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#1-6.ペイジントンなう

 奴隷たちの乗せられていた馬車は壊れてしまったので、その場に放棄となった。騎士だったグインは当然だが、意外にもトゥルトゥルが乗馬のスキルを持っていたので、その馬車を引いていた馬二頭に騎乗してもらう。さすがに馬上なら、トゥルトゥルの変な癖も発揮されないだろう……と願っている。

 俺とミリアムのいる先頭の馬車には、ギャリソンとジンゴローとアリエルが乗っている。ザッハは後ろの馬車に移ってくれた。小人族の二人が増えた感じだが、小柄なのはこんな時ありがたい。アリエルは尻尾のせいで普通に椅子に座るのは無理なので、横座りで尻尾を馬車の外に出している。

 そうだ、忘れていた。

 揺れる馬車の中で、俺はチュニックの懐から魔核を取り出した。赤い大ぶりのビー玉くらいのが三つ。特に、そのうち二つはぴったり同じ大きさと色合いだった。ゲリ・フレキのものだろう。

 ミリアムに渡さなきゃ。

「これ、君が倒した魔獣のだよ」

 うん?

 光の加減で、魔核の球面に複雑なパターンが浮かんだ。

「きれい」

 アリエルがうっとりと呟いた。

 俺はごそごそと鞄を探り、ルーペを取り出す。

「魔法具の宝庫ね、その鞄」

 ミリアムの表情を見ると、別に皮肉で言っているようではないようだ。

「魔法ってわけじゃないけどね」

 魔核の表面に浮かんだパターンが気になった。縞瑪瑙(しまめのう)の模様とかオパールのような遊色効果かと思ったが、もっと緻密な感じだった。拡大してみると、細かい線が複雑に絡み合っている。これは何というか、パソコンのCPUに使われる集積回路のパターンが曲線になったような感じだ。

「なぁ、ミリアム」

 魔核をミリアムに渡して、俺は尋ねた。

「魔法って、どんな仕組みなんだ?」

 いや、種や仕掛けがないから魔法なんだろうけど。あったら単なる手品だ。でも、何らかの理論とかあるはずだと思ったので、ダメ元で聞いてみた。

「イデア界に働きかけて、ソーマ界すなわち現実に変化を及ぼすのが魔法」

 思いのほか、すらすらと答えが出てきた。イデアって、プラトン哲学か?

「そのイデア界って?」

「神界とか霊界とか呼ばれてるけど、『言葉』だけで出来ている世界よ」

 はじめに言葉ありき、って聖書だっけ?

「その『言葉』によって、この世界の全てが記述され、定義されているの。ここに山がある、川がある、山とはこんなもので、川とはこんなもので、とね。人も含めた生物も全て」

 なんというか、コンピュータの中の仮想世界みたいだな。もっとも、こんなにリアリティたっぷりな仮想世界なんてありえないけど。

「で、魔法の呪文は、その記述や定義を書き換えるためのものなの。変えようという意志をもって唱えることで実行されるのよ」

 ますますプログラムだ。

「ミリアムは何でも知ってるな」

「何でも、じゃないわ。魔法学の初歩だもの」

 それでも照れたのか、ちょっと頬を染めてる。ミリアムにしては珍しい眼福な表情だ。

 ん、まてよ?

「呪文には意志が重要なのか?」

「もちろん、そうよ」

「魔法の道具、魔法具も?」

「それらも、意志の力が引き金となって、はじめて発動するの」

 俺が気になったのは、キウイだ。いくら高度なAIを搭載しているとはいえ、意志というか自意識はないはずだ。

「魔法具に過ぎないキウイが魔法を使えるのは、俺が命じているからなのか」

「そうなるわね」

「じゃあ、キウイがレベルアップしたなら、俺もレベルが上がってるかな?」

 全然、そんな気はしないんだが。別にファンファーレが鳴ってもいないし。いや、そもそも鳴らないか。

「鑑定してみる?」

 俺がうなずくと、ミリアムは呪文を唱えた。

「何も変わってないわね」

 やっぱりそうか。

「あ、スキルに調教(テイム)が付いてるわ」

 エレに懐かれたからかな。鳥と一緒で、生まれて初めて見た生き物を親だと思いこむ、インプリンティングみたいなものなんだろう。

 アイテムボックス。出現した魔法陣をつまんで、水平にしてからゲート開く。上から覗き込むと、エレはキウイのキーボードの上で寝ていた。

「あーあ、変な文字が」

 画面中に漢字変換途中の文字が溢れてた。エレを抱き上げる。お腹の膨らみがかなり小さくなってた。電気を欲しがるのも、じきに終わるだろう。そうなったら肉の食いまくりだ。

『むにゃ~、パパ?』

「だめだろ、そんなところで寝たら」

『キウイおねえちゃん、あったかいんだもの』

 お前は猫か?

 キウイの排熱が気になったので、冷却用に氷を入れてみた。パソコンが水につかってはいけないから、熊肉用に作ったのと同じすのこ(・・・)の上に氷を置き、その上に防水用にクリアファイルを敷いて、そこにキウイを載せてある。パソコンには良い冷え具合だが、エレには寒かったらしい。ディスプレイを閉じたままキウイを動かすこともできるが、熱がこもりやすいので開いたままにしてたんだ。

 電気は充分らしいので、エレを俺の肩の上に座らせ、アイテムボックスを閉じてからキウイにパソコンを待機状態にさせる。

「便利なものですな」

 向かいに座ったギャリソンは感心したようだ。

「まーでも、キウイの電池が切れるまでなんだけどね」

 すると、ミリアムが言った。

「その魔法具、エレの電気では動かないの?」

 おう、その発想はなかった。

「こんなに小さくても電撃が出せるのか?」

『エレ、できるよ』

 肩の上のエレが、縒り合わされてた細い尻尾をほどき、尖った先端を近づける。ぴちっと音がして、小さな火花が散った。

「すごいな、エレ」

 俺は鞄からテスターを出した。電流計と電圧計が切り替えられるやつだ。

「この棒に尻尾を当てて、電気を流してくれる?」

 瞬間的には針が振り切れるくらい強いが、赤ん坊にあげるような継続的な電流はまだ難しいらしい。強めに出してもらうと、十五ボルトで一アンペアくらいになった。もう少しでパソコンの小型ACアダプタ並みになる。

『パパ、おなかすいちゃった』

 はいはい。お肉を食べべるようになってもうちょっと大きくなるまでは、充電は無理だよね。エレをアイテムボックスに戻し、キウイに繋いでやる。

 しかし、これでキウイの延命策に希望が持てるな。ガルバーニやボルタの電池を自作するよりあてになる。


********


 翌朝、俺たちの馬車は領地の境を越えた。ミリアムによると、今までいたのはアストリアス王の直轄領で、目的地の商業都市ペイジントンはホーエン伯爵の領地だとのことだ。とはいえ、人間が勝手に引いた境界線でしかないので、周りの風景が変わるわけでもない。道の脇の立て札だけだ。

『パパ、おなかすいた』

 アイテムボックスの中からエレが言う。

 ん? キウイに繋いで電気を貰ってるはずだが。

 アイテムボックスを開くと、エレが後ろ足で立ちあがってこっちを見上げてた。キーボードの上だが、アリエルの脚を試作した時に余った薄板を載せてあるから、画面に変な文字は入ってない。

 エレのお腹はすっかり平らになってた。俺もああなりたい。ぽっこり出てる自分の腹を撫でる。

 じゃなくて。

 どうやら、卵の黄身成分を使い尽くしたってことらしい。尻尾からケーブルを外して、抱き上げる。

「お肉、食べてみるか?」

『うん!』

 キウイのアイテムボックスを閉じる。今、魔法陣の中のゲートのパネルは、四枚出るようになっている。亜空間を四分割までできるわけだ。うち二つにはキウイ、お肉と書かれている。お肉の方をタップすると、それが全面に広がり、もう一度タップすると開く。中を覗き込むと、ひんやりとした空気が流れ出す。肉を一切れ取り出して匂いを嗅ぐ。大丈夫、痛んではいないようだ。

「食べてごらん」

 エレは肉片を両手(まえあし)で持って、はぐはぐと齧る。小さい子がこうやって物を食べるのは、なんとも和むね。

『おいしい』

 良かった。

「一杯食べて、大きくなれよ」

 もっとも、そうなったら肩には乗せられなくなるな。

 エレは三切れ食べて満腹になった。

『ねむくなっちゃった』

 寝る子は育つ、だな。

「キウイのところに入るか?」

『うーん、パパのそばがいい』

 もう、電気を貰う必要はないからな。

 そうだ、電気だ。

「キウイ、バッテリーの電力はどのくらい?」

 合成音の念話が響く。

『残り十パーセントを切りました』

 ギリギリだったな。キウイとエレをアイテムボックスに入れたまま電源が落ちてたら、どうなったことやら。アイテムボックスを開いてキウイを取り出す。氷や底に溜まった水は、とりあえずそのままだ。

 キウイを休止状態にさせて電源を切り、外部バッテリーと一緒に鞄にしまった。

『キウイおねえちゃん、ねちゃったの?』

 エレはちょっと寂しそうだ。

「エレが大きくなって、今度はキウイに電気をあげられるようになれば、また起きてくれるよ」

『うん、エレがんばっておおきくなる……』

 エレも俺の膝の上で丸くなって寝てしまった。

 その後、特になんのトラブルもなく、翌朝、俺たちの馬車は商業都市ペイジントンに到着した。


********


 王都を出る時は慌ただしかったので、ろくに市内を見て回る暇はなかった。ペイジントン市に入る今は、むしろ暇を持て余している。まだ朝方だというのに、街の正門の前は長蛇の列になっていたからだ。

「やれやれ、一体どれだけ待たされるのやら」

 俺がぼやくと、ミリアムが教えてくれた。

「魔物が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)してるから、検査を厳重にしているんでしょう。昼までに入れれば御の字ね」

 小型の魔物が積み荷にまぎれて入り込んだら一大事、と言うことらしい。

 とほほ。昼には町で美味いもの食おうと、楽しみにしてたのに。

「それより、一大事よ」

 すわ、魔物か! と思ったが、ミリアムが指さしているのは馬だった。トゥルトゥルが乗っていたはずの。

「乗ってないということは、あの子、一人でほっつき歩いてるわけね」

 確かにそりゃ大事だ。

 エレを膝から降ろし、俺は馬車を飛び出した。必死になって周囲を見回す。なんとか、トラブルを起こす前に捕まえないと。

 いた。列のかなり前の方で、数人の男に囲まれている。レーシックのおかげで見つかった。

「おーい! トゥルトル!」

「あー、ご主人様~!」

 涙目で駆け寄って来る姿は可愛らしいが、あくまでもコイツは男だ。すがりついて来たのを引き剥がして問いただす。

「で、何があったんだ?」

 トゥルトルは、険しい表情でこっちを睨んでる男たちを指さして言った。

「あの人たちが、ボクのこと泥棒だって言いがかりつけるの」

 いや、それ絶対、言いがかりじゃないだろ。

「何を盗んだと言われたんだ?」

「えっとね、短剣だって」

 うん。短剣くらいのサイズだったな。すがりついてきたときにゴリゴリ当たってたのは。俺はトゥルトゥルの胸元から手を突っ込んで探った。

「ああン、ご主人様そんな、人が見ている前で♡」

「変な声出すな。それよりこれ、短剣じゃないのか?」

 トゥルトゥルは目をパチクリさせた。

「あ……あれぇ? いつの間にこんなのが」

 本当に、こいつは天然なスリ師だ。おまけに男の娘だし。

 短剣は束の部分が少し凝った意匠になってた。多分、それに見とれているうちに、無意識のうちに手が出たんだろう。全く、困った奴だ。

 俺は睨んでる男たちに声を掛けた。

「お探しの物はこれですか? お返しします」

 男の一人がひったくるようにして受け取った。すげー目が怖いんですけど。

「うちの奴隷がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 平謝りしたが、どうやら逆効果だったようだ。

「ゴメンで済めばギルドはいらねぇんだよ!」

 なんのギルドだ? どう考えても、真っ当な稼業のギルドとは思えないんですが。

「奴隷の不始末は主人の不始末だ。ちょっと(ツラ)貸せやコラ」

「ンな汚ねぇ顔はいらん。その娘っ子を一晩貸せ。可愛がってやる」

 口々に随分な言われようだ。次第にこっちも腹が立ってくる。

「コイツ、男ですけど。そっちの趣味ですか?」

 今、露骨に嫌そうな顔しやがったな。

「お、おう。じゃあイイトコにしけこむから金出せよコラ」

 いい加減、俺もキレた。

「ちょっとあんた。つけ上がるのも大概にしろよな。こっちは非を認めて謝ってるだろう。それ以上難癖つけるんなら、こっちにも考えがあるからな」

 まくし立ててると、段々、男たちの顔が青ざめてきた。俺の気迫に恐れをなしたか……いや、なんであんたら、斜め上を見てるわけ?

 振り返ると分厚い胸板があった。その上には豹の顔。

「グインか」

「我が君。こ奴らが狼藉を働きましたか?」

 俺は男たちに向き直った。奴ら、グインの顔と腰に()いてる長剣を交互に見ている。固まってしまったようなので、俺の方から声をかけた。

「うーむ、あんたら、具合が悪そうだな。列に戻って休んだ方がいいんじゃないか?」

「……わかった、そうするよ」

 一人がそう言うと、男らは荷馬車の影に隠れるように座り込んだ。

「ありがとう、グイン。助かったよ」

 いやホント。あのまま乱闘にでもなってたら、どうなってたやら。自慢じゃないが、俺は喧嘩に滅法弱い。

「いえ。トゥルトゥルが馬から降りたのに気づかなかった、私の責任です」

 お目付け役だっての、分ってたのか。しかし、なんというかテンプレつーか、お約束な展開だったな。

 トゥルトゥルに向き直って、少しきつく言う。

「お前もな。ホイホイと人の物を手に取るんじゃない」

「えー、あれは勝手にボクのところに」

「来るはずがないだろ!」

 ポカリと頭を叩く。そんなに涙目で訴えてもダメ。

 結局、門をくぐれたのは昼過ぎだった。そして、門の周りの店はどこも満席だった。てなわけで、街で最初の食事は、広場に座り込んでいつもの黒パンと干し肉だった。広場で煮炊きするわけにはいかないからね。

 まぁでも、この世界にSNSがあれば書き込むんだがな。

 ペイジントンなう、とかさ。


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