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#2-21.離別と出会い

 あんまりな告白だ。

「どうしたんだよ、ミリアム。いきなり急に」

 彼女はポツリポツリと話し始めた。

「お爺様、あなたを追い出したことで、魔術師ギルドの長を辞めることになりそうなの。そうなったら今住んでるギルドの宿舎を出なきゃいけなくて、一人暮らしになるわ」

 老人介護問題か。魔法が使えるから食いっぱぐれることはないだろうが、身の回りの細々したこと全部が魔法で賄えるわけではないだろう。

「君の御両親は?」

 彼女は首を振った。

「私が生まれてじきに、魔物との戦いで」

 あのジーサン、他に子供はいないという。兄弟もおらず、親の代で分家したので、本家の従兄たちとも疎遠だとか。つまり、頼れる身内はミリアムしかいないわけだ。

「それに、私がここにいる理由も無くなってるし」

 理由。理由なんて要るのか? 居たいか居たくないかだけだろう。でも、「居たくない」なんて聞きたくないしな。

「ミリアムの魔法には何度も助けられているよ。さっきの火炎旋風だって」

「魔法ならマオの方が詳しいし、魔力も強いわ。詠唱も要らないし」

「でも、あいつに魔法を使わせると、魔核が成長して――」

「キウイが対価を引き取ってしまえばいいんでしょう?」

 違う。こんな話がしたいんじゃない。俺はただ、ミリアムと一緒に居たいだけなんだ。

 俺は(かぶり)を振って言った。

「君は最初の旅の仲間だ。俺が頑張れたのは、君に認められたいからだよ。君と一緒に居たい。それだけだ」

 ついに言っちゃったよ。言ったら終わりだと思ってた。

 そして、本当に終わってしまった。しばらくうつむいていたミリアムだが、顔を上げたその頬は涙に濡れていた。

「ごめんなさい、タクヤ。これ以上、あなたのそばには居られないの」

 ああ。ついに泣かせてしまった。

 ペイジントンで一晩中魔物と戦った後の、昇る朝日に輝く彼女の笑顔は、本当に美しかった。この笑顔のためなら、何でもしようと思っていたのに。

 なんでだろう。どこで俺は間違った? 

「ミリアム……」

「本当にごめんなさい」

 言うなり、彼女は女子部屋に駆け込んでしまった。

 ドアをノックする勇気なんてない。勇者とか言われても、意気地無しだ。

 「彼女イナイ歴=年齢」だけど、考えたら告白したこともなかった。ヘタレ過ぎだ。だから、振られるのも初めてだ。

 俺は階段を降りて、宿屋の裏庭に行って壁にもたれて座りこんだ。見上げる空には一番星。こっちの宵の明星も、金星って言うんだろうか?

 星がぼやける。頬をつたう涙が、やけに熱い。

 そうか、俺って「泣き虫勇者」だっけ。なら、泣くのも仕方ないよな。泣いていいんだよね?

 はい、ダメです。勇者が泣いていいのは他人のため。自分のことでウジウジ泣いてる俺は、やっぱり勇者失格だ。

 そこへ歩み寄る人影。マオだ。何も言わずに、すぐ横に座り込む。

「お前が悪いんだからな」

 こうなったら八つ当たりだ。

「魔王のくせに皇帝と戦わないから、俺はこっちに召喚されたんだ。その上、仲間になったりするから、彼女が居づらくなったんだ」

 マオは黙ってた。

「なんとか言えよ」

 ほぅ、とため息をして、マオは答えた。

「みんな心配してます。食堂で待ってますよ」

 メシなんて喉を通るかよ。

「みんなで食べてくれ。俺はいいから」

 それでもマオは動かなかった。

「タクヤ。あなたが自分をどう思おうと、私たちはあなたに頼るしかないのです」

 魔王の甘言なんか聞くもんか。

「あなたのキウイが対価を引き受けてくれなければ、間違いなく私は魔核に飲まれてしまうでしょう。以前はそれでもいいと思ってましたが、あなたと出会って、エレの青魔核を見て、考えが変わりました」

 お前なんて、魔核に支配されてしまえばいいんだ。即座にぬっころしてやる。

「あなたの奴隷たちも、あなたがいなければ死を待つのみです。彼らのためにも、生きてください」

 わかってるよ。わかってるさ。

 運命なんて言葉は大嫌いだけど、この世界に居る限り、俺は勇者でなきゃいけないんだろ。

 わかってるよ。でも、わかっててもどうしようもない事がある。

 女の子に振られたくらいで、人生オワタとか言っちゃいけないんだろ。でもな。

 自分にとって何が一番大事か決める自由くらい、神様だってくれていいはずだ。俺にとっての一番は、ミリアムの笑顔なんだよ。その筈だったんだよ。なのに、笑顔が減ってることに、俺は気づかなかったんだよ。

 ほら、俺が悪いんだろ? 勇者失格だろ? 違うのか?

 ……声に出てたらしい。

「あなたは勇者ですよ。間違いなく」

 素手でマオを殴り殺せたら、今すぐやってるな。

「性別こそ違いますが、今のあなたは私の勇者、ルテラリウス一世陛下と全く同じ事で悩んでます」

 よしてくれ。そっちは本物の勇者だろうが。俺みたいな「なんちゃって」じゃないだろ?

「私は、勇者のやるべき第一は、悩み苦しむことだと思ってます。この世の理不尽、不条理に対して」

「その一番最悪な例のお前が言うな」

 マオは苦笑いした。

「確かに。普通に暮らしている人間にとって、魔王や魔族はまさしく、理不尽や不条理です。でも、それだけでしょうか?」

 マオは俺たちが寄りかかっている壁の端を指さした。トゥルトゥル、アリエル、グイン……うちの奴隷たちの顔がちらちら見える。

 心配かけてゴメンな。でもさ、せめて今晩くらい、泣き明かさせてくれ。

「主人が死んでしまうと、ただ死を待つのみとなる奴隷たちは、理不尽や不条理を感じないでしょうか?」

 理不尽さ、不条理さ。俺が一番、そう思ってる。思ったからこそ、あいつらと奴隷契約をした。

「その彼らに、不安を与えてはいけません」

 俺がメソメソしちゃいけないんだろ。わかってるんだよ。わかってて出来ないこともあるんだよ。

 くそっ。女々しいよな。なんで日本語では「女」って漢字を当てるんだろうな。男は泣いちゃいかんって、誰が決めたんだ。

 俺は立ちあがった。

「朝まで、独りにしておいてくれ」

 言い残すと、みんなの横をすり抜けて部屋へと戻る。特にアリエルの気遣わしげな視線が感じられたが、目を向けることはしなかった。

 部屋に戻ると、着の身着のままでベッドに倒れ込んだ。

『パパ、どうしたの? ないてるの?』

 エレが念話で聞いてきた。エレにまで心配させて、ダメなパパだよな。

『ごめんよ、エレ。ミリアムが帰っちゃうから、悲しいんだ』

『ミリアムおねえちゃん、もうあえないの?』

 ……そうだな。会えないことはない。諸々やるべきことが終わったら、アストリアスの王都に戻ることもできる。彼女がジーサンと住んでいるはずの。

 問題は、会ってくれるかどうか、何だよな。

 決して今生(こんじょう)の別れなんかじゃないはずだが、なんとなく二度と会うことはないような気がしてしまった。だって、一つ屋根の下に彼女がいるのに、会えないんだもの。

 明日になれば、ミリアムは行ってしまう。朝なんて来なければいいんだ。時間を止める魔法があるなら、いや、巻き戻す魔法があるなら、魔神にだって祈るのに。

 時が未来に進むと、誰が決めたんだ。それでも朝は訪れ、俺のいない朝食の後、ミリアムは宿を後にしたらしい。港湾都市ゾルディアックへ向かう駅馬車に乗るのだという。ドアの向こうから、アリエルが教えてくれた。

「ご主人様、今日はどうされますか?」

 本来なら宿を引き払って出発する予定だった。でも、今は動く気になれない。

「昼くらいまで休む。みんなは自由にしていてくれ」

 失礼します、とかしこまった声で言うと、アリエルは立ち去った。

 しばらくすると、エレが『おなかすいた』というので、アイテムボックスから生肉を出して与えた。

 冷蔵用の氷が減ってきたな。ミリアムに頼もう。

 ……ああ、もうここにはいないんだった。折角、忘れかけてたのに。

 もう一度、ベッドに倒れ込む。

 昼になったら起き上がろう。馬車で出かけよう。ソルビエン市の冒険者ギルドで、クラーケンの魔核を売りはらおう。やるべきことは一杯ある。

 今ちょっと、やる気が出ないだけで。食欲も出ないし。昼になったら本気出すから。

 ……そう思ってたら、昼前に扉が激しく叩かれた。

「ご主人様! ここを開けて! 大変なの!」

 トゥルトゥルか。一体どうしたんだ。

 俺はノロノロと起き上がる。体に力が入らない。二食抜いただけなのに。

 ドアを開けると、トゥルトゥルの後ろにグインが立っていた。その手は、何か白くて丸いものを大事そうに包んでいる。女の子が遊ぶ手毬くらいあった。

「トゥルトゥルと狩りに出たところ、電光トカゲ(アストラサブラ)に襲われ、殺してしまいました」

 グインが申し訳なさそうに言った。こんな時、豹頭族の戦士も耳がペタンと寝るのか。

「大きすぎてグインでも持ち帰れないから、魔核だけは回収したの」

 トゥルトゥルが差し出した魔核は、赤味は深くないが鶏卵ほどもあった。

 しかし、エレの同族か。流石にその肉は食えないな。

「そのすぐ後ろに巣があって、この卵がありました。周りには孵った赤ん坊の死骸がありました。あの電光トカゲは片方の尾が欠損していたので、孵った子供に電気を与えられなかったようです」

 と言うことは、それは電光トカゲの卵か。なんてこった。お乳が出ないシングルマザーだったんだな。

 断面透視で中を除くと、もう赤ん坊の姿ができ上がり、心臓が脈動していた。生きている。

『エレ、ちょっといいか』

『むにゃあ。パパどうしたの?』

 俺はエレに事情を話した。

『じゃあ、そのたまご、エレがだっこしてれば、あかちゃんになるの?』

『ああ、なるよ』

 エレとキウイがいるアイテムボックスを開いて、そこに卵を入れた。

『たまご、かわいい』

 エレは愛おしそうに卵を抱き抱えた。

 扶養家族が増えてしまった。落ち込んでなんかいられないな。

 俺は、昼食後に出発するとみんなに告げた。早速、ギャリソンとグインが馬車の用意に走った。アリエルも女子部屋の片付けに入った。俺も、自分の部屋を片付けないと。

 部屋の私物を適当にアイテムボックスに突っ込んでいると、その中に紛れていた小さな箱に気がついた。ちょっと前に作ってみたダイヤの指輪だ。遠隔視の覗き窓の方を大きくすると、見たいものが拡大できることに気づいたので、細かい細工に使えると思って試したものだ。

 いつかミリアムに渡そうと思ってたのに。俺は箱を他のものと一緒のアイテムボックスに放り込もうとして、やめた。新しく小さなアイテムボックスを作り、そこに入れる。

 なんでそうしたのかは分からない。


******


 昼過ぎ。俺はランシアの部屋を訪ねた。まだベッドにうつ伏せ寝の彼女だが、体を起こしてペタンコ座りをした。男には出来ない、脚を開いた正座だ。

「ちょっと遅くなったが、これからソルビエン市へ向かうことになった」

 そう告げると、彼女はうなずいて答えた。

「道中、お気をつけて。本当に、色々ありがとうございました」

 そうか、こっちには手をついてお辞儀するなんて習慣はないのか。しなくていいしね。背中の傷に触るし。

「君も元気でね」

 それだけ言って、俺は部屋を後にした。下に降りて、宿の女将に彼女の世話を頼んだ。

「良い知らせよ。アスクレルの神官が、明日この宿場に来るって連絡があったの」

 「慈愛と癒しの神」アスクレルには巡回神官というのがいて、村や町を巡っては布教と治療を行うのだそうだ。その神聖魔法はかなり強力なので、ランシアとも意外と早く再会できるかもしれない。

 そこへランシアの世話をする女性がやってきたので、挨拶した。恰幅のいいオバチャンという感じの人だった。

 さて、出発だ。ソルビエン市まで四日の馬車の旅。本来は三日だが、半日遅れたから到着は四日目の夕方だ。街道沿いに宿場は一日の距離ごとにあるが、半日ずれると夕方には着かない。小屋を出して休んでも良いし、その方が路銀が浮く。けれど、一日ずっと御者をやったギャリソンに、食事の支度までさせ続けるのは気が引ける。どこかで早めに宿に入って、休ませてやりたい。

 それにこの際、俺も御者のスキルを学ぶか。できれば馬にも乗れるようになりたい。ギャリソンとグインに教わろう。

 そんなことを考えながら、その日は午後ずっと馬車を走らせ、夕暮れになって街道から外れた野原に小屋を出した。ギャリソンが手早く料理を作り、久しぶりにみんなと食事をした。ミリアムがいないことを除けば、いつもと同じ。

 食事が終わると特にやることもない。自分のベッドに寝転び、壁にアイテムボックスを開く。エレは卵を抱えて丸くなってた。それでも尻尾はキウイに充電中だ。

『パパ。たまごがかえったら、なまえつけないとね』

 それもそうだな。でも、性別がよくわからない。体表の腹側が黄色いのがメスだとミリアムが言っていたが、断面透視では体の表面が見えにくい。

『いくつか、候補を考えておこうか』

 その晩は、エレと生まれてくる赤ん坊の名前を色々考えてから寝た。

 ミリアムがいないことを忘れられるのは大助かりだ。

 翌朝、小屋の外で顔を顔を洗ってる時だった。

『パパ、たまごが!』

 エレの念話。

『どうした、エレ?』

『ひびがはいってきた。もう、われそう』

 ついに生まれてくるのか。

 アイテムボックスを開く。エレは孵りそうになっている卵が気になるらしく、その周りをぐるぐる回っていた。俺はおたおたするだけで役立たず。

 そんな中、慌てず騒がずギャリソンは黙々と朝食を準備していた。なかなかマイペースな奴だな。

 その彼が食事の用意ができたとと告げた時、エレが念話してきた。

 ついに、卵が孵った。

 アイテムボックスを開くと、俺が見つけた時と同じくらいのトカゲが、エレの前足の間にいた。同じようにピィピィと鳴いている。全身が濡れていて、卵の殻がまだついているので、エレがきれいに舐め取っていた。卵の黄身が詰まった腹の側まで緑色だから、この子はオスだな。エレの弟だ。決して息子じゃないので、念のため。

『あかちゃんに、でんきあげなきゃ』

 エレは尻尾の針をキウイの充電キットから引き抜いた。この針の根元に小さな穴があいているが、ここに赤ん坊の尻尾の針を刺すらしい。エレが尻尾を体の前に回したので、赤ん坊の尻尾の左右を確認して差し込む。

 鳴き声がクゥクゥと気持ちよさげに変わった。

『エレにもご飯だ』

 生肉を出して与える。そういえば、俺も飯だった。

 朝食のあと、小屋などを片付けて再び馬車の旅。エレと赤ん坊は、キウイと一緒にアイテムボックスの中だ。今後しばらく、このアイテムボックスはなるべく開かず、エレの食事もその中に直接生肉のアイテムボックスを開くようにした。

 俺の仮説が正しければ、青魔核のエレから出る青い魔素がアイテムボックスの中に満ちれば、そこにいる生まれたばかりの魔物の魔核は同じ青になるはずだ。中の様子は、時々、遠隔視で覗けばいい。

 そして、旅の四日目。ソルビエン市に到着する直前に、エレが念話してきた。

『パパ、あかちゃんのね、めがあきそうなの』

 こっちのトカゲは、あっちの鳥と同じで、生まれて最初に見た動くものを親だと思い込むらしい。エレは最初に俺を見せたいのだろう。久しぶりにアイテムボックスを開く。

 お腹のポッコリが大分小さくなっている。エレと出会ったのは、ちょうどこのくらいの時なんだな。赤ん坊トカゲの瞼がピクピクと動いて、やがてパッチリと開いた。その瞳が俺を見つめる。

『パパ』

 エレとは違う念話だ。俺も念話で話しかける。

『はじめまして、ロン』

 エレはエレクトロンの最初二文字だから、最後の二文字でロン。最初の夜にエレと考えた候補の中の、男の子向けだ。

 そしてロンの体を断面透視する。その胸元には、芥子粒サイズだが魔核があった。

 その色は、思った通りの青。

 古の竜を除けば、エレに続く、二つ目の青い魔核だ。


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