#幕間.大魔核戦争に関する考察1
カプレ・トロワク・カムス著
「大魔核戦争に関する考察」
上巻よりの引用。
序章・大戦の嚆矢
皇帝ルテラリウス三世が率いるヒト族の連合軍と、魔王オルフェウスの軍勢との戦争。散発的な戦いはそれまでにも何度もあった。それらは前著「皇帝ルテラリウス戦記」に詳しい。
しかし、後に「大魔核戦争」と呼ばれる事になったこの大戦は、公式には皇帝が率いる討伐軍がオレゴリアス公国に集結してからの一連の戦として記録されている。
そしてこの大戦は、まず海上から始まった。
南の大陸から大船団を組んで、戦場となったオレゴリアス公国の南岸を奇襲したトラジャディーナ海軍の奇襲は成功し、上陸した火吹き象二十頭を中心とした千人の兵士により、魔王の橋頭保は背後を突かれて混乱した。
しかし、そこへ魔王の増援部隊が海上から到着し、上陸部隊のさらに背後を突いたのだ。
上陸部隊の隊長、ニコラス・オルランドは語る。
「突然、それまで北の大陸では見られなかった怪鳥、ガルーダの大群が襲って来たのです」
予想外の攻撃ではあったが、第一波はなんとかしのいだ。数は多かったが連携が取れておらず、火吹き象の長い鼻から放つ火炎放射が有効だったからだという。
「しかし、南の大陸から海を渡って来るとも思えず、どこから来たのか不明でした。しかし、この謎はその日のうちに判明しました」
さらに沖合から巨大なウミガメ、アスピドケロンが来襲したのだ。
アスピドケロンの存在が確認されたのはこの時が初めてであり、長らく伝説の魔獣とされていた。全長千ヴィを超える島のような巨体で、その甲羅は苔や樹木に覆われている。
このウミガメを魔王が手なずけて、軍勢を運ぶ船の代わりとしていたようだ。
だが、最初に襲ってきたガルーダは違うと考えられている。ここに巣を作っている野生の群れで、周囲の縄張りに魔力を感じて、火吹き象を敵だと見なしただけだであり、統制のとれない戦い方は、そのためだと。
オルランド隊長は語る。
「その証拠に、次に襲ってきたガーゴイルやグリフォンは、編隊を組んで飛来し、火吹き象が息継ぎをする瞬間を狙ってきましたから」
そして、戦いはアスピドケロンが砂浜に乗り上げることで本格化した。その甲羅の上から降り立った何千もの魔獣部隊が、橋頭保の軍勢と共にトラジャディーナ軍を挟撃した。
「何倍もの敵に周囲を囲まれ、もはや我々は風前の灯でした。その時、彼が現れたのです」
伝説の涙の勇者である。
「突然、銀色の鏡のような刃が無数に現れ、敵を斬り裂いて行ったのです」
誰もが、なにが起こったか分からず立ちすくむ。その頭上に飛来したのは、刃と同じような銀の板と、その上に立つ黒髪の青年。
通常、皇帝が在位している限り、勇者の召喚は行われない決まりである。彼がどういった経緯で召喚されたのかは、当時のアストリアス王国魔術師ギルド長、ハスター・ガロウランが戦死したため伝わっていない。また、その本名も不明であり、俗に「涙の勇者」と呼ばれている。詳しくは、「第一次ペイジントン攻防戦」を参照のこと。
「全滅を免れた私たちですが、被害はかなり大きく、戦闘継続は不可能でした。そのため、夜陰に乗じて退避していた船団に乗り込み、帰還するしかありませんでした」
アスピドケロンの方は、魔物の軍勢を降ろすと沖合に去ってしまったので、戦闘には参加しなかった。
では、撤退に追い込まれたこの作戦は失敗だったのだろうか?
まず、上陸部隊が挟撃されてしまった原因は、公国に集結していた本隊の出陣が、何らかの理由で一日遅れとなったのもある。その理由は諸説あって判明していない。
戦果に関しても諸説あるが、火吹き象によって橋頭保に備蓄されていた敵勢力の食糧(現地で飼われていた家畜、及び人間)の柵が破壊され、敵軍の進撃がかなり遅れたとの説が有力である。
この上陸戦にまつわる涙の勇者の活躍は、他にもある。
北の大陸で討伐軍の編成が遅れたため、総攻撃の日程が遅れ、船団の糧食が尽きそうになった。そこへ涙の勇者が洋上で補給を行った、という証言があるのだ。確かに、船団の指揮官や旗艦の艦長は良く似た風貌の青年魔術師が飛来し、不思議な魔術で船倉を満たして行ったと証言している。
しかし、彼が使用した空を飛ぶ魔法具と見られるものが、他の涙の勇者の描写と大きく異なるため、同一人物とは考えにくい。とは言え、当時のトラジャディーナ王国に、そのような魔術師がいたと言う記録はない。
その一方で、涙の勇者を名乗る青年が王国内の冒険者ギルドで登録をし、ガジョーエン迷宮に挑んだと言う記録はある。先の飛行魔術師と同一人物という説の根拠とされている。だが、これに対しては迷宮から帰還したという記録がなく、半年後にその冒険者登録は抹消されているため、疑問の声も多い。
何よりも、補給を受けた船団は、南の大陸から見れば世界の果てにいたことになり、その海域まで飛ぶとなると気が遠くなるほどの対価が積み上がると思われる。この点も、海上補給の証言が信憑性を欠くとされる所以である。
現在の定説としては、補給は北の大陸の南岸、アストリアス王国からの船団で行われた、となっている。しかし、洋上を移動する時間、洋上での会合をするための方法など、不明な点も多く、補給船団の記録も王国内に無いことから、決定的とは言えない。
いずれにせよ、この涙の勇者の存在がこの大戦の命運を変えた事は間違いない。惜しむらくは、勇者と接したとされるのが、市井の民草ばかりであった事である。有名な詩歌「嘆きの勇者」に歌われているとおり、この勇者が最初に現れたのはアストリアス王国のペイジントン市である事は確かだが、第二次ペイジントン攻防戦で同市のほぼ八割が全焼したため、今となっては生の証言がほとんど得られていない。
なお、第二次ペイジントン攻防戦は、前述の「皇帝ルテラリウス戦記」に詳しい。
従来の大魔核戦争に関する研究では、皇帝ルテラリウス三世の戦績が重視されてきており、前著もそれに倣った。皇帝の業績は疑問の余地があるはずもないが、それだけでは説明がつかない事例が多数ある。本書では、歴史の中に埋没しようとしている、この名も知れぬ勇者の足跡をたどることで、より理解を深めて行く事を目的とする。
第一章・魔核爆弾の登場
そもそも、この大戦がなにゆえに魔核戦争と呼ばれるかと言えば、歴史上初めて、魔核そのものが兵器として用いられたが為である。
これまでにも、魔核を用いた武器は多数あった。魔術師が使う杖がそうであり、火炎や電撃などを発する対価として、魔核が消耗していく。これは光玉などの魔法具と同種のものである。
しかし、魔核そのものに爆発の術式を仕込むと言うのは前例がなく、その術式も明らかではない。にもかかわらず、使用されたという証拠は明確にあり、その存在はほぼ間違いがないと言うのが定説だ。
魔核爆弾の最初の使用例と見られているのは、トラジャディーナ王国の国王が帝国を訪問した時に起きた襲撃である。港湾都市エルベランを進む国王のパレードで、踊り子として紛れ込んでいた者が自爆したのだ。この踊り子については、魔人だったのではないか、とする見方もある。
そして、ここでも涙の勇者が関わって来る。自爆の直前に踊り子を抱きかかえてパレードから離れる青年の姿が目撃されており、その風貌が涙の勇者と似通っていることから、同一人物とする説があるのだ。
だが、これにも疑問点はある。勇者がどうやって自爆しようとする踊り子を特定できたのか。自爆に巻き込まれた可能性が高いのに、どうやって身を守ったのか、である。爆発の規模はかなり大きく、裏通りの建物が広範囲に損傷したと記録されている。
この事件に前後して、エルベランでの勇者目撃例があるのだが、銀の仮面とカツラと思われる銀髪で変装をしていたようである。なにゆえ、そのような道化まがいの扮装をしたのかは謎であるが。
とはいえ、そうした目撃例から、この自爆は魔王が勇者本人を狙うために起こしたのではないか、との説も成り立つ。確かに、パレードでの目撃例には、踊り子の方が走り出して路上の男に抱きついた、というものもある。これが正しければ、「勇者はどうやって見抜いたか」の答えとなるであろう。
魔核爆弾の次の使用例は、第二次ペイジントン攻防戦であった。戦闘の背景や内容は前述の「戦記」に譲るとして、重要なのはその最後で、襲来した二体の魔族が自爆した点である。その威力は激烈で、被害は甚大であった。ペイジントン市はこの爆発で八割を焼失し、未だに復興されていない。
この時、防御魔法で生き残った騎士たちが多数、魔族が叫んだ「魔核爆発」という呪文を聞いており、これが魔族の魔核を用いた魔核爆弾である事は疑問の余地がない。
このことから、魔核爆弾の威力は使用する魔核の大きさに比例すると考えられている。
三件目の使用例は、皇帝の率いる討伐軍がエルトリアス王国の王都に着いた直後に起きている。この時は魔王オルフェウス本人が現れ、皇帝と直に戦った最初の戦闘であった。
この時、魔王は退却するにあたって一人の魔法兵を拉致し、のちに解放している。この魔法兵に魔核爆弾が仕込まれていた。
その爆発で、魔法兵の上官であるミリアム・ガロウランが重体となる。彼女は、幾つかの証言から、涙の勇者の右腕と呼ばれた魔術師である可能性が高い。特に、彼女の祖父が勇者召喚を行ったハスター・ガロウランであることから、ほぼ確実視されている。
残念ながら、彼女は数日後に死亡しており、証言を得られなかった事は非常に残念である。ただ、死亡した日に黒髪の青年が駆け付けたとも言われている。この青年が勇者その人であるかは分かっていない。他にも、金色の魔族が目撃されたという情報もあり、当時の混乱ぶりがわかる。
以上から見えてくる事がある。魔王がこの涙の勇者を宿敵と見なし、執拗に彼と周囲の人間を狙っていたという可能性だ。
そして、最初のハスター・ガロウランだけは直接手を下したが、魔核爆弾は勇者自身、友人知人がいたはずの街、そして勇者の盟友を狙っている。その事からさらに、この魔王の勇者に対する執着こそが、この大戦に結びついたのではないか。その道具立てとして生まれたのが魔核爆弾なのではないか。
大胆すぎる仮説かもしれないが、次章からはこの点について考察していきたい。




