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#1-19.エレの魔核

 帝国図書館での調査は、実り多きものではあったが、目的を果たすまでには至らなかった。魔核を特定目的に調整したり、調整の内容を読みだす呪文は分ったが、それらの呪文が属する基本魔法のモジュールとやらがキウイにインストールされていないため、結局、ミリアムに頼むしかないのだ。自分で好きな時に使えないというのは、色々面倒だな。

 他には呪文の解析に役立ちそうな入門書や解説書が何冊も見つかった。キウイにOCRで取り込んで、じっくり読もう。しかし、上級魔法などは一般向けに解放されておらず、地下の書庫にあるそうだ。竜の鱗などが手に入らなくなってから、上級魔法はほとんど封印されているに近い。

 どうしたものか。瞬間移動で忍び込んで、その場でOCRという手もあるが、出来れば避けたい。もし見つかると非常に厄介だしね。少年補佐官の魔王に頼むという手もあるが、変な借りを作りたくないしな。そんなことをしばし考えた挙句、今日のところは引き上げることにした。

 受付のところで貸し出しの手続きをしていると、トゥルトゥルが戻ってきた。

「ご主人様ー!」

 こら、図書館で騒ぐな走るな。

 ぺち、と頭を軽くはたく。

「てへ、ごめんちゃい♡」

 相変わらずだな、この男の娘。

「見て見て、こんなに素敵なドレスが、いっぱい載ってたの!」

 トゥルトゥルは肩掛け鞄から数枚の紙の束を取り出した。どれにも華麗なドレスの精緻な線画のイラストが描かれている。

「おまえ、これまさか」

 てっきり、画集のページを切り取ってきたのかと慌てたが、違った。トゥルトゥルが自分で模写したものだという。これまた、隠れた才能だな。このイラストから型紙を起こして、ドレスを自分で仕立てるのか。洋裁店とか開いてやると良いのかもしれない。

 ちなみに、この世界にはもちろんカラー印刷なんて技術はないから、元になった画集はモノクロの銅版画のはずだ。

 一応、図書館を出る前に鞄の中を確かめさせてもらう。イラストの模写に使ったペンとインクの壺と紙束だけだ。備品とかが出て来たら厄介なことになったが、画集に夢中で良かった。残念ながら、画集そのものは貸出しできないそうだ。それこそ、ページを切り取ったりする悪い奴がいるかもしれないからねぇ。

 日が傾きかけた街を、トゥルトゥルと手をつないで歩く。ミリアムがしっかり者の姉タイプなら、こいつは手のかかる妹だと思ってた。今も手がかかるが、いつの間にか、興味の対象には何もかも忘れて没頭できる集中力を見せるようになっていた。喜ばしいことだ。人は成長し、変われる。それこそが、創造神が人間に望んだことなのだろう。

 ……そうだ。俺が魔王少年の考えに全面的に賛成できないのは、魔人化した人間は魔王や魔神に逆らえないと言う点だ。成長や変化が損なわれてしまう。いくら魔核が増えてイデア界の処理量が強化されようとも、対価なしに魔力が使えようとも、魂の自由を失っては意味がない。

 帝国ホテルに戻ると、ミリアムが資料の山に埋もれてへたばっていた。

「凄いな、これ全部、今日一日で目を通したのか?」

 魔王討伐隊には、余程几帳面なメンバーがいたのだろう。陣中日記の厚さは電話帳ほどもあり、それが何冊も積み上がっている。そこから抜き書きしたらしいメモが、今のテーブルの上に溢れかえっている。

「まだまだよ。概要だけ書きだしただけなの」

 ソファに倒れ伏していたミリアムが、起き上がってほつれた髪を直しながら言った。そそるなぁ。

「それでも、魔力の使用量が尋常ではなかったことははっきりしたわ。討伐隊の魔導士はテオゲルフ老師、レベル五十というとんでもない人だったけど、終盤戦では実に十回以上も過剰対価(オーバードーズ)に陥ってるの」

 ベリアス・テオゲルフてのが少年魔王の本名か。これからは魔王少年B・Tと呼んでやろう。しかし、老いらくの恋の果てに自分が魔王になっちまうとはな。下手をしたら自分の孫に成敗される羽目になったかもしれないのだから、皮肉なもんだ。

 まぁ、その辺はまだミリアムには言えないけどね、さすがに。

 そこへ、ギャリソンがやってきた。

「若様。お食事の用意が整いました。ミリアムさまもどうぞ、こちらへ」

 手で指し示すのは、部屋の真ん中にある上り階段だ。この部屋は最上階なので、プライベートな屋上に出られる。

 思わずつぶやいた。

「屋上で食事とは凄いな」

 いや、用意されていた料理がこれまたすごかった。ビュッフェ形式で、ローストビーフなど肉料理はもちろん、魚や果物もふんだんに用意されている。ひょっとすると、量以外は昨夜の晩さん会以上かもしれない。

「あれ、この味は」

 ローストビーフにかかっていたソースの味は、確かにギャリソン自慢の秘伝のものだった。

「さすが若様、気付かれましたか。実は、このホテルの料理長と懇意になりまして、レシピをいくつか交換したのです」

 てことは、これからも帝国ホテルの味が楽しめるのか。素晴らしすぎる。

 空中宮殿からの眺めほど高度はないが、ホテルの屋上からの眺めはまた違う美しさがあった。距離が近い分、街を行き交う人々も良く見える。平和な頃のペイジントン……いや、やめておこう。

 最高の料理と最高の夜景。高級ワインの酔いも手伝ったのだろう。食後、部屋に引き上げた俺は、前から気がかりだったことを確かめることにした。

 エレの魔核だ。

 どのくらいの大きさなのか。赤色の濃さはどれくらいか。普通なら体を切り開かないと見れないが、俺にはキウイの断面透視がある。

「エレ、起きてるかい?」

『ふにゃ~、いまおきた~』

 相変わらず良く寝てるが、眠りは浅いようだ。

「ちょっと、魔法でお前の体の中を覗かせてもらうけど、いいか?」

『うん、いいよ』

 アイテムボックスを開くと、エレがのそのそと這い出て来た。後ろ足に体重をかけ、お座りの姿勢を取る。

『キウイ、断面透視だ』

 片目を閉じ、キウイの画面を映し出す。エレの頭頂部から下へと、断面の表示が移動する。CTスキャンと違ってフルカラーなのでちょっとグロいが、色合いも重要なので我慢だ。

 断面の表示は頭部が終わり、胸元に達した。多くの魔獣は、首の付け根、背骨の内側あたりに魔核を持っている。エレも同じはずだ。

 魔核は、まさに予想通りの場所にあった。大きさも、エレの体格を考えれば立派なものだった。しかし、あまりのことに俺は大声で叫んでしまった。

「ミリアム、大変だ! すぐに来てくれ!」

 自室で休んでいた彼女が慌てて飛んでくるまで、俺は熱病にうなされるようにつぶやき続けていた。そしてミリアムも、キウイの画面に移るエレの魔核を見て、同じことをつぶやいた。

「まさか……青い魔核なんて」

 そう。画面に移った魔核は、通常の赤い魔核ではなかった。ラピスラズリのような深い色合いのブルーだったのだ。


******


 俺たちが大騒ぎしたせいで、エレを不安にさせてしまった。

「大丈夫だよ、エレ。お前の魔核があんまりにも綺麗だったから、びっくりしちゃったんだ」

 エレにもキウイの画面を見せてやった。そう、冬山の晴天の空のような、深く澄み切った青だった。

「あおくてきれいだね」

 納得して安心したのか、エレは俺のベッドで寝てしまった。

 さて。子供が寝た後は、大人の会議だ。議題はもちろん、青い魔核。

「こんなこと、今まで見たことも聞いたこともないわ。魔核が赤いなんてのは、それこそ夕日が赤いのと同じくらい、当たり前なことだったから」

 確かに。ペイジントン戦で山ほどの魔核を回収したが、どれも全て、濃きも薄きも紅玉だった。

「エレが特別だと言うことだね。でも、違いはどこだろう?」

 エレの両親は普通の魔獣だったはずだ。魔核を回収したわけではないが。

「違いは、異世界から来たあなたになついた、と言う点かしら」

「それはちょっと抽象的すぎるな……」

 もう少し考えを深める。

「魔核と言えば、魔法具の材料になるんだよね。俺がこの世界に持ち込んだ魔法具がキウイ。キウイの心臓部は、この世界の魔核に当たるわけだ」

 ミリアムはこめかみに手を当てて思案する。

「キウイとエレの関係だと、生まれて間もないころに電気をもらってたわね」

「そういえば、エレはキウイからもらう電気を、美味しいって言ってたな」

 あの時は空腹のせいかと思ったが、もしかしたら電気以外にも流れ込んでいたものがあったのか? 生まれたばかりなら魔核も小さいから、影響を受けやすかったのかもしれない。

 ミリアムがつぶやいた。

「そうね……例えば、魔素」

 いや。魔素は魔核の構成要素だから、物質的な存在のはずだ。ケーブルの銅線を通って行くとは思えない。

 うん? ケーブルを伝わるものと言えば。

「エレに電気をやってたUSBケーブルは、元々はキウイを他の機器……魔法具に繋ぐためのものなんだ」

 パソコンとスマホをつないだりね。スマホは召喚されるときに転んだら胸ポケットから飛び出したらしい。多分、向こうの世界に取り残されたんだな。

「そこを伝わって、キウイから何かが流れ込んだのかしら」

 ミリアムの想像だが、的を射ているかもしれない。

「夕べ聞いた天地創造の話で、気になってた点がはっきりしたよ。人間が魔法に頼らなくなったから、魔物が人を襲うようになったと。つまり、それまで魔物は人間と敵対して無かったわけだ。魔物が人を襲うのは、魔神なり魔王なりがそう命じたのがきっかけなんだ」

 その結果、この世は人に敵対的な魔素に満たされたのだとしたら?

「キウイからエレの魔核に向かって、魔神の赤い呪いを断つような調整の術式が流れ込んだのなら、理屈が通るな」

 キウイはこちらに召喚されるときに空間魔法の「モジュール」とやらがインストールされてた。そのくらいの術式を組み込むなら朝飯前だろう。誰か知らんが、こちらの神様にすれば。

「もしかしたら、人と盟約を結んだ太古の竜は、青い魔核を持っていたのかも……」

 ミリアムも感慨深げだ。

 俺はようやく、あれこれがつながった。

「俺とキウイとエレ。俺たちは三人揃って初めて一人前の勇者だ。で、この勇者は、絶対に何があっても過剰対価(オーバードーズ)で魔人化しないし、仲間もそうならないことが保証されている。魔王を撲滅するなら最高のチームだ」

 俺は魔法が使えないから、それこそ魔物化穀物でもしこたま食わされない限り魔人になりようがない。キウイは魔法具だし、エレは青魔核だ。そして、仲間の魔導士のミリアムは、キウイの無尽蔵とも言える対価引き受けで、過剰対価(オーバードーズ)が起こらなくなっている。

「頼もしい限りね。期待してるわよ」

 明るい方向で話がまとまったので、ミリアムは自室に引き上げて行った。おやすみ。

 とはいえ、俺はあまり心中穏やかではない。俺がこの世界に召喚されたのは、あの魔王少年B.T.(ベリアス・テオゲルフ)が活動を開始してからだ。誰だか知らないが、俺をこっちに引っ張り込んだお方は、ガチで戦えと言ってるように思えてならない。


******


 翌朝。食事の後、昨日借りて来た本の取り込みをアリエルに頼んだら、快諾してくれた。キウイとの女子トークがそんなに楽しいのかねぇ。良いことだけど。

 トゥルトゥルは型紙を鋭意製作中だし、ミリアムは資料に埋もれていた。ギャリソンは料理長のところらしいし、ジンゴローも何やら工作のアイディアが閃いたらしい。

 だからと言って、グインに声をかけたのは消去法じゃないからね。大剣を使いこなす訓練をするなら、本物があった方がいいだろう。

「というわけで、武器屋を回ってみよう」

「恐縮です、我が君」

 相変わらずバカ丁寧な口調だが、口調や間の取り方で親しみを込めているのがだんだんわかってきた。でも、あまり褒めて死亡フラグになったらいけないからね。

 さすがに帝都というだけあって、目移りするほど武器屋があった。それでも、業物はすぐにわかるらしい。グインはとある店の奥に立てかけられていた大剣に目を止め、動かなくなった。鞘の上からでも分るものなのだろうか。

「手に取ってみるか?」

 グインがうなずいたので、店員に声をかけた。

「申し訳ありませんお客様、これは普通の人間には手に余るんですが」

 俺は少し離れて控えているグインを親指で指し示した。店員はなおさら恐縮して、グインに大剣を渡してくれた。

「お目が高い。これは鉱人族(ドワーフ)の族長にして名工、タルンドルフによる技ものですよ」

 なるほどな。なんだか、グータラしてるだけに聞こえる名前だが、ガイジンの名前には時々あるよな。気にしないでおこう。

 しかし、間近で見るとでかいな。木剣を作った時は誇張したつもりだったし、重さも鉛を仕込んで大リーグボール養成ギプスのつもりだったんだが。鋼鉄で作られた実物は、はるかに重厚な質感だった。それを両手で持って、バランスを確かめるかのように軽々と持つグインは、間違いなく普通じゃない。

 店内はこんなものを振り回すには狭すぎるので、店員が中庭に案内してくれた。細かい砂利の上で、グインは大剣を振りまわし、いくつか型を決めて見せた。剣術には全くの素人な俺だが、流れるような動きの美しさには見とれてしまう。何より、薙ぎ払えば風が起こり、突きを決めるとズンという衝撃を感じる。

 次第に周囲にギャラリーが増えてきて、あれこれ薀蓄を語り出した。

 しばらくすると、グインは大剣を鞘に納めてこちらに歩いてきた。ちなみに、グインほどの体格でも普通に鞘に抜き差しするのは無理なので、鞘には片側に深い切れ目が入っていた。

「これに決めるか?」

 俺の問いかけに、グインは跪いて答えた。って、そんなにかしこまるなって言ってるのに。

「我が君のお許しがあれば」

 店員に値段を聞いて、ちょっとたじろいだ。金貨(ミナ)十五枚とはね。一金貨(ミナ)は約十万円だから百五十万か。ボーナス一括払いでもキツイ。

 とはいえ、ギャラリーも唸ってたから、ぼったくりではなさそう。何より、俺たちの生き残れる確率が上がるのなら、金をケチってる場合じゃない。そもそも、先日勲章をもらった時に、結構な額の報奨金ももらってたし。持ってる金は使うときに使わないと、無駄になるからね。ニコニコ現金払いでお買い上げ。

 大剣はサイズ的に腰に吊るせないので、背中に背負うようだ。しかし、抜き差しの時は片手で持つのか。軽々とやってのけるグインがすさまじい。

 帰りの道すがら、やたらと注目を浴びてしまった。そりゃそうだろう。マッチョな豹頭の戦士はそれだけで目立つうえに、その身の丈ほどもある大剣を背負ってるのだから。でもまぁ、この大剣が活躍する場面には、出来るならば遭遇したくないものだ。

 ……なんてことを思っている時が、自分にもありました。ええ。


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