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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

機械仕掛け

作者: 白髪 シホォン

 機械が発達した この時代は、色々と荒れていた。汚職、詐欺、殺人などなど…法を守る為に動く政府の人手が追いつかない程に。けれど、本当に一番(すさ)みきっていたのは……



 *



 周りを外壁で囲まれた中央都市の一画。この辺りは業績の良い企業が ひしめき合っている所だ。立ち並ぶビル達は互いに その背の高さを競い合うように皆高い。その中の1軒は今とても慌ただしく……ドンパチ(、、、、)をしていた。


「いたぞ!襲撃者は着々と上階へ登っている模様!撃ち殺せ‼︎」

「逃すかっ!」


 追いかけてきた数人が次々に発砲するも その「襲撃者」には一つも当たらない。彼らの狙撃が下手な訳ではなく避けられるのである。


「くそっ…女一人(、、、)に避けられてんじゃねーよ!」


 彼らが追いつく前に、その女は次の階へと歩みを進めていた。




 曲がり角を曲がり、更に歩みを進めようとする彼女の前に、何処から建物内部に持ち運んだのか最新型の大型銃機(大砲含む)が銃口を並べ待ち構えていた。


「撃てっ!!!」


 誰かの合図により、一斉射撃が実行される。侵入者の女に弾丸が降り注ぐ様も大砲の爆撃による粉塵で すぐに見えなくなってしまった。


「…終わったな。」


 誰かが そう言った。

 ……確かに終わるだろう。誰がどう見ても避けきれない銃撃の数々。極め付けの砲弾数発。即死以外は有り得ない。


 ーそう。人間ならば(、、、、、)。ー


「流石に これだけやればなa」


 圧倒的な攻撃に高を括った一人の男性の首に、火薬の煙の中から手が伸びた。

 その手首には小さな傷があった。破れたベージュ色の下から覗くのは無機質な金属、電極、そして電気。

「パリッ」と音が響く。それは瞬き一つ二つの間に起きた出来事。男は首に伸ばした人物の顔を見る事なく感電(、、)した。首を掴んでいた者は そのまま彼を他の銃撃者へ軽々と投げ飛ばす。


 煙の中から顔を出した人物は、先程 弾丸の雨の中に消えた筈の者。


「ま、まさか、こいつ…人じゃなくて………」


 彼女は左腕で展開していた金属のシールドを、当たり前のような…いや淡々とした無機質な顔付きでベージュ色の腕の中に仕舞った。所々 衣服は破け、細かい傷はあるものの、これと言って目立つ傷はない。…いや、前途の記述だと語弊があるだろうか? 確かに大きく目立つ傷は彼女には一つも無かった。しかし、頬など破けた皮膚…のような皮から覗く金属色と、少しだけ薄緑か何かの液体が流れ出る様子は異様である。


「ロボット⁉︎」


 確信を得たと同時に「まさか⁈」というような感情が込もった叫びが上がった。けれど、彼女は それを気にも留めずに自分を攻撃してきた彼らを倒していく。まるで何でもない作業の一つを こなしていく様である。

 残り数人の所で彼女は右腕の裾を左手で捲りつつ、慌てて銃機を向ける彼らに構えた。構えられた右手は いつのまにかレーザーガンに変わっていて、発射されたレーザーは爆発音と共に彼らを吹き飛ばしていった。


「…。」


 死にゆく彼らを見ても彼女の表情筋は1ミリも動かない。

 まだ微かに動き、苦しそうな呻き声を出す彼らを背に、女は その場を立ち去っていった。



 彼女は目的地である、豪華そうな内装の部屋に辿り着く。そこには恰幅の良い、けれども悪そうな顔を、今は焦りに歪めた4、50代の男が椅子に座っていた。


「だ、誰だ⁉︎」

「お前が ここのボスだな?」

「なっ」


 それは返答を要しない機械的な確認。だからこそ相手が何かを言い切る前に彼女は目にも留まらぬような速さで背後に回り、右手で彼を捕らえ、そこからスタンガンを当てたような電気ショックを後頭部から直接流した。

 男はクラクラと暗転する意識の中、彼女の言葉を聞く。


「政府の命令により、麻薬取引 及び殺人罪などの諸々の法律違反の容疑で、お前を捕らえる。」

「そっ、それはっ…だなっ……!」


 言い訳を考えながらも振り向いた男が意識を手放す最後に見たのは、感情(生気)を感じさせない冷たい双眸だった。


「言い訳なら警察か検察官かにしろ。私は政府の(めい)で動いているだけだ。」



 *



 国を治める者達が集う場所、「政府」。

 政府と呼ばれる建物は、政治を行うのに必要とされた機関を次々に建設していき、今では一つの街レベルの規模にまでデカくなっていた。その一画に、機械(からくり)開発部がある。


「…例の計画はどうだ?進行状況は?」

「上々ですよ。」

「…49RA(よんきゅうアールエー)、通称サクラは どうしている?」

「少々 擦り傷があったので回復機(ヒールゾーン)に入れ回復液などを使い修復しています。見ますか?」


 かなり年を取っていそうな男が、自分より幾分も若そうな男に話しかけている。壮年の男に丁寧に返事を返しながら、若い方の男は近くにあった壁に固定されている機器を少し弄った。それに呼応するかのように静かに、壁の一部が上に上がっていき、一枚の分厚いガラスが顔を出す。

 そこから見える場所は一つの大きな研究室だった。白衣を纏った数人の技師や技術者らしき人達が あちこちで忙しなく動いている。

 彼らが弄る機械の一つには人一人分が入る筒状のガラスが付いており、今は薄緑のような液体で満たされていて、その中に長い黒髪をツインテールしている女が入っていた。その女とは、ビルを襲撃していた彼女である。だが、その時に負ったはずの傷は見る間に修復されていっていた。


 そんな彼女を見ながら、若い男は呟く。


「実に優秀な、操り人形(、、、、)ですよ。」


 *


 そう、私は機械人形(ロボット)。政府によって作られ、政府の為に動き、政府の(めい)によって動く。

 AI搭載型のようで、自分で最善の選択を考える事はあるが、ロボットなので感情は無く、涙も出ないし、痛みを感じる事も無い。

 ただの動く人形。


 ザワザワ…ザワザワ……


 ……外が騒がしいな。


 シュンッ


 これは この部屋、私の休む回復機(ベッド)がある研究室(ルーム)のドアが開いた音だ。


「どうしたんですか?」


 これはラティの声。ラティは私の専属技師であり、バイタルチェックや身体(機械)の修復などもしてくれる。砂のような色合いの金髪を下で緩く結っている女性だ。


「…サクラを起こ(起動)してくれるか?」


 回復液がベッドから抜かれていく。スーーという音でガラスの筒が上がっていくのが わかる。修復や身体の固定の為に繋がれていた機器も外れていき、眠っている(スリープモードの)私の身体は重力に従い、けれど ゆっくりとベッドの床に膝をついた。


 ウィィ…キュ、キュルルル………


 そして、私の瞼が上がり、私は完全に覚醒した。視界には最初ラティが映り、彼女の目線を追ってラティが声をかけたであろう男性に目を移す。


「仕事を終えたばかりで悪いが、たった今 逃げ出した子供を捕まえてくれ。これが その子供だ。」


 そう言って彼は一枚の写真を出してきた。


 ウィーン…


 そうして、目の前に出された写真に写っている顔を私は記録(、、)する。写っていたのは、かなり幼い子供だ。


「…覚えたな? では行け。」


 彼は私に命令を出して、足早に去っていった。


(私も早く命令を遂行しなければ…。)


 そうして足を動かしルームを出ようとした時。


「と、その前に。」


 私の肩を掴む手と声が聞こえた。振り返れば、予想した通り ラティの顔が…滅茶苦茶近くにあった。

 何か追加の指示でもあるのかと待っていると、いつのまにか差し出されていたのは私の替えの服だった。


「はい。そんな破れた服で外に出ちゃダメよ? 一応 女の子なんだから。」

「………。」



 *



 サクラが出て行ってしまった部屋で、私は一人クスリと笑う。


「ちゃんと律儀に着替えてくれるのが彼女なのよね。」



 *



 私は人形。ただのロボット。


 見晴らしの良いビルの屋上から、望遠機能付きの両目で眼下に広がる街を見渡す。

 とは言えど、この辺りは廃ビルばかりがあるだけの、街とは呼べない場所だと頭の中にある記録(データ)には書いてあった。


「…あれか。」


 ここは元政府の区画でもあった場所ではあるが、どうやって政府から ここまで逃げだせたのか、そこには写真と同じ顔の子供がいた。私がいる所からも そう遠くはない。

 私はビルの屋上を飛び移っていき、子供の近くに飛び降りる。いきなり落ちてきた私に子供は驚いた顔をしたようだが私には関係のない情報だ。私は逃げる子供を捕まえれば良いのだ。それが命令だ。

 ……だと言うのに、子供は私を はっきり認識したかと思うと抱きついてきた。


「助けて‼︎」


 ーと。

 私を追手の仲間だと思わずに、無防備に、そう言ったのだ。その子供は。

 私は いきなりの予想外な子供の行動に動揺した。……そうだ、動揺したのだ。


「お願い!」


 相変わらず抱きついたまま、子供は私を見上げ、その瞳には私が流す事のない涙があった。


 ああ、ーーーー。ーーなければ。私は…。


(なんだ? この感じは?)


 何も無かったはずのものに、何かが帰って(、、、)くる感覚を覚える。


 今までの緊張状態が解けたのか、かなり涙を流していた子供は泣き腫らした目元を左手で擦っている。つもりなのだろう。しかし、手首の先にあるはずの左手は無く、断面から覗くのは私と同じ機械だった。


「なんだ。お前も私と同じロボットなのか?」

「ロボット?」


 ロボットの中には涙を流せる機能がある機種もいるらしい。主に愛玩動物ならぬ愛玩ロボットとして色んな人間に喜ばれる高級品だそうだ。ロボットとして自覚が無さそうなのは、そうデータが記録されていないのかもしれない。

 何はともあれ、機械の中身が剥き出しの状態は色々良くない。

 私は子供に目線を合わせる為に しゃがみ込んだ。


「応急処置なら私にも出来る。左手はあるか?」

「ポ、ポケットに…。」

「貸してみろ。」


 ガサゴソと取り出された手を受け取り、子供の腕の方の手首の断面と手の手首の断面を交互に見ていく。目を通して得た視覚的情報から人間の脳に当たる頭の記録(データ)回路が入っているブレインで情報処理をし、破損などの壊れた部分が無いか、どうすれば直るかの答えを はじき出す。

 どうやら、壊れた訳ではなく繋いである部分が取れていただけのようで、私の変形させた左手を使えば簡単に子供の手は接続された。


「これで大丈夫だ。」

「わあ。」


 子供は繋がった手を見て嬉しそうな顔をする。


「ありがとう!お姉ちゃん!」

「!」


 言うや否や子供は再び私に抱きついてくる。


「…。」


 抱きつかれた私は、自然と子供の体を優しく抱きしめ返していた。それは決して「捕まえる」という命令を遂行する為ではなかった。




 二人の足音が聞こえる。おそらく、私とは別行動で子供を探していた政府の人間だろう。


「おお、49RA、丁度 良かった。」

「その子供を こっちに…」


 …私に感情はない。


 声に気付いて顔を上げた子供は、私の服をギュッと握りしめた。その顔は恐怖で強張ってしまっている。……さっきまで あんなに嬉しそうな顔をしていたのに。


 ………無い筈だったのに。


 私は子供を抱き上げながら立ち上がった。


「よし、そのまま こっちに。」

「渡さない。」

「うん、そうか…って、え⁈⁈」


 追手の二人は期待を裏切られたような顔になった。口をハクパクと空気を()んでいる。

 子供も意外そうな顔で私の顔を見上げていた。


「い、今、な」

「この子は渡さない。私は この子を……」


 ー助けて‼︎ー


 ピピピッと次の行動を戦闘モードへと自分で書き換えていく。


「助ける。」



 *



 プルルルッ、ガチャ


 政府の司令部で待機していた、例の子供の捕獲報告を待つ男が部屋に備え付けてある電話を取った。もちろん、捕獲成功の朗報を期待して。しかし。


「どうした? 子供を見つけたのか?」

「そ、それが」


 受話器の向こう側で悲鳴や戦闘音のような音がBGMのように流れている。

 不審に思いつつも男は次の言葉を待った。


「くそっ……49RAが子供を連れて逃げています!至急 応援を!」

「なんだと⁈」


 よくよく耳を澄ませていると、通信相手の後ろで「あっちに逃げたぞ!追え!」や「うわああああ!!!」や銃の発砲する音が聞き取れた。

 けれども男は49RAが自分達を裏切るような行動を取ったという事実が信じられずに叫んだ。


「そんなバカな!あれ(、、)が我々を裏切るようなことを…!」

「ですが、あれ(、、)の元は…」

「もういい!」


 男は部下に八つ当たりしているのに気づき、少し息を整えてから受話器を口に当て直す。


「援軍を送る。なんとしてでも捕まえろ!絶対に殺すな!多少壊れてても良いが、必ず生きた状態で捕まえろ!!!」

「了解!」


 悲鳴や爆発音に消されながらも返された返答と共に通信は切れた。

 男は援軍を送るように指示を出した後、一人 広い部屋で思考する。


(まさか とは思うが…自分の正体に気が付いた訳ではないだろうな…。)



 *



(誰かが近づく気配は…無さそうだ。ここで しばらく休むとしよう。)


 廃ビルの一室で疲れていそうな子供を休ませる。

 私達、ロボットは機械と言えど、全く休憩要らずな訳ではなく。機械だって使い続ければ壊れる確率が高くなるので、程よく休憩は必要だ。


 瓦礫に腰掛けた私の膝に頭を乗せて眠りについた子供の頭を撫でる。


(そういえば、まだ名前を聞いていなかった。…起きた後で良いか。)


 頭を撫でていると、髪に隠れていて気付かなかったが穴が開いているのを見つけた。どうやら この子のブレインに接続したり、取り出したりする為の出入り口が開きっぱなしになっていたようだ。

 ブレインは記録(データ)回路などの精密な機材が詰まっている所だ。剥き出しに近い状態は宜しくない。

 私は蓋を閉じる前に、一応 データ破損や傷が付いてないかを確認する為、左手を簡易なデータ解析用の形に変形させて、子供のブレインのデータを流し見していった。


 そこで、ある項目に目を奪われる事になる。



 [ーーサイボーグーー二号機ーー]

 [人間を機械化し、政府の命令を従順にこなす、操り人形計画ーーー第二弾]


(サイボーグ⁈ 確か政府は法律でサイボーグを禁止していると記録しているのだが…?)


 いや、それよりも…と他の事が気になった。


(二号機…という事は、この子の前にもサイボーグが作られ………まさか…⁉︎)


 嫌な予感に機械だと思っていた、人間で言う心臓が、ドクンと跳ねる。

 外れて欲しいと願いつつ、私は恐る恐る自分のブレインのデータを漁った。


 パッと見つかる情報は、この国の常識や法律、政府内の簡単な情報、よく行く場所の地図や……ロボットとして産まれて今まであった出来事。


(…違う。こんな普通のデータじゃなくて もっと奥の…………多分 隠しデータか何かのはず……もし本当にあるなら、私に見られるのは良くないはずだから…)


 探し始めて数分。私は ついに見つけたくなかった目的のものに辿り着く。


(…! ロックされてるされてるデータ!きっと これだ‼︎)


 今まで目を向ける事の無かった領域に、そのデータは隠される様に ひっそりとあった。本来は私に見せる必要のないデータ、政府の人達が自分達の為に残して置いた私に関するデータ(何か)が置かれている場所。ご丁寧にロックまで施されて…。


 それでも私は見たかった。こうなった以上、政府の命令も政府の事を気遣う必要もない。…何より早く この心臓が煩く鳴る時間を私は終わらせたかった。


(ちょっと荒っぽいけど、これで…無理矢理やるからデータ破損しないけと良いけれど……。)


 けれど、無理矢理ロックを外す瞬間も心臓の音は消えるどころか、増すばかりで。


「開い…た。」


 一瞬、やらなければ良かったと後悔した。



 [ーーサイボーグーー初号機ーー49RAーー]



「ーあ。」


 人間を機械化し、政府の命令を従順にこなす、操り人形計画ーー第一弾


「a…あ。ああ……」


 身体能力の高い「サクラ」という女を使って


「うあ…あ………」


 サイボーグ化する事に


「ああああああああ」


 成功


「うわあああああああああああああああああああああああああああああ



 *



 嘘だったんだ。全部。私はロボットではなくて、ラティも政府も私を騙してた………?

 ロボットとして目覚めた時から得たものは、教えられてきたのは、全て嘘で塗り固められた偽り……? …わからない。わからないわからないわからない。何が本当?何が おかしい? 誰が敵で誰が味方? 私は何を……

 何を信じれば……


 今まで信頼していた情報が全て偽物の可能性も一部だけ改変されてる可能性もある。けれどもロックまでされていた、この情報だけは確かなものだろう。だとすれば、私は、どうすれば




 奇跡的に私の悲鳴で子供を半分起きかけるも 政府の追手が来る気配はなかった。



 *



 あれから数分後、なんとか落ち着きを取り戻そうとしてみるが、息が荒いのは中々 直らない。心臓もバクバクしている気がする。


「ハア…ハア……」


(……これから どうするのかを考えないと…。)


 寝ぼけ(まなこ)な子供を寝かしつけつつ、これからの事をブレインを使って演算し始める。


「…皮肉、というのかな。政府に与えられた物で政府の手から逃れようというのは。」


 産まれて初めて(とは言っても ロボットもといサイボーグになってからの事しか記録に無いのだが)弱気になり始めた心を見透かしたように、誰かが私達の隠れていた部屋に一つしかない扉をギィと開ける。


「誰だ⁈」


 気付くのにワンテンポ遅れたが、それでも相手が姿を全部見せる前には傍にいた子供を左脇に抱き抱え、レーザーガンに変えた右手を入ってきた人物に向けて相対する。

 しかし、相手は予想に反して こんな言葉を言ってきた。


「ま、待ってくれ。俺は味方だ。というか、それ撃たれたら俺 死ぬし!下げてくれ!」


 声は男のものだった。追手にしては やや情けない、気の抜けるような雰囲気がしたが、それでも警戒は緩めない。騙し討ちの可能性があるからだ。

 私のピリピリした気配を察した彼は、けれど肩にかけている長銃で手荒な行動に出る訳でもなく言葉を続けた。


「……ともかく、俺と一緒に来てくれ。…『サクラ』。」


 それは私の名(、、、)だった。おそらく、私が さっき初めて知った私の本当の名の方で彼は私を呼んだ。よく見れば彼の服装は政府の物とは違うようで、尚更 本来の方でもサイボーグの方でも私の名前を知っているのは違和感があった。私の存在は政府の一部の人間しか知らないはずだからだ。


「何故、私の名を知っている⁉︎」


 お陰で彼に対する警戒度が一気に上がった。もし、私を本当の名前の方で知っていたのだとしたら、それは私をサイボーグにした誰かの内の一人の可能性が高い。もしくは……


 一気に高まった私の殺気に、けれども彼は臆することもなく飄々と語りかけてくる。


「あれ? 俺の事 覚えてない…って、そりゃそうか。お前、記憶消されてんだっけ?」

「⁉︎」


 予想はしていたが、新たに知った「自分の記憶(おそらくサイボーグになる前の)が消されている」という情報に驚いている私は他所に、彼は こう言った。


「俺はカイリ。一応、お前とは恋仲だったんだけどな。」

「え…」


 混乱しているところに新たな混乱で上書きされた気分である。もうブレインの中は ぐっちゃぐっちゃだ。やはり、無理矢理ロック壊すのはマズかったかなんてトンチンカンな事を考えていると、彼はズイッと体どころか顔も数十センチにまで遠慮なく近づけてきた。


「まあ、そのうち思い出せるかもな。」

「!」


 胸がドキッとして、なんとなく頬が赤くなる感じがする。体内の機械を そこまで酷使している状態じゃないのに、顔だけ熱が上がった気がした。

 彼と至近距離で話すのは顔を背けたい程 嫌で……でも それは彼を嫌だと思う嫌悪と呼ぶものでもなさそうだった。解らない、言葉にし難い気持ち…だと思う。


「な、なんか、恥ずい(?)から、あんまり近づくな!」


 やっと それだけ言えて、私は体ごと そっぽを向く。

 すると彼が笑い出した。


「ぷっ。あははははははは。」


 その言動にカチンとくる私がいた。先程の妙な感情は何処へやら。思わず彼に向き直って食って掛かるような勢いで反論する。


「何が可笑しい!!!」


 涙が出る程笑うか⁈と怒る…そう、怒っている私に対して彼は どこか楽しそうだ。


「あー、悪い悪い。」


 彼は目尻を拭いながら笑った理由を言ってくれた。


「いやー、サイボーグになっても『サクラ』は『サクラ』だなって。全然変わってねえ。ってか、結構 感情 戻ってないか?」

「…あ。」


 言われて気付く。彼の口振り的にに、多分 記憶と一緒に感情も消されていたのだろう、ただの人だった時の感情。それが戻ってきてるのではないか、という事に。

 思い出す事は出来ないが、「戻る」という言葉が使われるという事は、人だった頃の感情と同じような感情を今の私が持てているという事だろう。

 それは 何だか嬉しく感じた。


「この分だと、記憶の方も自力で取り戻せちまいそうだな。」


 なんて話合っていると、彼が開け放ったままの扉の向こうから、姿こそ見えないがドタバタと何人かの走ってくる足音が聞こえる。十中八九、政府の追手だろう。


「…まあ、とりあえずは逃げるか。」


 そう言って彼…じゃなくて名前はカイリだったか、カイリは肩にかけていた長銃を腕に構えて唯一の扉へと歩き出す。そして数歩歩いた所で こちらを振り返り、ニカッと笑ってみせた。


「…ああ、行くか。」

「行くの?」


 完全に目を覚ましたのか、腕に抱えていた子供が私を見上げて聞いてきた。


「ああ、起きたか。そうだ。これから、そこのカイリも含めて一緒に遠くへ行こう。政府の手が届かない所まで。」


 子供は確認するようにカイリを見て、私に向き直る。カイリに不信感を抱く事はなかったようだが、先の見えない状況に少し不安そうな顔をした。

 だから、私は子供を一度地面に降ろして、目線を合わせて真っ直ぐに見つめながら宣言した。


「大丈夫。お前は私が守る。」


 確証はない言葉だったが、その言葉に子供は安心してくれたようで、満面の笑みで頷いてくれた。


「さあ、行こう。」


 政府で過ごしていた時よりも危険で危ない道だとわかってはいたが、政府に操られていた ただの人形だった時よりも何倍も 機械の身体になった私の体が暖かさを感じた忘れ難い瞬間だった。

この話の続きは今のところ投稿予定はありません。すみません。

(続きの要望が多く来た場合、もしかしたら続きを不定期に書くかもしれません。)

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