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#3-16.階層の主の前で

 迷宮の二十層目ともなると、魔物のレベルも上がる。当然、戦闘の主役はグインだ。

 とは言え、強敵ばかりが連続で出てくるわけでもなく、雑魚とは言えないがそこそこの敵はランシアや非戦闘組でも倒していける。例の四人組も、まぁまぁ頑張ってはいる。

 安全地帯での休息時、マオに鑑定を頼んだ。

 グインはレベル二十三、ランシアが十一、トゥルトゥルが二十一。ジンゴローが十八、ギャリソンとアリエルが十六。

 四人組も、ようやくレベルが二桁に届いた。

 ……俺の事は忘れて。

「みんな、随分上がったな」

 しかし、スキルとレベルの仕組みがどうもいま一つ分からない。トゥルトゥルの男の娘もそうだが、執事やメイドのレベルが戦闘のスキルと一緒で良いのか?

 まぁ、理不尽世界(ファンタジーワールド)は今に始まった事じゃないしな。

 食事の後で、ギャリソンを呼びとめて個人面談。

 これって、明らかにフラグ立ててるよね。この戦争終わったら俺は……とかいうやつ。でも、先の事は常に考えておかなきゃいけないし。

「ほう。奴隷解放ですか」

 ギャリソンは冷静だな。

「そうなると、執事ギルドに改めて入会し、どなたかに相場の給金で雇っていただかねばなりませぬ」

 執事ギルドなんてのもあるんだ。

「その相場ってどのくらい?」

「昔、私が所属していた時は、月に金貨(ミナ)一枚でした」

 そりゃすごい。でも、ギャリソンのスキルを考えたら当然かも。いや、月収十万円ってむしろ少ないか。こっちの庶民感覚で考えたら大金だが。

「しかし、年に十二、三枚かぁ」

「半分以上は、ギルドに上納いたしますが」

「……ギルド丸儲け?」

 彼は首を振った。

「仕えていた家が没落して失業すると、なかなか次の勤め先が決まらないものなのです。その間に自分が困窮して身なりが維持できなければ、さらに決まらなくなりますから、ギルドの支給金で暮らしながらギルドを介して探すわけです」

 ああ、これも失業保険の代わりか。

「私の場合、十年務めて暇をだされ、二十年たっても次が決まらなかったので、奴隷となりました」

 うわ。

「それって、ギルドが売ったとか?」

「はい、支給金が一定額、上納金を上回った時点で」

 シビアだな。

「そのようなわけで、執事の奴隷は珍しくないのです。一度買えば、後は給金がいりませんから」

「でもそれだと、一度奴隷になったらそのままなんじゃ」

「その通りです。しかし、私もお金のために生きているわけではありませぬので」

 生きがいって、確かにお金ばかりじゃ淋しいものな。

「ギャリソンは何のために生きてる?」

「納得のいくサービスをすることで、お仕えする主人の格式を上げることです」

 へぇ。彼は続けた。

「さすれば、私の格式も上がります」

 ああ、そうか。執事だけ上がるはずがないからな。家の格式とイコールなんだ。

「ですから、奴隷かどうかというのは、あくまでも安定した雇用先に恵まれたかどうかの違いなのです」

 そうなんだ。……あれ?

「じゃあさ、俺の奴隷になった時って、不満じゃなかったの?」

 あの時の俺は、格式も何もない住所不定無職だった。

「このギャリソン、人を見る目だけは誰にも負けませぬぞ。若様はちゃんと、自力で伸びて行かれたはずです」

「……そ、そうかな?」

 彼はうなずいた。

「そうですとも。現にあの後、職人としての頭角を現しておいででした」

 ああ、確かにうまくいきそうな感触はあったな。あの黒魔族のせいでナシになったけど。

「そして、格式と言うものも、単に富裕であるとか、高位の貴族であるとかと言うだけではありませぬ。己の主として誇りに思えるかどうかが、全てであります」

 ギャリソンが立ち上がると、慇懃に一礼した。

「若様は確かに、このギャリソンが誇りを持ってお仕えするに、ふさわしいお方です」

 なんか、持ち上げられ過ぎて、尻がこそばゆい。

「えーと、じゃあ、奴隷解放してそのまま雇うので良いかな?」

「仰せのままに」

 ふう。あとはアリエルとトゥルトゥルだな。


********


 さらに一階層進んで、次の休憩の時。

 ギャリソンがいつも以上にはりきって料理を始めた。ちょっと時間がかかりそうなので、今度はアリエルを呼んだ。

「お呼びですか、ご主人様」

 御美脚の椅子モードでテーブルの向い側に。

「もう耳にしてるかもしれないけど、この冒険が片付いたら、みんなを奴隷から解放したいんだ。でもって、残りたい者は普通に給金を出して雇いたい」

 彼女の場合、自分の部族に帰る気はないと、クラーケン退治の時に言ってたし。

「みんな、なんですね」

「うん」

「……グインも」

 うん。……え、なんでそこでグイン?

「なら、わたくしはお暇を頂きとうございます」

 ショック。てっきりメイドとして残ってくれると思ったのに。

「えーと、辞めてどうしたいのか、聞いても良い?」

 アリエルはうなずいた。

「実は……密かにお慕いしている殿方がおります」

 え、それって?

 反射的にグインを探して、俺の目が泳ぎ回る。ああ、四人組と腕相撲してら。お、審判役はランシアか。

「そっか。俺って魅力ないもんな」

 闘気をまとって大剣をふるうグインは、文句なくカッコイイし。

「そ、そんなことありません!」

 アリエルが、なぜかムキになってる。

「ご主人様は、私が出会った中で、最高の殿方です」

「え……じゃ、なぜ」

 キッという効果音が出そうな表情で、アリエルは俺の問いかけに答えた。

「ご主人様は、ミリアム様と一緒になるべきです」

 うん。俺もそうなりたいけど。

「でも、振られちゃったし」

「あれは、照れです」

 え……そうなの?

 アリエルはうつむいて横を向くと、斜め下を見ながら話しだした。

「ミリアム様は、ただ奥手なだけです。それで出遅れただけです。そんな時に、ただ近くにいるだけなのに、その立場を利用して殿方に言い寄り、妻の座を掠め奪うようなことは、してはいけないことです。あの時私は……いえ、今もミリアム様は、ご主人様をお慕いしているはずです。ご主人様は、ミリアム様が戻られたら、ただ懐深く、迎え入れてくれれば良いのです……いえ、どうかそうして差し上げてください。本当に、あの女のような事は許せませんし、騙された方も同罪です。もう一度、海に落ちてしまえば……いえ、ミリアム様が戻ってくださればそれで……」

 ……なんか、アリエルが黒い。

「わ、わかった。その点は、ミリアムの気持ち次第だ。彼女の気持ちを第一にするよ、約束する」

「……」

 話題を変えよう。

「し、しかしなんだ、グインか。ちっとも気付かなかったな」

 いや、よく考えたら何度かアリエルをお姫様抱っこしてるよな。迷宮に潜る前も一緒にいたから、御美脚の故障でも難儀しないで済んだわけで。

「グインはその、色々助けてくれました。重いものを持ったり、重いものを運んだり、重いものを……」

「ああ、うんそうだね」

 なんか、暴走しがちだな。顔、真っ赤だ。

 でも、気になる点も。

「その……人魚族と豹頭族で、子供はどうなるんだろう?」

 あ、真顔に戻った。

「そうですね。まず、アフロディエル神の恩寵が必要でしょう」

 また新出単語だ。

「その恩寵って?」

「体の構造が違う異種族間で子孫を残せるようにするための、神聖魔法と聞いております」

 大きく違いそうだものな。そうか、縁結びのデートスポットってだけじゃなかったんだ。

「人魚って卵産むの?」

「いえ、その辺は人と同じです」

 そうなのか。じゃあきっと……いかん、十八禁になりそうだ。

「ちなみに、子が生まれれば、むしろヒト族に近くなります」

「え、そうなの?」

 豹頭の人魚になるかと思った。あ、グイン、泳げないんだっけ。

「ヒト族は、全ての種族に共通な特徴を持ってますから」

 なるほどな。最大公約数ってわけだ。

「じゃあ、混血が進むとヒト族しか残らないの?」

「そうなりますね」

 それじゃ、多様性が失われる。てことは、異種族差別も創造神の意図に反してはいないのか。ややこしいな。

「でも、あれだよね。やっぱり、グインの気持ちを確かめた方がいいと思うんだけど」

「はい、わかりました」

 え? 今すぐ?

 なんて俺が固まってる間に、彼女は御美脚でトコトコとグインのとこに歩いて行き、手を引いて俺のところに連れてきた。

 いや、なんで俺の前で? グインも頭の上に「?」が(とも)ってるし。

「グイン、ご主人様からたった今伺いました。私もあなたも、この冒険が終わったら奴隷から解放されると」

「ああ、はい」

 話が見えてないよな。そりゃそうだ。こっちをちら見してるけど、俺は薄い目。

「グイン。そうなったらどうか、私と結婚してください」

 うは。単刀直入すぎる。グインのHPが今、半減したぞ。

「我が君、一体これは……」

「いや、アリエルがお前に惚れてるってだけの事だよ。俺としては、彼女の意思を尊重したいね」

 俺、何やってんだろうなぁ……。

「そうですか……それが我が君のお望みであれば」

 いや、別に望んでいるわけじゃ……

 あ、アリエルの頬笑みが。ありえねぇくらい輝いてる。眩しいよ。グインも目が離せない。サン・アタック食らいました。

「じゃあ命じる。お前の一生をかけて、アリエルのこの頬笑みを護れ」

「御意」

 グインは、御美脚で立つアリエルの前に跪くと、その手を取って口づけ……じゃなく、ぺろりと舐めた。豹頭族式の求婚のポーズなのか。

 あちこちからパチパチと拍手が。四人組のザンギリエフ氏なんかヒューヒューと口笛吹いてるし。こっちでもああやってはやし立てるんだな。

「しかし、アリエルの方から言うとはな」

 思わず呟いたら、彼女は真面目な顔で答えた。

「人魚族は女系なんです」

 へぇ。知らんかったわ。

 しかしいいなぁ、なんか急にカップル出来始めちゃったよ。俺一人取り残された感じ。

「ご主人様♡ ご主人様にはボクがいるからね♡」

 後ろからトゥルトゥルが抱きついてきた。

 そう言えば、こいつにはまだ話してなかったな。

 いいや。その前に飯だ飯だ。

 心が飢え渇いてるんだよ。


********


 階層を一つ降りるたびに、魔物のレベルが上がっていく。もっとも、この迷宮にはゲームによくあるような「階層の主」みたいに特別強い敵が要所をガードしているわけではない。少なくとも、今まで踏破された範囲では、そう言った強敵は討伐されてしまっているらしい。

 この迷宮は百二十層あると、古竜が言っていた。市販のマップは四十層あたりからは空白が増え、五十二層で途絶えている。その先はほとんど、あるいはまったく人が入った事がない階層だろう。そうなると、「階層の主」が出てくるのかも。

 俺たちの目的は、あくまでも最深部にある盟約の指輪だから、マップの空白部には用が無い。さくさくと最短距離を踏破してきたので、五十二層まで一週間弱で来れた。それでも、非戦闘組のギャリソン、ジンゴロー、アリエルもレベル二十になった。それぞれ達人の執事、職人、メイドだ。

 そして、マップが途絶えている地点。そこはやたら天井が高くて、デカイ扉があった。

「これって、いかにもこの先に強い奴がいます、って感じだよな」

 ここまでマップを作って来たパーティーは、ここで全滅したのか。いや、それだとマップが残ってるはずがないから、一度地上に戻ってマップを売って装備を整えた後、全滅か。それ以外思いつかないくらいの雰囲気がある。

「よし、じゃあ今日はここで野営だ」

「こ、こんな所でですか?」

 八重歯氏がうろたえた。

「こんな所だからだよ。雑魚に襲わせて体力削いでからだなんて、強敵がやる事じゃないからな」

 なんてのは、あっちの世界でのゲームとかの話だ。危険が無い事はキウイの危険感知でわかるし、マオもトゥルトゥルも警告してこない。

 テーブルや椅子、寝床をどんどん出す。そしてギャリソンが調理を始めたところで、テーブルについて最後の一人を呼んだ。

「おーい、トゥルトゥル」

「なーに、ご主人様♡」

 パーっと駆け寄ってきて、座った。

「いや、俺の膝じゃなくて、向かいの席に座れ」

「えー、ここがいい」

「話しにくいだろ」

 無理やり膝から強制退去。

「あの、話って?」

「うん。この冒険が終わったら、お前たち全員、奴隷から解放する、て言う話」

 鳶色の目が見開かれた。途端に大粒の涙がボロボロと。

「ボク……やだ! ご主人様の奴隷でいたい!」

 なんとまぁ。とっくにみんなから聞いてると思ってた。

「別に、いらなくなったからポイ捨てするわけじゃないよ。居たければそばにいていいんだ」

「……ほんと?」

「ああ、本当に」

 泣かれるかな、と思ったけど。ここまでとはな。

「俺は、この冒険が終わったら、したい事をして暮らして行きたいんだ。だからみんなにも、そうして欲しい。お前にもあるだろ?」

「ボクは、ご主人様と一緒にいたいだけ」

「それ以外にもさ。たとえば裁縫。ドレスとか作るの、好きだろ?」

「うん」

 泣きやんだ。

「服飾の店とかやってみないか?」

「……いいの?」

 お、表情が輝いてきたな。

「元手は出してやる。最初は小さな店舗でいいだろ。それくらい、ここでも帝都でも顔は効くはずだからな」

「うん、やる! やりたい!」

 積極的だな。

 さて、これで全員だな。後は心おきなくここのボスを倒して……まだ階層としては半分以上あるのか。先は長いな。

 ……ん? マオ?

 そんな奴は知らん。


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