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#3-5.好事魔王し

 その夜は、宿の一階を借り切って祝賀会を行った。他の泊り客も巻き込んで、飲めや歌えだ。看板娘のモースちゃんもフル回転。いや、花びら的じゃなくてコマネズミ的に。

「今夜は俺の奢りだ!」

 一度、やってみたかったんだよね。それでも、依頼料でもらった金貨十枚に比べれば微々たる額だ。明日には魔核などの買い取り料も入るし。

 で、宴が終わって部屋に引き揚げた時だった。いい加減、酔いも回ったし寝るだけと思ってたら、ドアがノックされた。

「オーギュストです」

 誰だっけ。……ああ、マオか。

 こんなタイミングで「話がある」なんてのは、ヤバイパターンなのは間違いない。

「入っていいよ。鍵は開いてる」

 貴重品はアイテムボックスの中だし、キウイは寝ずの番だし。泥棒も暗殺者も怖くないから、鍵なんてすっかり掛けなくなった。

「先ほど皇帝陛下と遠話で話したのですが」

 マオは入って来るなり、青い顔で言った。

「北の大陸の東の端に、魔王の軍勢が現れたそうです」

 なるほど、そう来たか。一気に酔いが醒めた。ベッドの上に置きあがると、俺は頭を掻きながら答えた。

「……て事は、東から来る俺たちを避けて、新魔王オルフェウスは攻勢に出たわけか」

 マオを見上げて言う。

「下にみんなを集めてくれ。どうするか話しあおう」

 階下ではモースちゃんが宴の後片付けをしていた。

「アリエル、ちょっと手伝ってやってくれる?」

「かしこまりました、ご主人様」

 魔法の手で、あちこちの食器が次々と集められ、厨房の洗い場に重ねられる。そして、片付いたテーブルの上はササッと拭かれて綺麗になった。

「うわ……凄いですね。ありがとう、助かります」

 モースちゃんも喜んでくれた。

「どういたしまして。で、ちょっとみんなと大事な話があるから、俺たちだけにしてもらえるかな?」

 はい、よろこんで! と言って厨房に引き上げる彼女。どこの居酒屋だよ。

 それはともかく、俺はみんなを食堂の隅のテーブルに座らせると、マオに詳しい事情を話させた。

「皇帝陛下は、この東からの軍勢を迎え撃つため、各国に討伐隊を編成し派遣するよう、勅命を出されました」

 ようやく、皇帝が皇帝らしい仕事をしてくれたわけだ。

「討伐隊は、各国の国軍と、傭兵ギルドや魔術師ギルドから招集されます。この国には冒険者ギルドもありますから、そこからも招集されるでしょう」

 頼もしい話だが、ちょっと気になった。

「俺たちも、というか俺も招集されるわけ?」

 日本と違って、こっちには憲法九条なんてないからな。

 しかし、マオは(かぶり)を振って言った。

「創造神が選ばれた勇者に命令する権限など、この世界の誰にもありません。王や皇帝はもちろんのこと、神々ですら」

 ……え、そうなの?

 やっぱ、勇者って偉いんだな。そりゃ、他人の家に土足で乗り込んで小さなメダル集めしても罰せられないわけだ。……じゃなくて。

「じゃあ、俺と仲間たちはこのまま旅を続けられるんだな?」

「はい。私も、あなたに同行するように命じられました」

 よし。ならば、魔王の軍勢は皇帝陛下に任せて、おれは竜との盟約の復活に専念しよう。エリクサーが作れれば、戦いも有利に運べるはずだし。魔核変換の術式が手に入れば、戦いそのものを終わらせることができる。

 ひょっとしたら、永遠に。

 その時、おずおずとランシアが手を上げた。

「あの……あたし、まだよく飲み込めてなくて。質問、良いですか?」

「もちろんさ。何でも聞いて」

 俺が促すと、彼女はためらいがちに喋った。

「えっと、なんで魔王の軍勢は北の大陸の東から来たんですかね? 南の大陸の西の端にいるはずなのに」

 すると、マオが腕を組みながら難しい顔で答えた。

「それも懸念している点です。あの魔王が空間魔法を使えるのは分ってますが、世界の端から端まで大軍を率いて瞬間移動したら、どんなに大きな魔核でも対価ですり減ってしまうでしょうし。そうなると、空間転移の魔法陣か何かを持っていると考えられます。もしそうなら、いつどこに大軍を送り込まれるか……」

「いや、単純に西の暗黒大陸まで行って、そこから北東にちょっと船で行っただけじゃね?」

 俺がつぶやくと、マオはきょとんとした。

 いや、皆が俺の顔を見てる。ん? 俺、何かおかしなこと言ったかな?

「だってほら、世界は丸いんだから西へ進めば逆からたどり着くじゃん」

 ますます呆けた顔になる一同。

 ……もしかして、まだ地球が丸いとか広まってないレベル?

「タクヤ。世界が丸かったら、反対側では落ちてしまいますよ」

 マオが小さな子供を諭すように。

 まぁ、そうだよな。俺だって学校で教わったから疑いもなく受け入れてるだけで、教わらなければこんな考えが身についてたりしない。

「とりあえず、百聞は一見に如かず、だ」

 遠隔視のパネルを食堂の壁に開く。そして、目玉パネルを宿の真上に出すと、月明かりの下、周囲の家々の窓からこぼれる光が点々と点った光景が映った。

「じゃ、視点を上に移すぞ」

 キウイのレベルが順調に上がったので、遠隔視の視点は半径百数十キロまで動かせるようになった。

 たちまち、月明かりに白く照らされた雲を突き抜け、宇宙空間へ。そこで視点をゆっくりと水平に戻す。時刻はまだ夜の八時くらいだから、西の方の地平線には夕焼けが残っていた。その地平線は、緩やかなカーブを描いている。そのカーブに沿って、ぐるりと一周させる。

「もの凄くでっかいけど、世界は丸いんだよ」

 一同、呆けたままだ。

「え……じゃあ、西へ西へと進むと、ぐるっと回って東から戻って来るわけ?」

 ランシアがつぶやいた。うん、若いだけあって発想が柔軟だな。良いことだ。

 で、中身は百五十歳の老人であるマオ、は固すぎるらしい。何かブツブツつぶやいてるが、青魔核を見せた時みたいに取り乱さないで欲しい。帝国ホテルと違って、こんな安宿ではあっという間に灰になるから。

 他のみんなは、まぁ、飲み込むまで時間がかかっても良いや。

 俺は遠隔視のパネルを閉じた。

「と言うわけだから、警戒し過ぎなくていいと思う。それでいいかな、マオ?」

 俺の言葉に、マオは飛び上がった。

「ああ……はい、タクヤ」

 マオは両手で頬をパン、とはたいた。気持ちを切り替えたのか、いつもの様子に戻ってくれた。

「実際、今までのところ、新魔王の軍勢は船で北の大陸の東端、オレゴリアス公国の南側の海岸に船で乗り付け、橋頭保を築いているようです。夜陰に乗じての上陸だったので、どんな船なのか不明ですが。しかし、それ以上の進軍は無く、次の船による増援を待っているように見て取れます」

 なるほどな。どこかの魔王配下の戦闘ジャンキーな魔族とは違い、なかなか戦略的に動いているじゃないか。補給線の確保は何よりも重要だ。

「北と南の大陸は、船足が順調でも十日かかる。新魔王が取った航路なら、もっとかかるはずだ」

 風魔法で帆を膨らませて進むことは出来るが、台風クラスの風力にしたら海が荒れて航海どころじゃないだろう。つまり、移動速度には大差がない。

「なので、新魔王の軍勢が本格的に攻勢に出るまで、まだ一カ月はあると思うんだが、どう思う、マオ?」

 俺も軍事オタクじゃないし、この世界の兵法なんてさらに分らない。だが、マオが頷いたのを見ると、それほど外れていなかったようだ。

「流石ですね、タクヤ。慧眼です」

 えへへ。褒められちった。こう見えてマオは皇帝補佐官にして百五十歳の大賢者……のはずだからな。

「それでもなお、新魔王が瞬間移動を行えることには注意しないといけません。大軍を動かすのは無理でも、少数精鋭の手勢を率いて、奇襲を行うことは考えられます」

 そこなんだよな。前回はグインがそれで殺されかけたし。

「今後もあり得ると?」

 マオはうなずいた。

「ただし、こちらではなく、北大陸で討伐隊を襲うと思います。大陸間の瞬間移動は膨大な対価をもたらしますから。前回の対戦で、奴の空間魔法には何らかの制約があるように感じました」

 グインを襲った後、マオと戦った新魔王オルフェウスは、あっさりと退却したと言ってたな。空間魔法の対価が大きすぎるのだろう、とマオは言っていた。たしかに、キウイの対価処理能力は、魔王と比べても桁違いなんだろうが……。

 まてよ?

「空間魔法は、創造神が召喚した勇者に与えるものだってことだが。なら、あの新魔王は勇者の成れの果てか?」

 みんなの顔がこわばった。うう、失言だった? そりゃそうだよな、勇者と言えば神に選ばれし者、なんだから。

 マオは再び腕組みすると、沈痛な面持ちで答えた。

「その可能性はあります。だからこそ、勇者の殆どは戦士系なんです。戦士として闘気の形で魔力を使う限りは、過剰対価(オーバードーズ)は起こしにくいですから」

 確かに。対価の大きい派手な魔法をバンバン使う魔術師より、肉体派の戦士なら対価も少なめになるだろう。ガロウランのジジイが、俺に騎士との模擬戦をやらせたのもそのためか。

 ……しかし。

「居るには居るんだな? 魔術師系の勇者も」

「はい……直近では、先々代の勇者がそうでした」

 てことは、その勇者が新魔王の可能性大か。……ん?

「そいつが魔王になったのなら、既にアンタの勇者様に討ち取られてるはずだよな? それとも、魔王にならずにどこかに潜伏してた?」

「さぁ……そこまでは私にも」

 何だよ。元魔王のくせに分らないのか。魔界紳士録とかないのかよ。

 それでも、分らないことには対処しようがない。

「じゃあ、俺たちの方針は今までの通りで。明日、回収品の代金を受け取ったら、その足で王都を目指す。で、ここの王様に例のダイヤを献上したら、ガジョーエンの迷宮にトライだ」

 みんな頷いてくれた。


********


 翌朝、朝一番でギルドに乗り込んで、女王蜂の魔核などの買い取り代金を受け取ると、すぐに宿を引き払ってソルビエンを後にした。モースちゃんに見送られて。

 本当ならもう少しここで腰を落ち着けて、ギルドの依頼をこなしながら、ランシアや非戦闘組のレベルアップに取り組みたかったんだが。

 しかたない。ここからの道中と、迷宮に潜ってから頑張るしかないな。

 馬車に乗り込み、騎馬のグインを従えて街道を西へ。途中、何度か魔物に襲われたが、俺やマオが何かする前に、グインが闘気の刃でなぎ倒してしまった。元から強かったけど、最早、人外なレベル。あ、豹頭族だからヒト族じゃないっけ。

 と言うわけで、押し寄せる魔獣どもを(グインが)ちぎっては投げしつつ、俺たちは西へ西へと進んだ。

 馬たちがへたばらない限界まで急いだ結果、数日後に俺たちはトラジャディーナ王国の王都、メリタクエンに到着した。

 北の大陸で見た帝都ほどではないが、こちらの王都も大きな町だった。違うのは、建物も行き交う人々の装束も、アラビアンナイト風だと言う事。エルベランで見た、ここの国王夫妻のパレードもそうだったが、これがこの国の本来の文化のようだった。西側に大砂漠を抱えるためもあるのだろう。東側は、おそらく海伝いに北の大陸の文化が流れ込んでいると思われる。そう言えば、ランシアも北からの移民の子供だっけ。

 女性たちは目もとを残して顔と髪と全身を布で隠している。これは強い日差しを避けるためもあるのだろうが、その布の下は非常に露出度の高い衣装らしい。家の中で家族限定の姿と言うわけだ。

 それにしては、エルベランでのパレードでは眼福な衣装だったが。きっと、宗教とか色々絡んでいるのだろう。

 さて、新しい街に到着したら、やる事は決まっている。宿の手配と、冒険者ギルドだ。なにより、今度こそクラーケンの魔核を買い取ってもらわないと。

 で、宿なのだが……。困ったことに、この街の店の看板は帝国公用語ではないようで、ミミズがのたくったような文字で書かれていた。それこそ、アラビア語に見えてしまう。となれば、客引きが頼りとなるが……。

「よう、兄ちゃん。宿をお探しかな?」

 ザッハが声をかけてきた。……いや、違う。肌が浅黒くてつるっ禿だが、鼻の下には口髭を生やしていた。別人だ。

 そう言えば、ザッハの両親は南の大陸出身だと言ってたな。似てるのも当然か。

「なんだい? 俺の顔に何かついてるかい?」

 ザッハ似の男が訝しむので、俺は答えた。

「ああいえ、昔、世話になった人にちょっと似てたもんで」

 男は破顔した。

「なるほど、そうかい。じゃあ何かの縁だな、泊まるならうちにしな。サービスするぜ」

 そう言いながらも、男は俺の仲間に興味津々だった。確かに、ヒト族よりそれ以外が多い旅の一行なんて、こちらでも珍しいだろう。

「全員、ひとつ屋根の下で泊まれるかい?」

「もちろん」

 それで決まりだ。

 男はアル・ラジージャと名乗った。中東で放送局でもやりそうな名前だが、この辺ではありきたりな名前だと言う。念のために聞いたが、ザッハもアルゲリーブも珍しくない名だとか。なるほどな。

 この街でも、アルのように旅人相手の商売をやっていれば、大抵、帝国公用語が話せるらしい。確かに、話が通じなきゃ難しいだろう。もっとも、オークの言語まで解析したキウイにかかれば、通訳してくれるようになるのもすぐだろう。

 案内してくれた宿は二階建だが、今までとちょっと違うのは、一階の食堂が日よけの付いたテラスになっている点だ。昼間は暑いから、風通しの良い方が好まれるのか。しかし、夜は結構冷え込むので、その奥の屋内だけになるようだ。

 二階の客間をつなぐ廊下も、バルコニーのような開放的な作りで、この辺も北の大陸とは大きく違う。

 馬を宿の馬子に任せると、ギャリソンとグインは世話の具合が気になるのか、ついて行った。ジンゴローは馬車の整備。アリエルは部屋が砂っぽいと言ってお掃除。

 というわけで、俺は一人、冒険者ギルドへ向かう……つもりだったが。

「ねぇねぇ、ご主人様♡ ボクも街をもっと見たい!」

 トゥルトゥルが「お願い」のウルウル目でこっちを見てます。仲間にしますか?

 仕方ないな。でも、強制連行にはもう一人の手が必要だ。

「ランシア、一緒に来てくれる?」

 二つ返事で同意してくれた。

 ……さて、クラーケンの魔核、売れると良いんだけど。

 ちなみに、マオには王宮へ使者として向かってもらった。流石に一国の王様だ。アポなしで訪ねるわけにもいかないからね。


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