#3-6.カファーの苦み
「所変われば、と言うけど……なるほどなぁ」
北の大陸風だったソルビエンの冒険者ギルドに比べると、王都メリタクエンのギルド会館はお国柄が色濃く出ていた。北の影響が強いソルビエンの会館がギリシャ風なら、こちらはイスラム風だ。四方を尖塔が取り囲み、真ん中の建物の屋根はタマネギ上のドームになっていた。
「おっきいねぇ」
トゥルトゥルも見とれている。
「ほへ~」
その横のランシアは放心状態。
生まれ育ったソルビエンから外へ出たのが冒険者になった時だというから、こっちの方まで来た事はないのだろう。この世界ではそれが普通で、大抵の人間は自分の生まれ育った土地で生涯を終える。旅をするのは商人か傭兵、そして冒険者くらいだ。
「じゃ、入ってみるか」
外から眺めるのにも飽きたので、俺は二人を連れてギルド会館の門をくぐった。
会館の中はそれほど大きな違いが無い。受け付けと、その上で番号が変わっていく掲示板、待合室のテーブルと椅子。そこにたむろして、朝っぱらから飲んでる冒険者。
「ん? この香りは……」
こっちの世界へ来て初めて嗅ぐ、ある意味懐かしい香り。元の世界では、ほぼ一日中、この香りに包まれていた。
周囲を見回すと、頭にターバンのような布を巻いた男が、陶器のカップから湯気の立つ真黒い液体を飲んでいた。
「すみません、その、あなたの飲んでおられるもの、こちらでは何と言うんですか?」
俺が声をかけた男は、一瞬怪訝な顔をしたが、俺たちの服装を見ると納得したのかうなずいた。
「カファーのことかね? あんた、北の大陸から?」
「ええ、まぁ」
やっぱりコーヒーだ。元の世界の職場にはコーヒーメーカーがあったので、日に何杯も飲んでた。こっちでは見当たらなかったので、少々さびしかったのだが。
しかし、先に受付だ。俺はターバン氏に丁寧に礼を言って、そこを離れた。
番号札を受けとって、適当なテーブルに陣取ると、俺は壁際の職員のオネーサンを手招きした。意外にも、職員の制服はよそと一緒だった。
「カファーを飲みたいんだが、いくら?」
「大銅貨二枚です」
コンビニ並みの安さだな。
「えーと、二人はどうする? 何か飲む?」
ランシアは「普通のお茶で」と答えた。
「ボクも、あの黒いの!」
うん、好奇心が服を着て歩いてるのが、ケンダーだもんな。
職員に注文を告げ、銀貨一枚を渡した。お釣りはチップてことで。
しばらく待つと、さっきの職員が盆の上にカップを三つ乗せて来た。
「どうぞごゆっくり」
うん。喫茶店的な応対だね。
俺は漆黒の液体をそっとすすった。口の中に広がる香りと苦み、それに後に残る粉っぽさ。トルココーヒー風だな、これは。
「うげ……」
トゥルトゥルが顔をしかめてる。
「御主人さま……」
珍しく「♡」が付いてない。おまけに涙目だし。
「苦いだろ。なら、砂糖を入れると良いよ」
職員に目くばせする。近寄って来た彼女に尋ねた。
「砂糖をもらえるかな?」
「ひと匙あたり、大銅貨三枚になりますが……」
なるほど、砂糖の方が貴重品なんだ。
「壺ごと持ってきてください。使っただけ払いますから」
で、チップのつもりで大銅貨一枚。オネーサンはすぐに持ってきてくれた。
「ほら、味を確かめながら自分で入れろ」
言われた通り、トゥルトゥルは砂糖を入れながら何度か舐めてみた。最終的に、三杯入れて、うなずいた。もう冷めてるので、一気に飲み干す。
「じゃ、これがお代ね」
銀貨一枚をオネーサンに。釣りはいらねぇぜ、って言ってみたかったんだ。
そこへ、受け付けから声がかかった。俺の手元の札の番号だ。
********
結果は散々だった。なんと、ここでもクラーケンの魔核は売れなかった。
「大変申し訳ありません。こればっかりはどうにも」
まぁ、もし軍事利用したら戦略魔核兵器になりそうだしね。下手すると国ひとつ吹き飛ばしかねない力となるし。そんなわけで、今回もギルドマスター……というか、冒険者ギルド長の部屋まで強制連行され、そんな事情を聞かされた。
ちなみに、ギルドマスターも頭にターバン巻いてた。きっとこの国の本来の正装なんだろう。
「一体、どこに持ち込めば買い取ってくれますかね?」
ダメもとで聞いてみたら、以外にすんなり答えが聞けた。
「皇帝陛下ならば間違いなく」
うーむ。やっぱりね。どうやら、今回の魔核は歴史上かつてないサイズだそうだ。そんなものを持っても軍事バランスを崩さないのは、世界の最高権威者である皇帝陛下くらいしかいないと。
てぇ事は何かい? クラーケンを倒して皇帝にダイヤを献上したときに、ついでに魔核も渡しちゃえば良かったのか。なんてまぁ、間抜けな話だよなぁ。
マオが話してくれれば、そうしたのに。いや、前例がないのだから、彼にも分からなかったか。いずれにせよ、クラーケンの魔核はしばらく塩漬けだな。
……魔核だから塩辛にはならんだろうけど。
とはいえ、グインが道すがら倒してきた魔物の品は、それなりの金額で引き取ってもらえそうだ。南の大陸に来てから使った金額を差し引いてもお釣りがくるくらいに。
鑑定が必要なので、例によって支払いは明日になると言う。そんなわけで、俺たちはすごすごと宿に戻った。なんだか今になって、待合室で飲んだコーヒーの苦みが口の中で再生されている。
「お帰りなさい、タクヤ」
一階の食堂で出迎えたマオの表情が、これまた暗い。
「なんだよマオ。国王が会ってくれないとか?」
最悪を予想しての言葉なんだが、頭を振ったマオが語る現実は、その斜め上だった。
「討伐軍のうちの派遣隊の一つが、魔王の奇襲を受け……全滅したそうです」
「……全滅?」
「襲われたのは、アストリアス王国内で招集された隊で、妖精郷と獣人諸国の間を抜ける街道でのことのようです」
マオは懐から紙を取り出すと、テーブルの上に広げた。北の大陸の概略図を描いたものだ。妖精郷と獣人諸国はアストリアス王国の東側に南北に並んだ領域だ。北側が妖精郷で、森人族や鉱人族、ケンダーやブラウニーやレプラコーンと言った小人族などの集落が、深い森の中に散在する。南側が海岸線まで伸びる獣人諸国で、グインのような豹頭族をはじめ多種多様な種族が部族国家を築いている。
妖精郷がヒト族からある意味、保護領扱いされているのに対して、獣人諸国は部族国家同士が戦国時代さながらに戦争を繰り返しているという。グインが捕らえられ奴隷になったのも、そうした戦乱がアストリアス国内に飛び火した結果らしい。
で、魔王オルフェウスの軍勢が上陸した海岸は、そのさらに東で南北に横たわるオレゴリアス公国の領土だ。帝国とアストリアス王国、そして北方のエルトリアス王国は、それぞれ最短経路でオレゴリアス公国に集結し、魔王軍を迎え撃つ事になっていたらしい。その際、アストリアスからは、変に刺激しないように獣人諸国へ事前に通達をしてあった。おそらく、これが魔王側に漏れたのだろう。深い森と急峻な山地に挟まれた逃げ場のない街道に、突如として魔王とその手勢が現れ、迎え撃つ余裕もないまま、全滅させられたと言う。
「数千人いた派遣隊で、逃げのびてきたのはほんの数名だとか」
そりゃ、もう戦じゃないな。一方的な虐殺だ。だが、空間魔法を悪用すれば、そのくらいはたやすい。俺自身も魔物相手に使いまくったし。
マオは続けた。
「アストリアスの国軍や魔術師ギルドには、知り合いが沢山います。今、誰が参加していたのか、陛下に確認をお願いしているところです」
そうだよな、気になるよ。俺にも、一人いるから。
元魔術師ギルド長のガロウラン。ミリアムの祖父。彼女の、たった一人の肉親だ。
俺をこの世界に引っ張り込んだ張本人だが、今となっては恨みも何もない。むしろ、ミリアムを俺に引き合わせてくれた人だ。彼女が悲しみ傷つくような事にだけは、なって欲しくない……。
マオは話を続けた。
「そんなわけで、タクヤ。こんな時間ですが、早急に王宮へ来て欲しい、と言うことです」
断る理由は、俺に無かった。
********
特大ダイヤの献上は、もっと華やかなものになるはずだった。
いや、別に煌びやかでなくていい。内輪でこっそりでもいい。でも、少なくとも喜ばしい、誇らしいものであるべきだった。
それが、こんなお通夜みたいな雰囲気になるとは。
トラジャディーナ国王夫妻は、あのパレードの時に見た通りの美男美女だ。浅黒い肌に縮れた金髪。すごく違和感があるが、異世界だしな。謁見の間も、あの通りの雰囲気で、絢爛豪華だ。献上したダイヤの大きさも華やかさも、申し分ないはずだ。王妃の表情からも、それは見て取れた。
……しかし、国王の方は端正な顔の眉間にしわを寄せて、押し黙っている。その前でただ一人膝まづく俺は、何も言う言葉が無い。
しばらくして、席を外していたマオが戻ってきた。
「今、皇帝陛下と遠話で話したところ、危惧したとおり、アストリアス王国の要人が多数、戦死してしまったとのことです」
やはりか。その話の続きに身構える。
「アストリアス国軍総司令、キルゲス将軍。その参謀長、ディアボロス……」
名前が挙げられ、その最後に。
「先の魔術師ギルド長、ガロウラン」
ああ、ミリアム……君はお祖父さんに会えなかったんだね。せめて、遠話で話せたかい?
しかし、そんな感傷は許されなかった。目の前の国王が、驚くほど冷静な声で言ったのだ。
「それで、皇帝陛下は余にどうしろと? 海上からの奇襲の効果はあるだろうか? またもや、各個撃破されるのでは?」
海を挟んだ南の大陸からでは、エルベランで上陸して北の大陸を陸路で進んでも、他の国の派遣隊とは足並みがそろわない。そこで皇帝から要請されたのが、海軍で大洋を東に進み、敵の上陸地点を背後から突き、補給を断つ作戦だった。船の速度は騎馬隊の行軍と大差ないが、風さえ吹けば丸一日休みなく移動できる。結果として、当初の総攻撃に合わせたタイミングで到着できるはずだった。
ところが、総攻撃が延期されるとなると、単独で敵に突撃することになってしまう。今回の敵の奇襲を考えれば、他国の討伐隊と連携が取れなければ失敗は目に見えている。何しろ、船の上ではそれこそ逃げ場がない。
マオは、やや間をおいて答えた。
「ご懸念のことは、皇帝陛下も存じておられます。それゆえ、貴国海軍による攻撃の時期を遅らせて……」
「失礼ながら。補佐官殿は糧食などのことをどうお考えで?」
国王の言葉がグサリと来た。派遣したのは、かなりの規模の船団のはずだ。攻撃が遅れれば、その分の糧食が消費される。消費しつくせば、兵が餓死する。まさか、海上で釣り糸を垂れて、自給自足して待てと言うわけにはいかない。
「これが通常の場合なら、アストリアスの南側の沿岸都市に寄港すればよいだけのこと。しかし、今回無補給で向かっているのは、奇襲のためである。帰路ならまだしも、往路で敵に悟られては、奇襲にならん」
迂闊に進めば、逆に奇襲を受けて全滅。留まっていれば糧食が尽きて全滅。となれば、合理的な答えはただ一つ。まわれ右して引き上げること。しかし、それでは魔族軍の進撃を許すことになる。
マオはうなだれて押し黙っている。それを見て、俺は顔を上げた。
「国王陛下、よろしいでしょうか?」
「勇者タクヤ殿、何なりともうされよ」
俺は立ち上がった。
「俺がここに呼ばれたのは、何か頼みがあるからですよね。俺には俺の望み、目的がありますが、できる範囲内で協力はしたいと思っています」
誇張も何もない本音だ。
「タクヤ殿の目的とは」
「ガジョーエン迷宮を踏破して盟約の指輪を手に入れ、古の竜との盟約を復活し、エリクサーの製造を復活させることです」
それに加えて、アカシックレコードであるイデア界に記されているはずの、魔核変換の術式も手に入れる。だが、こちらはまだそこへ至る道すら見えていない。
「うむ……実に勇者殿らしい目的だ。人類すべての益となろう」
そう言う国王の顔は、それでも険しい。
「だが、それでもなお願いたい。この戦に加勢しては頂けぬか?」
……やはり、そう来るよね。
「しかし、どのようにしてでしょうか?」
俺の問いかけに、国王は何と、頭を下げて答えた
「兵たちに、糧食を届けて欲しい」
引き返させるわけにいかないなら、それしかないだろう。一国の元首が頭を下げてるのだ。無下に断ることもできない。
しかし、この国が派遣した船団は、既に何千キロも彼方だ。糧食なら、相当な量をアイテムボックスに入れて持てるが、そんな長距離を瞬間移動するのは無理だ。ゲートボードで海上を飛ぶにしても、何十時間も不眠不休となる。キウイが対価をこなせたとしても、俺が持たない。
……だが、待てよ。陸上の瞬間移動なら、一日に十回程度ならなんとかこなせる。以前、エルベランと帝都を往復したように。今のレベルなら大体、直線距離で千五百キロは可能だ。それで南の大陸の西にある、暗黒大陸の端まで進み、そこからゲートボードで海上を丸一日進めば、合流できなくもない。そう、魔王軍が取ったはずの経路をなぞる形だ。この世界が地球と同サイズだとして、世界一周で四万キロ。半周で済むとして二万キロ。約二週間か。
「合流地点をできるだけ東にすることは可能ですか?」
魔王オルフェウスの空間魔法は、俺というかキウイと同程度らしい。ならば、キウイの魔力感知に引っかからない距離があれば、奴に気づかれることもないはずだ。そして、遠隔視の目玉パネルを先日みたいに百五十キロ上空におけば、半径千キロほどが見渡せる。キウイにも監視させれば、船団を見落とすことはないだろう。
国王は受け入れてくれた。これで、海上の移動もなんとかなる。
ポイントは、対価消費タイムだ。陸上の移動中、敵に見つからずに一日の大半を過ごす必要がある。これには、一つのアイディアがあった。
行って帰って、ほぼ三十日間で世界一周だな。ジュール・ベルヌの半分の日程だ。




