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#3-8.二十日間世界一周

『皇帝陛下は、御親征を決意されました。ついては、同盟諸国から騎士団と魔術師ギルドを招集しています』

「……と言うことは、ミリアムも?」

 マオがうなずく気配が、遠話から伝わった。

『直々に陛下に願い出て、第二次派遣隊に加わったそうです』

「ミリアムが、そんなことを」

 思わず、声が震えた。空間魔法を使う魔王オルフェウスは強敵だ。グインが殺されかけた事を思い出す。彼女がグインみたいにやられたら。また古竜に土下座して竜鱗と髭をもらうか。いや、もう交換条件で差し出せるものが無い。俺の体は一つしかないし。一刻も早く迷宮を踏破して、盟約の指輪を手に入れないと。

 ……いや。できる事なら、今すぐ彼女のところに飛んでいきたい。アイテムボックスに入れてしまえば、もう誰も彼女を傷つけることはできない。

 ……本当にそうか? 俺自身が傷つけていなかったか?

『明日の朝、派遣隊は帝都を出発するそうです』

 ミリアムのことが気がかりだ。だが、もう一つ、気がかりがある。

「なぁ、マオ。お前から見て、皇帝陛下はどうなんだ?」

『どう……と言いますと?』

 もっと単刀直入に。

「強いのか?」

 遠話を通して、ため息が聞こえた。

『……決して、クロードは弱くはないのですが』

「うん、分かった。悪かった」

 お祖父ちゃんの贔屓目で見ても、女勇者ルテラリウスには遠く及ばないと言うことだろう。

 つか、皇帝のファーストネームはクロードってのか。女勇者のファーストネーム。聞いてみたいような、聞きたくないような。

『陛下の持つ宝刀は、勇者が魔王を倒す時に使った神剣、破邪の剣キフォスガロウです。あれを抜けるのは勇者の血を引くものか、新たに勇者として召喚されたもののみ』

 うん。その剣も含めて、勇者ってのはチートなんだ。なんちゃって勇者の俺ですら、初陣でなんとか魔族を倒しちゃうくらいの。そして魔王は、そんなチート勇者が全力で戦って、やっと勝てるかどうかの存在だ。

「歴代の皇帝の、魔王に対する勝率とかわかる?」

『……あまりよくありません。勝率は五割をかなり……下回ります』

 つまり、それだけ勇者が必要とされてるわけだ。

「勇者の方は?」

『悪くはありませんが、全勝でもありません』

「……勇者が負けたこともある?」

 しばらく沈黙。

『二人目の勇者を召喚した、という記録が何度か』

 なるほど。皇帝がやられたら勇者。勇者がやられたら次の勇者。魔王に勝たせるわけにはいかんからね。この辺、ちょっと魔王が気の毒かな。勇者もある意味、取り換えの効く使い捨てだし。

 だからこそ、マオは倒されなくても済む魔王を目指したわけだ。

「とりあえず、俺がいない間、そっちを頼むよ」

 遠話を切ると、俺はゲートを開けて外に這い出た。そしてゲートを閉じ、消す。

 深呼吸する。大砂漠の西に陽が落ちて、気温が下がりだしている。昼は五十℃近い炎天下、夜は氷点下。砂漠の気候は過酷だ。それでも、アイテムボックスの中にいれば快適に過ごせる。多少、空気はよどむが。

 トラジャディーナ国の兵を乗せた船団に糧食を届けるため、俺は今、世界を逆走している。南の大陸の西、暗黒大陸の端から目指した方が、海上移動の距離が少なくて済むためだ。海上を移動したのでは、対価を処理するための休みが取れない。だから地上で瞬間移動を繰り返しては休む。この毎日だ。

 しかし、大陸の西側や暗黒大陸は、ほとんど魔王の支配下だ。その中で敵に見つからずに休息を取るにはどうするか。その答えが、「アイテムボックスに籠ること」だ。

 ヒントは亜空間鎧だった。亜空間の中にいながら、俺は同時にこの世界にも存在していると認識できる。それは、亜空間鎧がアイテムボックスのゲートに相当するからではないのか?

 この点をキウイに確認したところ、俺がアイテムボックスの中からできないのは、ゲートを消滅させることだという。これは、はっきりとロックがかかっていて、禁止されている。しかし、ゲートを開閉することは、中からでもできるのだ。

 そして、アイテムボックスのゲートの場合、サイズが小さければ小さいほど、維持のための対価は少なくなった。対価が少なければ魔力も目立たない。つまり、気づかれにくい。

 そこで、縦横五十センチで奥行きが数メートルという細長いアイテムボックスを作り、これを隠れ家として使うことにした。中では寝転がるだけ。あとは、ゲートを取り巻く魔法陣さえうまくカムフラージュすれば、ほぼ発見不可能と言える。

 瞬間移動のゲートも、小さくすればそれだけ対価も節約できる。こっちも五十センチ四方くらい、しかも縦型にして、「足元に開く・落ちる・閉じる」で行うようにしたので、一日の移動は十四~五回になった。今日、初日の移動量は二千キロを超えた。

 この調子なら、暗黒大陸の西端まであと九日以内でたどりつく。そこから先は、ゲートボードで海上を千キロほど飛ぶ。こっちも工夫をしてあるので、うまくいけば一晩で対価は処理しきれるだろう。と言うことは、往復で三週間、約二十日。ジュール・ベルヌより三倍の速度だ。ちっとも赤くないし、角も付いてないけどね。

 マオたちには、俺のいない間に少しでもガジョーエンへ近づくよう、陸路を移動してもらっている。魔王もほとんどの魔族も北の大陸にいるはずだから、マオとグインがいれば不安はない。それどころか、もし彼らの方が先に付いたら、迷宮の浅いところでレベル上げをしておいてもらうことになっている。特に、ランシアのレベルアップが重要だ。

 さて、昼間の間に対価は処理できた。先ほどの遠話の対価も、もう残っていない。すごしやすい気温の今のうちに、瞬間移動をやってしまおう。

 遠隔視で瞬間移動先を探り、足元にゲートを開き、落ち、閉じる。次の移動先を探り、ゲートを開き、落ち、閉じる。

 これを朝七回、夕七~八回繰り返し、そのたびにキウイの対価が高まったら、アイテムボックスを開いて隠れる。

 ちなみに、同じ事を海上でやれば、もっと早くに船団と合流できるはずではある。ただ、海の上は時化ると数メートルの高さの大波になるからねぇ。海面近くに隠れ家を設けるのは危険すぎるし、何もない海上にゲートがぽつんと浮かんでたら目立ちすぎる。結局、地上が無難だ。

 食料もアイテムボックスに蓄えてるので、食事もその中。煮炊きは無理なので、保存食ばかりだ。トイレは直接、深淵投棄。起きている間は、やる事が無いから読書。これも最初はキウイに取り込んだ魔道書などだったが、やはり実際に試せないのではモチベーションが保てない。俺に魔力がない以上、なんとかしてキウイに「モジュール」なるものをインストールしないと。

 そこで最近読んでるのは、各地の民話や神話などだ。主神七柱以外の様々な神々に関する土着の伝承。ただ読み物として面白いからだが、意外と何かの真理が隠れているのかもしれない。

 あとは、本業のプログラミングだ。キウイでちょっとしたアプリを作ってる。まぁ、ガジョーエンに着いたら役に立つだろう。

 一方、仲間たちの旅は順調で、あちこちで魔物を倒したり、人助けをしたりしながら、ガジョーエンを目指して進んでいる。意外にも、人助けではランシアが積極的だった。自分が助けられたという事が大きいのだろう。好奇心で暴走しがちなトゥルトゥルのことも気にかけてくれているようで、それもあってか、二人はかなり仲良くなったらしい。傍目には姉妹にみえるとか。そう言えば、どっちも赤毛だしね。

 他の連中はいつも通り……と言いたいところだが、どうもジンゴローの様子が気になる。一人でぼんやりしてる事が多いとか。やっぱり、俺と一緒でないと、制作意欲が湧かないのかな?

 さっさと青魔核変換の術式を手に入れて、勇者なんて廃業しないと。

 さて、寝る前の定時遠話だ。何かあれば、この前のようにマオの方からかけてくる事になってるけど。その後でぐっすり眠るためにも、安心材料は仕入れておかないと。

 その後は、エレやロンと念話でお喋りだ。ロンが最近、やんちゃになって来たとか。


********


 いつものように、遠隔視で瞬間移動先を探り、足元にゲートを開き、落ち、閉じる。次の移動先を探り、ゲートを開き、落ち――

 さらに落ちた。

 足元の地面が陥没し、地面の中へ、ズボッと。

『危険感知。六時の方向より、接近する者があります』

 キウイの念話と同時に、音が消えた。透明鎧が起動したのだが、逆に動きが取れるようになった。さらさらと細かい周囲の砂を掻きまわし、背後から足首を挟みこんでいた顎を蹴飛ばして引きはがす。

「アリ地獄か」

 普通のすり鉢状の巣を作ってくれれば、遠隔視で確認したときにわかるのに。どうやら、クモの巣みたいな網を作って、その上にカムフラージュ用の蓋をしていたらしい。

「悪いな、餌になる先約があるんだ」

 俺を食べていいのは、古竜だけなんだからね!

 まさか念話が通じたわけでもないだろうが、アリ地獄は砂の中に潜って引きさがった。俺は足元にアイテムボックスのゲートを開き、深さを増しながらゲートを地上まで移動させ、今度は深さを減らして行った。エレベーターのように、俺の体は地上に出た。

「よし。次行こう、次」

 体中、砂まみれだ。隠れ家のアイテムボックスに入る前に、念入りにはたいておかないと。

 ちなみに、キウイのレベルがどんどん上がってるので、帰りはさらに早くなりそうだ。

 しかし、暗黒大陸ってのは言葉通りだな。ほとんどがこんな感じの砂漠というか荒地で、そこここに無人の廃墟がある。最大の物は、帝都に匹敵するサイズだ。そして、どこも魔物で埋め尽くされている。

 そんな感じで、たいした戦闘もなしに敵の勢力圏内を踏破し、なんとか西の果ての海岸まで辿り着いたのが十日目。

 目の覚めるようなコバルトブルーの大海原かと思いきや。

 強風と雨の中、鈍色の大波が荒れ狂っておりました。

 ……クラーケン退治の時と一緒で、ここ一番の時、俺って海に嫌われてる? ひょっとしてムフフな格好のアリエルと海上を飛んだ事が、海の女神様に睨まれちゃった?

 なんてことを雨に濡れながらしばし思いにふけっていたが、すぐに気を取り直してアイテムボックスに潜り込み、濡れた服を着替えて、ついでに奥の方からこの時のためにジンゴローと作っておいた物を引っ張り出した。

 それは一言で表すなら、昆虫型魔物の殻で出来た甲羅だ。先端はゲートボードの縁にひっかけるようにコの字型に曲がった金具で、その後ろは両腕を通す為に筒状となっている。そこから流線型の甲羅となり、全身を覆ってつま先のあたりでゲートボードと一体化するようになっていて、腰のところには体を固定するためのベルトがある。外は見えないから、遠隔視を使う。キウイの画面を使う、対価少なめバージョンの方だが。

 ようは、空気抵抗を下げる工夫だ。抵抗が少なければ、同じ速度でも対価が少なくなる。同じ対価なら速度が出せる。というわけだ。

 俺はその甲羅を装着すると、体の下にゲートボードを生成し、十センチほど浮き上がらせた。その上でボードの先端に甲羅の先端のコの字型金具をひっかけると、おもむろに発進させた。すぐに、隠れ家のゲートを閉じて消す。

 そして、海上で加速。また加速。雨と風と波しぶきを突きぬけ、おそらく時速二百キロを超える速度で、俺は荒れ狂う波間を突きぬけて行った。


********


 ……イカン、居眠りしていた。

 ゲートボードの上で何もできないでいると、つい眠くなる。しかし、いくらだだっ広い洋上でも、居眠り運転は危険だな。

『危険感知』

 ほら、キウイもそう言ってるし。

『十時の方向より、接近するものあり』

 ん? それって敵?

 敵……だよな。そもそも、獣人族にもし飛べる奴がいたとしても、この速度に追いつけるとは思えない。

 それでも、まずは確認しないと。十時の方向ってことは左斜め前か。

「遠隔視」

 キウイの画面経由で脳内に映す。暴風雨の海域はとっくに抜け、空も海も青一色の世界。

 いた。真っ赤な巨大な翼でほとんど滑空せずに急降下してくる。鷲の頭に人間のような逆三角形のマッチョな胴体、そこから伸びる腕と一体化した翼。

「……ガルーダ!?」

 インド神話じゃねーか。なんてゴネてる場合じゃない。右へ急旋回。直後、元のコースにガルーダが突っ込み、海面すれすれで羽ばたいて急上昇していった。時速二百キロで飛ぶ怪鳥。文字通りのバケモノだな。

 どうやら、居眠り中に高度が上がっていたらしい。そうか、地球は丸いんだから、直進してたらそうなるな。油断大敵だ。

 と思った瞬間、上昇していったガルーダが再び急降下してきた。あまり回避行動をとっていると、キウイの対価が増えるばかりだ。

「亜空間斬撃!」

 片翼を切り落とされ、ガルーダは錐もみ状態となって海面に激突した。

「……またつまらぬ物を斬ってしまった」

 いや、余計な魔力を使っちまった、だな。ごめん、ガルーダ。

 対価の量をパフォーマンスグラフで確認。やや速度を落とす必要があるか。回避行動でずれた進路も修正。高度も再び、海面すれすれまで下げる。

 コンパスで方角を確認し、速度と時間から大体の位置を推定する。合流予定ポイントまで、あと三百キロ。約一時間半か。

 今のガルーダの調教師(テイマー)が魔王勢の中にいなければ良いのだが……。

 その答えは、すぐに判明した。

『危険感知。九時の方向から多数接近』

 進路の南に位置する島から、ざっと三十羽以上のガルーダが舞い上がった。

 ヤバッ……このまま合流地点に向かったら、まるっきり魔物を引き連れた逃走(トレイン)じゃんか。

 加速して引き離すか、反撃するか。パフォーマンスグラフは、じりじりと八十パーセントに近づいている。加速は無理だ。撃退してから、対価を抑えるために速度を落とすしかない。合流ポイントがずれてしまうが、仕方ないだろう。

 しかし、三十羽とは多すぎる。一撃必殺の亜空間斬撃でも、かなりの対価だ。一枚のゲート刃を使いまわして切りまくるしかないな。今宵の斬鉄剣は、一味違うぞ。

 だったら、先手必勝。こっちが海面スレスレを飛べば、飛び道具の無いガルーダの方が不利だ。遠隔視があるから、視界の不利もないし。

 向かって右端のガルーダのそばに亜空間斬撃のゲート刃を出し、即座に切りつける。まずは一羽。

 そいつが片翼を失って落ちていく刹那、残りの奴らはサッと散開した。流石、密集してたら全滅だとわかるか。ガルーダにどれだけ知能があるか分からないが、これはやはり、調教師(テイマー)がいることで間違いないだろう。

 そこからは大乱戦。ゲート刃で敵を追いかけつつ、こっちは敵の攻撃をかわさなければならない。海面すれすれに飛んでいるから、叩き落とされたら海中だ。この速度で突っ込めば、透明鎧の対価も跳ね上がるに違いない。

「キウイ! 回避の方は任せる!」

『了解、マスター』

 回避行動でどんなに動いても、遠隔視の視点は変わらない。俯瞰したりズームしたりを繰り返し、一羽ずつ仕留めていく。……しかし、これって酔いそう。

 結局、最後の一羽を両断した後、俺は口元に深淵投棄のゲートを開いて、朝食ったものを全部吐き出すはめになった。

 ガルーダが飛び立った南方の島が気になったので、遠隔視で探ってみた。しかし、島は見当たらなかった。おかしい。島が動くはずがないから、こちらの位置がずれたのだろうか? だとすると、船団と合流できないかもしれない。しかし、太陽の位置を確認した結果、ずれてはいないはずだった。

 キウイの対価も危険域まで跳ね上がってしまったので、速度を半分に落とした。そのせいで、明るいうちに合流のはずが、夕方、陽が落ちてからになってしまいそうだ。

 トラジャディーナ国王に、到着が遅れることは遠話で伝えておいた。国王陛下に頼むことじゃないが、遠話は直接会った人間としか繋がらないのだから仕方がない。そのおかげで、船団は夕闇の中でかがり火を焚いて停止していてくれた。高空からの遠隔視でそれを見つけ、俺は十時間越えの長旅を終え、船団の旗艦に着船することができた。よかった。進路は正しかった。では、あの島は? ……わからん。

 甲板の上でゲートボードを消し、芋虫みたいに腰を浮かせて甲羅を留めているベルトをはずす。ようやく立ち上がると、十重二十重に取り巻く顔、顔、顔。

 ……しまった。仮面を付けるの忘れてた。

「どうも、遅くなってすみません、タクヤです」

 とりあえず、自己紹介だな。

「皆さんの糧食をお持ちしました」

 甲板の上にアイテムボックスを開く。まずは、干し肉や真水の樽の入った奴だ。

 取り巻く兵士たちが、わっと歓声を上げた。

 ……喜んでくれて、何よりです。残りのアイテムボックスは、甲板下の船倉で開いた。七席の船を渡りながら、それを繰り返す。これで、国王陛下の依頼は果たせた。

 しかし、船倉に積まれていた「戦力」を見て、国王が糧食にこだわった理由が分かった。エルベランで見たパレードで国王が乗っていた、象のような魔獣……火吹き象ピルカイジャエレファンだ。確かに、こいつは大食らいだろうな。上背があるし鼻を伸ばせばシュノーケルにもなる。上陸用舟艇ってわけだ。敵の船があれば、鼻からの火炎放射で燃やしてしまえるし。

 気になるのは、ガルーダを操ってた奴だ。この船団のことがばれていなければいいんだが……。それに、奴らの巣があるらしい、例の消えた島。

 それでも、俺に出来ることは限られている。立派な顎髭の船団の指揮官に、途中でガルーダに襲われたことを伝えた。

「わかりました。もし敵襲があれば、こちらからの奇襲は失敗です。その時は引き返せと、国王陛下からも命じられていますから」

 指揮官さんまで話が通っているのなら、問題ないな。

 俺は割り当てられた船室のベッドに倒れ伏す。あ、飯食ってないや。それに定期連絡。

『パパ? ……つかれてるね』

 エレの念話に返事をしたかどうかも分からず、俺は眠りに落ちた。


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