序章1
「ちっ、今日も進めなかったか」
「一度計画を練り直すべきだな。とは言っても」
「ふん、さっさとゴミなんか捨てればいいのよ。雑魚なんていても迷惑でしょ」
「慈愛の心を持って対応しましょう。きっと、神は私たちをお救いしてくださいます」
「過激だねー。俺は戦えれば何でもいいけど」
勇者一行の主要メンバーは焚き火を囲んで会議をしていた。
黄金の聖剣エクスカリバーを背中に背負い、国宝と言われた鎧を纏う王家の息子『勇者』アーサー・ドラゴニクス。
叡智の眼鏡を身につけ、圧倒的な魔力で敵を殲滅する青年『大魔術師』エリオ・ジーニア。
王国の紋章が刻まれた鎧と盾を持ち、鉄をもバターのように切り裂く少女『女騎士』アリス・フランコット。
慈愛の心と光の力であらゆる傷を癒し、光の魔法を操る少女『大司祭』フルード・ハルタダルク。
千里の魔眼を持ち、超遠距離からの狙撃にも対応した『弓使い』エルダー・バックリオ。
神のお告げによって選ばれ、オリアス王国国王のジルバード・ペンドラゴンが承認した、この世界唯一の魔王討伐パーティー。
そんな魔王討伐部隊の中に選ばれてしまった一人の少女は、先程から魔王討伐パーティーの主要メンバーに睨まれていた。哀れみの視線の方がまだマシだと思えるほど苦痛だった。
そんな彼ら彼女らに夕食の準備をしている。
少女の名前はハルカ・ミナセ。異世界召喚によって呼ばれた珍しい存在なのだが、召喚の衝撃に耐えきれなかったのか、神々から授かったとされる才能の内容を忘れてしまい、何を授かったのかを思い出せないでいた。
本来なら置いて行くべき存在なのだが、旅の途中で覚醒する可能性に賭けて王命により、旅に連れて行くことが決まってしまった。
突然の異世界で混乱しているだけでなく、役立たずと罵られ、今も居場所などない奴隷のような扱い。
だからこそ、彼女は少しでも戦闘以外で自分の存在意義を示そうと頑張って来た。
調理、洗濯、買い出しなどで街を往復することもあれば、誰かの盾となり攻撃を無理矢理受けさせられ傷を負った。一応ヒールはかけてもらえたが、同じ場所にダメージを追いすぎて治りきらなかった傷も少なくない。
それでも、扱いは変わらなかった。
完成したシチューを皿に盛り付け、白パンも人数分トレイに乗せて焚き火の近くへと持っていく。
わざわざ自分の悪口が聞こえてくる場所向かう人など、普通ならばいないはずだがこんなところで置いて行かれればすぐに死ぬ。
それが分かっているからハルカは黙ってシチューを持っていき、地面に膝をついて丁寧にシチューとパン、スプーンを渡していく。
「ちっ」
「やっとできたのね」
なぜ自分がこんな目にあっているのか。早く家に帰りたい、そう自問しても答えが返ってくることは一度もなかった。
そんな壊れかけていた心を唯一繋ぎ止めていたのは、ここにはいない一人の男。
先程渡した皿よりも汚く、少しヒビの入った自分用の皿に適当にシチューを注ぎ込む。
白パンは既にない。自分用など買うお金は一度も手渡されていないからだ。
ゆっくりと立ち上がり、少し離れた場所にあるテントと焚き火の場所へと歩いて向かう。
焚き火の前で切り倒された丸太に腰掛け、今日手に入れた戦利品を吟味しバッグの中へと丁寧にしまっていく男。
茶色の短い髪に、まだ25歳という若さなのに眉間にはいくつもの皺が寄っていた。
青色の長袖のシャツの上に、黒色のジャケットを羽織っている。ズボンは通気性の良さそうな黒色のズボンと、戦場には似つかない格好ではあるが、これが彼の最適解であり最大の装備。
若さのわりには元気はない。ハルカは父親がゴルフに行く時の服装や表情を連想させた。そんな連想をさせるぐらい、この世界ではミスマッチな衣装だ。
ハルカに気がついたのか、チラリと見たあと何も言葉を出さず先程の作業へと戻る。
ハルカはいつも通り男が座る丸太の横に腰掛ける。もし、先程のパーティーメンバーの所で同じ行動をすれば数えきれないほどの暴言を浴びせられ、下手すればそのまま斬り殺されこの場に置いていかれるか、魔物の囮にでも使われ、どちらにしろ死ぬ未来しかない。
「相変わらずだ。傭兵に話しかけるのは御法度ではないのか?」
「私は勇者パーティーの『奴隷』ですので……契約などありません」
「そうか。好きにしろ……」
ハルカはふっと笑みを浮かべながら、黙々とシチューを口に入れていく。
彼女の言う契約。傭兵である『聖人』アレックス・エインズワースとは戦闘時以外は接触しない。
ハルカは最初聞いたときに全く理解出来なかった。犯罪者だから接触してはいけないのかと思ったが、厳格で寡黙な騎士であるアレックスにそんな気持ちを思うことはすぐになくなった。
そして、それは何故だかすぐに分かった。アレックスは強すぎるのだ。勇者であるアーサー、女騎士であるアリスの二人掛かりで近接戦闘で勝負しても、アレックスが勝つだろうと思わせるほど圧倒的なまでに強い。
その強さの鍵は特異体質『聖人』に隠されている。
『聖人』とは、神代にいたとされる神の子供の力の一端を授かり、奮うことが許された十二人の選ばし者の総称。
『聖人』は体のどこからに神の子が受けたとされる傷、『聖痕』があり魔術刻印としての意味をなしている。アレックスは右手首に『聖痕』があり司るは秩序の魔術刻印。
その才能を羨み、妬んだアーサーはアレックスを隔離し、パーティーメンバーではなく傭兵と言い始めたのだ。
しかし、世間も傭兵である彼はただのボディーガードとしか思われていない。
アレックスが魔物を倒しても、その実績は勇者のものになっているからでもある。
(かっこ悪い。本当に強いのは、アレックスさんなのに。誰もが勇者が一番だと持て囃す)
ハルカはもう一度チラッと見る。バッグ整理が終わったのか、次は色々な場所にしまっている武器をチェックしていた。
アレックスは決まった武器を所有していない。剣があれば剣を、斧があれば斧を、槍があれば槍を、何もなければ己の拳を、落ちている木の枝ですら武器として扱う。それは彼の魔術的性質でもあり、戦闘経験から最も最適だと考えた先の結果でもある。
何でも扱えるというのは最大のメリットでもあるが、その武器自体は特に強いわけではなく、有名な刀匠が作った武器と鍔迫り合いを起こすと壊れるのはアレックスの武器になる。相手が強いほど、アレックスのデメリットが露呈する。
今見ているのは一本の短剣。これも、ここに立ち入る前に買い揃えた武器の一つで耐久力が高い代わりに、これといった特徴のない短剣だ。食事を終えたハルカがジロジロ見ていると、寡黙な男が口を開ける。
「この短剣は何の効果もない。市場では150ゴールドで売られている品をなぜ買ったと思う?」
武器の知識は知って損するものではない。ハルカが武器を見るのが合図となったのか、度々アレックスは彼女に武器を説明することがある。
今回は短剣。数回短剣については教えてもらっているため、この質問にも難なく答えることが出来た。
「短剣は隠し武器にも使えます。また、洞窟など狭い場所の戦闘では剣以上に活躍できるためです」
「正解だ。剣はリーチもあり強い武器だが、狭い空間では返って危険になる。ハルカ・ミナセ、これを持っておけ」
手渡された短剣とアレックスの顔を交互に見る。手渡された理由がハルカには理解が出来ていなかった。今まで武器という武器は包丁しか持ったことがない。
どうすればいいのか迷っていると、
「護身用だ。一本あるだけで、状況が好転する可能性が高い。言葉だけでも戦闘技術は頭の中に入っているはずだ」
そんな無茶なと思いながらも、ハルカはとりあえず受け取っておくことにした。
「ありがとうございます」
「気にするな。少し妙な感じがした。『仲間』に死なれると目覚めが悪い」
「へ? な、なかま……?」
「そうだ。お前も大事な仲間だ」
今まで言われてこなかった言葉に、思わず溢れそうになる涙を抑え目を腕で隠す。
向けられる視線は冷たく、扱いも散々だった。しかしたった一人ではあるが、彼女を仲間だと思ってくれる人がいた。
それだけで、彼女はすこし気分が良くなったようにも思えた。
貰った短剣を大事にしまい、アレックスに一礼をしたあと自分の小さなテントへと戻って行く。少しずつお金を貯めてようやく買うことが出来たテント。
いつもは寒さで震え膝を抱えるところだが、今日は少しだけあったかく感じていた。