2.6
意識が覚醒するには少しばかりキツイ。痛みに寄る目覚めだ。
目覚まし時計に耳でも殴られたかと思ったが少し前に人に寄ってサンドバックにされたんだっけとその時の出来事と痛みを思い出してきた。
鮮明に思い出した時には頭の痛さよりも足の痛さで完全覚醒だ。
持っていた鞄はない。
なんて最高な寝起きだろうかクソ。
「なんだってんだ」
思わずこぼす。
状況なんか整理せずともどうなったのかは分かる。
俺は気絶し、監禁でもさせられたんだろう。足の痛みを確認してみれば軸足である右足がおられているときたもんだ。切られた時とは違う強くにぶい痛みが絶え間ない。
周りを確認すれば格が雑多に押しこまれた部屋だった。カーテンは完全に閉められているが、恐らくは駿河恵美がいた部屋であろうと予想する。
その証拠に。
「あ、あの」
と戸惑いながらも俺に話しかける女性、駿河恵美が横に居た。
意識が戻ってからもそこにいるのは眼の端に入っていた。意図的に無視していたのだが。
「おはようございます」
「あの、もう夜ですけど...」
知ってるそんなこと。
しかし悪いのは俺だ。俺らしからぬ発言だ。少しばかり動揺?もしくは混乱?はたまた痛みで正常でないのかもしれない。
とにもかくにも、ここで助けを待つなんてことは俺はしない。
ここはお菓子の家ではなくただの家。あいつは魔女ではなく狂人。
そして太らされることはなく時間が来たら殺される運命にあるのは間違いないだろう。
「憔悴しきってる所悪いですが、俺はここから出る算段を立てます。あなたの旦那さんは今家に?」
駿河恵美に確認をする。やつれきった彼女は、少し戸惑った様子を見せたが答えた。
「います」
となればここから抜け出すのは容易ではないか。なにせ折られた足では抜け出すのは無理に等しい。
「あの」
と策を考えている俺に駿河恵美が話しかけて来た。
「はい、なんでしょう」
「あの、何をしにこの家に来たんですか?」
何をしにと言われて俺は気がつく。そういえば駿河恵美は俺達が何をしているのかという理由を知らないんだったな。
とはいえ、俺は駿河夫に騙された側であるがこれは駿河夫が騙したということは言わずに置いた方が良いかもしれない。
「依頼です。退院したあなたの行方が分からないということで依頼を受けたんですよ」
駿河恵美は顔を少し明るくした。
「もしかして、要ちゃんが?」
知っているのかは分からないが、本人がそう思っているのならそう思わせといた方が良いだろう。ここを出るまでは活力を持っていてほしい。
少なくとも、「見つけて」という依頼を受けそれを解決した。あとは『彼女』と笹木さんに報告すれば俺の仕事は終わりだ。
「そうです、そうです。とりあえず、元気な顔を見せてあげるためにも頑張って抜け出しましょう」
まぁ精神病院にいるから面会は出来るだろうが、少なくとも相手の元気な顔は見れるかは保証できないがな。
罪悪感なんて物はない。
「とりあえず憔悴しきっている所申し訳ないですけど、逃げる算段を立てますよ。いつまでもここに居る理由は俺達にはありません。バリケードがあるわけでもない。ばれずに抜け出す事は容易です」
「それは、そうでしょう、けど」
駿河恵美の歯切れの悪い返事に不信感を感じる。
考えてみれば憔悴しきってるが、拘束されている訳でもない。家の内側からは出られないようになっているわけでもない。
可能性を考えてあり得るのは、何かネタを駿河旦那に握られているか。
駿河旦那に何か罪悪感を感じているのか。
だが、このまま俺個人で抜け出そうとすれば恐らく駿河恵美は駿河旦那を呼ぶんじゃなかろうか。
外で窓ガラスに張り付いていた時の、駿河恵美のガラスを指で叩いていた時の動作。あの時は理解が追いつかなかったが、あれはあの動作で俺の意識をもっていき駿河旦那の奇襲を成功させやすくさせるためだろうな。
あんな奇襲に引っかかる俺も俺だが。
呼ばれたら最後、次こそは死ぬと思って動かねば。
反撃はできない。死ぬことは許されない。
生きにくい人生経路を作りだしてしまった俺への慰めはいずこ。否そんなもの言われても煽りにすぎない。
大丈夫も、あなたならできるも、全てはその場に任せた軽い言葉だ。
大丈夫ではないことも、俺の性格上できないことも、俺が知っている。
じゃあそんな中からどうするか。
結局努力をして勝利をつかみ取るなんてアツイ物語の主人公や仲間に俺は加わる事は出来ない。
役割を終えた案山子は捨てられるが、俺がもがいて生きているということは俺にはまだ役割があるということだ。
生き恥さらしは上等。
「あなた、要さんに罪悪感でも感じているんですか?あの場で理性を失って暴力に出ていた彼女に刺され自分のせいで、要さんが病院に行ってしまったことに罪悪感を感じているんですか?会う資格がないと思っているんですか?」
思ってもない事を駿河恵美に言う。
これは俺の本音ではない。
「それとも、あなたの旦那さんに従わないといけない理由でもあるというんですか?だとすればなんとも滑稽な人生を歩んでいると俺は思ってしまいますよ自分の望んでいない生き方を強要されるだなんて監禁されているのと違いはないと思いますがね」
言い返してない事をいいことに俺は座ったまま駿河恵美に語る。
「あなたは人形ですか?操られて自分の意思を持たないでいるのであれば俺はあなたにこれ以上何も言えません。人形は自分で動く事ができませんから。
でも、もしあなたが、しなければいけない何かを持っているのであれば動くべきではありませんか?」
駿河恵美は俯き、少し考えていた。
「そうですね」
そして返事を返した。
「でも、私はここを出てしまったら、要ちゃんに会う事はできなくなってしまいます。私は択一さんに愛されているんです」
択一、ということは駿河旦那=駿河択一ってことだ。
ストーカー女の肉親であることに間違いないな。
『彼女』からもらった資料には顔写真とかなかったから、ここで答え合わせができたことは運が良い。
だが、そうなると母親はどこだ?
「すいません、話を脱線させてしまいますがあなたの旦那さんの名前が択一という名前なんですよね?」
「え、えぇ」
「あなたは、択一さんの奥さんなんですよね」
「そうですけど、なんで急にそれを?」
やっぱおかしい。『彼女』からもらった資料には母親の名前欄に駿河恵美の名前は無かった。
ということは離婚、はたまた死別。
もしくは駿河択一と手を組んで本来の母親を殺した可能性もある。
どの可能性にしてもここで駿河恵美と手を組んで外に出るというのは危ないのかもしれない。
「愛しい俺の妻と仲良くしてるんじゃないだろうなぁ。不法侵入サラリーマンさん」
あ、家主もとい狂人もとい俺からしたら死神の声が部屋の奥から聞こえて来た。