1.11
物事に終わりがあるように事件や依頼にもいずれは終わりがある。
俺は目の前の事実に目をそむけたくなった時、この言葉を自分の中で思い浮かべて俺にとって正当な理由を作り上げる。
スタートがあればゴールがあるように、生があれば死もある。
手段はどう取っても自分のやらねばならない事を決めているならば、望む終わりを迎える事はたやすいことだ。
まぁ自分が強ければ、の話だが。
では、自分が弱い場合の終わりはどう迎える事が出来るのか。
簡単な事で諦めればいい。目の前の理不尽を飲みこみ、振り回されてる今を都合よく解釈しそして諦める。
夢を、目標を、生きる事を諦める。そうすれば終わりは簡単に迎えられる。
理由や過程というのは、勝ち組にとっては自慢になり負け組にとっては言いわけになる。
過程がどれだけ良かったとしても結果がすべてだと言われる。
世界にとってはそれが当たり前。
目の前に広がるは地下シェルターの壁だ。
懐かしい、昔監禁されたあの地下シェルターだ。あの時どうやってここから抜け出したんだっけかそれすらも思いだせないぐらい昔だが、懐かしいと感じるぐらいにはこの空間にいた事は覚えている。
むしろこれは現実か?
仮にこれが現実で今までのが夢だとする。
だとするならば、良くもまぁ長い設定と現実逃避するだけの元気はあったもんだ。流石俺。
ただまぁ、シェルターで監禁となると自力で抜け出すのは無理なんだよな。
じゃあどうするか。
「時間が解決してくれますさ」
俺の死をもって、解決してくれる。
俺は寝ることにした。
次に目が覚める時、どうなっているか。それはお楽しみということで。
目を覚ます。目の先にあるのはシェルターの天井ではなく真っ白な天井。どうやら俺は横になっていたようだ。
「起きたかな、君」
目を横に移せばパイプいすに座っていた笹木さんの姿。とりあえず確認すべき事は一つ。
「夢でも見てますかね?」
「夢な訳がないでしょ。君は車の中で気絶をしていた。出血だなんだと縫合と入院するぐらいの怪我までしておいて普通な生活にすぐ戻れるわけがない。体は正直とはこのことよ」
意味深な発言をする笹木さん。
点滴のされている俺の腕。今は見えないが恐らく体は包帯を巻かれているだろう。
そんでもって病室が狭い。個室だろうがそれにしたって狭い。
窓が合ったであろう場所には急遽と言わんばかりのバリケードが貼られていた。
俺の視線の意味を読みとったのか笹木さんが答える。
「君は2回も病院から脱走した。あたしが関わらなくて良いと言ったのに。全く・・・」
腕を組んでため息をつく笹木さん。
「本当ならこんなバリケード貼るみたいなことはしなくていいのに、ここまでやっておかなきゃいけない。君のせいであることは理解している?」
なるほど、実に耳が痛い話だ。
「また逃げる事を考えないでよ君。君が起きるまで数時間あった。その間に倒れていた女性の事や、今回の依頼のストーカーの事は部下である彼女に任せてる。君が何を考えているかは分からないけど、彼女だってそれなりに経験を積んでいるのよ」
パイプ椅子を引きずり俺の横になっているベッドまで近づけ顔を近づける。
「何を言いたいか。分かるわよね」
釣り目が良く見えるが、その眼は冗談や嘘を許さないそんな意思を感じる程に。
あと言わんとしてる事は分かるだろう、と笹木さんは喋らずに俺を見つめていた。
ラブストーリーはお断りですよ、なんて言えばここで死んでしまうかもしれない。いやマジで。
「・・・実際に俺は、何もしてませんよ。俺はただ、過去にあった事実を本人達に言葉にして投げかけていただけです。
それで変わるべきなのはあの人達であり、俺はそれで良いのか?って訪ねてきただけですよ」
「君がそう思うならそうだったんだろうね。でも、おかしいじゃない。なぜ駿河恵美が依頼元の金井雅の家までいたのか。偶然って言葉でも片付けてしまえるけど、ピンポイントでそこに来るって不思議に思わない?」
「可能性を軽く見過ぎてはいけませんよ。もしかしたら、本当に数万、数億の確率で偶々にそこについた可能性もあります」
「その前に、君達が駿河恵美と話をした内容じゃ君達二人にお願いした形で終わったって彼女から聞いていたんだけど?」
口止めに失敗したか。
というか口止めしてもしきれないか。俺はともかく向こうからしたら上司だ。
それを抜きにしても俺の事情なんか「彼女」は知る由もない。
「俺達だけでは安心できなかったのかもしれませんね。駿河恵美はもしかしたら自分の目で見てみないと安心できない人だったのかもしれません。仮に駿河恵美に後をつけられていたとしたって俺達は気付けません。任されたと思っているんですから。
少なくともあの人は攻撃性は皆無。それどころか今回の加害者であろうあのストーカーの事を大事に思っていたみたいです。自分の身を挺してまで止めに入るだなんてあそこまでのお人よしが誰かを傷つける勇気を持つ時は全てを捨てた時だけじゃないでしょうか。
とにかく、偶然たどり着いたのが正しいのかもしれません。というか俺はあの人があの場に来るのを予想すらしてませんでした」
笹木さんは目を細めた。
「そうなんだ、じゃあ駿河恵美が持っていたであろう紙きれに君は心当たりがないんだね?」
・・・・。
「金井雅の住む住所とそこにストーカーもいるであろう事を書いて、あろうことか『止めるのはあなた自身です。あなたしかいないのです。彼女の事を知っているのはあなたなのです』とかいうメッセージまで添えてあって。これは明らかに駿河恵美にここに来るようにと促してるように感じるんだけど何か知らない?」
・・・・・・。
「いえ、身に覚えがありません。さっきも言いましたが、俺は何もしていません」
睨みつけるように、俺を見た後俺から顔を離した。表情は普段の無表情に戻っている。
仮に俺だったとしても俺が入れたという確証がない。それ故に、問い詰めきれないといったところか。
「そっか。ごめんねあまりに迫っちゃって」
「気にしないでください。笹木さんもつかれているでしょうから。俺の事もありましたでしょうしもう勝手に動きません」
「それを信用しろってのが無理な話よ。とにかく依頼はもう終わったと言っても良いぐらい。警察には内密にと言っておいた。救急車を呼ばれた後の処理は大変だったけど、どちらにもあたしとそれなりの顔見知りの人がいてね。訳を話して何とか内密に終わらせる事が出来そうよ。」
「そうですか」
とりあえず、と言いながら笹木さんは椅子から立ち上がる。
「君に関しては傷が完治するまでここから出さないことにしたからよろしく」
・・・それは聞き捨てならない。
「待ってください、俺は社会人ですよ。今日はともかく明日は会社に行かないといけません。完治までとなったら明日明後日じゃ済まないと思いますが」
「そうなったのは誰が原因なのかな?自業自得でしょう?まぁあたしから会社に電話してもろもろあって重症ですっていって置いてあげるから安心して」
そんな言葉を俺が聞き入れるわけがないが、押し問答で勝てるわけもなく、そして俺が入院中だというのに2回も抜け出したという事実が俺の首を絞めてきた。
まさに自業自得。罪はいつか自分に返ってくる。それとも運がないと言うべきか。
「じゃ、安静にするのよ」そういって笹木さんは病室から出て行った。
無音の部屋の中小さく耳に聞こえるのは俺の心臓の音。無様に生き残った「案山子」の生命音だ。
精神ではなく、心があるとして少しでも崩れかけているものであればちょっとつつけば勝手に崩れて行くものだ。
「案山子」ただ突っ立っているだけで邪魔な存在とはまさに俺の事。慣れられてしまえば、攻撃され放題も俺の事。そんなものに少し威圧されて崩れて行く人達なのだから所詮いつかはばれていただろうし続くものではなかった。俺はまた生き抜いて約束を守る事に成功し誰にも貸し借りを残すことなく終わらす事が出来た。
俺個人としては十分な結果だ。
とりあえず、今すべきことがあるとするならば。
一日でも早く社会復帰が出来るように休むことだ。
結局は、笹木さんや雅が言うようにこの世は金で回っている。
情けや理屈で経済は動かない。
人は動いても生きてはいけない。
例外なく俺も金のおかげで生かされている一人の人間だ。
故に早く稼ぎに出なくてはいけない。
『じゃああたしはどう生きればこんな風にならずに済んだのよ!!!!』
ふとストーカーの叫び声が蘇った。
両親の偏見で育てられて、自分自身を貫き通すつもりが貫きすぎて誰からも見捨てられた女性。
いや、誰からでもないか。でもあれは守ってあげたいとかではなく、自己顕示欲といってもおかしくはない。
皆を見守る母でありたい。あの人はそんな人だ。
まともそうなことを言っていたが、本当に守りたいと思うのなら家庭なんか築いてないし、もっとあのストーカーを救うために徹底して動いているはずだ。
『普通』か。
結局のところ、普通なんてものはあってないような物だ。
世間常識と言う物もあるが、それは普通とは繋がらない。
偏見で満ち溢れている。
あのストーカーがあんな風にならずに済む方法といえば。
両親が偏見に満ちた人であるか、本人が捻くれずに自我を保つ事。
それが出来なかった時点であのストーカーは救いようのない人だった。
まぁそれはさておき。
「寝よ」
現時点の俺にはもう無関係な話だ。
『案山子』である俺には。