2.5
駿河夫は駿河恵美を行方不明扱いにしていたと、考えるべきなんだろう。
駿河恵美が、あの家に居る可能性。
駿河夫の独り言でなければ駿河恵美に話しかけていたと思っていいかもしれない。
今更ながらに思い出したが、『彼女』から受け取ったファイルの中にあった駿河家の家族構成に駿河恵美の名前は無かった。
『彼女』からの情報では駿河要の両親は家の火事により他界、駿河恵美は自宅訪問の仕事で駿河要の存在と彼女の抱える悩みを知った。
だが、駿河夫が生きている矛盾。
まだ顔も見ていないし名前も知らない故に今いる駿河夫妻は要の両親ではなく引き取りの可能性も考えていた。「彼女」もそう思っていたんだろう。
死んでいる人が現実世界に居るわけがないのだから。
ストーカーである駿河要の詳細を調べてもらった時の「彼女」も自分の調べたことには自信があったみたいだし、だから駿河夫が応答したことに驚きもしなかったんだろう。
昨日の駿河夫の喋りで少なくとも、駿河恵美が行方不明であることは嘘であることははっきりした。
あとは恐らく自分を死んだ事にしたという捏造を駿河夫がしたという可能性。
面倒から逃げたつもりが、面倒に直面するとは俺はいつだっていたたまれない人という役をしなければならない。
誰かの力になるだなんておこがましい事はもう言いたくないし、思いたくもない。人は誰かの力でなんとかはならない。結局自分の気力で行きぬいて行くのが人だ。
余計な事を考えてしまったが、すぐにでも報告するべきか。しかし、新たなストーカーが出てる以上そっちをおろそかにする訳にもいかないだろう。
一人で何かするなと言われたが、一人で何かしてるのをばれなきゃいいだけの話だ。
ともすれば、侵入か?しかし空き巣、強盗の真似事は出来ればしたくない。そこかしこにいる一人の平凡社会人はそんな事をする訳はないだろう。
となれば、仮説を一つ立ててそれを前提に動くのがいいだろう。
あの家の中に駿河恵美がいて、外に出られない状況にある。
これを仮説としてかつ前提に置いて動く事にしよう。
じゃあ家に居るかもしれない駿河恵美とどうコンタクトを取るか。
幸いなことに俺が今日近づいた部屋に駿河恵美がいた、かもしれない。
足音で駿河夫が来るのは聞こえたし、なんとかそこからコンタクトを取れるか試してみるのも有りだろう。
駄目だったらその時だ。
となれば、明日の会社帰りにでも一回寄ってみてもいいだろう。
夕方。
春頃の夕方と言うのは夕日の灯りが増して日除けでもしなければ部屋の中は赤く染まってしまうだろう。
そんな時にでも会社で働いてる時に思う事はスキップ機能が現実世界でもあればいいのにという解決しないことだ。
例えば部署で盛り上がる社員旅行、大体は偽りの喜びや上司を持ち上げるための人が半数だと思ってる。
皆が皆行きたいわけでもないのに、どこに行って何をするかだんて人まちまちだろうにそれを知ってか知らずかこのはしゃぎよう。
スキップがあればどれだけ便利だろうか。
思いは残せど脈は廃る。人生百もない道で人生の大半はそこで使うとは言えど、毎度毎度腰ぎんちゃくのように上司の気分を上げる役に付くことを俺はしたくない。
よって会社で嫌われる原因を俺が作っているのは分かっているが、それをなんとかしようとする意思は俺にはなく、入社当初から部署全体で行うイベント事に俺は一つも出た事がない。
黙々と仕事をしてさっさと定時あがりだ。
やらなくてもいい事を押しつけてまでやらせようとすることの大体は自分の為じゃなくその人の為になることしかない。
仮にその中にある良い事を見つけるとすれば、それも自分の経験になるということだろうが、それが自分が自分の為であると思い込んでいるにすぎない。
上司の為、同期の為、会社の為、家族の為、友の為。
それらが本当にその人達の為になっているのだろうか。
違う、簡単は話だ。
こき使われてるだけだ。助けになってるとか思ってるとか何さまだ。図に乗るな。
定時上がりに成功し向かったは駿河家。
当然歩いて行くには時間がかかってしまうためタクシーを利用してだが、移動中何も思わないを思っていた俺をタクシー運転手は不審そうな顔をしていた。
別になんと思ってもらっても構わないが、これで話しかけられてでもされていたら俺は一気に不愉快に感じていただろう。
『案山子』の俺にそんな気持ちを抱く事自体身の丈に合わないのかもしれないが。
駿河家の近くで降ろしてもらい近くの様子を見る。
外にまでの物音は響いていなかったが、それは中に駿河夫がいるかいないか分からない為あまりよろしくはない。
駿河恵美がどんな目に遭ってもいいから何か駿河夫がいるという確証がほしいのだが。
とりあえず、昨日と同じ場所に移ってみることにしよう。昨日覗いた部屋に駿河夫は偶然ながらに入ってきたのだしあれが偶然でなく必然な事であったとすれば確実ということになる。昨日と同じ塀から入りこみ更に様子を探る。
昨日と同じくカーテンは中途半端に開いているようだ。ちらりと覗けば変わらずの暗さであり中の様子は夕焼けの赤い光が邪魔している。
かと言って、確認も取れずにいるこの状態で動けぬままであれば埒が明かない。
ここで待っているのも危ないし、不用意に近づいたのがそもそもの間違いだったのかもしれない。日を改めて何か策を練ってからもう一度出直そう。仮にこの家で駿河恵美が監禁されていたとしても、死ぬようなことにはなるまい。
駿河夫が自分の住む家で死人を出すようなことはしないだろう。
万が一、死んでしまったとしても。
俺の人生の深くには関係のない事だ。
引き返そうとした時、さっきまで覗いていたカーテンからこつんという小さな音が聞こえた。
もしやばれたかと、俺が振り返ればそこに人影。ストレスや不安からか憔悴しきった顔の、駿河恵美が居た。
爪で窓ガラスを叩きながら口を動かして何かを伝えようとしているが、俺は読唇術なんぞ持ち合わせていない。
とりあえず、周りを確認し駿河夫や近辺の住人が近くにいないことを確認し駿河恵美に近づく。
近くまで来て分かったが、顔には痣もある。証拠としては十分な物だろう。
聞こえないとは思うが、一応小さく声に出す。
「恐らくはあなたの旦那さんによって監禁されているんでしょうけど、一応依頼はあなたを見つける事なので、もう少し我慢してください。
警察などの国家権力が来ればDVの被害にも合わなくなるでしょう」
駿河恵美の顔は喜びの顔にはなっていなかった。それどころか、焦りを強くし始め、さっきまで分かりやすく口を動かしていたのに、早口をするかのように動かし始めた。
その意図は俺には分からなかったが、とりあえず踵を返そうとした。
「不法侵入か?潰すぞ」
頭に衝撃が走る。痛みよりも衝撃が大きすぎて思わずしゃがみこんでしまう。
体が本能的に距離を取れと訴えてくる。
転ぶような形になりながらも、俺は頭に衝撃が来た場所から逃げ少し落ち着いてそこにいるであろう人を確認した。
ゴム製のハンマーを持ち構えた男、駿河夫がそこにいた。
再びハンマーを構え走ってきた。
衝撃が抜けきらず俺は咄嗟に頭を守りに両腕を出した。
全力で振り下ろされたハンマーは俺の頭を狙っていたんだろう。重い衝撃とキツイ痛みが左腕に走る。
痛みの声を出すよりも、煽りの声を入れる。
「あなた自分の依頼を忘れましたか?奥さん見つけてほしいって言ってたんですよ?見つけたのなら報告をしていただかないといけませんよ」
少し距離を取るが、人様の小さな人一人が歩けば十分みたいな庭で回避行動を取ろうにも難しいだろう。
それにしても
「人が変わりすぎじゃありませんか?初めて声を聞いた時はもっと優しそうな方だと思いましたけどね」
「誰だって物腰柔らかい方がいいだろ。・・・あぁ、お前あの時に来た女の隣に居た男だな」
「顔を覚えてもらって光栄ですが、この歓迎のされ方は嬉しくないですねぇ。
あなたにどんな計画があったのかは定かではありませんが、ここで死にゆく人生の人ではないので」
俺が喋ってる最中に駿河夫は走ってきた。防犯訓練を活かせば何とかなるかもしれんが、さっき殴られた頭のダメージがまだ残る。
足元がおぼつかない。ゴム製のハンマーも小さい物だが、避ける自信は正直ない。
距離はあっという間に詰められた。振りあげられたハンマーの位置を見れば再度頭の位置だ。
再度両腕を上げたが、ハンマーは振り下ろされなかった。
代わりに駿河夫が俺を押し倒してきた。
なんてこった、フェイクか。
そしてマウントを取られた。逃げようがない。
「とりあえず、殺すまではしない。その代わり終わるまで家に上がってもらう」
なんの終わりなのかは分からないが、少なくとも俺にとっては良い終わりにはならないだろう。
「そこにいる愛しの奥様と同じような形で招き入れますか?」
狂気じみた笑みを浮かべた駿河夫はゴム製のハンマーを振りあげた。
「愛しのじゃない、俺は愛されてる側だ。さっさと寝とけ」
とりあえず、意識の持つ限り防ぐか。いずれか意識がなくなることになるだろうが。