序章2
大陸で人間が支配している場所は、30%以下しかないと言われている。森も海も魔物が住み着き住むのには適していないからだ。特に大陸の北半分は、自然環境すらも変化している魔物達の世界。付けられた名前はブラックゾーン。
ブラックゾーンは魔王の住むエリアとも言われ、人間が住んでいる場所は一つとして存在しない。
彼らは北部にある魔王の城を目指し、魔王討伐を目標として王国から北上している。
ここ最近では見つかった洞窟の調査を目的としているが、ハルカが足を引っ張ってしまったことや、勇者であるアーサーの嫉妬混じりの文句によって停滞していた。
アーサーが持つ剣の効果で、 マーカーを設置した3箇所に転移することができる。馬車も持ち歩けぬ場所でもあるため、物資の心配をしなくて済む転移魔法はとても便利だった。
素材が尽きれば、王都に転移しハルカに買い物をさせればいいのだが、何の成果もなく王都に凱旋するのはアーサーのプライドが許さなかった。
「こうなったら、やるしかない……」
すでに炭へと変わり、火も煙も上がっていない焚き火を魔王討伐パーティー全員が囲む。
何かをボソッと呟いたアーサーにアリスが話しかける。
「あら? どうしたのアーサー」
「いや、何でもない。本日の予定を確認していく。俺とアリス、フルードとお前は洞窟の調査」
「「「了解」」」
「分かりました」
主要メンバーの中で唯一調査メンバーに選ばれなかった弓使いのエルダーがアーサーに話しかける。
「おっと、俺はどうすればいいんすか勇者の旦那?」
「お前は傭兵と待機。洞窟内に誰も入れるな」
「あいよ」
「それでは行くぞ」
今回調査する洞窟に名前はない。未だ人の手が入っていないため、名前の付けようがないのが理由の一つだ。
だが、もし名前を付ける権利がアーサーにあったならば、彼はこう名付けていただろう『悪魔の洞窟』と。
出現する魔物は、悪魔種の魔物が多く存在し知略にも秀でている悪魔の罠があらゆる場所に設置されている場所。盗賊系統のスキルまたは、悪意を見抜く勇者のスキルが無ければ攻略は不可能である。
洞窟の入口へと付いたパーティーメンバーは各々別れ、居残り組は洞窟の入口に門番のように左右に立つ。
勇者率いる四人は『大司祭』のスキルで洞窟内を照らしながら、奥へ奥へと進んで行く。
四人の影が見えなくなったとき、エルダーがアレックスに話しかける。
「アレックスさんはどう感じるっすか、この洞窟?」
早速の契約破り。しかし、アレックスはそれを咎めるようなことはしない。元々何を信条に戦っているのかも怪しいエルダーは、アレックスと一緒に行動するときは他のメンバーと違いちょくちょく話しかけていた。
またいつものことか、と思いアレックスは口を開く。
「中から高位悪魔のオーラーを感じる。作戦を練るにしても、もう少し人選を考えるべきだ」
「いやー手厳しい! でも、正解! 洞窟なのに盗賊スキルを持つ俺は見張り」
「俺はただの傭兵、作戦には口を出すつもりはない」
「俺だって口出すつもりはないさ。まぁ、でもそういうことだよ……俺と君を連れて行きたくない理由」
盗賊スキルを持つエルダー。聖人としてかなりの実力を持っているアレックス。
その二人をわざわざ門番などという必要のないポジションに付けたアーサー。
「罠か……」
「そういうこと」
点となっていた考えが線で結ばれる。
二人を門番にした理由。それは、邪魔する者を減らすため。ハルカに対して、悪い印象しか持っていない三人ならば、彼女が危機的な状態に陥っても助けるとは考えにくい。
唯一大司祭のフルードは回復などをしていたが、アレックスが思うに、あれは弱者を助けている私は優しいという不純な気持ちから来ている。
旅のいつからか、アーサーに対して恋心を抱いているフルードなら、アーサーが見捨てると言えば見捨てるだろう。
率直に言えば、現在危機的な状態に陥っているハルカを助けに行かなければいけない。
チラッとアレックスは横にいる男を見る。何度も先頭を見てきているが、未だに実力を掴めない男。
アーサーやアリスは普通の人よりは強い程度の弓使いと分類しているが、アレックスからすれば自分と同じ化物の類だと考えている。
「別に止めるつもりはないから」
(なら、早めに洞窟にーー)
そう考えたアレックスの思考が、唐突に途切れた。
バゴン、と。洞窟内で何かが壊れた音が聞こえたからだ。まるで、崩落したかのような音に、一瞬だが汗が垂れたような感覚を覚える。
横から笑い声が聞こえてくる。その声はフルード。どこからか取り出した葉巻を口に咥え、簡易式のちいさな火炎放射器の最低出力で火を点ける。
肺に吸い込んだ紫煙を吐き出した。
「止めねーって言ったろ、背中向けた瞬間に攻撃するようなタイプじゃないから安心しろって……もういねーのかよ」
☆
少し前に遡る。
洞窟に立ち入ってから、4人は特に会話という会話もなく歩き続けていた。
光支援魔法『ライト』の魔法が無ければ、数メートル先ですら暗闇に包まれ見えないだろう。
光につられて現れる魔物は片っ端からアーサーが斬り捨て、簡単な罠があれば攻撃魔法で罠ごと破壊していく。
そんな単純作業を繰り返していくと、奥に一本の松明のような物が朧げにゆらゆらと燃えているのが見えた。
昨日は途中までしか来れなかったハルカは、それが前回まで到達したサインのようなものだと感じていたが、他の人の顔を見てみると何かを警戒するように辺りを見ている。
「あれは……」
「おい、見てこい」
その言葉がハルカに向けられていることはすぐに理解できた。
逆らうことはできない。恐る恐る、石橋を叩いて渡るかのように慎重に足を一歩、また一歩光の元へと向かわせる。
近づいてくるとその正体が分かってきた。朧げに見えたのは、松明なんていう生易しいモノではなかった。
チョウチンアンコウ。丸型の深海魚で、体の一部を疑似餌として発光させて、獲物をおびき出す習性を持った魚。
その松明に見える光は、その習性を持った悪魔だとハルカが気がつくのにそう時間はかからなかった。急いで逃げようとするが、思うよに足が動かず思わず腰が付いてしまう。
その隙をつくようにゆっくりと近づいてくる悪魔だったが、ハルカの近くまで来た瞬間足元に大きな魔法陣が浮かび上がる。
色は茶色。複雑な魔法陣が消えると、地面を揺らしひび割れる。そして、地面が崩壊を始めた。ハルカは何かにしがみつこうとするが、近くに掴まれそうものはない。足場は完全に崩壊し奈落へと落ちていく。
暗闇で分からなかったが最後に分かったのは、自分がいた場所は石で出来た橋の上であったこと。
☆
一人颯爽と暗闇の中を走り抜ける。光支援魔法『ライト』を使わなければ、周りが把握できないほどの真っ暗な道を壁にぶつかることも無ければ、急停止することもなく走っていた。
これは彼の聖人としての特殊な目の効果で、暗闇でも昼のように明るく鮮明に見ることができる。歩いた道順を確認する方法として、アレックスが思いついたのは血の匂いが続く方向へと向かう。
道幅があり、いくら入り組んでいるとは言っても年中魔物同士が戦っているわけではない。新しい血の香りは、この場所に入ったアーサーたちのものだと考えるのが妥当だ。
事実、アレックスが駆け抜ける道には魔物の死体が転がっていた。
他にも罠を警戒することなく進めているのも当てはまる。勇者と同じく、普通の『聖人』ならば悪意を感じるセンサーが搭載されている。第六感のようなもので感じる悪意が、ここまでの道のりで一度も無かった。不自然に焦げたり、抉れた岩肌から察することができた。
走っていると、奥の方から剣と剣がぶつかったような金属音が聞こえてくる。走っていた足を止め、ゆっくりとアレックスはその場に近づいていく。
その場所は少し広間のようになっていた。本来ならば明かりが入らないこの場所に、太陽の光が差し込んだかのような現象が起きている。
大司祭の光支援魔法『スモールサニー』。空中に擬似的な太陽を作り出す魔法。擬似的ではあるが、太陽の持つ神聖な力を放っているためか奥にいる悪魔は攻めあぐねていた。
本来悪魔は太陽を苦手としている。極稀に太陽を克服した、悪魔も存在するがその個体数は限りなく少ない。
スモールサニーによって照らされているため、さらに部屋をアレックスは見ることができた。中央にあるのは壊れた橋。崩落しているが、あれはまるで意図的に破壊したかのように不自然に中央だけが壊れている。
悪魔が壊したのか、衝撃で壊したのか、までは分からないでいた。
(先に見つけるべきは非戦闘員。ハルカ・ミナセはどこだ……いないだと?)
物陰からチラッと見るが、その姿は何処にも見当たらない。
今も戦っているのは、アーサーとアリス、フールドの勇者のハーレムのみ。
(ここまでの道のりは分かれていなかった。悪魔にやられたと考えるべきか、いや強烈な血の香りはしない)
チラッと視線を崖の方へと向かわせる。
アレックスの考えはまとまった。
現状から鑑みても、アーサー達は悪魔を討伐するのに時間はかからないだろう。
もしもの可能性があっていたら。
無ければすぐに引き返せばいい。そう考えたアレックスは誰にも気がつかれることなく、崖の中へと飛び込んでいく。
抵抗することも自由落下し、勢いよく地面へと着地した。
石の山が砕け、辺り一面が灰色の煙で覆われる。空気中の粉塵が晴れ、爆心地に立っていたのは何処も怪我をすることなく五体満足のアレックス。
もちろん下の確認は終わり、ハルカがこの場所にいないことは把握していた。潰れていた場合や、すでに死んでいる場合でもアレックスは避けて降りるぐらいの温情はある。
「運良く拾われたか。悪魔は生者を好む。本来ならば贄など食わん」
落ちた場所で見つけた一つの扉。先ほどの衝撃で開いたのか、罠としてわざと開いておいたのか。その真意までは気がつかなかったが、アレックスは迷うことなく扉の中へと入って言った。