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#2-12.散々な山賊

「タクヤ、エリクサーのことなんだけど」

 みんなのいる宿に戻ろうとしたところで、ミリアムが改まって話しかけて来た。

 うん、彼女の言いたいことはわかる。

「ああ、あの娘の分だよね」

 本当は、ここでエリクサーをもう一つ作って、帝都の大火傷した少女を直してあげたいとろだが。残念ながら、竜鱗はエルマーから剥がした二枚しかなかった。さらに貰うには、古の盟約を復活させないといけない。竜の谷へ行って、こっそり抜け落ちた鱗を拾ってくることは出来るけど、そんなことしたら盟約復活なんて流れてしまうだろう。

 ……そこで、キウイの画面に出ていたエリクサーの製法メモ、最後の一行が目に入った。

 以上でエリクサーは完成。その次だ。急いで書いたから、うっかり改行がいくつも入ってた。その後に――

 投与の際には水などで十倍に薄めて使うこと。

 十倍? え、鱗一枚で十人分? 自分で書いておいて、すっかり忘れてた。

「なんてこった。二十人分を二人に使っちまった」

 呆然とする俺に、マオとミリアムが説明を求めたので、正直に話す。

「呆れた。大盤振る舞いにも程があるわ」

 いや、全くです。

「何というか、タクヤらしいというか」

 なんだよマオ、その「らしい」ってのは。

 とにかく、火傷の少女の方は待ってもらうしかない。南のダンジョン攻略、そして盟約の指輪を回収して、再び古竜の洞窟へ。ショートカットなしの正攻法で行くしかない。

 瞬間移動で、みんなのいる宿へ戻る。トゥルトゥルも意識を取り戻して、グインの回復を喜んでいたところだった。

「さて、一つみんなに伝えておくことがある」

 今回、古の竜と交わした契約のことだ。俺が死んだらエリクサーなどで復活させず、古の竜に遺体を与えること。

「そ……そんなご主人様」

 アリエルにはショックだったか。俺がグインみたいに命を落としても、蘇らせる手段があるのに見殺しにしろというのだから。そのグインも、トゥルトゥルもうなだれてる。他のみんなも神妙な顔だ。

「まったく。あなたらしいわね」

 ミリアムだけはいつも通りだ。

「だったら、ことが全部終るまで、絶対死んじゃ駄目よ。あなたの替わりだけは、この世にいないんだから」

 まぁ、ユニークだからこそ、古竜に所望されたわけだけど。

「それに、エレのこともあるわ」

 そう、それだな。

「その時は、ミリアムにお願いする。竜の谷に連れて行けば、きっと可愛がってもらえるだろう」

 エレの安住の地になりそうな場所が見つかったのも、今回の旅の成果だった。

「で、出発だけど、もう午後も遅いから、明日に伸ばそう。馬車を戻して、馬たちははずしてやって。宿屋にはこれから頼むから」

 宿の主人にかけあったら、二つ返事で延泊を了承してくれた。金貨で前払いってのは強力だな。

 夕食まで時間があったので、ギャリソンが今度は交渉して、宿の厨房を使って料理を作ることになった。食材もこちらが出し、他の客にふるまう分だけ食材の分だけ買取ってもらうことにしたようだ。宿としては美味い料理を出して調理費はなしなのだから、実に美味しい話だ。

 相変わらず、ギャリソンの料理の腕は確かだった。グインも生き返った喜びと共に噛みしめてるんだろう。今にもゴロゴロと喉を鳴らすんじゃないか?

 ほっと一安心と言うところで、魔王オルフェウスに襲われた時のことをグインに尋ねた。

「森の奥に入った時、いきなり現れたのです。我が君と戦いたいが、逃げ足が速いので囮に使うと言ってました。トゥルトゥルを抱えてすぐに逃げましたが、腰のあたりにゲート刃の魔法陣が浮かんだので、とっさに身を投げ出しました」

 なるほど。空間断裂斬は、魔法陣が出てからゲート刃が出るまでに僅かながらタイムラグがある。赤魔族がそれを見切ってかわしていた。グインもそれで、胴体真っ二つは逃れられたのか。

 夜、自分の部屋でエレと念話で話した。エリクサーのことなど。小鹿ちゃんの選択のことは、適当にぼかした。エレにはまだ難しいだろうからね。それから俺のことも。

 ただ「旅が終ったら、竜の谷へ行こうか?」と持ちかけたら、喜んでくれた。よほど竜たちが気に入ったんだな。特に、古の竜のことが。

 ああ、そうか。俺の遺体を古の竜が食べて、俺の記憶などを受け継いだら、エレに俺の話をずっとしてくれそうだな。まぁ、魔素の乱れとかが収まったら、また何千年も眠りについちゃうかもしれんが。

 そんなことを考えていたら、エレが寝付いてしまった。今日はエリクサー二十人分も錬成してもらったから、疲れたのだろう。俺も疲れたから、もう寝よう。


******


 さて、翌朝。

 旅に必要なものの補充は昨日で終わってるから、朝食後、すぐにでも出発だ。本当は生肉の補充が心もとないが、小鹿ちゃんのお肉が戻ってきてしまったから、しばらくは何とかなる。しかも、エリクサーのおかげで新鮮になって。それに、旅の間でも狩りはできるしね。

 宿の娘さんが見送ってくれた。うん、マオに手を振ってるんだよね。分ってるけど。

 再び南の魔王オルフェウスが襲ってこないかが気になったが、さすがに海を越えての強行偵察は何度もできないようだ。空間魔法が使えるオルフェウスだったが、なぜか亜空間鎧の対価が俺よりも多いのか、連続して長時間は使えないらしい。マオの強烈な攻撃魔法を何度か喰らううちに逃げ出したそうだ。もしかしたら、対価を引き受ける魔核の力が、キウイより低いのかもしれない。

 これは貴重な情報だ。同時に、今まで俺がどれだけキウイの空間魔法に頼り切ってたのか思い知らされた。やはり、人間なら知恵が最大の武器、だよな。

 もう一つ、キウイやマオの魔力探知に引っかからなかったのも問題だ。

「魔族の襲来や出現は、今まではキウイがすぐ知らせてくれたのに、今回はグインたちが襲われるまで気づかなかった」

 俺の疑問に、マオはうなずいた。

「恐らく、魔力隠蔽の能力でしょう。極めてまれですが、斥候のスキルと共に持つ者がおります。それで瞬間移動の限界まで近づき、奇襲したのかと」

 その魔力隠蔽を持つ者が魔族、さらに魔王にまでなるってのは、相当なレアケースだな。魔人化しやすいのは過剰対価(オーバードーズ)を起こしやすい者、つまり血の気の多い奴だ。深く静かに潜行する斥候には向かない。

「逆に、魔力隠蔽を行えば、周囲の魔素に特有のパターンが出ます。それを警戒すれば、不意を襲われることはないはずです」

 人知れず音もなく近寄り、ゲート刃で切り刻まれる。そんな襲撃を何度も受けたらたまらないからな。

 そう言えば、グインはあれだけの重傷だったが、逆に言うと即死ではなかった。ゲート刃が出る直前には目立つ魔法陣が出現する。俺の空間断裂斬は何度も見ているから、とっさに気づいてかわせたのだ。

 振り返って、馬車に並走する馬上のグインを見つめる。こちらに黙礼してきた。改めて、グインの戦士としての勘の鋭さと身体能力に感謝だ。再びあの魔王オルフェウスが襲って来た時に、今回の経験はきっと役立つだろう。

 そうだ。俺はミリアムに頼んだ。

「みんなのステータス、鑑定してもらえるか?」

 二つ返事でやってくれた。

「まず、タクヤは相変わらずのレベル1で」

「俺は良いから」

 苦笑いするしかない。

 ミリアムは一つ上がってレベル十七。エリクサーの錬成が大きかったようだ。

 グインはなんと、五つも上がって二十になっていた。遂に達人レベルだ。しかし、今までは魔族を倒しても二レベル上昇なのに。

「もしかしたら……」

 ミリアムが言いかけたので、促した。

「もしかしたら、エリクサーで復活すると影響があるんじゃないかしら?」

「ああ……特に今回は、十人分も使っちゃったからね」

 そこで気が付いた。

「じゃあ、蘇った小鹿ちゃんがやたら賢かったのは、それか」

「余分な効能が、知力を増す方に働いたのね」

 なんてことだ。用法・用量を守っていれば、素直に父親の元に帰ってたかもしれないのに。余計な知恵がついて悟りを開かせてしまったのか。

「もう一度、用量を守って飲ませれば、普通の小鹿として蘇ってくれるかな?」

 小鹿ちゃんの体は、そのまま氷漬けでアイテムボックスの中だ。

 ミリアムは(かぶり)を振った。

「魂が蘇りを望まない場合、別な物が割り込む可能性が高いわ」

 そう、俺も錬金術の本で読んだことがある。題名は「鋼の――」

「我が君、前方で何かトラブルのようです」

 馬上からグインが指さす方を見ると、遠く前方の大木のそばで、馬車が一台横転していた。キウイやマオが警告しない所を見ると、魔族や魔物関係ではなさそうだ。

「山賊かな?」

 俺がつぶやくと、グインが答えた。

「そのようです」

 遠隔視を使う。馬車を遠巻きに囲んで、十数名くらいの男たちが手に手に武器をもって構えていた。馬車の近くには数人の男たち。数が多いのが山賊で、少人数の方が護衛だろう。

「義を見てせざるは勇者じゃない、てか?」

 なんか違う気がするが、まあいいか。(作者注:義を見てせざるは勇無きなり、です)

 まず、キウイに透明鎧と身体操作を有効化させる。それと、目だけを隠す仮面を念のためつける。マントも裏返して黒マントだ。

「救援しよう。馬車はこのまま停車して待機。マオはみんなの護衛、グインとミリアムは俺と来て」

 グインはうなずいたが、ミリアムは疑問があったようだ。

「いいけど、あそこまで瞬間移動するの?」

 グインの視力は凄いから、距離はまだ一キロメートル以上あった。瞬間移動では対価のコスパが悪いし、目立ちすぎるな。

「よし、これで行こう。ミリアムも乗って」

 馬車の外にゲートの足場を作り、二人で立つ。

「俺の後ろに立って、しっかりつかまって」

「何をするつもり……きゃっ!」

 動きだしたゲートの上で、ミリアムはよろけてしがみついてきた。やっぱり、しがみつかれるなら女子に限るよね。ツルピカのオッサンじゃなくてさ。

 ゲートの足場はその場に固定という、まさに固定観念にとらわれていたけど、考えてみたら走る馬車の中で開いていたのだから、あくまでも俺から見て固定、というだけだったわけだ。現に、ゲート刃の方は自在に飛ばしてたのだから。魔族をゲート刃で縫いとめた時に、あれっと思ったのはコレだったのだ。

 なら、俺が動けと念じればそうなるはず。俺や他の人間を乗せたままでも。

 実際にやってみると、スケートボードというかスノーボードみたいな感じだ。しかも、やりたければいくらでも高く飛べる。

 まぁ、バランス崩して落ちたら大変だし、ミリアムが恐怖で失神しても困るから、今は地表すれすれを疾走するだけだけどね。後ろからグインが襲歩ギャロップで追いかけてくるから、引き離さない程度に速度を抑えないと。

 それでも時速にすると六十キロ、一キロメートルを一分かそこらだ。あっちの世界なら、ノーヘルでバイクに二人乗りだ。お巡りさん、コイツです!

 あっという間に現場に到着。しかし、急停止して放り出されても困るので、高度を上げて山賊たちの頭上を何周か回って速度を落とし、横転した馬車の上空に停止した。若干遅れて、グインが馬で包囲を突破し、馬車の横に降り立つ。

 いかんいかん、かえって目立ってしまったな。まあいいか。

「ミリアム、もう目を開けてもいいよ」

 ミリアムの指を服から引き剥がしながら、俺は囁いた。ガチガチに固まってる。

「……ま……まったくもう、いきなりなんだから!」

 いや、いきなりチューしたわけじゃないしさ。

 なんてことやってる場合じゃないな。俺は周囲に声をかけた。

「えーと、まず状況確認したいんだけど、この馬車はそこの商人さんの?」

 呆気に取られていた中年男性がうなずく。傍らには娘なのか、十代半ばくらいの少女が震えていた。

「で、あなたたちが護衛?」

 馬車の横で武器を構えていた数人がうなずく。

「てことは、君らは山賊に見えるんだが。どうなの?」

 周囲を見回す。さすがに、はいそうですとは答えないよな。しかし、態度で丸わかりだ。

「よろしい。では商人さんたちに味方しますね」

 そう告げると、俺はミリアムの方に向き直った。

「な……なに?」

 まだちょっと動揺しているか。ささやき声で頼む。

「殺さない程度の広範囲な魔法で、奴らを戦意喪失させられる?」

 彼女は深呼吸を一つすると、身体を伸ばした。

「まかせて。伊達にレベルアップはしてないわ」

 急だったので、手にしているのは短杖だ。しかしそれを構えて呪文を詠唱する姿は、自信に満ちていた。

 その時、背後から声がかかった。

「今だ! やっちまえ!」

 周囲の山賊がパラパラと矢を射て来た。訓練不足なのか五月雨だが、全方向からってのは面倒。

 ゲート盾を四方に出そうとしたが、キウイの方が速かった。

 またもや世界が目まぐるしく回りだす。俺の体が勝手に動いて、飛んでくる矢を片端から叩き落としているらしい。そのうちに山賊の矢が尽きたのか、攻撃が止まった。そこへ、ミリアムの詠唱が完成する。

「……電撃(イレクトロピクシャ)!」

 頭上に掲げた短杖から何本もの稲妻がほとばしり出て、放物線を描いて周囲の山賊を直撃した。電撃に撃たれた連中は、みな奇妙なポーズで固まった後、その場に倒れ伏す。死んではいないようで、ピクピクと痙攣を繰り返してた。

「グイン、奴らを縛りあげて、道の脇に放り出しておいて」

 足元にゲートを開いて、道具類の中からロープを取り出した。足場のゲートの方が大きいから、下にいる人たちには見られないだろう。

 山賊どもは、アイテムボックスに幽閉しておいて、街についたら門番にでも突き出してやろう。ただ、アイテムボックスは見られると厄介だから、商人たちがこの場を去ったあとだ。

 グインの作業が終わるのを待ってから、俺はミリアムの手を取ってゲート足場の階段を下りた。商人とその護衛は幸い大きな怪我もなく、大そう感謝してくれた。それは良いんだが、こっちにも「泣き虫勇者」の噂は伝わってたらしい。盛んに「あなたがそうですか」と商人に聞かれた。適当に「ご想像に任せます」とだけ言って、俺は馬に跨ったグインを伴って、ミリアムと再び地表すれすれを滑走した。みんなの馬車とは反対の方向に。

 二キロほど走って、充分商人たちから見えなくなったところで停止し、グインに馬を休ませるように言った。水の入った桶も出してやる。

「見せ場を奪っちゃって済まなかったな」

 グインは(かぶり)を振ってひざまずいた。

「とんでもありません、我が君よ。あれだけの人数を一人も傷つけずに捕縛できるとは、私も思い至りませんでした」

 グインはレベル二十の達人だから、殺していいなら瞬殺だろうけどね。取り押さえるのでも数人なら可能だろうけど、さすがに十数人だと無理か。限界を知るというのも、達人だからなのかも。

「この先に宿場があるから、そのちょっと先で待っていてくれ。馬車ですぐに追いつくから」

 そう言い残して、俺はゲートボード(今名前をつけた)でミリアムと空へ舞い上がった。

「ちょっ、今度は、た、高い!」

「大丈夫だよ、つかまってて」

 空と言っても十数メートルだ。道を外れて、大周りに森の上を飛ぶ。思わず両手を広げて叫んだ。

「アーイムア・チャイルド・オブ・ワールド!」

 あ、男女が逆だった。まあいいや。

 やがて、みんなの馬車を待たせたところに着いたので、周囲を遠隔視して誰も他にいない事を確認し、小屋を道端に出す。

「さあ、入って別な服に着替えて」

「いったい何を」

 ミリアムには飲み込めてないらしい。

「勇者は豹頭の戦士と女魔導士と共に、港町の方に去ったの。俺たちは全くの別人、ただの行商人として、さっきの馬車を起こしてやるんだよ」

 頷いてくれた。

 小屋の中で衣類の袋を取り出すと、ベッドは一旦収納。代わりに着替え用の衝立をだしておく。もちろん、遠隔視で着替えを覗いたりしないよ。ホントだよ?

 着替えて仮面もしまって、マントは緑灰色を表にし、小屋から出る。ミリアムもしばらくして出て来た。色合いも全く違う服を選んだから、ばれたりしないだろう。

 小屋を収納して馬車に乗り込み、俺たちはさっきの横転した馬車のところに、何食わぬ顔でたどり着いた

「いかがしました? お怪我は?」

 俺が声をかけると、商人が返事をした。

「おお、今さっき、勇者様が山賊どもから助けてくれたところです」

 うん。やっぱり勇者は確定か。

「馬車を引き起こすのが大変そうですね。手伝いましょうか?」

 喜んだ商人だが、馬車から降りた俺たちを見て、ちょっと表情が曇った。

 まあそうだよな、力仕事が何とかなりそうなのは俺とマオだけ。あとは女性と小人族と人魚だ。

「グインは置いてきちゃったわよ。どうするの?」

 小声でミリアムが疑問を口にするのももっともだが、この手の作業はみんな、お手の物だ。

「あれを使えば大丈夫さ」

 道端には大木があり、丈夫そうな枝を倒れた馬車の上に伸ばしていた。

 俺は馬車の中でアイテムボックスを開き、さっきも捕縛に使ったロープの残りを取り出した。さて、木登りスキルの高い奴と言えば。

「トゥルトゥル、これを持ってあの枝にまで登ってくれる?」

「はい、ご主人様♡」

 だから、可愛くポーズは良いから。

 するすると器用に昇って行く。あー、男の娘の服装だからスカートが。タイツ風のを下に履いているとはいえ、ちょっとね。

「ご主人様、登りました」

 枝の途中、倒れた馬車の真上に、トゥルトゥルが跨った。

 しばらく待つように伝える。次だ。

「ジンゴロー、例の滑車を出してくれ」

「お、旦那、あれが遂に陽の目を見ますな」

 二人で作った自信作だ。うちらの馬車の中に開いたゲートから、彼が持ちだしたのは二つの大きな滑車だ。その片方、軸に固定用の器具が付いた方をアリエルに渡す。

「これを、トゥルトゥルに渡してくれる?」

 うなずくと、彼女は魔法の手で滑車を持ち上げた。何の支えもなく滑車がフワフワと上がって行くのを見て、商人も護衛達も呆気に取られていた。

「じゃ、トゥルトゥル、滑車の固定具を枝に結び付けて」

 罠を仕掛けるので毎日やってるから、お手の物だ。ロープの残りは、滑車の直径ほど離れた場所に結び付け、余った分を下に垂らす。

 もう片方の、軸からフックが垂れている滑車に、このロープをくぐらせ、こちらのロープの端をまたアリエルに上まで運んでもらう。

「よし、そのロープを固定した滑車の上側をくぐらせて、下に垂らして」

 垂らしたロープを、今度はアリエルに地上まで引っ張ってもらって貰う。

「トゥルトゥルはそこで見物してて」

「はーい♡」

 枝の上で寝そべってポーズしなくていいから。

「ジンゴロー、滑車のフックを馬車にひっかけて」

「へい!」

 横転した馬車の下になった側にフックをかける。

 よし、準備完了だ。

「じゃあ、みんなでロープを引っ張りましょう。せーの!」

 ロープを引くと固定した滑車が回り、フックのある方の滑車が巻き上げられる。大体、本来必要な荷重の半分くらいの力で引っ張るだけで、馬車が引き起こされていく。

 あっという間に、馬車は立ち直った。

「ジンゴロー、壊れている所がないか、調べてくれ」

「へい、旦那」

 あとは、アリエルに頼んでフック付きの滑車をロープから外し回収。それが済んだらトゥルトゥルだ。

「滑車を固定してたロープをほどいてくれ」

 もちろん、落ちてこないようにアリエルに滑車を支えてもらう。ロープも回収だ。

「よし、降りて来ていいよ。ご苦労様」

「どういたしまして、ご主人様♡」

 ひざまずくグインも、こいつの「♡」も、いい加減慣れて来た。

 商人父娘の方を振り返ると、深々とお辞儀をされた。

「先ほどの勇者様と言い、あなたと言い、助けていただいて感謝の言葉もありません」

「構いませんよ、俺の故郷には『困った時はお互いさま』という言葉がありますから。今度はあなたが、誰か困っている人を助ければ、それでチャラです」

 ところで、気になったのでちょっとだけ聞いてみた。

「ちなみに、勇者ってどんな方でした?」

 すると、ずっと黙ってた娘が、上気した頬で答えた。

「はい、凛々しくて威厳のある、素晴らしい方です!」

 あー、そいつはとんでもない物を盗んで行きましたな。お嬢さん、あなたの心です。

 折角フラグ立ってるけど、ここで名乗り出ちゃうと全部台無しだからな。なんか、ミリアムが睨んでるし。

 そのミリアムに、少女は何か話しかけていた。そう言えば、ミリアムが仲間以外と話すのは珍しいかも。仲よくなれると良いね。

 馬車を調べてたジンゴローが、次の宿場までは持つと言ったので、俺たちは二台の馬車を連ねて先に進むことにした。護衛達も、逃げ出していた馬を見つけ出して跨った。

 視界から外れたところで、捕縛した山賊どもをアイテムボックスにしまう。後で縄を解いて、パンと水くらい入れてやろう。

 昼頃に着いた次の宿場で、商人の馬車は整備が必要だと分った。俺たちは先を急ぐからと言って、そのまま進んだ。

 昼をちょっと回ったところで、道端で休んでいたグインと合流した。周囲を確認して、道端に小屋をだして昼飯だ。調理の時間が取れないから作り置きのものだが、下手な宿屋の飯よりずっと美味い。

 午後はそのまま進んで、次の宿場町で休むことにする。

 疲れたからベッドに倒れ込むとあっという間に熟睡だった。

 で、朝になって気づいた。山賊たちのこと、すっかり忘れてた。

 えーと、パンと水と。


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