。