#4-7.魔核不思議
きっかけは、エリクサー練成の時の手違いだ。
ペイジントンで手に入れた魔核は、かなりの数が痛んでいた。ゲート刃が当たって削れた物が多かったのだ。こうした傷があると魔法の発動がうまくいかないので、全体を削り直す必要がある。売りに出しても二束三文なので、自分で魔法具を作れるようになったら削って使おうと、一つのアイテムボックスに入れて、すっかり忘れていたのだ。
で、朝飯前にエリクサーの練成を終わらせようとして、ちょっと俺は急いでた。だから、エリクサーを水で薄める時に少しこぼしてしまったわけだ。もったいないから、空のアイテムボックスで受けて、別な瓶に入れようとしたのだが。
間違えて、傷物の魔核の入ったやつを開いてしまった。
なので、上の方の濡れた魔核を布で拭こうと思ったら、どれもつるつる。欠けたところが無くなってる。そのときは、あれっ? と思っただけだった。
しかし、ミリアムがエリクサーで魔族変化したことで、別件と一緒に思いだした。やはりペイジントンでの戦い。ゲート刃で切った魔核は、魔族が再生能力を発揮するときれいにくっついていた。つまり、再生能力は魔核にも有効だと言う事で、それを極限まで強化するエリクサーは、魔核も再生させる。
と言うわけで、それらの残りをアイテムボックスの浅い皿の中に並べ、エリクサーの十倍液をさらに水で薄めて、それらの欠けた魔核が浸るくらいに注いだ。
結果として、約千個のかなり大きく傷の無い魔核が得られた。
最後に、これらの半数に大火球、もう半数に疾風斬撃の術式を仕込むように、マオに頼んだ。
炎と風にしたのは、マオによると、この組み合わせが一番適応範囲が広いからだ。マオならば、一個一個ではなく、まとめて術式をかけることができるので、助かった。
そして、今度はヒュドラの魔核を出した。手持ちで最大の魔核だ。これにもマオに調整を頼んだのだが。
「タクヤ、本当にこの術式で良いんですか?」
甚だ疑問らしい。
「ああ、この呪文で最大強度で、一日くらいは持って欲しいからね」
色々、あり得ないとか言ってたけど、結局やってくれた。
愛してるぜ、マオ。うん、ウソだけど。
あとは、小さいの方の魔核を杖にする工程だ。ミスリル剣ほどではないが、数が多いので全自動化だ。
木材のようにある程度柔軟性があれば、ゲート刃で角材を細長い円錐状に切りだせる。かつら剥きの要領だ。この先端に魔核をセットするわけだが、魔核を固定する爪はミスリルの歯切れを融かして作った薄板からの切り出し。この辺はスクリプトで自動大量生産。
問題はそれらを組み合わせる所だが、面倒だからアリエルの魔法の手に頼んだ。何時間も延々と単純作業。なんか「女工哀史」ってタイトルが浮かぶ。
病気にならないでね。なったらグインに寝首かかれちゃうから。
仕上げは防水性に優れた樹脂に首までつける。これもアリエル任せ。炎の杖は赤、風の杖は白に塗り分けた。
というわけで、なんとかミスリル剣二万振り、炎と風の杖数百ずつが、あと半日もすれば完成という見込みになった日の夕方。マオが工房にかけ込んで来た。
「タクヤ、開戦です!」
「え? もう?」
明日だって聞いてたのに。
まだ南の冒険者ギルドの用意が整ってないよ。
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ちょっと、ミリアムの件で、クロードに対してわだかまりがあったのかもしれない。連絡をマオにまかせっきりで、こっちの計画とかスケジュールとか、きちんと伝えていなかった。
まぁ、トラジャディーナ海軍が、ちゃんと帝国軍に遠話をかけられる魔術師を船団に乗せて無かったのが諸悪の根源かも知れんが、この際、どうでもいい。
なんたって、本土の軍が開戦するより一日前に上陸戦を始めちゃったのだから。どこで一日狂ったのかわからんけど。
しかし、それで泥縄式に戦闘開始。キウイのレベルが上がったので、一晩で南大陸と往復し、十分対価を消化できると踏んでたのに。
で、まずは大陸南端の上陸地点に瞬間移動の連鎖で移動。南の大陸に行くなら、必要な移動ではあるし。
案の定、魔王軍の増援で全滅しかかってるので、とっさに加勢した。なんとか全滅は免れたけどね。しかし、あのでっかいウミガメが、ガルーダの巣だったとはな。
そして、俺の遠隔視で捕らえられる限りにおいて。
北の大陸連合軍は、ピクリとも動いていない。本隊が動かない奇襲なんて、すかしっ屁みたいなもんだ。
いくらなんでもこれは不味いと思い、公都ヒュペリアスへ連続瞬間移動。挨拶とかしてられないので、透明鎧で騎士とか侍従とか大量に引きずりながら、城の奥へ進む。
「クロード! 一体、何なんだよ、このざまは!」
しまった。透明鎧で声が伝わってない。しがみついてる連中を丁寧に引きはがしてから、透明鎧を解除する。それで少し気持ちも落ち着いたので、怒鳴らずに済んだ。
悲痛な面持ちで軍議中だった彼の表情が、さらに痛々しくなっていた。
「勇者殿……ミリアムの事は……」
「やめてくれよ。今はその話じゃない。なんで今日、本隊は動かなかった?」
ああ、その表情。見覚えあるよ。ペイジントンが黒魔族に襲われた時、戦えない理由を並べてた俺の、ミリアムの瞳に映ってた顔だ。
同じだ。同じ人間なんだ。過ちも犯す、油断もする。俺も、クロードも。
勇者も皇帝もない。同じ人間だから、同じように失敗をするんだ。
それに聞くまでもない。小型の魔物の群れへの対策が遅れたのだろう。
「わかった。いいよ。『なぜ』はナシだ。どうやってリカバリーする?」
「……明日の未明に、全軍で総攻撃を仕掛ける」
俺はキウイの対価を確認して、言った。
「分かった。俺は明日の夕方まで動けない。なんとか持たせてくれ」
「承知した」
それから幾つか打ち合わせして、俺はその場を離れた。
……気が付いたら、皇帝陛下とため口だったわ、俺。
帰りは普通に歩いて帰れた。
********
宿にもどって、まずはキウイの対価を確認。五十パーセントか。まだ迂闊に動けない。公国の南岸まで往復したのと、ゲート刃を使いまくったのが利いた。南の野獣は硬いのが多いからな。
一方で、決戦に合わせて製造していた剣と杖は、既に完成してアイテムボックスに格納してある。
さて、どうしたらいい? 実に悩ましい。
キウイの対価を気にしながら、南の大陸に渡るまではいい。昨夜のうちに遠話でギルド長には話をいれてあるから、行って武器を見せれば、相当数が参加してくれるだろう。二万人は大人数だが、ちょっと寿司詰めになるのを我慢してもらえば、アイテムボックスに入るはずだ。
問題は帰りだ。トンボ返りでは対価が限度を超える。
こればっかりは仕方がない。自然の摂理だ。メシ食ったらクソが出るくらいの。
盟約の指輪で竜の里に飛び、エルマーに乗ってここまで来るか。いや、あいつだって休まずに何千キロも飛べないだろう。
結局、ある程度対価が減るまでは、向こうに滞在することになる。
それに、良く考えたら、南の冒険者が不慣れな北の大陸で戦うには、何らかの手引書が必要だ。特に、どんな魔物にどんな魔法が利くか、などの情報。これに詳しいのは、こっちなら魔術師ギルドだな。名前を知ってるのは、あのロイド眼鏡氏だけだ。
その前に準備がいるな。
「アリエル。疲れてるところ済まないけど、買い物を頼む」
「なんなりと、ご主人様」
手が足りないはずだから、ランシアとグインを付けた。
で、ジンゴローを呼んで簡単な工作を頼む。
「一刻でどのくらいできる?」
「五十ってところでやすかね」
充分だ。エレたちのアイテムボックスに、工具箱や材料と共にこもってもらう。
次はロイド眼鏡氏に遠話をかけ、魔物との戦い方について直撃インタビューだ。
……と思ったら、彼はこのオレゴリアス公国の魔術師ギルド長を紹介してくれた。南北に長い公国は魔物の種類も多く、そのため知識も充実しているらしい。灯台下暗し、だな。なんたって地元だし。
早速、ギルド長のお宅拝見。ギルドの会館に行ったら、もう帰宅したと。とっくに日が暮れていたからね。瞬間移動で乗り込んだ挙句、名乗りもしない俺の質問に、彼はきちんと答えてくれた。
宿に戻ると、ギャリソンが宿の厨房を借りて作った料理が待ち構えてた。買い物から帰ったアリエルたちと食べる。ジンゴローには悪いが、仕事優先。彼の分は、後で温めて出してやってくれ、とアリエルに頼んでおいた。
飯を食うと眠くなるが、プログラマの性でキーボードを打ってるとマシだ。というわけで、にわか編集者になる。ギルド長へのインタビューを、キウイが音声認識でテキスト起こししたものだ。会話をシンプルなQ&Aの文章に直して行く。
それが終わるころ、エレが念話してきた。
『パパ、ジンゴローおじちゃんが、さむずあっぷしてる』
余計な単語を教えたのはキウイか?
アイテムボックスの工房を開き、ジンゴローから作ってもらった品を受けとる。彼の分の料理を温めるよう、アリエルに遠話した。
ジンゴローに作ってもらったのは、金属性のペンを指すペン軸だ。違うのは、軸の上面に溝が掘ってあって、四本の紐が左右に出ている点だ。アリエルに買ってきてもらったペンを軸に指し、買ってきてもらったインク瓶を取り出す。そして、名刺大のゲートを出してペン軸の溝に差し込み、ひもで縛って固定する。ゲートの保護フィールドを出してあるから、軸も紐も切れない。
そしてノートを開き、この世界の文字を一文字ずつ丁寧に書いて行く。ギリシャ文字風のアルファベット、漢数字みたいな数字、句読点や引用符や感嘆符。元の世界のASCIIコード表を参考に。
ポイントは、一文字ごとにゲート刃の動きを記録しておく事。そして、一行ごとにインクを付け直し、インクの量を調整する事。
全部書けたら、その記録を使ってプログラムを組む。デバッグが終われば、実地テストだ。
アリエルに買ってきてもらった紙を机に置く。およそA4サイズの紙は、かなりの貴重品だ。ペンが引っ掛からない高級品だし。
そして、インク壺を所定の位置に置き、さっき編集した魔物退治Q&Aテキストをプログラムに流し込む。ペンが自動的にスラスラと動き、テキストが綴られていく。紙一枚分で一旦停め、次の紙を用意する。
文字通りの自動書記だ。
改ページの処理と、ペンを動かす速さを調整。毎秒一文字くらいになった。これ以上はインクが飛び散るな。一ページ十分てところか。十一ページあるから、一部約二時間。
これを最低二百部は作るようだ。ジンゴローがペン軸を五十個作ってくれたから、八時間。紙の交換とかはアリエルの魔法の手でないと追いつかないから、明日だな。徹夜させちゃ可哀そうだ。お肌が荒れたりしたらグインに(略
明日、南のギルドに飛んで、参加者を募りながら自動書記し、書きあがった分を字が読める奴に渡して行こう。一般人の識字率が一割を切ってるこの世界だが、魔術師が多いギルドなら問題ないだろう。他の者に読み聞かせてもらえば良い。
時計を見ると十一時だった。明日は夜明け前にクロードも出撃だっけ。移動も考えると、戦闘開始は昼ごろ。俺は夕方に参戦すると告げてあるけど、遠話で激励くらいしないとな。よし、六時に起きよう。
おう、納品前日に七時間も寝れるぞ。ありがてー。
そこへ、扉がノックされた。開けてみると、マオだった。
表情が暗い。クロードの事が心配なのか。最愛の孫だもんな。俺だったら、エレが子供を産んだようなもんか。そりゃ、可愛いに決まってる。怪我でもしたら、エリクサー原液全部かけちゃうね。
でも、悲しいけどこれ、戦争なのよね。
「タクヤ、明日の南行きなんですが……」
マオがうつむいたまま言った。
「やっぱり、私はこちらに残って、クロードをサポートしたいのですが」
うん。そう言うと思ってたよ。
「じゃあ、よろしく頼むよ。何かあったら遠話で」
それから、アイテムボックスを開いて、青く輝く液体の瓶を一本取り出す。
「もってけ」
「……これは!」
マオは目を見張った。
「この世で一番、死んだらみんなが困るのは、皇帝陛下じゃないか。だからさ」
うなずくと、マオは瓶を受け取り、瞬間移動で消えた。
*********
朝六時。キウイとエレ&ロンに念話で起こされる。
「はいはい、パパ起きましたよ~」
うーむ。こっちへ来て夜はしっかり寝るようにしてるからか、若干寝たりない。それでも着替えをして、クロードに遠話。
『おはよう、クロード』
『ああ、タクヤ。今から出撃だ』
うん、なんとか間に合った。
『昨日伝えたように、南の冒険者ギルドを回って援軍を連れてくる。夕方になるが』
『ありがたい。どうも、小さくすばしこいのは苦手でな』
闘気をまとえない重装備な騎士が主力だからな。だから、冒険者だ。戦闘が明るいうちに決着がつけばいいが、主力の地上は徒歩が中心だ。戦局はその速度に縛られる。そして、夜になればそれこそ小型魔獣の群れが厄介だ。
激励の言葉をかけて遠話を切り、俺は朝食を取りに階下に降りた。
食後、アリエルに話しかける。
「悪いけど、また長時間労働、お願い」
「構いませんよ、ご主人様」
キウイたちのいるアイテムボックスを広げ、アリエルに入ってもらって、紙と自動書記セットを出し、魔法の手で並べてもらっう。この手の、同じ事を同時にやるのには、魔法の手は本当に便利だ。
キウイに命じて、自動書記を開始。五十本のペンが同じ文章を並行して書いて行くのは、なかなかの壮観だ。
「……凄いですね。キウイの魔法でこんな事ができるなんて」
どうやら、昨日の買い物で、延々と何かを書かされると思っていたらしい。魔法の手なら十部同時でかけるけど、こっちはその五倍だからね。疲れる事も、書き間違うこともないし。
十分ほどたつと、一ページめが五十部、書き終わった。アリエルに紙を交換してもらい、キウイに命じようとして。
「アリエル、キウイのここ、軽く押してくれる?」
「こうですか?」
こわごわだが、押してくれた。
途端に、五十本のペンが執筆を始める。
「なるほど。俺の意思なら、他人がキウイを操作しても良いんだ」
てことは、このまま南の大陸へレッツ・ゴーしても良いわけだ。移動中も執筆。どこの文豪かっての。
「じゃあ、しばらくこのまま頼むよ。あ、こら、ロン! 触っちゃダメ」
ロンは紙に伸ばしてた手を引っ込めて、こっちを向いてペロリと舌を出した。最近、何にでも興味を持って手を出す。目が離せないったらない。まったく、どこの男の娘に影響されたんだか。
「良い子にしてたら、お前の好きなもの描いてやるから」
『なにかいてくれるの、パパ』
「エレの似顔絵とか」
『わぁい! ボク、おねぇちゃんだいすき!』
姉弟仲良くて何より。確か、画像からベクトルデータの線画を起こすソフトがあったはず。興味を引かれたからダウンロードして、ディスクの肥やしとなってるはずだ。
アリエルとエレに、しっかりロンを見張るように頼んで、俺はアイテムボックスを出た。ちょっと早いが、出発するか。




